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「iPS細胞 ヒトはどこまで再生できるか?」④田中幹人著

2008-10-14 11:32:56 | Book
iPS細胞によって、ヒトはどこまで再生できるのだろうか。
やけどで皮膚を失った場合、体外で山中グループがiPS細胞作成に使用した線維芽胞細胞を含む皮膚を培養してシート状にしてから再度移植するという再生医療はすでに実現している。現在研究中のもので、早期の実現を期待できるのは、血液疾患に対する治療法である。人工血液の作成、血友病の根本治療、そして中枢神経系の再生治療で脊髄損傷患者が歩けるようになり、網膜細胞を作成して目が見えるようになり、さらには臓器作成という夢物語もひろがる。いずれ、ヒトは120歳程度までには、肉体的には質の高い人生を生きられるようになるだろう。しかし、それは薔薇色の未来だろうか。

10年ほど前、私は恵比寿でアンドリュー・ニコル監督の『ガタカ』という映画を観た。わざわざ恵比寿まで出かけたのは、そこでしか上映していなかったという事情のマイナーな映画は、今思い出してもSF映画の傑作だったと私の中ではかなり評価が高い映画である。
主人公のヴィンセント・フリーマン(イーサン・ホーク)は、両親から自然に生まれたが、遺伝子操作によって生まれた弟アントン(ローレン・ディーン)になにかと劣っている。宇宙開発を手掛ける企業・ガタカ社の就職試験に近視眼でもあるため”不適正”と落ちた彼は、宇宙飛行士になることをあきらめかけていたが、DNAブローカーの紹介で最高クラスの遺伝子をもつジェローム・ユージーン・モロー(ジュード・ロウ)と出会う。彼の血液のサンプルを取引によってもらい、彼はジェロームに成りすまし遺伝子的な問題をクリアーして火星へ行く宇宙飛行士に選ばれるのだったが。

マイケル・ナイマンの音楽もあいまって抒情的で美しいSF映画は、ほんの10年前はあくまでも仮定での世界だったが、今振り返っても多くの示唆が含まれている。
映画の中の近未来の世界では、アントンやジェロームのように遺伝子操作によって生まれたこどもと、自然な性交によるこども(ナチュラル)は選別されている。頭脳優秀、肉体的にも顔立ちも整っている遺伝子操作によって生まれた彼らが社会のエリート層を構成し、ナチュラルたちは低賃金の比較的単純作業の仕事に従事し、選ばれたこどもたちとそうでないこどもたちの社会的な交流や友情は生まれない土壌となっている。(映画を観る前、偶然読んだ生物の翻訳本では「デザイナー・ベビー」・ジーン・リッチ(gene rich)は300年後の世界に実現し、やがてジーンリッチ同士の結婚とナチュラル同士の結婚(交配)が進むと、さらに100年後にはふたつの人類に分かれていき、シーンリッチとナチュラル間ではこどもができないと予測していた。)
再生医療の実現は、新たな「優生学」の扉を開く可能性がある。
そもそも、iPS細胞は自分の体の一部から作成することに意味があるので、理想は完全なオーダーメイド医療である。しかも本来は、理化学研究所の西川伸一氏言うように「iPS細胞は大もうけする知財でなく”人類に役にたつ知財”」と理想を掲げても、ライバルの各国の研究者はこの分野で次々の特許を出している。いざ、再生医療が実現しても外国の高額な特許料を支払えるオーダーメイドの治療を受けられる限られた患者だけが、恩恵にあずかれるケースが想定される。

本書は、iPS入門書としては、優れている。意外にも?想像どおり?お茶目な山中さんの人柄も伺えるおまけもある。特に科学ジャーナリストとしての視点が、再生医療そのものに対して読者に幅広く考える座標を与えてくれる。しかし、あくまでも入門書なのでもともと興味があり知識のある方にはものたりないかもしれないが、多くの方に本書が読まれることを期待したい。

再生医療がもたらす未来は、薔薇色か。
再生医療技術が発達しても、可能なことと不可能なことがある。アルツハイマー病はいずれ治療できても、大きなダメージを受けた脳の損傷の回復は難しいだろう。健康であることはありがたいが、だったら障碍があったら不幸かと言えば、それはまた別である。将来再生医療が実現しても、本当の意味での”人類の”幸福をつかむには、iPS細胞よりも”人類の知恵”が鍵になると私は考える。
それゆえに、映画『GATTACA』が最後に語りかけるものを、忘れてはいけない。

■おさらいアーカイブ
・「iPS細胞 ヒトはどこまで再生できるか」
・「エピジェネティクスが見る夢」

・「エピジェネティクス入門」佐々木裕之著

・「未来の遺伝子」佐倉統編
・iPS細胞開発の山中教授 引っ張りだこ


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