定年退職からの楽しき日々♪♪

六十歳で定年退職し、テニス・ピアノ・料理などの趣味にいそしんでいます。折にふれてエッセイを書いています。

67歳、初リサイタル

2017-07-13 11:09:52 | 音楽
 6月初旬、神戸在住の友人、林さんからメールが到来した。7月初めに高校の同窓会で上京するので食事でもしませんかとのお誘いである。その日は先約がないので喜んでお会いしたいと返信した。

 2歳年長の林さんは私と同じ川崎重工のOBで、今から20年ほど前、仕事の関係で知り合った。会社時代は売上・利益を計画管理する業務連絡がほとんどで、さほど親しい関係ではなかった。7年前に会社を退職した後、1、2年に1回位食事をするようになり、最近になってメール交換をするに至った。

 夕刻東京での同窓会ならば、途中下車して貰って新横浜駅で昼食をするのがいいと思い、いきつけの「自然食レストラン はーべすと」を予約した。このレストランは新鮮野菜を素材にキャベツのごま酢和え、大根餅、野菜オムレツなど数十種類のメニューをバイキング形式で揃えており、ランチは1、402円とリーズナブルである。人気があるのも頷ける。林さんとは1年ぶりの再会で楽しみである。

 レストランを予約して2、3日経った頃、
(同窓会が夕刻だとすると、食事のあと3時間ほど余裕があるな。それなら横浜の自宅に立ち寄って貰い、近所の遊歩道を案内したらいいのではないか)
と思い至った。折角家にきて貰えるなら2年前に買ったドイツ製のピアノで私の演奏もきいて貰おう。林さんにメールで意向を訊ねると、
「差し支えなければ訪問します。村上さんのピアノ演奏はよろこんできかせて貰います」
との返事を貰った。

 さて、一ヶ月後、林さんにどんな曲をきいて貰おうか? といってもそんなにレパートリーがあるわけではない。過去1年間練習してきたモーツァルト「交響曲第40番第1楽章」とベートーヴェンの「交響曲 運命第1楽章」をきいて貰おう。3か月前から練習しているベートーヴェンの「交響曲 田園第1楽章」も弾いてみよう。ヴィヴァルディの「四季」(「春」)は易しい楽譜があるのでこれから練習しても間に合うだろう。クラシックだけでは偏るのでミシェル・ルグランの「シェルブールの雨傘」にも挑戦してみたい。

 深く考えずに食事と自宅への招待を約束したが、改めて考えてみると、林さんにピアノをきいて貰うということはそれほど容易なことではない気がしてきた。これまで10年余りピアノを練習してきて、人前でピアノを弾くことの大変さを何度も経験しているからである。一人でなんとか弾けるようになっても、いざ人前でとなると、考えられないミスを犯し、しばしば立往生してしまうのである。

 しかし、もう後には引けない。練習するしかない。それからはいつもの2倍を超える時間を練習に注ぎ込んだ。モーツァルトの40番はみっちり練習したのでまず問題なく弾ける。「運命」も先生の指導を忠実に守りながら取り組んでいるので、ほぼ出来上がっている。ただ、最終部分は4オクターブという広い音域にわたって、右手と左手がそれぞれ素早く、複雑な動きをするので要注意である。「田園」は田舎に着いたときの愉快な気分を表しているだけあって、実にいい音楽なのだが、一番難易度が高く、中盤からのスタッカート(音を切って弾く)が難しい。

「シェルブールの雨傘」は53年前の映画である。映画をみたことはないが、音楽は実に素晴らしい。楽譜を頼りに一音、一音、音符を紡いでいった。右手が実に美しいメロディを奏で、そこに左手が雰囲気を盛り上げる和音を重ねる。

 林さんが来る日が近づく。少しずつ上達していることが分かる。それでも難所はまだまだ沢山ある。楽譜には色鉛筆の矢印、色塗りが増えていく。楽譜を見ながら練習していると、幼稚園・小学校で使った色鉛筆が実に便利なものであることに気づく。

 7月10日、午前11時、新横浜、新幹線東口のりかえ口で待っていると定刻通りに林さんが現れた。いつも通りの物静かな雰囲気である。駅ビル9階のレストランに案内し、林さんは生ビール、私は芋焼酎お湯割りで乾杯した。何よりも、林さんのお嬢さんが来月、軽井沢でご成婚されるのを祝した。

 林さんは平安時代以来、景勝地として名高い広島県福山市、鞆の浦のご出身である。ご実家はその昔醸造業を営んでおり、現在も実家の他に高台に別邸を所有している。10年ほど前、映画監督の宮崎駿さんがこの別邸を気に入り、貸してほしいと要請されたそうだ。宮崎監督はこの別邸に数ヶ月滞在し、『崖の上のポニョ』を構想した。林さんは名家の末裔である。

 新横浜からJR横浜線で横浜駅に行き、相模鉄道に乗り換えて私の家に来て貰った。妻は週2日、横浜市立保育園でパートタイマーとして働いており、この日は勤務日だった。お茶を飲んで貰い、ピアノの前に座った。林さんは10メートルほど離れてソファに座っている。聴衆が一人とは言え、とても緊張する。

 最初の曲はヴィヴァルディの「春」である。有名な「四季」の1曲目である。明るく陽気な曲で、弾いていて心が弾んでくる。2、3か所でミスがあったが、なんとか弾き終えた。次にシェルブールの雨傘の映画について、ネットで調べたことをしゃべった後、演奏を始めた。しかし、まだまだ練習不足であった。最初の10小節の辺りで指がもつれ、どうにも収拾がつかない。
「すみません。まだできていません」

 ベートーヴェンの田園は半分まできたところで、立往生してしまった。人前で演奏するためには、一人で練習しているときに完璧にできあがっていなければならない。田園は、まだ完璧に弾けたことがなかったのだ。ベートーヴェンの運命とモーツァルトの40番は何とか最後まで演奏することができた。それでも、練習ではさらりと弾けているところで何か所も躓いた。

 全5曲で、喋りも含めて15分足らずの演奏だった。林さんは暖かい笑顔できいてくれた。

 ピアノ演奏の後、近所の遊歩道「四季の径」を案内した。この遊歩道は約1キロにわたって、こなら、泰山木、桜などのゆたかな植栽が続き、今の時期はかぐわしいくちなしや、紫陽花などが妍を競っている。散策の後、林さんは東京に向かった。

 林さんのメールをきっかけにして、はからずも、生まれて初めてのリサイタルができたような気がする。「シェルブールの雨傘」と「田園」は準備不足で途中リタイア、他の3曲でも沢山の間違いをしてしまったが、演奏をきいてほしいと申し入れ、最後までやり遂げたことは評価できると思う。これまでの発表会では1年間練習して1曲を演奏するのがやっとだった。今回は一挙に5曲演奏できた。67歳にして、まったく新しいことに挑戦できたことが嬉しい。これからも、ピアノ演奏をきいてもらう機会を探っていこうと思う。林さんの訪問はわが人生に新しい世界を切り開いてくれた。

 朋有り、遠方より来る。また楽しからずや。 (2017年7月)









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