今年もいろいろあった。昨年に続き、我家は又々激動の1年だった。幸い、家内安全、心配事無事解決、旅行も楽しとめでたいことが続いたのでよかったのだが、まさか自分が生きているうちにこれほど大きな未曾有の地震に、日本が被災するとは考えもしなかった。何度も登場した”想定外”という言葉を政府や東京電力は言い訳に利用していると新聞誌上で批判が展開されているが、本当に想定外だったのではないだろうか。
さて、例年以上に厳しい寒さが身にしみる師走。まだまだそんな気分にならないのだが、今年はやはり「第九」を聴きたいとしみじみ思う。「第九」はオケの餅代稼ぎと言われるくらい、日本ではこの時期チケットが売れるから、私はむしろ「第九」以外のマイナーなコンサートに足を運んでいたのだが、今はベートーベンの総決算のようなこの曲を体のすみずみまで浴びたいと心底思う。そんな中、日程の都合よく、又、残席があった読売日本交響楽団の「第九」。指揮者は、昇る龍というよりも踊る熊さんのような下野竜也さんだ。何と、今年の読売日響は、6回も公演が続く、まさに疾風怒濤の「第九」である。
さて、今年お初の下野竜也さんの「第九」はエネルギッシュで実にパワフル。漣のように繰り返されるいくつかの隠しテーマをじれったいくらいにあおり、深遠で哲学的な音楽の造詣も、下野さんの棒がかかると生き生きと音楽の饗宴となってくる。いろいろな演奏方法があるが、今年はゲーテがその才能を認めたが、人格は粗暴野卑と喝破したベートーベン像に近づけてもよいのではないか。比較的早いテンプ感でリズミカルに音楽がすすでいく。
ここで有名な一度聴けばすぐに覚えられるフレーズの「歓喜の歌」だが、プログラムに掲載されている渡辺和氏の解説によると、実はベートーベンのオリジナルではなく、庶民が行進や集会で演説で歌っていたメロディなんだそうだ。今さらながらのトリビア知識に、唖然とした自分。
「そうだったのかっ!」
驚きつつも、これまで延々と流れる哲学的な芸術音楽をぶちこわすような
O Freunde, nicht diese Töne!
Sondern laßt uns angenehmere
anstimmen und freudenvollere.
「おお、友よ、この調べではない!」
なんて、突然のバリトン歌手の雄たけびで否定系で入る「歓喜の歌」のまるでちゃぶ台返しのような構成をわかったような気がする。
今夜のソリストもよかったが、新国立劇場合唱団も素晴らしかった。この合唱団は国内唯一の常設合唱団だそうが、声の厚みがそろっていてレベルが高い。そして、演奏者と指揮者が一体となった渾身の音楽は求心力とともに躍動感いっぱいに大円団に向かっていく・・・というよりも殆ど、暴走状態かも。しかし、その気持ちはわかる。一年の締めくくりにふさわしい演奏だった。
----------------------- 12月19日 サントリーホール
演奏:読売日本交響楽団
指揮:下野竜也(読売日響正指揮者)
ソプラノ:木下美穂子
メゾ・ソプラノ:林美智子
テノール:高橋淳
バリトン:与那城敬
合唱:新国立劇場合唱団
合唱指揮:三澤洋史
ベートーヴェン/交響曲 第9番 ニ短調 作品125〈合唱付き〉
■アーカイヴ
昨年は《バッハ・コレギウム・ジャパン 聖夜の「メサイア」》だった
・読売日響第503回の定演から・・・来年は創立50周年になるそうだ











おそらく永遠に記憶される2011年も、あと1時間を切りましたね。
私も今年の第九は特別の思いで聴きました。
私の場合は、17日の新日フィルの演奏でしたが、今まで何十回何百回と聴いてきたはずのフレーズが、すべて有機的に結びついて、ちょっと上手く言い表せないような感銘を受けました。
ところで、昨年は聖夜のメサイア、今年は第九、私も樹衣子さまと、どうやら同じ思考回路になっているようですね(笑)
来年も、どうぞよろしくお願いいたします。
読売日響の「第九」は、まさに渾身の演奏でした。
音楽的な端整さとは無縁でしたが、、下野監督のもと、すべての選手がこの曲にこめた思いがひとつになっていると感じられました。音楽の力というものも考えました。
そうそう、昨年の10月19日のウィーン・フィルは私も聴きに行ってたんですよ。^^
翌日、ドイツに旅立ったためブログはそれっきりとなってしまいましたが。確かに、前半は平凡な演奏でこんなもんか?、でしたが、、後半のマーラとアンコールはさすがに素晴らしかったです。
今年も音楽とともに!宜しくお願いします。
著作全体を見ても、一方的にまくし立てるばかりで、説得力、存在感が感じられません。ショパン論、モーツァルト、ベートーヴェン論を出していても、音楽史的な面では学説となったものもあったり、人を中傷するような文章もあったりで、感心しませんでした。
この「第9」でも音楽史的な間違いがあります。シューマンとワーグナーの仲が悪かったのは人間性によるものであって、フリードリッヒ・ヴィークへの恨みではありません。奏した間違いもあり、注意が必要です。
他にも、中川さんのものは、意外と雑な面もありますので、注意が必要です。あとがきを見ても、出版でお世話になった人たちへの感謝の言葉もなく、出して当然といった傲慢さが感じられます。いかがでしょうか。
又、中川右介氏著作の「第9」の率直なご意見とシューマンとワーグナーの関係のご考察もありがとうございました。
しかしながら、中川様のご本は今だに未読でして感想を述べることができません。
ただ批判と中傷は別ものです。もし中川様が批評や批判ではなく中傷するタイプの方でしたら残念ですね。。。