千の天使がバスケットボールする

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「新参者」東野圭吾著

2010-08-28 15:52:46 | Book
以前、勤務先の職場が日本橋の人形町があった。その後、職場が本社ビルに移転したこともあり、結局人形町に通勤していたのは4年ほどの期間だったが、日本という国が見捨て去った下町の風情がまだ残っていて、これまで全く縁のなかったこの町をすっかり気に入ってしまった。会社なのに何故か町内会の回覧板がまわってきたり、釜飯がとても美味しい某焼き鳥やさんでは無口で気難しい店主にそっくりのおばあちゃんがカウンターの中の椅子にちょこんと座っていたり、葛篭を制作しているお店があったりと、おまけに”人情”も置いていそうなお店ばかりなのも人形町の特徴。

今度の加賀恭一郎刑事がやってきたのが、この人形町。煎餅屋、料亭、時計屋、洋菓子店、瀬戸物屋、民芸品店を営みながらささやかな日常を送る市井の人々の家族や心にひだにするりと入り込み、そしておだやかに去っていく。テレビドラマでも阿部寛さんが加賀役を演じて好評だったようだが、東野圭吾作品の芸風がくっきりとしたのも本作である。「赤い指」のモチーフをそれぞれの家族に宿し、離婚して現在独身?を謳歌中の当代人気の中年作家がこれほど家族をテーマにあたたかい小説を書くとは。しかも5年間にわたり「小説現代」に連載した短編が一冊の単行本になるとそれぞれが見事につながり(つながるのも舞台を人形町にしたおかげもある)、「日本橋の刑事」の最終章のエンドは脇役だった刑事を中心に円熟のしあがりとなっている。人形町にはさまざまな匠の職人さんがいらっしゃりそうだが、小説界において東野圭吾さんも作家としてまさに旬でありながら熟成した匠の人である。

加賀刑事がそれぞれのお店に聴きこみ調査にやってくるのだが、毎回質問の意外性と結末のひねりに読書の醍醐味を満喫した。おかげで熱帯夜の遅くまで本から目を話せられず、翌日あやうく寝坊をしてしまいそうだった。全く毎回、質の高い作品を生む作家に感心させられる。

デビュー作の「放課後」は鮮烈だった。これまでのミステリー小説のジャンルとは異なる持ち味に、今時の言葉で言えば”せつなく”なる感傷の余韻に乙女は酔い友人たちにも味わうことをすすめた。昔は初版本で終了する作品も多かったそうだが、初期の作品から「魔球」「分身」「トキオ」と私はずっと東野圭吾の作品の殆どを読み続けてきて、期待を裏切られることもこれまた殆どなかった。地味で話題性に乏しかった作家は、私としてはそれほど評価していない「秘密」で一気に成功した作家に躍り上がり、気がついたら、東野圭吾もいつのまにか直木賞作家となり、おしもおされぬ人気作家となっていて出版社からすれば確実に売れる商品生産者になっていた。そのおかげか、図書館に予約してもなかなか順番がまわってこないのだが・・・。この先、彼に望むことは、初期のような青春学園ミステリーものに再度挑戦していただければと、長年のファンとしては勝手なお願いである。

そう言えば、あの焼き鳥屋さんのおばあちゃんはどうされているだろうか。お店に通い始めた頃は、小さな食器の洗い物をして”自分も参加したつもり”と可愛らしいおばあちゃんだったのだが、そのうち体も弱ってきたようで、おばあちゃんをひとりで留守番をさせるのに忍びず、とりあえずお店に連れてきたような様子だったが。もう何年も訪れていない人形町を近いうちに訪問したいと思わせてくれた点でも感傷的になってしまった。


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