千の天使がバスケットボールする

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『イヴ・サンローラン』

2011-05-04 19:52:11 | Movie
ご近所の商店街をジャージ姿でうろうろされているらしいkimon20002000さまでもご存知だろう(失礼)、フランスの国宝的デザイナーのイヴ・サンローラン。
19歳でその”特別な才能”でクリスチャン・ディオールに深い感銘を与えた青年は、1958年にディオール亡き後にわずか21歳で後継者としてデザイナー主任に就任し、コレクションを成功させてメゾンのブランドと経営危機だけでなくフランスをも救った。それから2002年に引退するまで40年以上の長期に渡り、ファッションの帝王としてフランスからレジオンドヌール勲章を授与されたデザイナー。モード界の頂点にたち輝かしい功績から一般的には”帝王”と称されていたのだが、素顔のサンローランは内気で気が弱く、、80~90年代にかけてファッション業界を見てきた資生堂名誉会長の福原義春氏によると、「サンローランは神だった」という言葉の方が私にはしっくりくる。気弱な神は、晩年は長年のプレッシャーから繊細な神経が病んでいき、コレクション発表後の喝采の数時間しか笑うことがなかったそうだ。そのモードの神が亡くなって3年がたち、様々な形式で様々に「イヴ・サンローラン」は語られてきたが、本作は公私ともに生涯彼のパートナーとして支えてきた実業家のピエール・ベルジェ(Pierre Bergé)のナレーションに、映像と写真で語られる、ひとりの人間、イヴ・サンローランの栄光と苦悩、そして愛の歴史を描いたドキュメンタリーである。

ファッションの歴史を期待して鑑賞したのだが、予想外の内容と展開に引き込まれてあっという間に時間がたち、終わってみればこの映画は、とてもよい映画だった。本当によい映画だったのだ。出会った日から最後の日まで、ビジネスだけでなく恋愛面からもサンローランのパートナーだったピエール・ベルジェ氏がナレーションを務めているのは、一般の映画と異なる。シックで洗練された素敵なスーツを着こなしているとはいえ、”サンローラン”というブランドがセットでなければ、ピエールは老年に達したビジュアル的にもNGのゲイ(ゲイには偏見がないつもりだがなじみがない)である。何度も登場するご老人の映像に、サンローランを回顧しながら語り、長身でやせてナイーヴな微笑を浮かべる若かりし頃のサンローランの映像が重なると、はじめは奇妙な違和感もあるのだが、やがてパートナーへの理解と愛情の深さを感じさせる語り口には、知性と教養がにじみでて、一言も聞きもらさないように集中していく。

圧巻なのは、二人が過ごしたパリのアパルトマン、マラケシュの別荘、ノルマンディーの城に収集された733点もの美術品である!ふたりの審美眼で選ばれた絵画、彫刻、壷、調度品の数々の高い作品、ピカソ、カンディンスキー、ビュッフェ、ブラック、マチス、モジリアーニ、、、それらの美しい芸術品が飾られた私邸だけでも観る価値があり。いつも本物の芸術にふれていたサンローランだったが、ピエールによるとこのような美術品がなければ彼は一日も生きることができなかったそうだ。そこに、サンローランの創造のエネルギーと美意識にふれたような感じがした。そして、彼よりも幸運にも?長く生きることになったピエールは、それ故か、アンディー・ウォーホールが描いたサンローランの肖像画などほんの数点だけを残して、これらの美術品をオークションで、すべて、本当にすべて手離すことを決意した。映画の中で重要な役割を果たすのが、これらの美術品だ。専門家が来て鑑定し、業者が次々と作品を手際よく梱包して何の感情もなく持ち去っていく。部屋からひとつ、またひとつ、ピカソやロートレックやセザンヌが去っていき、残された空間がどんどん広がっていく。ほんの今まで、そこに主が座っていたかのような使いこなした椅子が残され、長く愛したパートナーの魂まで失うような喪失感と哀愁が漂っていく。そしてクリスティーズでの競売。高額なユーロのせり価格が提示され、次の持ち主が決まると木槌が打たれる音が高らかに会場に鳴り渡り、その音のひとつひとつに愛するパートナーとの別れが響いてくるようだった。

しかし、総額3億ユーロを超えた美術品を彼らが購入できた財源は、やはりサンローランの商品が世界中で売れたからだろう。ひところ、ライセンス契約というビジネスを経由して女らしく華やかなデザインも”YSL”というブランドとなり、日本の庶民の我家にもスリッパ、タオル、エプロンといった手の届く生活用品にもなって押し寄せてきた。私のお気に入りの靴下にも、このマークが確かにあった。ジャック・ラング文化大臣による1993年の演説シーンが入り「ファッションは 芸術的創造性に乏しいか? とんでもない。 まさに芸術そのものだ。」という言葉に、私も全く異論はない。サンローランのファッションはひとつの芸術だった。しかし、芸術だけでなく、彼のデザインした芸術品が商品となり、商売としても大成功したから、こんなにも美しい美術品を彼らはコレクションできたのではないだろうか。今となったら、当時の「YSL」のマークは、芸術が商売に移行する分水嶺の印に私には思えてならない。

映画の冒頭で、サンローランが引退する記者会見では、フラッシュが瞬き、マスコミの関心の高さと敬意が伺われる。ピエール・ベルジュが引退の理由を、モードがデザイナーから商売人の手に落ちたからと説明している。それは、賢明で、慎ましやかな選択で、正しかったと。
映画『ファッションが教えてくれること』の中で、米国版ヴォーグの鬼編集長のアナ・ウィンターにサンローランのデザイナーがかしずき、アドバイスを受ける場面があった。デザイナーがファッション誌の編集長の感想を気にするのはわかるが、何故、創造者ではない編集長の意見をあそこまで取り入れるのか。サンローランの引き際は、確かに賢明な選択だったが一抹の寂しさも伴った。銀座に「Tiara」という小さくて可愛らしいブティックがある。このお店の階段にはサンローランの写真が何枚も並べられているのだが、それがとてもセンスがよくて感じもよい。やはり、彼はフランスの宝だったのだ。

*ちなみに、オークションで得られた莫大な収益の行方が気になったのだが、全額エイズ撲滅基金に寄附されるそうだ。

監督:ピエール・トレトン
原題:Yves Saint Laurent - Pierre Berge, L'Amour Fou
2010年フランス製作


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2 コメント

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素晴らしい映画 (クマネズミ)
2011-06-19 07:48:04
お早うございます。
始めてコメントさせていただきますが、充実したエントリの内容に感服いたしました。とりわけ、「終わってみればこの映画は、とてもよい映画だった。本当によい映画だったのだ」との実に率直なご感想は、本当にそうだったなと共感すること頻りです!
なお、「樹衣子」さんは、サンローランのデザインした芸術品が商品として成功→「美術品のコレクション」とのベクトルを強調されておられるところ、「このような美術品がなければ彼は一日も生きることができなかった」ことからすると、「美術品のコレクション」→「デザインの商品化の成功」とのベクトルも考えられるのではないでしょうか?
おはようございます (樹衣子)
2011-06-19 09:59:46
クマネズミさまへ

こちらこそTBとコメントをありがとうございます。クマネズミさまのおっしゃる

>「美術品のコレクション」→「デザインの商品化の成功」とのベクトル

確かに!ですね。そういう逆の発想もありますね。
それからマルグリット・デュラスとの関係をあえてナレーションに入れたことへのクマネズミさまの考察も、なるほどっと同感いたしました。そんなことも含めて、だからこの映画がしみじみとよかったと感じる次第です。

ついでながらクマネズミさまの「愛の勝利」も充実した内容で、たっぷりと読ませていただき、TBさせていただきました。

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