千の天使がバスケットボールする

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「夢の世界とカタストロフィ」スーザン・バック-モース著

2008-09-17 23:03:20 | Book
本書の表紙をご覧になって興味をひかれる方は、この絵画から何を感じるであろうか。
この絵画は、アレクサンドル・コソラポフの1983年に製作された『マニフェスト』である。暗く不安を感じさせる赤い空、、、この赤は、共産主義の象徴であろうか。そして、その空を背景にレーニンの胸像を含む残骸の中で戯れる3人の無邪気なキューピッドは、難しい顔をしてマルクスの「共産党宣言」を解読していようとしている。夢と化した歴史の中の住人である夢想家が、その論理を確固たるものと受け入れているが、目覚めの瞬間に残されるのは、夢が粉砕されるイメージだけである。旧ソ連の反体制芸術家は、体制が崩壊する最後の日々に、その過去の歴史を夢の世界と表層した。
しかし、その「歴史」は終わり、産業の近代化は大衆の幸福をもたらすというユートピアの「夢」さえも、破綻した。

「大衆」という言葉には軽蔑をこめて使われることもあるのだが、著者によると19世紀の工業化と都市化にともなって、社会生活における恒常的な存在となり、大衆社会が20世紀は現象とまでなった。それでは、その大衆の砕けた夢のかけらを拾い集めながら、破局の結果を資本主義の勝利で検証しようというのが、本書のテーマである。
本書を読み砕き咀嚼するには、なかなか時間がかかる。(その点では、実に大衆向けではないのだが・・・。)著者は、コーネル大学で政治哲学や社会理論の教鞭をとっているようだが、言葉の定義自体に哲学的な思惟がひらかれ、まるで言語学の教授による美学の講義を受けているような印象すら感じる。それでも、難解な分析に想像の解釈という羽を与えてくれるのが、ロシア革命当時からの写真から現代美術までの豊富な図版の恩恵であろうか。
貴重な歴史の瞬間のような写真から、白黒であるのが大変残念なくらいの数々の芸術品に、ページをめくるたびに視覚文化論にふれるおもしろさを感じる。
レーニン夫婦の写真、そのレーニンの脳の横断面スライドを1万枚作成した脳科学者夫妻、チャップリンとエイゼンシュタインが並んでテニスラケットを抱えている写真もある。また1930年代の偶然にもそっくり同じような米国のイラスト広告とソ連の新聞のイラストの比較や、象徴的な自画像とその画家の写真。シャガールの絵画もあれば、映画のスチール写真もあり、それらの記録や芸術を鑑賞するだけでも本書を手にとる価値がある。

なかでもその洞察の鋭さに目をひらかれのが、映画『キングコング』である。
コングは巨大な”家のよう”であり、捕獲されて”文明化した”ニューヨークに連れてこられると、『共産党宣言』を読んだ革命的プロレタリアートのように、鎖をちぎって観客を恐怖に陥れる。しかし、権力構造を脅かす力をもったコングも、美しいアンの顔に誘惑されて、脅かすものから愛するものへとその主体性を変化させていく。彼は、まるで『SEX AND THE CITY』のキャリーたちのように流行の先端をゆく女性の美を楽しみ、愛のみならず、ブルジョアの所有への欲望にも屈服する。映画の中で、コングはアンを優しく包み、衣装を花びらのようにむしり取る場面がある。監督は、消費と結びつくと男らしさが減少し、コングが象徴する大衆に「女性らしさ」の面があることも暗示している。そのコングが暴れているビルは、ソビエト宮殿計画案に類似し、コングの位置に巨大なレーニン像が立っているのも単なる偶然だろうか。

冷戦終結後、社会主義は崩壊して資本主義の勝利が謳歌された。確かに歴史は終焉した。しかし、それでは資本主義は本当の意味で勝利したのだろうか。壮大な実験の失敗も、民主主義という鏡をおいて批判すべきであろう。旧ソ連の歴史的実験も、西側の社会や文化があってこそであり、結局、東西の勝敗以前に、社会的なユートピアという「夢」そのものが消滅したのだった。思えば、ジョン・ロックの社会契約論から、随分遠くまできたような気もするが、その実そんなに進歩がないのも人間かもしれない。
ついでながら、国民国家の領土的システムのなかでは、あらゆる政治は地政学であると著者は断言している。同じようなことを佐藤優氏も言っていた記憶がある。

原題:DREAMWORLD AND CATASTROPHE:The Passing of Mass Utopia in East and West(Buck‐Morss,Susan)
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キーワード
共産党宣言 ニューヨーク スチール写真 ソビエト宮殿 ジョン・ロック 社会契約論 シャガール エイゼンシュタイン コーネル大学 夢のかけら
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