Neser ty vole!

韓国生活あれこれ

ブログを引っ越しました。

2009-09-13 10:48:59 | diary
ブログを引っ越しました。
これからは、こちらをよろしくお願いします^^

http://ameblo.jp/konope/

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あの人はいま?

2009-04-14 21:13:04 | diary

 

携帯電話に入っている住所録。
みんなはどれくらいの人と連絡とってます?


 

僕の場合はどうかというと、
1年以上連絡を取っていない人と、
1回会ってそれっきりの人を合わせると、
たぶん半分くらい、いや、それ以上になるかも?


 

そんなわけで、そんな「埋もれた」友だちの中から、
何人かをピックアップして連絡を取ってみました。


 

2000年に中国語サークルで知り合ったAさん。
その当時は、まだ高校生の雰囲気漂う大学1年生。
そんな彼女も、今年から中学校の歴史の先生になったとか。
「日本のこと、悪く教えないでね」と、一応釘を(笑)。
それにしても、声は未だに昔のままで、先生とは程遠い…
なんて思うのは、やっぱり僕がオッサンだからか!?


 

やっぱり2000年だったかな?
今はなき鐘路の日本カフェで知り合ったBさん。
英文科を出て、学院で英語の先生をしていたんだけど、
2年くらい前から「秘密のプロジェクト」を始めて…。
なかなか教えてくれなかったから、
久し振りに電話して聞いてみたところ、
なんと映画のシナリオ作家に大変身!


 

またまた2000年に知り合ったC君。
友だちの彼女で、別の友だちはその彼女に片想い。
今思うと、ややこしい三角関係の狭間で能天気だった僕(笑)。
頭がよかったからか、軍隊には行かずに、
研究所でひたすら研究に打ち込んできた彼。
なんと東京大学大学院で博士様になっちゃったって!
博士さんも、酒癖の悪さは相変わらずなのかな?


 

みんな頑張ってるなぁ〜。

 

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パスポートで振り返る10年(3)

2009-04-11 13:55:54 | diary


カンボジアにも行ってきました。大学時代、日本に留学していたカンボジア人留学生の友だちがいたんですが、彼が当時国連(UNCTADだったかな?)の現地スタッフとして働いていたので、彼をはじめ、カンボジアにいる友だちのおかげで、とても楽しい旅になりました。うちひとりはシエムリアプ空港のスタッフだったんですが、帰りの出国審査が終わってから「おーい、○○が見送りに来たから、外に出ておいで」と手招き。「もう出国審査済んじゃったよ」というと、「いいから、いいから」といま来た道を逆戻り。ウーン、自分の常識では、到底考えられない出来事でした。そうそう、僕がカンボジアを訪れたその日、彼はアシアナ航空の朴三求会長ご一行とミーティングをしていたんです。彼は僕にその話をしながら、ソウル―シエムリアプ便の開設で合意したと教えてくれました。最初は「ホントかな?」と思ったんですが、その数ヶ月後、本当に就航してました(@@)

 

中国もたくさん行きましたね〜。といっても、上海と北京がほとんどで、あとは杭州や蘇州など、上海から日帰りで行けるところ。北京では天候不良で飛行機が欠航。中国人の友だちにお金を借りてソウル便のチケットを買ったことが思い出されます。キャッシュで日本円で5万円くらいするお金を貸してくれたんですが、これって中国の平均給与をはるかに超えてるような…。ひょっとして、お金持ちの娘さんだったのかな?そんな彼女も、今やレノボに勤める旦那さんと仲良く暮らしています。そういえば、このとき北京空港で詐欺にもあったんだ…。その話は、また機会があれば^^

 

最初のドイツ旅行以来、ヨーロッパには本当にたくさん行きました。たくさん行ったんですけど、行った国はそんなに多くないところがミソで…。ほとんどチェコとスロバキアだけと言っても過言ではなく、あとはついでにハンガリーやオーストリア、ポーランドを回ったっていう感じ。ヨーロッパ、というかEUのスタンプはどれも共通で、国の頭文字がドイツだったら「D」、ハンガリーだったら「H」というように区別されています。あと、飛行機で入国したら飛行機の絵が、車だったら車、列車だったら列車の絵のスタンプが押されます。徒歩での出入国も2度ほどありましたが、さすがにスタンプはなかったですね〜。でも、これからはこんなスタンプにお目にかかることも少なくなりそう。EU域内では、もうパスポートコントロールすらなくなったらしいですからね。

 

オーストラリアはメルボルンにも行ってきました。入国審査のとき、僕の前が日本人の女性だったんですが、彼女の審査のとき、入国審査官が僕を手招きして呼ぶんです。「何で僕が呼ばれるんだろう?」と思ったら、彼は僕と彼女に「夫婦でしょ?」。ふたり顔を見合せて「……」。おいおい、仮に夫婦としても、別々に審査でしょう〜。並んでいる時、そんなに馴れ馴れしそうに見えたのかな?気をつけないと(笑)。

 

パスポートの最後のページに燦然と輝くソン・ユナのサイン!前にも少し書いたことがありますが、僕は彼女と15分くらい、ふたりっきりで同じ部屋の中にいたんです。まぁ理由は話すと長くなるのでここでは割愛しますが、彼女のメッセージ付きのサインを持っている人なんて、韓国人でもそうそういないんじゃないかな?

 

最後のページといいながら、実はページが足らなくなって増刷したので、厳密な意味での最後のページではなくなったソン・ユナのサイン。増刷したはいいんですが、結局数ページしか使わずにパスポートの満期を迎えることとなりました。この思い出の詰まったパスポートで最後に訪れたところは、香港&マカオ。入国審査のとき、香港人はピタパみたいなので無人のゲートを通り過ぎて行くのをみてビックリしましたが、仁川空港に戻って来て、改めて周囲を見回してみると、ここにも同じようなのがありました!日本の空港にもあったかな?見た記憶がないんだけど…。

 

と、駆け足で10年を振り返ってみましたが、本当に駆け足でしたね(汗)。これだけ見たら、
大したことない10年だったな」と突っ込まれそうですが…。とにもかくにも、新しいパスポートで、これからどんな国に行き、どんな感動や出会いに巡り合えるのか、今から楽しみで仕方ありません☆

 

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パスポートで振り返る10年(2)

2009-04-06 20:39:39 | diary



これがパスポートに残る、最古(!)の仁川空港のスタンプです(笑)。すごく広くてきれいな空港だな〜って思いましたが、それよりも何よりも、とにかくソウル市内から遠い!今でこそ空港の近くにゴルフコースとかカジノホテルなんかがありますが、開港当時は回りには何もありませんでしたから、道中本当に退屈でした。

 

韓国以外の国に行くようになったのは、ソウルに駐在し始めてから。その第一弾は、シンガポール&インドネシアへの出張でした。はっきりと覚えているわけではないんですけど、このときのソウル―シンガポールの飛行機代は40万ウォン台だったような気がします。いや、もっと安かったかな?ソウル―関空もJALなら日本人価格で30万ウォン前後であった時代ですから、燃料サーチャージがどうのこうのという今の飛行機代は、本当にイヤになっちゃいますね。まっ、今月から燃料サーチャージもかなり下がってるみたいですけど。

 

インドネシアのバタム島へは船で行きました。入国の際、アテンドしてくれたシンガポール人のスタッフが、「スタンプを押してもらうとき、賄賂を要求されるかもしれないよ」なんて脅かすので、結構ビクビクしながら入国審査に臨んだんですが、幸い(?)、特に何事もなくスタンプをもらうことができました。でも、シンガポール人の彼曰く、本当に賄賂をせがまれるときもあるのだとか…。

 

2003年からは、タイに足繁く通いました。というと、何か不純な動機で旅行に行ったんじゃないかって勘ぐる人もいると思うんですが(実際、そう尋ねてきた人も何人かいました)、ホテルとレストランを往復するだけの、ただのリラックス旅行だったというのが真実(笑)。一度は日本人の女友達とふたりで「タイ学食めぐりの旅」に出たんですが、帰って来てからアメリカ人の友だちに「何でタイのような素晴らしい国に女と行くんだ!」と叱責されてしまいました。てか、叱責されるようなことなんだろうか!?彼のタイでの遊びっぷりがよく伝わってくるエピソードです(笑)。

 

初めて訪れたヨーロッパは、ドイツ。韓国系ドイツ人の友だちがベルリンに住んでいたので、彼女らに会いにいく目的での旅行でした。ヨーロッパも、韓国との縁は切っても切れなかったみたいです(笑)。秋夕(旧盆)連休のときだったので、韓国の食材を持ってくるように頼まれて買って行ったんですが、ドイツに着いて最初に食べた料理が、ソーセージでもチーズでもなく、手作りの韓国料理だったんですから、もう笑っちゃいますね

 

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パスポートで振り返る10年(1)

2009-04-02 19:52:46 | diary


今回パスポートを更新して、改めて古いパスポートをめくってみると、そこには僕の小さな「自分史」が刻まれていました。そこで、誰も興味はないでしょうが(笑)、これから数回に分けて、過去10年の自分の歩みを振り返ってみたいと思います。ウーン、改めて、長いようであっという間の10年だったなぁ〜。

 

これが今回期限が切れたパスポートに押された最初のスタンプ。韓国・ソウルの金浦空港です。そういえば、この頃はまだ仁川空港ができてなかったんですね。金浦のころは、夕方にオレンジ色のネオンで染まったソウルの夜景を楽しむことができました。仁川は埋立地にあるので、夜は真っ暗でつまらないですね。一時期金浦は国内線専用でしたが、今はまた羽田、関空、虹橋(上海)などに国際線を飛ばし始めています。

 

船で韓国旅行したときのもの。下関港のスタンプです。このときは、釜山に向かうフェリーのバーのカウンターで、偶然隣同士になった日本人に声をかけたんですが、彼の職業が何と日本エアシステムのパイロットだったんです。「パイロットがなぜ船で旅行を?」と聞くと、「いつも空の上から眺めているので、休みのときくらいは海や陸から旅行したくてね」と、何ともカッコいいコメントを返してくれました。結局この後意気投合して、一緒に釜山観光をしました。日本エアシステムが日本航空と合併するあたりから連絡が途絶えたんですが、彼は今、まだ元気にパイロットをしているのかなぁ…。

 

1900年代最後のスタンプは、やはり韓国でした。近かったですからね♪時代を感じさせるのが、スタンプにある金浦の英文。「KIMPO」となっていますが、今は表記法が変って、「GIMPO」になりましたから、これも「在りし日の思い出」となってしまいました。江南も「GANGNAM」じゃなくて「KANGNAM」、九老も「GURO」じゃなくて「KURO」でしたからね。そういえば、釜山国際映画祭は、今でも略称が「PIFF(Pusan International Film Festival)」のままですね。頭文字の「P」は、「PUSAN」の「P」。今は「BUSAN」ですから、本当なら「BIFF」なんですけど(笑)。

 

この頃から、韓国入管のスタンプのデザインが変わりました。ちょっと洗練された感じになりました。重なっていてよく見えないかもしれませんが、上の丸いスタンプ、「BUSAN」とはっきり書かれています。この頃から語頭の「K、T、P」などが「G、D、B」と表記されるようになったんですね。

何か韓国ばっかりでしたが、次回からは他の国も登場します

 

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