千の天使がバスケットボールする

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『機械じかけのピアノのための未完成の戯曲』

2007-03-03 13:28:30 | Movie
手嶋龍一氏の人気小説「ウルトラ・ダラー」の主人公であるスティーブンがモスクワ出張にあたってラジオ番組の「シネマ紀行」のテーマとして選んだのが、ニキータ・ミハルコフ監督の代表作『機械じかけのピアノのための未完成の戯曲』だった。
ロシアの作家チェーホフは、父親が破産したために貧民街で生活しながらモスクワ大学の医学部で学んでいた。生活費稼ぎのために20歳から数々の短編小説や戯曲をうみだした。その多くの名作のなかで、唯一未完の大学時代の戯曲「プラトーノフ」に「文学教師」「地主屋敷で」「わが人生」のモチーフを加えて脚色して映画化したのが、「ウルトラ・ダラー」の諜報部員として活躍するスティーブンが訪問したモスフィルムの秘蔵っ子でチェーホフを撮らせたら彼に並ぶ者はないとまで言わしめたミハルコフ監督だった。30年前当時32歳だった監督のこの作品は、欧米人の高い関心と評価をよんだという。

時代は革命前の帝政ロシア。ある初夏の日、美しい田園地帯にある没落した貴族の屋敷に人々が集まりはじめる。未亡人の女主人であるアンナ・ペトローブナは誇り高く美しく装っているが、亡き夫の継子であるセルゲイは気弱で頼りない。しかしそんな彼もソフィアというよき伴侶に恵まれた。老いた退役軍人や医師トリレツキー、そして小学校教師のプラトーノフと彼の妻サーシャ。近隣の地主たちも交えて再会を喜び祝福する彼らを、ロシアの短い夏の透明な光が弱々しくまぶしく輝かせる。この硝子のような独特の淡い影の色彩は、同じく旧ソ連時代の名監督アンドレ・タルコフスキーの映像美を彷彿させる。そしてロシアの風景は、民衆の事情にはなにも関わらず広大で美しい。
彼らはそれぞれの生活の不満を忘れ、おしゃべりやダンスに興じる。屋敷の最後の一人になった召使は彼らをもてなすために給仕をしながら、正装の服装のまま女主人に命ぜられて豚を追いかけていく。彼らの饗宴は、夜が訪れてディナーの席になっても続く。滑稽な彼らの振る舞いと実りのないただ笑うだけの会話にのぞく空虚さへの風刺、そこにわずか44歳で人生を閉じたチェーホフの視線が感じられる。
そんな彼らの茶番めいた進行に、爆発したのが教師のプラトーノフだった。最近読んだ短編小説として、学生時代のソフィアとの恋愛を語るプラトーノフ。生涯たった一人のソフィアとの貧しさゆえに実らなかった恋が、自らの夢すらも壊したと彼女をせめる彼は慟哭して破綻していく。

「おれはもう35歳なんだ!それなのに、なにもしていない!」
プラトーノフの深い絶望の悲鳴は、空しくロシアの大地にこだましてしていく。
35歳、なにものかをするためにはもう時間切れなのだろうか。人生はやりなおせない。時間は日々刻刻と進んでいく。失った夢のかけらを抱きしめて、失意のどん底にむなしさをかみ締めるのが35歳という年齢なのだろうか。

容姿に優れているニキータ・ミハルコフは、自身俳優としても活躍しているように本作品中でも急診を断る医師役としても出演しているが、「シベリアの理髪師」を撮った時の発言に見られるように貴族出身を誇りとしている。

今日、3月3日は私の誕生日でもある。朝、15歳になったばかりの高校の入学式で運命的に出会った美少女(元?)の友人から、思いがけずにお祝いのシャンパンが届いた。私には、やっぱり花より酒だと?お互い忙しく今では年に数回しか会わない彼女と自分のこれまで一緒に歩いてきた時間と全く別のそれぞれの人生、自分が生まれてきた意味、そして今の年齢やこれからのこと。そんなことも考えた。おしよせる焦燥感と明日のこと、希望が混在してこころが騒ぐのは、この映画を観たせいだろうか。
プラトーノフを最後に救ったのは夢の続きのソフィアではなく、これまで素朴で善良なだけがとりえの退屈な妻サーシャだった。


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4 コメント

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Unknown (waremokou)
2007-03-03 22:44:21
チェーホフの原作は「プラトーノフ」です。
初めて読んだのは大学の頃ですが、原作、映画ともに好きで、何度読み返したことか。

また読んでみようかなと、思いました。
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waremokouさまへ (樹衣子)
2007-03-04 14:07:08
はじめてこの映画をご覧になったのが、大学生の時ですか・・・。インテリジェンスな女子学生で、さぞ男子学生の人気は高かったのではないでしょうか。

大学生という若く未来への希望溢れる立場では、この映画の真価を感じるのは難しいというのが私の感想。田舎教師の慟哭は、若い青年には無縁のものですから。そうは言いつつも、学生の頃より人生を達観していたチェーホフを再評価しました。

>また読んでみようかなと、思いました。

名作は、再読する価値ありますね。
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re: (waremokou)
2007-03-05 08:33:15
>大学生という若く未来への希望溢れる立場では、この映画の真価を感じるのは難しいというのが私の感想。田舎教師の慟哭は、若い青年には無縁のものですから。

樹衣子さんのような方ならそうでしょう。
でも、落ちこぼれてしまった若者であった私のようなものにとって、しみじみと語りかけるものがありました。
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返信 (樹衣子)
2007-03-05 23:41:26
何をおっしゃいまする。
私だって、大学受験に失敗してすべりどめの私大に進学した落ちこぼれですよ。今でも時々母に責められる・・・。
多分、waremokouさまの方が年齢のわりには人間的に成熟されていたのでしょう。それはいただくコメントでも感じておりました。
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