定年退職からの楽しき日々♪♪

六十歳で定年退職し、テニス・ピアノ・料理などの趣味にいそしんでいます。折にふれてエッセイを書いています。

あれから40余年

2017-01-14 13:01:45 | 日記
60歳で会社を退職してまる6年が過ぎた。
(どうしてもやりたいことが幾つかある。1年でも早く取りかかりたい)
という思いだった。3、4年間家族を説得しようとしたが、結局は完全な了解は得られず、最後は私のごり押しだった。

 やりたかったことは、テニス、ピアノ、母親の世話、読書だった。特にピアノは、始めたのが56歳と遅かったので、できるだけ若い内に時間をさきたかった。

 さて、この6年間を振り返ってどのような結果になったのか。
 それまで土日だけだったテニスは、平日もプレーできるようになり、まさに水を得た魚のようにテニスクラブに通った。週4日通っていたこともある。腕前も着実に向上し、テニス三昧の暮らしを堪能できた。しかし好事魔多しというべきか、身体的加齢現象に遭遇し、63前後にテニス肘になり、以後はテニスを休んだり、復活したりの状態が続いている。半年余り休み、今年からコートに復帰できた。

 ピアノも自由時間がふんだんにあるので、練習に十分な時間を費やすことができた。教え上手な先生に習っているので長足の進歩が可能な筈である。しかしそうは問屋が卸さない。私にとってピアノはテニスより遥かに難しい世界に思える。先生から与えられる課題一つひとつがすべて超難題だった。左手で同時に3つの鍵盤を押し、右手はまったく異なるメロディを弾く。その上、微妙な合間に足でペダルを踏まねばならない。ピアノ練習は苦痛の時間であり、楽しいと感じることは少なかった。そのような6年間を経て、小学校低学年レベルだった私が、今日ではベートーヴェンの運命やモーツァルトのピアノ協奏曲に取り組むところまで進歩できた。ようやく、苦しいだけでなく、愉快な時間を過ごせるようになった。60で退職しなかったならばこうはならなかった。これは早期退職の成果だと思える。

 母親の世話に十分な時間を割けたことは、母にとっても、私にとっても、家族にとってもとてもよかった。30歳で夫を亡くし、長らく不遇な人生を送ってきた母にとって、息子のケアはとりわけ嬉しいものだろうし、私としても多少の親孝行ができていると自負している。母と30年余り同居してくれた妻に対してもいささかのお礼はできていると思う。母は4年前からホームに暮らし、93歳でまだ認知症の症状もなく、孫やひ孫の訪問を楽しみにしている。

 想定外のこともある。外科医で作家の大鐘稔彦さんとの交友に多くの時間を費やすことができた。大鐘さんが畢生の作として取り組んだ長編小説『マックスとアドルフ』の執筆に際し、私はボクサー、マックス・シュメリングの自叙伝を見つけ、英語から日本語に翻訳するというお手伝いができた。翻訳は1年がかりの仕事だったが、生涯に残る思い出である。大鐘さんは私に、何度もエッセイ集の出版を勧めてくれた。自費出版となると、2百万円前後のお金がかかる。躊躇している頃、費用ゼロで出版できる道が開けた。アマゾンの電子出版である。電子出版では高度なパソコン技術が必要だった。友人の吉川力也さんが全面的にサポートしてくれ、2014年2月にエッセイ集を出版することができた。そして2016年10月にはエッセイ集第2集を出版できた。死ぬまでに1冊は本を出版したいという私の密かな夢が実現し、これまでに800部前後が販売されており、本当に嬉しい気持ちが持続している。自叙伝翻訳も出版も膨大な時間を要したので、60歳で退職しなかったらあり得なかったことである。

 昨年電子出版したエッセイ集を何部か製本し、インターネットをしていないと思われる友人・知人に送った。1月中旬、一通の手紙が届いた。神戸の岡本理(おさむ)さんからである。岡本さんは、私が1973年に川崎重工に入社し広報部に配属になった時の上司だった。当時40歳前後で背が高く、少しアラン・ドロンに似ていた。
「今日は当社の画期的な新商品のプレスリリースをするよ」
配属されたその日、岡本さんから言われた。水の上を走るオートバイ、ジェットスキーの報道発表だった。

 岡本さんは頭脳明晰な上に温厚な性格で社員の信望が厚かった。昼休みに自席でフォーサイスの『ジャッカルの日』を英語で読んでいるのを見て、英語ができるようになりたいと思った。2年後人事異動で私は東京転勤となり、その後岡本さんとは年賀状の遣り取りだけの付き合いとなったが、いろいろな面で大きな影響を受けた。

「この度はエッセイ集をご恵贈いただきありがとうございました。大変嬉しくまた感激している次第です。……大いに参考にいたしたく、また『この6年間は人生でいちばん豊饒な期間だった』というお言葉にも、痛く心に染み、これからの人生の指針にしたいと存じます。……私は83才になり、寄る年波でこの2年余り入退院を繰り返す始末です。早く元気になりたいと頑張っております」
手紙はこのように認められている。

 短い文面ながら、私が書きたいと思っていたことを十二分にわかって貰え、後輩の私に温かいエールを送ってくれていることを感じ、本当にありがたく嬉しくなった。これまでの40余年の月日がほんの一時であったかのように、岡本課長と共に過ごした日々がカラー映像のように蘇る。勤務先ですばらしい人に出会い、長い年月を経て再び意が通じ合う。実に貴重なことであり、大切にこころに留めてこれからの日々を送っていこう。早く元気になられるよう心から祈念したい。
          (2017年1月)


 
 
 
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運命交響曲

2016-12-11 16:59:57 | 音楽
 福井の中学生時代、初めてクラシック音楽をきいてみようかなという気になった。もう50年以上前の話である。初めて買ったLPレコードはベートーヴェンの「運命」と「田園」の2曲が入ったものだった。スタインバーグ指揮、ピッツバーグ交響楽団の演奏だったと記憶している。当時で2千円していたから相当に高価だった。運命はタ、タ、タ、ターンという出だしのテーマに心を鷲掴みにされた。レコードを何百回も聴いたことを覚えている。

 余りにも繰り返し聴きすぎたのか、社会人になってからは運命をきくことはほとんどなくなった。ベートーヴェンの音楽はいささか重い感じがすることも、きかなくなった理由である。

 56歳の時に、ふとしたはずみでピアノを始め、今日まで10年間続いている。「バーナム」(幼児用)や「バイエル」といった教則本などで練習した後、昨年からはモーツァルトのピアノ協奏曲第21番、今年に入ってからは交響曲第40番のピアノ版に取り組んできた。40番が弾けるようになったので、次に取り上げる曲を探していて、ベートーヴェンの運命の楽譜に出くわした。矢も楯もたまらず運命のピアノ版をやることにした。

 ところで、これまで様々な演奏家の演奏で数限りなく聴いてきた運命交響曲は、一体どんな情緒を表現している音楽なのだろうか? インターネットを検索してみると沢山の人が解説を試みている。それらを読んでおぼろげながらあらましのことは分かった。

 ベートーヴェンのハイリゲンシュタット遺書によると、運命が書かれる前にベートーヴェンは難聴などで悩み、自殺を考えていたという。「運命」は、自殺を考えるほどに追い込まれた人間の苦悩と格闘をテーマにしているようだ。ベートーヴェンは曲の冒頭の「タ、タ、タ、ターン」というモチーフについて「運命はこのように扉をたたく」と弟子に言っている。

 曲はその後「死への誘惑」と「救い」のテーマが入り乱れ、第2楽章、第3楽章と続いていく。第3楽章の最後の短調の部分から、第4楽章でハ長調に切り替わったとたん、大爆発を起こしたかのように「ド、ミ、ソー」と力強く第1主題が出てくる。ここで「暗から明へ」単純明快に転換し、死への誘惑を断ち切り、勝利した人間の喜びを歌って華やかに曲を閉じる。

 楽譜を広げてピアノを弾いてみる。冒頭のタ、タ、タ、ターンを弾いてみると、確かに運命交響曲がきこえてくる。何度か練習して、次にペダルを踏み込むと、オーケストラをきいているような、滑らかな大音響が響き渡る。魂が揺さぶられる。

 気をよくして6小節目に入ると、右手だけで2つの異なるメロディを弾き、左手は別の和音を弾かねばならない。その上、ペダルを踏んだり離したりの複雑な足の動きが要求される。いきなり、とんでもない迷路に入り込んでしまった。何度練習しても、何日かかっても曲にならない。
(ベートーヴェンの最高傑作の一つと言われる曲だ。音楽は甘くない)
自殺に追い込まれたベートーヴェンのように、私も深く沈んでいった。

 四苦八苦して練習を続け、先生のレッスンを受けると、まるで魔法にかかったように一歩前進した。先生のたった一言の指導が、どうにもならなかった隘路を通過させてくれる。そして又、家に帰ってピアノに向かい、またしても厚くて高い壁に突き当たる。指の動きが早くて複雑なのだ。瞬時に18個の鍵盤を飛び越える所もある。

 暗く、冴えない気分の中で3か月余り練習を続けていると、ある日、滑らかに弾ける箇所が出てきた。脳細胞がようやく活性化してくれたようだ。そして又何日か経つと他の所で進歩が見られるようになる。こうして練習を始めて4か月を過ぎ、何とか最後まで弾けるようになった。一体何百回、何千回弾いたことだろう。何度弾いても新鮮な感動が得られる。いやはや大変な作品だ。

 こうして一曲、また一曲とマスターしていく内に、将来への明るい希望を感じるようになった。一曲弾けるようになるということは、確実に技術が向上しているということを意味する。技術の向上により、次に手掛ける曲の選択の幅は大きく広がる。次はヴィヴァルディか?、ドヴォルザークか? 更にゆたかなピアノライフが待っているのだ。

 60も中盤になり、体のあちこちに障害が出始めている。テニスのレベルも下降する一方だ。好きな酒も酒量がどんどん落ちている。視力も減退し、老眼鏡なしには英和辞典を読めない。しかし、ほとんどの身体機能が低下する中で、ピアノだけは確実に進歩し、まだまだ伸びていく勢いである。

 今は一人でピアノを弾いて技術向上に努めているが、もう少し腕が上がったら、フルートやヴァイオリンをやっている人を見つけて合奏を楽しもうと考え始めた。合奏をするようになると、新たな魅力的な友人に出会える可能性もある。

 前期高齢者になる10年前に蛮勇をふるってピアノを始め、辛抱してきて本当によかった。老年期を迎え、ピアノは希望の光だ。
    (2016年12月)

 
 
 
  
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A Splendid Restaurant in Osaka(英語版を準備中)

2016-11-15 15:57:32 | グルメ
☆ある方からアドヴァイスをいただき、日本食関係のエッセイは英語版でも作成しようと考えています。
通常のエッセイはこのページの下にあります。

"A style of the professional work" came out when I arranged recorded DVD in my den. It was broadcast on NHK TV three years ago. For long autumnal night, I reproduced the DVD after a long absence.

This is a story of some Japanese restaurant in Chuo-ward, Osaka, Japan. There is a Japanese restaurant "Nagahori" in the quiet residential area which deviates from the downtown. You may overlook the restaurant when careless. However it is always full of vigor.

When you open the door, you see a counter from the entrance to the depths. The master with a kitchen knife welcomes you in a bright voice. "Come on in!"

The room is little and cosy, with 12 seats at the counter and several seats at 2 tables in the depths. It is clean and bright with the interior being unified in a woody taste. Several people have already visited the restaurant at past 6 p.m.

"Quite delicious!"
"Yes, good, so delicious!!"
Two middle-aged men eat boiled and seasoned fish(Kin-me, Anamalopidae) and mutter unintentionally.
They drink slolwly, with a small sake cup "O-choko", such Japanese sake as matches the dish, which the master rocommends. A fantastic fragrance flows into their nostrils and they get such taste of the sake as sweetness and hotness are mixed exquisitely. Though I only watch DVD, I feel as if I grasp chopsticks and eat boiled and seasoned fish. I feel as though the alcohol of the sake begins to take its effect in my body.

Shortly after eight o'clock, a party of three mothers come in. They have visited the restaurant many times and they leave dishes to the master. One of the classic menus, "a hair queen crab" is a boiled crab dressed with Tosa vinegar, which enhances the flavor of refreshing sake.

The ladies drain their glasses slowly, smacking their lips. As drunkeness turns around, they get more cheerful. What a refined and relaxed atmosphere!

At intervals of the conversation between the visitors, the master, Shigeo Nakamura talks to the visitors over the counter with a friendly smile. I get warmed, feeling as if I sat at the counter and heard their friendly conversation.

The 55-year-old master is busy for the procurement of ingredients from 7 a.m. When a truck loaded with fishes comes in the market, he inspects the fishes just caught in this morning before the fish merchant goes down from the driver's seat. He seeks better fishes from the selected ones available in the ocean nearby.
"Did you select the ark shell?"
"I did. I did do, of course. It is of no use if I do it slowly."

He procures almost all vegetables directly from the farmhouses. He keeps close connections with approximately 100 farmhouses from Hokkaido to Okinawa.
"Relationship with producers and relationship with visitors. I maintain such relationship from now on, through dishes and services. I want to treat the visitors with sincere thanks."

The master starts preparation for the evening business of the restaurant as soon as he comes back from the procurement. The price range of the dishes are mostly from 400 yen to 1,500 yen. He cooks seasonal ingredients with his craftsmanship, spending enough time. He aims to cook surprising dishes valued more than prices. It is his policy that his restaurant should be the comfortable one anyone can visit. Though "Nagahori" is such a common restaurant, domestic and overseas first-class cooks and celebrity visit the restaurant to enjoi Mr.Nakamura's dishes. One of the regular visitors is Mr.Shinya Yamanaka, who won the Nobel Prize in the study of iPS cells.

When it comes near 5 p.m., the opening hour, he straightens the cooking hat. A sudden smile flashes on the face of the master.
"Now, I am really looking forward to it."
He has cooked with his whole heart the best seasonal ingredients selected and procured from the early morning. Now he hopefully feels certain that the visitors appreciate and enjoy his dishes. I am really charmed by his will and passion as the chef and the master of the
restaurant.

Threre are several requirements which I want an excellent restaurant to meet. After all, the first requirements are the spirit fo the master and the atmosphere of the restaurant. Further one is the delicious dish using the good foodstuff. And liquor. "Nanahori" has a large assortment of delicious sake(rice wine) from all over Japan.

The master sticks thoroughly to the matching between dishes and sake.
"Only good sake is not enough. Only delicious dish is neither enough. Taking advantage of both sake and dish, extra quality dish is completed.

--to be continued--

(preparetion in progress)
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居酒屋主人

2016-11-14 21:30:21 | グルメ
 録画済のDVDを整理していたら、三年前NHKテレビで放送された「プロフェッショナル 仕事の流儀」が出てきた。秋の夜長、久しぶりに再生した。

 大阪市中央区の居酒屋が舞台である。居酒屋「ながほり」は繁華街から外れた閑静な住宅地にあり、うっかりすると見過ごしてしまう。しかしいつも活気に満ちている。

 ドアを開けると入り口から奥にかけてカウンターがあり、右手中央で包丁を握った大将が明るい声で「いらっしゃいませ!」と客を迎える。カウンター十二席と奥の小さなテーブル席二つというこじんまりした作りである。木目調に統一され、清潔で明るく落ち着いた雰囲気である。午後六時過ぎ、既に何組かの客が入っている。
「むっちゃ、旨い」
「うまい、うまいな」
中年の男性二人が金目の煮つけを食べながら思わずつぶやく。そして店主が料理に合わせて選んだ日本酒をお猪口でゆっくり口に含む。馥郁たる香りが鼻孔にささやき、甘さ、辛さが絶妙に調合された日本酒の旨みが舌を包み込む。テレビを見ているだけなのに、箸を握って煮つけを食べている気になる。日本酒のアルコールが回り始める気分になる。

 八時を少し回った頃、五十前後のお母さんたち三人連れが訪れた。何度も訪れている女性たちで、料理はお任せである。定番メニューのひとつ「活毛ガニ」は、さっぱりとした土佐酢のジュレをかけ、さわやかな日本酒の風味を引き立てる。女性たちは舌鼓を打ち、ゆっくりとグラスを干していく。酔いが回るにつれ、話は華やぎを増していく。何という上質な、心地よい空間なのだろうか。

 客同士の会話のふとした間合いに、店主中村重男はメガネの奥の目を細め、人懐こい笑顔でカウンター越に客に話しかける。長年の常連と中村さんとの親しいやりとりを隣席できいているようで心が和む。

 五十五歳の居酒屋主人は、朝七時から食材の調達に走り回る。市場に魚を積んだトラックが到着すると、業者が運転席から降りてくる前に荷台に上ってその朝とれた魚を検分する。選りすぐりの近海ものの中から更によい魚を求める。
「赤貝とりましたか?」
「取った。取った。当たり前でしょ。ダラダラしていたらだめでしょ」
野菜もその多くは農家から直接仕入れている。北海道から沖縄までおよそ百件の農家とつながりを保っている。
「生産者との縁、お客さんとの縁。これからも料理で縁をつないでいき、感謝でもてなしたいです」

 仕入れから戻ると直ぐにその夜の仕込みに取り掛かる。料理の多くは四百円から千五百円までの範囲だが、旬の食材に手間暇をかけ、値段以上の驚きの料理を作り、誰もが使える気軽な居酒屋であることにこだわる。そうした庶民的な店であるが、国内および海外の一流料理人や著名人も中村さんの料理を味わおうとやってくる。iPS細胞でノーベル賞を受賞した山中伸弥さんも常連の一人である。

 開店時刻の五時が近づくと調理帽子の位置を正し、主人の顔に笑みが漏れる。
「さぁ、今日は楽しみだなぁ」
早朝から厳選して調達した旬の食材で、気合を入れて下ごしらえした料理を、客が評価し、喜んでくれるという確信と期待が全身に満ちてくるのである。調理人・居酒屋主人としての意思と情熱にほれぼれする。

 居酒屋で大切な要素は幾つかある。何といっても主人のスピリットと店の雰囲気である。更に、よい食材を使った旨い料理。そして酒だ。居酒屋「ながほり」では全国からうまい日本酒を取り揃えている。

 主人は料理と日本酒の相性にとことんこだわる。
「酒だけでも無理、料理だけでも無理、その両方をうまく生かすことで極上の居酒屋料理が完成するんです」
多くの客はメニューの中から料理を選んだあと、主人に相性のよい酒を訊ねる。
「同じ銘柄の酒を飲んでも、この店で飲むとはるかにおいしい」
多くの客がそう言う。一体なぜだろうか?

 ドキュメンタリーはそのなぞに迫る。主人は全国からこれはと思う酒を仕入れ、日の当たらない冷暗所や冷蔵庫で保管する。しかし、直ぐに客に供するわけではない。出荷前に火入れ(加熱殺菌)を行った日本酒は何カ月かおいておかなければならない、日本酒は時が経つにつれて熟成するのだという。主人は一本一本の熟成度合いを考慮し、その日の料理に合った酒を選び出す。店が開く前に栓を開け、ぐい吞みに注いで試飲し熟成度合いを確認する。
「うん、いい具合に出来上がってる。これは今一番飲み頃です」
選び抜いた酒を大切に寝かせ、最高においしくなったタイミングで、相性のよい旬の料理とペアで提供するのだ。同じ銘柄でも他で飲むより断然旨いのも頷ける。

 ぬくもりのある店で、選りすぐりの料理、熟成した酒、店主のほのぼのとした人柄で、少し疲れた心が癒され、前向きになれる。客と主人の温もりのある会話をきいていて、私はいつも涙ぐむ。こんな居酒屋がいちばんいい。

「プロフェッショナルとは?」
「愚直なまでにやり続けるというのが、プロフェッショナルではないかな、と思います。お客様のことを考え、コツコツとやり続けることかなと」
「ながほり」は大阪城の南隣の街にあるらしい。いつか、大阪在住の学友と一緒に訊ねてみたい。    (2016年11月)

 
 
 
 
 
 
 
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カスタマーレビューが投稿されました。

2016-11-11 17:20:39 | 読書
10月24日に出版した『五年早い定年退職-それからの楽しき日々-第2集』について、11月10日、Soushun 様がアマゾンにカスタマーレビューを投稿してくださいました。

「おおいに感化はされたけど。

投稿者 Soushun 投稿日 2016/11/10

自分は現在54歳。そろそろリタイア後の人生に思いを馳せる頃であり、そんな動機でたまたま目にとまった本書を読んでみた。

まず、専門スクールにも通われた成果なのか文筆業を生業としない一般人とは思えない読みやすく真摯な文章で一気に読了した。

死に物狂いで会社人生を勤め上げたサラリーマンはえてして退職と同時に日々の生活の張り合いを失い無為に老いを重ねがちであるとよく言われるが、著者の生活ぶりはそれとは雲泥の差がある。テニス、料理、音楽、読書、旅行と、著者の興味の対象は実に多岐に渡り、しかもそれぞれに対する少々度が過ぎる取り組み方に瞠目する。音楽を例にあげれば、もともと子供用に購入されていたアップライトピアノに老後初めて手をつけ、プロの教師に習いながら10年でバッハ(だったか?)を弾きこなすまでになる。しかもその途中で子供用のピアノの音質に飽き足らず高額なピアノに買い換えるまでして。

内容は日ごとの短いエッセーに分けて綴られておりその多くが「これからのxxx生活が楽しみだ」のコメントで終わる。

読了後、老後の生活をとにかく楽しんでやるという著者の信念と貪欲さに感心しそういう意味ではおおいに感化された。しかしこう言っては失礼かもしれないが、在職中はそういう仕事以外の物事に一切目もくれず、職を離れた途端にあたかも禁が解けたかのように一気に趣味に没入された印象があり、そういう所は自分には相容れないものを感じた。些末なことにいちいち新鮮な感動を覚えられる性格も正直羨ましい。実はそれこそが老後を楽しむ秘訣なのかもしれず、自分と照らし合わせてみてやや不安を禁じ得なかった。」

私は読者層として40歳から70歳位の方を想定してエッセイを書いています。そういう意味では Soushun 様は54歳で、ちょうど中間の世代です。

私が書きたいと思っていたことを100%、いやむしろ120%捉えていただいており、たいへん嬉しいです。
それにしても、このレビューは実にすばらしい文章です。
とても励みになりました。このレビューを思い返しながらエッセイを書いていきたいと思います。

Soushun 様、レビューいただき、本当にありがとうございます。

村上 好


  
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エッセイ第2集を出版しました。

2016-10-24 08:05:37 | 趣味
2016年10月24日、アマゾン( kindle direct publishing )から
『五年早い定年退職 -それからの楽しき日々- 第2集』
を出版しました。

これまでの2年半のあいだに書いてきたものをまとめたものです。

以下をクリックしていただければ本のページにアクセスできます。

『五年早い定年退職 -それからの楽しき日々- 第2集』



          
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ピアノ調律

2016-10-23 16:02:52 | ピアノ
 ドイツ、ブリュートナー社の古いピアノを買ってから一年近くになる。たまたま同じ町内にブリュートナー日本総代理店の横山ピアノクリニックという会社があり、この会社で購入した。1924年に製造されてから既に92年経っており、ピアノ線、ハンマーなどの消耗部品はすべて新しいものと取り換えられ、塗装・調整も施されている。購入手続きの際、横山社長から
「納品してから一回無償で調整・調律をさせていただきます。ピアノが新しい環境で一年間過ごした頃に調整するのが一番効果的です」
と言われた。わが家の温度・湿度環境にピアノが馴染むのだという。

 十月七日午後三時、筆頭調律師の津久井俊彦さんが調律道具の入った大きなバッグを担いでやって来た。やや太り気味で、眼付きの柔和な三十代中盤の男性である。これまでにいろいろな調律師にヤマハピアノの調律を何度もやってもらった。いつも挨拶をした後はお任せで、終わりましたと言われるまでは別の部屋にいた。しかし、今日は調律作業を見学させてもらうことにした。
「調律の様子を見たいのと、ピアノがどんな構造になっているのか観察したいのですが、よろしいですか?」
「どうぞご覧になってください。うれしいです。ご質問があればご遠慮なくおっしゃってください」

 津久井さんは壊れ物に触れるように丁寧にピアノの蓋を外し、前面の外板を外した。針金と木材でできた鳥かごのようなものが無数に並んでいる。この鳥かごの中に八十八本の、フェルトでできたハンマーが並んでいる。ハンマーの内側にピアノ線が張られている。まるで迷路のようであり、もの凄く複雑な構造だ。
「鍵盤の一つひとつはてこになっており、鍵盤を押すと、その先端が上にあがります。その先端はハンマーを持ち上げ、ハンマーが前方に回転してピアノ線に当たって音が出ます」
説明をききながら動きを見たが、鍵盤からハンマーまでの間に十個前後のパーツが連なって動いているので、半分くらいしか仕組みが理解できない。それでもなんとなく音が鳴る構造がわかった。許可を得て沢山の写真を撮影した。

 ピアノには低音から高音まで八十八個の鍵盤がある。津久井さんは一個ずつ動きを確かめ、鍵盤の穴に詰められているフェルトの詰め物を調整していく。フェルトが湿気を吸って膨張し、鍵盤の動きを妨げ、鍵盤が重くなっているのだという。精細で根気の要る作業である。
(最近鍵盤が重いと感じることがあった。この調整作業によって、鍵盤がちょうどいい軽い動きになるんだ)
私は軽い動きの鍵盤の方が好きなので、期待が高まる。調律は音の高さだけの調整と思っていたが、鍵盤の動きや内部パーツの動きなども検査・調整することが分かった。一年に一回の調律が必須だと言われている意味が納得できた。

 調律作業の途中、いろいろな話をした。
「実は先月九月はオーストリアに出張していました。イェルク・デームスさんの別荘に滞在して三十台のピアノを調律してきました」
デームスは今年八十八歳、世界的に著名なピアニストである。十六年前横山社長の調律の腕にほれこんで毎年秋、オーストリアへの出張調律を依頼してきた。今年、一番弟子の津久井さんが初めて社長の代わりに調律に行ったのだという。スマートフォンのビデオで、高い天井の豪華な別荘での調律の様子を見せて貰った。デームスが津久井さんの横であれこれ注文を付けている。

 作業開始後、二時間ほど経った時、こんな説明をきいた。
「足で右ペダルを踏みこむと、八十八本のピアノ線の振動を止めているダンパーが解放されます。この状態である鍵盤を鳴らすと、その音に共鳴するピアノ線が共鳴して音を出します。一つの音を鳴らしただけなのに、沢山のピアノ線が音を出し、豊かなハーモニーを奏でます」
まったく新しい情報だ。私は、押した鍵盤の音だけが鳴るのだと思っていた。ところが音を出しているときにペダルを踏むと、鍵盤を押していない音も共鳴して艶のある響きになるのだ。さっそく試してみると、確かにたくさんのピアノ線が共鳴している。驚きとともに感動を覚えた。

 ピアノの内部構造・機構を理解するうちに、ピアノというものは複雑な精密機械だということがよく分かった。さまざまな工夫がこらされ、耐久性をもって正確に作動する。このような楽器を発明し、高度化させたヨーロッパの人たちの頭の良さに心底驚いた。

 あれこれと話をしている内に、私はハイドンの交響曲が大好きだというと、興味を示したので、早速ラジオレコーダーを持ってきて十曲ほど、さわりを聴いてもらった。
「ハイドンのピアノ曲はよく聴いていますが、交響曲は聴いたことがありませんでした。いい曲なのでこれからは聴こうと思います」

 こうして三時間半が過ぎ、六時半ごろ調律が終わった。ピアノを弾いてみると鍵盤が軽くなっており、音の鳴り方にばらつきがあった鍵盤も同じような鳴り方をしている。納入後わが家で一年間を過ごし、わが家のブリュートナーピアノとして確立したようだ。

 これまではピアノを弾くときは、鍵盤だけしかイメージしていなかった。鍵盤をたたくと、しくみのことは分からないが、とにかく音が出るのである。調律の後、ピアノ練習をするときは、鍵盤、押し上げ棒(ジャックというらしい)、ハンマーのことが自然に頭に浮かび、それらが連動して、ハンマーがピアノ線を打ち、音が出るということをイメージしながらピアノを弾くようになった。すると明らかに音の質が変わってきている。いままでより注意深く音を聴くようになり、押している鍵盤の音だけでなく、共鳴している音もきこえるようになってきた。三時間半の調律見学でピアノのレベルがかなり上がったようだ。

 いろいろと考え、工夫もするようになってきた。演奏していて、指の動きが滑らかにいかないと感じるときは、指の使い方を変えたり、押さえる位置をずらしてみることもある。指がより滑らかな動きになったときは、先生にメールで確認している。多くの場合、私が考えた工夫が正道である場合が多い。

 非常に力量のある調律師の作業を見学させて貰い、さまざまなことを教わったことで、ピアノへの親近感が高まり、練習にさらに情熱を注ぐようになってきた。一年後の調律の時までにワンランク、ツーランク腕を上げておこうと思う。来年の調律のときは是非、津久井さんにベートーヴェンの「運命」(ピアノ版)をきいてもらおう。すばらしい調律師に出会えたものだ。  (2016年10月)





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他山の石

2016-09-10 14:35:34 | 読書
 最近テレビを見ていると、10年1日のごときクイズ番組や、芸能人の些細なスキャンダル報道などばかりでまったく見る気になれない。

 私は3年ほど前からパソコンでテレビ番組を自動予約録画している。テレビを見たいときは録画済み番組をチェックし、おもしろそうな番組だけを見る。いい番組はハードディスクに移動し、特に優れた番組はブルーレイディスクにコピーして保存する。こうすることでいつでもハイクオリティのテレビ番組を楽しむことができるようになった。何といういい時代に生まれたことだろう。

 2か月ほど前、録画したままで半年ほど見ていない番組があることに気付いた。「万人の不平等」というドキュメンタリーである。米国クリントン政権で労働長官を務めたロバート・ライシュがカリフォルニア大学バークレー校公共政策大学院で行った講義のドキュメンタリーである。講義はよく準備されたパワーポイントを使い、学生を引き付けるような親しみやすい語り口で進められていく。実に興味深い内容で、アメリカの名門バークレーの学生になったような気分になり、2度、3度とDVDを視聴した。

 ライシュの著書を読みたくなり、『格差と民主主義』(2014年、東洋経済新報社)を購入して精読した。
「1960~70年代には、米国の最富裕上位1%の人々が手にする所得総額は、GDPの9ないし10%だった。2007年には倍増して、23%になった」(p7)
統計資料を調べて計算してみると、米国の最富裕上位1%の人々は
1965年で実質GDP、  319兆円の内の 31兆円、
2007年で実質GDP、1、461兆円の内の336兆円
の所得を上げている。(100円/ドルとして計算)

 最富裕上位1%が10倍もの所得を上げている一方で、2012年までの30年間で標準的な勤労者の年間賃金は1%の伸びすら実現できなかったという。当然のことながら、中間層は家計支出を大幅に抑制せざるを得ず、アメリカ経済の景気回復は活力にかけている。

 米国でこのような巨大な所得格差が起きていることを知って非常に驚いた。そして、それに付随して起こっているさまざまな現象に衝撃を受けた。

 政治家が当選したり再選されるためには、相当広告にたよらねばならないが、選挙費用の上昇に伴い広告費も高騰している。政治家は、より多くのカネがあるところを求めて、大企業のCEO、ウォール街のファンドマネージャーたちに群がる。超富裕層の蓄財は、彼らの会社が雇っているロビイストや広報マンを通じて政界へと流れていく。

 大企業のCEOやファンドマネージャーたちが、自分たちが進めようとしていることを政治家に要望すると、政治家はそれに応じようとする。CEOたちが政治家に求めることとはたいてい自分や自社への減税だ。あるいは補助金、救済措置、政府入札などの形をとった企業助成や規制緩和である。こうして減税や企業助成が実施され、富裕層の資産はますます大きくなる。1958年から2008年までの半世紀間で富裕上位1%に課された平均税率は51%から26%に下落した。(P52)

 こうして巨額の資金が政府を乗っ取りつつある。政府は次第に国民の多くが望むことをしなくなり、大企業やウォール街、金権政治加が望むことに力を入れている。

(保有資産も巨額になると政府を買えるということなのか! アメリカで進展している巨大な格差と民主主義の危機に対して一体どのような解決策があるのだろうか?革命以外に解決策はないのではないか)
ライシュの『格差と民主主義』の3分の2まで読み進んで、暗澹たる気分になってきた。

 最終章「怒りを乗り越えて¦私たちがしなければならないこと」を読み始めて、一筋の光明を見出した。
「取り組むべき課題や政治的立場を示してくれる候補者が現れるのを待ってはいけないということだ。そうではなく、あなた自身が積極的な役割をはたして課題を創出し、候補者にその課題に集中してもらおう。現職議員にも『その問題のために動いてくれるのなら、あなたの再選に尽力する』と告げるのだ」(P176)

 その通りだ。選挙で投票だけして議員にすべてを任せてはならないのだ。自ら調べ、考え、政策をまとめ、他の人たちと議論して政策を修正しつつ同調者を増やして候補者や議員に提言し、彼らを支持していくことだ。わたしたちの政治との関わりは選挙の日だけではないのだ。

 ライシュのテレビ番組を視聴し、その著作を読んでアメリカの格差の現状に驚いた。さてわが日本の格差はどうなっているのだろうか。「世界の上位所得割合データベース」によれば、日本では上位1%層の占有率は10%以下で推移しているが、非正規労働者の増加、高所得者層の子弟教育投資による所得格差の恒久化などにより、格差と貧困が近年上昇しているようだ。

 政治の問題を見つけ、分析し、解決のための政策パッケージを作ることは非常に難しい。しかし、社会をよく観察し、資料を調べ、実現可能な政策提言書をまとめられるようになりたいと思う。友人・知人と議論を交わして提言書を修正し、候補者や議員に提言できるようになりたいものだ。

 2週間ほど前、相模鉄道いずみ野線に乗車したら、偶然地元選出の横浜市会議員、古川直季さんに会った。古川さんは26歳で初当選し、いつも上位で当選し、現在6期目の48歳である。
「今、アメリカの格差問題を扱った本を読んでいます。格差が大きくなり大変な問題になっているようです。日本の格差問題のことは分かりませんが、これから考えていきたいと思います」
と言うと、是非その本を読みたいと言われたので、ライシュの本を紹介した。これから、小さなことでも政策提言できることがあれば古川さんに提案したいと思う。

 アメリカの格差問題は他山の石として日本でも真剣に考えるべきだ。一人の力などたかがしれている。しかし、一人が一歩踏み出す勇気がいつの日か多くの人の動きにつながり、社会を変えると信じたい。         (2016年9月)


 
 
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真夏のオアシス

2016-09-01 08:12:22 | 読書
 今年の夏も暑い。50年余り前、小学校の社会科で日本は温帯地方に属すると教わったけれども、最近の気候からすると亜熱帯気候になりつつあるのではないだろうか。

 8月上旬、外出して汗だくになって帰宅すると、さわやかな青で縁どりされた日本郵便のスマートレターが届いていた。作家の大鐘稔彦さんからで、開けてみると幻冬舎文庫が入っている。8月5日に発行された『孤高のメス 死の淵よりの声』である。扉の裏に毛筆で謹呈の署名が入っている。今年5月に大鐘さんの書斎を訪ねた際、机の上に広げられていた執筆中の原稿が文庫になったのだ。孤高のメスは幻冬舎の要請を受けて次々と続編が出版され、この作品が12冊目になる。同封された手紙によると、1万5千部の初刷に追加して1万5千部の二刷が決まったという。今読んでいる本を読み終えたら読ませてもらおう。これは楽しみだ。

 8月も残りわずかとなった。今朝は6時過ぎに起床し、夫婦二人の朝食を作った。朝の炊き立てのご飯と味噌汁は実においしい。60代後半になり、ご飯がほんとうにおいしいと思うようになった。朝食後しばらくピアノに向かう。昨日丹生谷(にゅうのや)佳惠先生のレッスンを受け、モーツァルトの交響曲第40番(ピアノヴァージョン)のペダル操作を教わってきた。アレグロモルト(きわめて速く)の曲であり、休符も多いのでペダル操作はかなり難しい。時間をかけて習得していこう。

 8時半、キャリーバッグを従えて家を出る。街を歩いていると目が覚めるようにあざやかな赤や黄色の花を育てている家がある。デジカメを取り出しシャッターを切る。この界隈は植栽の見事な家が多く、散策するのが実に愉快だ。やがて遊歩道「四季の径」に出る。まだ蝉の鳴き声がきこえる。コナラの木を見上げるとドングリの赤ちゃんがたくさんついている。遊歩道の中間点あたりにそびえるメタセコイアの葉がすこし黄色くなっている。

 朝の散歩を楽しんで9時ちょうど、フェリス女学院大学に着く。このキャンパスも豊かな緑に溢れている。ミニりんごの木があり、直径3センチほどの実が紅く色づき始めている。図書館に行くと、ガラスの自動扉にバッタが留まっていて、私を出迎えてくれた。

 図書館3階に行き、窓際のいつもの席にバッグを置く。夏休み中でもあり、数百坪の3階席は誰もいない。椅子に座り、ペットボトルのウーロン茶を飲む。コクがあり、実においしい。ラジオレコーダーにヘッドフォンをつないで、モーツァルトのピアノソナタ第10番をきく。岡山県の内科医、篠原佳年(よしとし)さんが「明るいハ長調の透明なピアノの音色が交感神経に弾みをつけ、生きる希望ややる気をもたらします」と推薦している曲だ。(篠原佳年『モーツァルトを聴くと健康になる』2014、マキノ出版) リズミカルで軽快な実に気持ちの良い音楽で、たしかに気分が高揚する。

 大鐘稔彦さんが送ってくれた『孤高のメス 死の淵よりの声』を読む。2007年に刊行された孤高のメス第1巻では30代そこそこだった主人公、外科医・当麻鉄彦も既に50代後半になっている。琵琶湖畔の甦生記念病院副院長である。手術での判断力、メス捌きはますます冴えているが、しばしば部下に執刀を任せ、自らは傍らで見守り、指導役になることが多い。

 孤高のメスの特徴は医療現場の活写であり、特に手術の様子が克明に描かれることである。この10年間、文庫本11冊、4千ページ余りの小説を読み、何十例にも及ぶ手術の一部始終を熟読してきた。私は2007年に昭和大学医学部で、医学部の学生が教科書として必携するというネッター『解剖学アトラス』を1万円で購入して、この小説を読みながら折に触れて参照してきたこともあり、手術場面の記述を読むと臓器や血管・リンパ管、骨・筋肉の様子が頭の中に浮かぶようになっている。
「手術は佳境に入っている。門脈と総胆管の左右分岐部を見定めて右側の枝をくくって切断してしまえば完了だ。肝臓は真二つに割れた形になっているから、割面の右側の血管と肝内胆管を捉えて結紮していけばよい」(142ページ)
今回の作品で、交通事故による臓器破損患者の緊急手術場面を読みながら、私はいつしか外科医・大鐘稔彦の弟子になっていたことに気づいた。

 ものがたりに読みふけっていると11時を過ぎている。初老になった今、小さな活字を追うのは疲れる。文庫本を閉じ、バッグからUSBメモリーを取り出す。このところ1、500枚ほどの家族写真の整理を進めている。出がけにこの写真をUSBにコピーしてきた。外出用のパソコンを立ち上げ、USBメモリーを挿入して写真整理をすることにした。30年、40年前の家族写真を1枚ずつ眺め、日付と見出しを入力する。古い写真というものは貴重なものだ。さまざまな記憶と感慨を呼び起こし、心をゆたかにしてくれる。楽しみながら、写真の整理が着実に進んでいく。

 右手の窓を見ると、下半分は緑のキャンパス、中央に大学の瀟洒な建物が並び、上半分は青い空、そして白い雲が左から右にゆっくりと流れていく。館内は清掃が行き届いて実に清潔で、空調は多少肌寒い位なので、いつも長そでを着てくる。外は焦げるほどの猛暑だというのに、クールでさわやかな環境だ。図書館の横には深い森が広がりまるで軽井沢に避暑に行ったような気分である。

 フェリス女学院のオープンカレッジで講座を受講する特典として、いつでも図書館を利用できることはほんとうにすばらしいことだ。私にとってフェリスの図書館は真夏のオアシスである。あり得ないような状況に感謝しつつ、毎日フェリス図書館に通い、教養を磨き、いつかは社会に貢献したいと願っている。(2016年9月)

 
 
 
 
 
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ピアノと脳細胞

2016-08-14 21:51:55 | ピアノ
 わが家の一階の和室は庭に面している。障子戸とアルミサッシを開けると高さ3メートルほどの柚子の木が数百個の実をつけている。庭に向かって右側の一隅に小さな仏壇をまつり、左側の隅に床の間がある。母はこの部屋で33年暮らし、3年前に伊勢原市のホームに転居した。2年前に耐震改修工事をした際、この和室の床の一部を補強した。半年前、ヤマハピアノと入れ替わりに、ドイツ、ライプツィッヒ生まれ、92歳のピアノがこの和室に輿入れしてきた。

 この頃になって、たたみ、床の間、仏壇とドイツピアノが同居する違和感が次第に薄れてきた。2か月前から、モーツァルトが1788年、32歳のときに書いた交響曲第40番第1楽章(ピアノヴァージョン)を練習している。3年前この曲に挑戦したときは、技術が足りず、最初から5小節もいかずに挫折した。どうしても軽快なリズム感がつくれず、メロディにならなかったのだ。

 今回は、右手が多少早いテンポでも弾けるようになっていることと、左手がピアノ(弱音)で3和音を奏でることができるようになったことで、導入部の関門をなんとか通過することができた。腕、指の筋肉が鍛えられて微妙で素早い動きができるようになったのだろう。同時に、未使用の脳細胞が発達して腕と指に適切な指示を出せるようになったのかなと想像している。

 この曲を作曲したころ、モーツァルトは経済的には大変苦しい状況にあり、父親レオポルトの死去や生まれたばかりの長女テレジアの夭逝など、身内の不幸も続いていた。その影響か、この曲の第一主題は美しさとともに悲しみを感じさせ、曲全体としても哀愁感がベースになっている。しかし、冒頭から終曲までシンプルかつ流麗なメロディに溢れている。

 これまで取り組んできたのはモーツァルトのピアノ協奏曲第21番第2楽章だった。左手で八分音符を2音弾くのと同じ時間で、右手は三連符を3音弾く箇所が一番難しく、仕上げるまでに10か月かかった。交響曲40番は同じような難度なので1年近くかかるだろうと思っていた。ところが、1か月ほどで半分まで弾けるようになった。そして後半に入ると、その3分の1は前半の繰り返しであり、あれっと思っている内に最終部分に到達した。こうなると一段と練習に身が入り、毎日、朝・昼・晩とピアノに向かうようになった。そして今日になって、ついに全曲が弾けるようになった。2か月で完成である。モーツァルトの交響曲でもっとも人気の高い曲であり、演奏していると、指揮台に立ってウィーン・フィルを指揮しているような感興を覚える。ピアノを続けてきて本当によかったと喜びをかみしめている。

 この曲は最初から最後まで右手と左手がまったく別の動きをする。練習を始めたころは右手と左手がまったくかみ合わなかった。最初は片手ずつ練習し、次に両手で弾いてみる。何日も練習しているとようやく足並み(手並み)が揃うようになる。長時間のトレーニングで右手は左脳、左手は右脳の脳細胞が動作に必要な情報を記憶し、適切な命令を手に送れるようになったということだろう。

(ピアノ練習は脳細胞と深い関係にあるのではないかと思うのだが、医学的な根拠はあるのだろうか?)
そんな疑問が湧いてきた。さっそくネットを調べてみると、いろいろな関連情報が出ており、その中に面白い話がある。
長寿医学の世界的権威、順天堂大学加齢制御医学講座教授の白澤卓二先生が、自身がやっている認知症予防法について紹介している。
「認知症患者の脳を見てみると脳に隙間ができている。予防法はこの隙間を作らないことだ。予防のポイントは、認知機能を失ってしまう前に脳を刺激して記憶を保存する神経細胞を増やすことである。
 認知症予防法の一つはピアノをひくことである。ピアノを弾くと脳を広範囲に使う。5本の指を平等に使い、右も左も使うので、普段活性化されていない部分も活性化されてくる」
白澤先生は認知症予防のために、18年前、40歳からピアノを始めたそうだ。

 ピアノと脳細胞が深い関係にあるという私の仮説は医学的にも根拠があるようだ。ピアノを弾き続けても認知症になることもあるだろうが、ピアノの腕があがるにつれて、英単語の記憶力や文章の読解力などが明らかに向上している気がする。ピアノ練習で活性化した脳細胞がピアノ以外の活動でも関与しているのかもしれない。

 私も昨年、前期高齢者の仲間入りをした。これから高齢者として生きる上で、ピアノは楽しみであると同時に、認知症予防など健康にもとてもよい効果があることが分かった。さらにブリュートナーピアノを大切にしつつ、交際を深めていきたい。(2016年8月)

 
 
 

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