善右エ門の気ままなCoffee break!

善右エ門とは曾爺さんの名前。

死を考えると長生き出来るのでは。PS

2017年04月21日 11時45分39秒 | 団塊世代
多少、下手の横好きで~道を、今でもブリキのような身体でやってる。中学校の武道場を利用させて頂いてる稽古場に行った。隅に畳が積まれている、聴くと、剣道は使用してるが柔道は利用してない。多分リスク管理でしょう。中学体育で武道必修化で、剣道・柔道・空手・少林寺拳法・合気道・薙刀・銃剣道から選択するらしいです。古来の武道は、今の統治者層の思いとは異なってると思うんです。明治以降は国策の影響で西洋スポ-ツ化したと小生は思ってるのですが、これ小生が一方的に思ってるだけですよ。ま-ぁ、現代ではスポ-ツが強いと思います。柔道でも、もう柔のイメ-ジはないでしょう。それはそれで良い訳です。武道を稽古する事は流祖時代、侍時代の歴史を学ぶ事だと思う、教科書ではない物の考え方があります。なにしろ、毎日、生きるか死ぬかの問題ですから、非常に合理的と思う。無駄な動作は何一つないと思う。良く鑑みると、先手必勝でなく後の先、相手か仕掛けられてから応じるのが圧倒的に多い。毎日稽古してながら、使用しないのを目指すと言う。そう思うと、昨今の隣国問題で毎日、ワイドショウで危機意識扇動は、ある内なる目的が有るからでしょう。どうも 生きてると死ぬ事を忘れながら、不安が湧き出る。そこがですが、人生の後半期にある小生だがそれでも死は忘れる。単純に死を考えると生きてるうちに何かしなければとなり。楽しい事を考えると嫌な事が消える。多分、もののふも、朝に死を考えたからそこ長生き出来たと思うのです。これは有名な葉隠を一部読んで思ったのです。-頭では思っても、これ出来ぬが普通と思う。尚、小生の年齢で長く稽古してると言えば、師範か指導者か高段者でしょうと聞かれるが、何れでもありません。でも未だに不具合になっても稽古する理由に心の問題があります。良く無想無念とか無念無想とか言います。スポ-ツでもメンタル面と言われますが同じかは知りません。この無想無念に魅かれてるからです。未だ出来てる状態になれません。
PS:夜寝る時に朝目が覚めなかったらと思うと眠れない。又、いつ、、何時、どのような事故に巻き込まれるかわからない。そう考えると、恐怖心が先に立にたつ。ある、高名な師範は、生きれるうちは行きてる事を考えれば良い、死の事は死んだら考えれば良い、と言った。とは言うものの、毎日、不安と楽しみと、プラス思考とマイナス思考の繰り返しだ。とても割り切れぬ。
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