千の天使がバスケットボールする

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『ぼくを葬る』

2007-02-10 12:45:45 | Movie
フランソワ・オゾン監督の映画には、無駄がない。余分な装飾も製作者側の”プロフェッシャナル”な情動操作も省略され、シンプルなつくりである。それでいて、行間から奥の深い感情がしのばれ、そして監督の静かな視線が観客を見つめている。その視線を受け止めるには、哲学好きで個人主義のフランス人相応の感性も求められる。
自分が老いて一人暮らしをしている家に、ある日成人している孫が久しぶりにやってくる。彼は誰にも言えなかった秘密、自分は癌におかされていてもうすぐ死ぬということを伝えるためにやってきたのだった。
「どうして、私にだけ語ってくれたの。」
「おばあちゃんは僕に似ているから。もうすぐ死ぬ。」
生涯現役、元気で長生きをしているニッポンの年寄りたちに冷水を浴びせるような孫の残酷なひと言。けれども、それはまぎれもない事実だ。
(以下、内容にふみこんでいます。)

ロマン(メルヴィル・プボー)は、若く成功したファッション専門の写真家である。「ヴォーグ」からもオファーもきている登り坂。
ところが、撮影中に倒れてしまう。精密検査を受診した結果は、余命3ヶ月という宣告。彼は混乱しながらも殆ど生存の可能性のない治療を拒否し、つまり癌と闘うことを拒否して残りの人生を生きることを選択する。それは、なんとも孤独な晩年だ。
ゲイである息子に父親としての罪悪感、畏怖を感じていて距離をおく父。夫からの裏切りや愛が遠ざかっても、結婚を維持していく俗物的で欺瞞な母に、深い愛情を求めながらも憎しみを感じている離婚争議中の姉。そんな家族に、もはや自分の人生の哀しみを共用とは考えないロマン。典型的な中産階級のフランスの家庭像を描き、「同性愛」であることから規制の枠からフェイドアウトしていくロマン。ロマンの生き方が実は一見カタチの整った家族の欺瞞を暴くという構図に、自身ゲイであると伝えられるオゾン監督自身の生き方が伺える。
ロマンは、年下の恋人に別れを告げる。女性のように養われ安穏として暮らすジャニィに、残酷な嘘をついて一方的に関係を断ち切る。未来が続くジャニィとはこれからは不毛な肉体関係しか残らないことに気がついたのか、或いはそれがロマン流の愛しかたなのだろうか。いずれにしろジャニィは恋人だったが、自分の人生のパートナーではなかった。彼は孤独にたったひとりで死を迎える準備をはじめる。それは、日本的な死への旅立ちへの美学でもなければ死生観とも違う。人は生き、最後はひとりで死んでいくというそれだけである。その事実を受け止め、彼は姉との関係を修復していく。そしてきれいでセンスのよい商業写真を職業写真家として撮っていた彼は、デジタルカメラでこころに残った日常風景を撮り始める。その一枚一枚が、彼の無言の遺書となる。

この映画で重要なのは、ロマンのふたつのSEXシーンであろう。
センスのよいアパルトマンで彼の帰宅を待ちながらゲームに興じるジャニィを激しく求めるロマン。ソウゾウしか、いやソウゾウすることすらひかえたい同性愛者の生々しいベッドシーンが表現されている。ロマン役のメルヴィルの容姿が整っていることと、相手役のドイツ人俳優の肌のきめが細かくきれいで、若く幼い容貌が作品の本来のテーマからそれることを防いでいる。主人公が、同性愛者であることは映画のテーマでも要である。
また不妊症の夫と、その妻から子作りに協力してほしいという依頼もロマンの死への旅立ちに大切なエポックを与える。彼、彼女とロマンらが抱き合う場面は、実体は観客に衝撃すら与えてもおかしくないのだが、ここでも静かで美しい場面にしあがっている。
ロマンの死への旅立ちは、孤独だ。けれども彼には、少年時代の自分自身の幻影と思い出が旅立ちの友としてつきそう。自分もロマンの立場になったら、そうかもしれない。人はどう死んでいくか。それはどう生きたかの回答でもある。
オゾン監督自身の遺書ともいえる「ぼくを葬(おく)る」の上映時間は、81分。どのシーンも死へ向かう主人公をあかるく眩しく照らす初夏の太陽の光が溢れている。太陽がいっぱい。


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2 コメント

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トラックバック、ありがとうございました。 (冨田弘嗣)
2007-02-22 21:57:37
 読ませていただきました。私にはここまで分析する力がありません。うんうんと頷きつつ、読みました。ここ数年は、韓国映画の台頭で、フランス映画の輸入が少なくなりました。たくさん、隠れた名作もある゛ろうに・・・そう思います。  冨田弘
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冨田さまへ (樹衣子*店主)
2007-02-22 23:39:25
こちらこそご訪問ありがとうございます。

冨田さまの幅広い映画の選択に感心致しました。

>韓国映画の台頭で、フランス映画の輸入が少なくなりました

そうでしたか、気がつきませんでしたが映画館が限られていて上映本数も決まっていたら、韓流ブームのあおりもあるわけですね。

韓国映画も良いのがたくさんありますが、フランス映画も大好きです。せめてDVDだけでも販売して欲しいですね。
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