こぺる【自動/ラ五】

①ゆるゆるする。②なんとなくなんにもしない。
そしてオッサンへ…

●誰がするか、ではなく何をするか、ではあるけれど

2017-03-10 | よもやま
所謂渦中の人物2人が、『教育勅語』の精神(の一部)を評価していたりするのだけれど。。。

「教育勅語の精神である親孝行や、友だちを大切にすることなど、核の部分は今も大切なものとして維持しており、そこは取り戻すべきだと考えている」
もちろん、親孝行は大事だし、友だちだって大切。それは当たり前の事で、当たり前の事が当たり前じゃ無くなりつつある、という危機感は分かるんだけど、それを取り戻すための手段として、国民主権の立場から見ても問題があり、国会で訣別宣言までされているものを敢えて持ってくる感覚はどうにも理解出来ない。

憲法9条に引っかかるから『戦闘行為』じゃなくて『衝突』と言った
これも同じ人の主張なんだけど、言葉遊びで何でもOKなんだったら、彼女らの主張する憲法改正なんていらないんじゃないかな、と思う。

あの学園だって、中身はとても良い教育なのかもしれない(いや、巷間見聞きする情報からだと北朝鮮みたいとしか思えないんだけど)。
でもそれをやろうとしている人々のネガティブな要素が大きすぎて、信じられない。

出来るだけ『誰が』ではなく、『何を』やろうとしているるか、で判断すべきだとは思うんだけど、その前にどうしても色眼鏡で見てしまいがちになっちゃう。
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●時間は有限

2017-02-24 | よもやま
仕事先で「lineやってないの?」と言われるけど、便利なのかなぁ。

トータルすると、電話やメールよりもコミュニケーションに取られる時間が増えるような気がする。。。
twitterやFacebookでさえ、あーだこーだ考えて「あぁ、この書きようだと間違って伝わるかもなぁ」とかって思って、結構な時間悩んでしまう私には難しすぎる。

実際、この投稿も最初Facebookで書いてたけど、色々考えてる内にコッチに移ってきた。
短くまとめる力がないというのは辛いモンですな。


それと、lineって、投稿して返事がくるまでの時間が短い方だと思うから、つい待ってしまうというか、頭を完全には切替えずに他の作業に移る事になる。
そうするとその作業に集中できなかったり、集中できた頃に返事が来て、思考が途切れたり・・・。
そんなのを考えていると、『トータルすると時間を損してないか?』と思ってしまうのだ。

また逆に(自分がそう思っちゃうからかもしれないけど)自分のメッセージに対して、相手に「早く返事を返さなきゃ」と思わせるだけの強制力って怖い気がする。
メールだと「いつ返事してもらっても大丈夫」だと思って送信するからか、あんまりそうは思わないし、
電話だと最初に「いまお時間大丈夫ですか」の5秒ですむから楽。

まぁ、lineだって返事が来なきゃ、今忙しいんだな、と思っておけば良いだけなのかもしれないし、一長一短あって、既読機能は割とイイなと思ったりもする。
少なくとも「読んだことは相手に伝わる」から、メールの「返事がない→届いていないのか読んでいないのか返信をしてこないのか分からない」事は無くなる。
あと、かなり少ない時間で「了解!」を相手に伝えることができるのも良さそう。


というわけで、ツールの使い分けさえできれば良さそうなもんだけどやっぱり抵抗があって、それは仕事柄、コミュニケーションの敷居が下がるとサポセン化しそうな事に対する懸念だったりする。
殆どのクライアントさんはきちんと理解してくれているのだけれど、どうしてもそういう事を理解してくれない人もいる。
それをもう教育することは諦めていて、自分の時間を過度に割かれないよう防衛するモードになっているので、誰か経由でlineやってるのが知られたりすると困るのだ。

というわけで、コミュ力に乏しく、最早無関心な新しいサービスに手を出す余力もなく、時間があれば娘を抱っこしたいと思っているオッサンにはlineは無理なのである。
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●雄々しくあろうとすることはとても女々しく映るもので

2017-01-24 | よもやま
オバマさんは演説上手いよなぁ。

ライターの力もあるのだろうけれど、当意即妙なやり取りとかも上手いからスマートに感じる。
見てると米国人でないのにポジティブになれる。

逆に他を貶めて優位性を得るやり方を偉い人がしちゃうと、げんなりしてしまう。
批判に対する反論である場合は特に。

内田樹さんは「どちらが正しいかは見た人の判断でどうぞ」というスタンスで、批判されてもあんまり反論してないけれど、それでいいと思うのだ。
ムキになってるのを見ると、自信がないのか、他人を理解力の無い馬鹿だと思っているかのどちらか(あるいはその両方)のように思えてしまう。
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●弱者の流儀

2016-10-24 | よもやま
「土人」問題。

まず前提として、言った人はOUT。それが侮蔑的な意味合いを持っている事を知らなかったらしいけど、まぁダメだと思う。
ただウソではないような印象。少なくとも政治家の「知らなかった」「記憶にない」とかよりは遙かに本当っぽい。


で、タイトルのお話。
今回の件、反対派の言動への非難もよく言われている。

弱者は何をやってもいいのか?

多分彼らは一生懸命なんだろう。「それしか方法がない」とも思っているのかもしれないし、「自分達は正しいことをしている」というエクスキューズもあるのかもしれない。
でもそれはテロやってる人と変わらない思考だ。独善。


弱者は強者とは違う戦い方をしなければならない。
揚げ足を取るような戦い方をせざるをえない場合があるのかもしれない。
でも(何だってそうだけど)目的を見失ったり、手段と目的をはき違える人も出てくる。

そういった人を排除するのは、味方側の人間であるべきだ。
相手側がそれをやると揚げ足取り合戦、泥仕合になる。


『違う戦い方をしなければならない』は、言い方を変えると『違う戦い方が出来る』とも言える。
この辺が上手いのはマイケル・ムーアさん。
単純で、ともすれば愚かにも見える質問を、避けられない距離で相手にぶつける。
それはとても滑稽で、コメディのようにも見える。チャップリンの『独裁者』と同じニオイ。

強者との戦いをコンテンツ化する。それ自体はテレビのドキュメンタリーと同じなんだけど、
彼らは自らが出演し『銘を打つ』事で、「観る人を裏切るような事はしないゼ」と言っているのだ。
一個人という弱い立場であることを主張することで、信頼を得て見方を増やそうとしている。
まさしく弱者の戦い方だと思う。


この戦い方を、基地反対派の人がしていたら・・・。
機動隊員を殴ったり、暴言を吐いたりすることは無かっただろうし、『土人』発言もなかったかもしれない。
基地の是非という本質で勝負できる環境が整うのだ。



村上春樹さんの『壁と卵』じゃないけれど、私も卵の側に立ちたい。
彼は「例え卵が間違っているとしても」卵の側に立つと言ったが、私はそこまで覚悟を決めた人間にはなれそうもない。








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●要素の多さ

2016-07-29 | よもやま
話を聞いても『流行している理由』とか『どこを面白いと感じるのか』は、やはり分からなかったポケモンGO。
『やらずに批判すんな』と言われたくはないし、ビジネス的に知っておきたいのとで、昨日少しやってみた。

事前の知識としては、

・Ingress+VR+ポケモン・・・的なゲームらしい
・海外でも爆発的に人気を得ている
・これに起因するいくつかのトラブルが発生している
・大人もやってる


というくらい。


“ながら”でやったので正確ではないけれど、体感的に1時間程度、捕まえたポケモンの数で言うと、17匹とタマゴ1個。

そのくらいでの感想。



中々一言で評価をするのは難しいけれど、面白さの理由は分かった。
ゲームとしては結構良く出来ているし、ハマる要素もあると思う。
ただ、ある程度無理なく集められる範囲でコレクションした後や、ある程度育てた後の楽しみがあるのかどうか・・・。
そこまで時間に余裕のない人からすると、2,3ヶ月以上楽しめるような気はしない。少なくとも私はそう思った。
ウォーキングの時のお供ならばIngressの方が長く続けられそうだし、そのIngressよりも私の場合はカメラ持って歩く方が楽しいように感じた。


で、技術的にどうかというと、これは既存のものの組み合わせで余り目新しさは感じなかった。
『Ingress+VR+ポケモン』かな?という事前知識通りだった。
ゲームに於ける重要度的には、『ポケモン(収集・育成ゲーム)』>『Ingress』>>>『VR』だと思う。
ただ、その組み合わせはとても良く出来ている。

ビジネス的にも結構可能性ありそう。場を提供する事になる任天堂さん的にはやっぱりリスクもあるだろうけれど、セカンドライフとかよりも導入の敷居が低いのもあるし、課金臭が薄くブランド力もあるので、お金を使う事への抵抗も少なそう。私の知る限りでのユーザー層からすると単なるお子様ホイホイでは終わらなさそうなのもある。
また、親子や友だちと、ちょっとした時間に外に散歩に出る機会を生むためのきっかけを作る事のできるゲームとしては、とても優秀だと思う。互いに画面を見ながらというやや歪な姿ではあるけれど。


さて最後にトラブルについて。
これは当然起こりうるものだと思うし、そのトラブルをもってしてこのゲームをネガティブに捉える人がいるのも当然。
『外に出る』という事を強要される以上、単なる個人の価値観の問題だけでは済まない。
不快に感じる人、実害を被る人は絶対にいるし、そういった人へのフォローであったり、マナーの問題は避けては通れないものだと思う。
ゲームが日常を彩る『+アルファ』なものである以上、それを楽しむ自由よりは、より日常に不可欠な行動とその人の感覚を優先しなければならない。


『歩きスマホ』方面での批判についても、擁護派の『ポケモンGOだけの問題だけじゃない』というのも理解できるけど、このゲームは『歩きスマホ』前提のアプリで、もし今後何らかの法的な規制がかかった場合は真っ先にアウトになっちゃう・・・アウトにすべきものだと思う。
仕方のないことだけど、歩く・見る・触るという3つの行動を強いるので、他の事への集中力は当然のようにかなり落ちる。VRゴーグルとかを使わない限り、マップ画面をVRにすることはUI的に難しそう。

そして多分、(特に否定派の)最も根源的な判断基準である情操的な問題について。
私も正直なところ、特に大人がスポットに大勢でたむろしていて、それでいて各自がスマホの画面に見入っている姿は『バカみたい』だと思うし、『気持ち悪い』と感じる。
けれどこれは数の問題もあって、今現在流行っているから目につくだけだと思う(思いたい)ので、ブームが過ぎれば気にならなくなるハズ。

子どもに対して『外でまでゲームするな』という批判はちょっとかわいそうでもある。
気候や安全の問題から外で遊ぶことが困難な状況があり、一方で『外で遊ぶことは健康的である』という価値観にもさらされ、かと言って公園に行けば『○○禁止』の札により、自由に遊ぶことすらままならない。
公園でゲームをする他ない、という状況もあったりする。
これで歩きスマホが禁止されたら、子どもは公園で何をしたらいいんだろう。


情操的な問題・批判については、『全世界で流行っている』という報道が、そのトーンを少し弱めているようにも見える。
それは本当のグローバルスタンダードではないのだけれど、『海外で認められた』=『無問題』、という判断を日本人が勝手にしているように思う。
どこまで計算なのか分からないけど、海外で先行配信された事も結構大きいと思う。



というわけでつらつら書いたけれど、このゲームには本当に沢山の『考えるべき要素』があり、どこを視点を合わせて話すかによって擁護も批判も可能であるし、同じ理由故に議論も噛み合いにくい。
ただ、外で行うゲームである以上『やらない人』も無関係ではいられなくなる。『やる人』はそのことに配慮したマナーを持つべきだし、それが難しいようならば何らかの規制をすべきだと思う。
まぁ、何でも一緒で、自律(マナー)できないならば他律(ルール)をするしかないのだ。


最後に個人的にどうか。
多分1ヶ月以内に飽きる自信はある。そして娘がスマホ触れるようになって「やりたい」と言ったら、条件付きで許可する。・・・といったところかな。











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