千の天使がバスケットボールする

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『卒業』

2008-09-07 15:31:16 | Movie
何度も繰り返して観たくなる映画がある。勿論、その映画が大好きという前提があるのだが、理由はそればかりではない。何度観ても、わからない謎があり、観るたびに新しい発見があるからだ。
私にとってのそんな映画は、ラストシーンがあまりにも有名な『卒業』である。

そもそも東部の名門大学を優秀な成績で卒業、在学中は陸上部の花形選手として活躍し、大学新聞の副編集部長も務めて数々の受賞歴をもつパパとママのご自慢のひとり息子、すなわち映画の主人公であるベンジャミン役にダスティ・ホフマンを起用したのか。当初、監督はロバート・レッドフォードにベン役を依頼していた。女盛りのミセス・ロビンソンが執着し、娘のエレーンもものにできた女性が求める理想系の男を演じられる彼が、やっぱりこの役にふさわしいのではないか。映画の冒頭は、大学から実家のあるロサンジェルスに戻る飛行機の中で、身じろぎもせずに座るベンの顔が映される。そして、荷物とともに空港のロビーを異動するベン。実家の自室で水槽を背景に、卒業パーティの開宴をまつ憂鬱そうなベンの表情。背も低い、決してハンサムでもないし、上品でも聡明そうでもない容姿の若かりし頃のダスティ・ホフマン。
しかし大学を卒業して目標を失い、モラトリアム人間の将来に漠たる不安と憂鬱を感じる青年役を、当時30歳に近い彼は見事に演じている。このようなナイーヴな役は自分には演じられないと断ったロバート・レッドフォードのかわりを見つけるのは、難航したそうだ。しかも肝心なオーディションで、ダスティ・ホフマンはセリフを忘れて失敗したのだが、その時の不安げな表情にマイク・ニコルズ監督は、なにかを彼に感じて起用し、結果新人俳優は、世界的な名声を獲得していったのだから、人生なにが起こるかわからない。

そして、もしかしたらこの方の方が主役?とも考えたくなるアン・バンクロフトが演じたミセス・ロビンソン。サイモン&ガーファンクルの「ミセス・ロビンソン」という名曲の効果もあり、「ミセス・ロビンソン」は特殊な意味合いをもった固有名詞としてひとり歩きするようになった。

 「We'd like to help you learn
  To help yourself
  Look around you. All you see
  Are Sympathetic eys

  Hide it in a hiding place
  Where no one ever goes
  Put it in your pantry with your cupcakes」

女性としては、強烈な存在感を感じさせるのが、ミセス・ロビンソンだ。
成熟したおとなの女性に、圧倒される色気がある。顔立ちもりっぱだが、脱いでもりっぱ。執拗に、また巧みに誘惑したベンを低い声で命令を下し、ただ情事の相手としてだけしか彼を認めていないのに、いざベンが娘に逢おうとするや逆上して脅しをかける醜態ぶり。フツー、そこまでやるか?彼女が不幸であることは、その完璧な装いと物憂げな表情であきらかだ。脱いだら健康的に日焼けした肌に、水着の跡が白く残るアメリカの中産階級の中年主婦のミセス・ロビンソン。黒い下着を身に付ける彼女の心のありようが、今回もつかめない。

ベンは、親から強制された幼なじみのエレーン(キャサリン・ロス)とのデートをわざと失敗させようとするが、自分の行為が彼女を傷つけたことにあわてる。あの場で、米国女性らしく怒って席をたつだけだったら、物語はおわり。涙を流すエレーンに、彼女をからかうストリップ嬢やロビンソン夫人に比較して、その涙のあまりの清らかさに胸を打たれて、自分がいかに彼女を愛しているかに気がつくのである。この場面は、青春映画の真骨頂だ。ここで、”エレーンと結婚する”ことに人生の目的を見出したベンの姿は、最後のバスのシーンにリンクしていく。

そして、今回気がついたのは、この映画では、ベンを通してアメリカを描いている点だ。中流家庭という設定で、プールがある綺麗な自宅、卒業祝いの真っ赤なアルファ・ロメオ。そのスポーツカーを飛ばしてエレーンに会うためにバークレーの大学に行き、ベンが腰掛けて待つ噴水を中央に、画面は星条旗がはためいている。強く豊かな国、アメリカ。その一方で、ベトナム戦争が目的を失い泥沼化していった。

式場で必死に彼女の名前を叫ぶベンを見て、エレーンの胸に去来したのはなんだったのだろうか。
大人と社会から脱出したふたりは、通りがかったバスに乗り込み、一番後ろの席に並んで座る。ハッピー・エンド。
にも関わらず、ふたりをふりかえる乗客の人々の老いと陰気で虚ろな表情が影を与える。見事花嫁を略奪して目的を達成してしまったベンと、ウエディング・ドレスにふさわしくない深刻な表情がうかぶエレーンの乗ったバスは、これからどこへ向かうのだろうか。
今だに、わからないことが多い『卒業』。やっぱり今回も、私はこの映画から卒業できなかった。。。

監督:マイク・ニコルズ
1967年製作 米国映画

■マイク・ニコルズ監督の映画
・『キャッチ22』


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