定年退職からの楽しき日々♪♪

六十歳で定年退職し、テニス・ピアノ・料理などの趣味にいそしんでいます。折にふれてエッセイを書いています。

A Splendid Restaurant in Osaka(英語版を準備中)

2016-11-15 15:57:32 | グルメ
☆ある方からアドヴァイスをいただき、日本食関係のエッセイは英語版でも作成しようと考えています。
通常のエッセイはこのページの下にあります。

"A style of the professional work" came out when I arranged recorded DVD in my den. It was broadcast on NHK TV three years ago. For long autumnal night, I reproduced the DVD after a long absence.

This is a story of some Japanese restaurant in Chuo-ward, Osaka, Japan. There is a Japanese restaurant "Nagahori" in the quiet residential area which deviates from the downtown. You may overlook the restaurant when careless. However it is always full of vigor.

When you open the door, you see a counter from the entrance to the depths. The master with a kitchen knife welcomes you in a bright voice. "Come on in!"

The room is little and cosy, with 12 seats at the counter and several seats at 2 tables in the depths. It is clean and bright with the interior being unified in a woody taste. Several people have already visited the restaurant at past 6 p.m.

"Quite delicious!"
"Yes, good, so delicious!!"
Two middle-aged men eat boiled and seasoned fish(Kin-me, Anamalopidae) and mutter unintentionally.
They drink slolwly, with a small sake cup "O-choko", such Japanese sake as matches the dish, which the master rocommends. A fantastic fragrance flows into their nostrils and they get such taste of the sake as sweetness and hotness are mixed exquisitely. Though I only watch DVD, I feel as if I grasp chopsticks and eat boiled and seasoned fish. I feel as though the alcohol of the sake begins to take its effect in my body.

Shortly after eight o'clock, a party of three mothers come in. They have visited the restaurant many times and they leave dishes to the master. One of the classic menus, "a hair queen crab" is a boiled crab dressed with Tosa vinegar, which enhances the flavor of refreshing sake.

The ladies drain their glasses slowly, smacking their lips. As drunkeness turns around, they get more cheerful. What a refined and relaxed atmosphere!

At intervals of the conversation between the visitors, the master, Shigeo Nakamura talks to the visitors over the counter with a friendly smile. I get warmed, feeling as if I sat at the counter and heard their friendly conversation.

The 55-year-old master is busy for the procurement of ingredients from 7 a.m. When a truck loaded with fishes comes in the market, he inspects the fishes just caught in this morning before the fish merchant goes down from the driver's seat. He seeks better fishes from the selected ones available in the ocean nearby.
"Did you select the ark shell?"
"I did. I did do, of course. It is of no use if I do it slowly."

He procures almost all vegetables directly from the farmhouses. He keeps close connections with approximately 100 farmhouses from Hokkaido to Okinawa.
"Relationship with producers and relationship with visitors. I maintain such relationship from now on, through dishes and services. I want to treat the visitors with sincere thanks."

The master starts preparation for the evening business of the restaurant as soon as he comes back from the procurement. The price range of the dishes are mostly from 400 yen to 1,500 yen. He cooks seasonal ingredients with his craftsmanship, spending enough time. He aims to cook surprising dishes valued more than prices. It is his policy that his restaurant should be the comfortable one anyone can visit. Though "Nagahori" is such a common restaurant, domestic and overseas first-class cooks and celebrity visit the restaurant to enjoi Mr.Nakamura's dishes. One of the regular visitors is Mr.Shinya Yamanaka, who won the Nobel Prize in the study of iPS cells.

When it comes near 5 p.m., the opening hour, he straightens the cooking hat. A sudden smile flashes on the face of the master.
"Now, I am really looking forward to it."
He has cooked with his whole heart the best seasonal ingredients selected and procured from the early morning. Now he hopefully feels certain that the visitors appreciate and enjoy his dishes. I am really charmed by his will and passion as the chef and the master of the
restaurant.

Threre are several requirements which I want an excellent restaurant to meet. After all, the first requirements are the spirit fo the master and the atmosphere of the restaurant. Further one is the delicious dish using the good foodstuff. And liquor. "Nanahori" has a large assortment of delicious sake(rice wine) from all over Japan.

The master sticks thoroughly to the matching between dishes and sake.
"Only good sake is not enough. Only delicious dish is neither enough. Taking advantage of both sake and dish, extra quality dish is completed.

--to be continued--

(preparetion in progress)
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居酒屋主人

2016-11-14 21:30:21 | グルメ
 録画済のDVDを整理していたら、三年前NHKテレビで放送された「プロフェッショナル 仕事の流儀」が出てきた。秋の夜長、久しぶりに再生した。

 大阪市中央区の居酒屋が舞台である。居酒屋「ながほり」は繁華街から外れた閑静な住宅地にあり、うっかりすると見過ごしてしまう。しかしいつも活気に満ちている。

 ドアを開けると入り口から奥にかけてカウンターがあり、右手中央で包丁を握った大将が明るい声で「いらっしゃいませ!」と客を迎える。カウンター十二席と奥の小さなテーブル席二つというこじんまりした作りである。木目調に統一され、清潔で明るく落ち着いた雰囲気である。午後六時過ぎ、既に何組かの客が入っている。
「むっちゃ、旨い」
「うまい、うまいな」
中年の男性二人が金目の煮つけを食べながら思わずつぶやく。そして店主が料理に合わせて選んだ日本酒をお猪口でゆっくり口に含む。馥郁たる香りが鼻孔にささやき、甘さ、辛さが絶妙に調合された日本酒の旨みが舌を包み込む。テレビを見ているだけなのに、箸を握って煮つけを食べている気になる。日本酒のアルコールが回り始める気分になる。

 八時を少し回った頃、五十前後のお母さんたち三人連れが訪れた。何度も訪れている女性たちで、料理はお任せである。定番メニューのひとつ「活毛ガニ」は、さっぱりとした土佐酢のジュレをかけ、さわやかな日本酒の風味を引き立てる。女性たちは舌鼓を打ち、ゆっくりとグラスを干していく。酔いが回るにつれ、話は華やぎを増していく。何という上質な、心地よい空間なのだろうか。

 客同士の会話のふとした間合いに、店主中村重男はメガネの奥の目を細め、人懐こい笑顔でカウンター越に客に話しかける。長年の常連と中村さんとの親しいやりとりを隣席できいているようで心が和む。

 五十五歳の居酒屋主人は、朝七時から食材の調達に走り回る。市場に魚を積んだトラックが到着すると、業者が運転席から降りてくる前に荷台に上ってその朝とれた魚を検分する。選りすぐりの近海ものの中から更によい魚を求める。
「赤貝とりましたか?」
「取った。取った。当たり前でしょ。ダラダラしていたらだめでしょ」
野菜もその多くは農家から直接仕入れている。北海道から沖縄までおよそ百件の農家とつながりを保っている。
「生産者との縁、お客さんとの縁。これからも料理で縁をつないでいき、感謝でもてなしたいです」

 仕入れから戻ると直ぐにその夜の仕込みに取り掛かる。料理の多くは四百円から千五百円までの範囲だが、旬の食材に手間暇をかけ、値段以上の驚きの料理を作り、誰もが使える気軽な居酒屋であることにこだわる。そうした庶民的な店であるが、国内および海外の一流料理人や著名人も中村さんの料理を味わおうとやってくる。iPS細胞でノーベル賞を受賞した山中伸弥さんも常連の一人である。

 開店時刻の五時が近づくと調理帽子の位置を正し、主人の顔に笑みが漏れる。
「さぁ、今日は楽しみだなぁ」
早朝から厳選して調達した旬の食材で、気合を入れて下ごしらえした料理を、客が評価し、喜んでくれるという確信と期待が全身に満ちてくるのである。調理人・居酒屋主人としての意思と情熱にほれぼれする。

 居酒屋で大切な要素は幾つかある。何といっても主人のスピリットと店の雰囲気である。更に、よい食材を使った旨い料理。そして酒だ。居酒屋「ながほり」では全国からうまい日本酒を取り揃えている。

 主人は料理と日本酒の相性にとことんこだわる。
「酒だけでも無理、料理だけでも無理、その両方をうまく生かすことで極上の居酒屋料理が完成するんです」
多くの客はメニューの中から料理を選んだあと、主人に相性のよい酒を訊ねる。
「同じ銘柄の酒を飲んでも、この店で飲むとはるかにおいしい」
多くの客がそう言う。一体なぜだろうか?

 ドキュメンタリーはそのなぞに迫る。主人は全国からこれはと思う酒を仕入れ、日の当たらない冷暗所や冷蔵庫で保管する。しかし、直ぐに客に供するわけではない。出荷前に火入れ(加熱殺菌)を行った日本酒は何カ月かおいておかなければならない、日本酒は時が経つにつれて熟成するのだという。主人は一本一本の熟成度合いを考慮し、その日の料理に合った酒を選び出す。店が開く前に栓を開け、ぐい吞みに注いで試飲し熟成度合いを確認する。
「うん、いい具合に出来上がってる。これは今一番飲み頃です」
選び抜いた酒を大切に寝かせ、最高においしくなったタイミングで、相性のよい旬の料理とペアで提供するのだ。同じ銘柄でも他で飲むより断然旨いのも頷ける。

 ぬくもりのある店で、選りすぐりの料理、熟成した酒、店主のほのぼのとした人柄で、少し疲れた心が癒され、前向きになれる。客と主人の温もりのある会話をきいていて、私はいつも涙ぐむ。こんな居酒屋がいちばんいい。

「プロフェッショナルとは?」
「愚直なまでにやり続けるというのが、プロフェッショナルではないかな、と思います。お客様のことを考え、コツコツとやり続けることかなと」
「ながほり」は大阪城の南隣の街にあるらしい。いつか、大阪在住の学友と一緒に訊ねてみたい。    (2016年11月)

 
 
 
 
 
 
 
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カスタマーレビューが投稿されました。

2016-11-11 17:20:39 | 読書
10月24日に出版した『五年早い定年退職-それからの楽しき日々-第2集』について、11月10日、Soushun 様がアマゾンにカスタマーレビューを投稿してくださいました。

「おおいに感化はされたけど。

投稿者 Soushun 投稿日 2016/11/10

自分は現在54歳。そろそろリタイア後の人生に思いを馳せる頃であり、そんな動機でたまたま目にとまった本書を読んでみた。

まず、専門スクールにも通われた成果なのか文筆業を生業としない一般人とは思えない読みやすく真摯な文章で一気に読了した。

死に物狂いで会社人生を勤め上げたサラリーマンはえてして退職と同時に日々の生活の張り合いを失い無為に老いを重ねがちであるとよく言われるが、著者の生活ぶりはそれとは雲泥の差がある。テニス、料理、音楽、読書、旅行と、著者の興味の対象は実に多岐に渡り、しかもそれぞれに対する少々度が過ぎる取り組み方に瞠目する。音楽を例にあげれば、もともと子供用に購入されていたアップライトピアノに老後初めて手をつけ、プロの教師に習いながら10年でバッハ(だったか?)を弾きこなすまでになる。しかもその途中で子供用のピアノの音質に飽き足らず高額なピアノに買い換えるまでして。

内容は日ごとの短いエッセーに分けて綴られておりその多くが「これからのxxx生活が楽しみだ」のコメントで終わる。

読了後、老後の生活をとにかく楽しんでやるという著者の信念と貪欲さに感心しそういう意味ではおおいに感化された。しかしこう言っては失礼かもしれないが、在職中はそういう仕事以外の物事に一切目もくれず、職を離れた途端にあたかも禁が解けたかのように一気に趣味に没入された印象があり、そういう所は自分には相容れないものを感じた。些末なことにいちいち新鮮な感動を覚えられる性格も正直羨ましい。実はそれこそが老後を楽しむ秘訣なのかもしれず、自分と照らし合わせてみてやや不安を禁じ得なかった。」

私は読者層として40歳から70歳位の方を想定してエッセイを書いています。そういう意味では Soushun 様は54歳で、ちょうど中間の世代です。

私が書きたいと思っていたことを100%、いやむしろ120%捉えていただいており、たいへん嬉しいです。
それにしても、このレビューは実にすばらしい文章です。
とても励みになりました。このレビューを思い返しながらエッセイを書いていきたいと思います。

Soushun 様、レビューいただき、本当にありがとうございます。

村上 好


  
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エッセイ第2集を出版しました。

2016-10-24 08:05:37 | 趣味
2016年10月24日、アマゾン( kindle direct publishing )から
『五年早い定年退職 -それからの楽しき日々- 第2集』
を出版しました。

これまでの2年半のあいだに書いてきたものをまとめたものです。

以下をクリックしていただければ本のページにアクセスできます。

『五年早い定年退職 -それからの楽しき日々- 第2集』



          
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ピアノ調律

2016-10-23 16:02:52 | ピアノ
 ドイツ、ブリュートナー社の古いピアノを買ってから一年近くになる。たまたま同じ町内にブリュートナー日本総代理店の横山ピアノクリニックという会社があり、この会社で購入した。1924年に製造されてから既に92年経っており、ピアノ線、ハンマーなどの消耗部品はすべて新しいものと取り換えられ、塗装・調整も施されている。購入手続きの際、横山社長から
「納品してから一回無償で調整・調律をさせていただきます。ピアノが新しい環境で一年間過ごした頃に調整するのが一番効果的です」
と言われた。わが家の温度・湿度環境にピアノが馴染むのだという。

 十月七日午後三時、筆頭調律師の津久井俊彦さんが調律道具の入った大きなバッグを担いでやって来た。やや太り気味で、眼付きの柔和な三十代中盤の男性である。これまでにいろいろな調律師にヤマハピアノの調律を何度もやってもらった。いつも挨拶をした後はお任せで、終わりましたと言われるまでは別の部屋にいた。しかし、今日は調律作業を見学させてもらうことにした。
「調律の様子を見たいのと、ピアノがどんな構造になっているのか観察したいのですが、よろしいですか?」
「どうぞご覧になってください。うれしいです。ご質問があればご遠慮なくおっしゃってください」

 津久井さんは壊れ物に触れるように丁寧にピアノの蓋を外し、前面の外板を外した。針金と木材でできた鳥かごのようなものが無数に並んでいる。この鳥かごの中に八十八本の、フェルトでできたハンマーが並んでいる。ハンマーの内側にピアノ線が張られている。まるで迷路のようであり、もの凄く複雑な構造だ。
「鍵盤の一つひとつはてこになっており、鍵盤を押すと、その先端が上にあがります。その先端はハンマーを持ち上げ、ハンマーが前方に回転してピアノ線に当たって音が出ます」
説明をききながら動きを見たが、鍵盤からハンマーまでの間に十個前後のパーツが連なって動いているので、半分くらいしか仕組みが理解できない。それでもなんとなく音が鳴る構造がわかった。許可を得て沢山の写真を撮影した。

 ピアノには低音から高音まで八十八個の鍵盤がある。津久井さんは一個ずつ動きを確かめ、鍵盤の穴に詰められているフェルトの詰め物を調整していく。フェルトが湿気を吸って膨張し、鍵盤の動きを妨げ、鍵盤が重くなっているのだという。精細で根気の要る作業である。
(最近鍵盤が重いと感じることがあった。この調整作業によって、鍵盤がちょうどいい軽い動きになるんだ)
私は軽い動きの鍵盤の方が好きなので、期待が高まる。調律は音の高さだけの調整と思っていたが、鍵盤の動きや内部パーツの動きなども検査・調整することが分かった。一年に一回の調律が必須だと言われている意味が納得できた。

 調律作業の途中、いろいろな話をした。
「実は先月九月はオーストリアに出張していました。イェルク・デームスさんの別荘に滞在して三十台のピアノを調律してきました」
デームスは今年八十八歳、世界的に著名なピアニストである。十六年前横山社長の調律の腕にほれこんで毎年秋、オーストリアへの出張調律を依頼してきた。今年、一番弟子の津久井さんが初めて社長の代わりに調律に行ったのだという。スマートフォンのビデオで、高い天井の豪華な別荘での調律の様子を見せて貰った。デームスが津久井さんの横であれこれ注文を付けている。

 作業開始後、二時間ほど経った時、こんな説明をきいた。
「足で右ペダルを踏みこむと、八十八本のピアノ線の振動を止めているダンパーが解放されます。この状態である鍵盤を鳴らすと、その音に共鳴するピアノ線が共鳴して音を出します。一つの音を鳴らしただけなのに、沢山のピアノ線が音を出し、豊かなハーモニーを奏でます」
まったく新しい情報だ。私は、押した鍵盤の音だけが鳴るのだと思っていた。ところが音を出しているときにペダルを踏むと、鍵盤を押していない音も共鳴して艶のある響きになるのだ。さっそく試してみると、確かにたくさんのピアノ線が共鳴している。驚きとともに感動を覚えた。

 ピアノの内部構造・機構を理解するうちに、ピアノというものは複雑な精密機械だということがよく分かった。さまざまな工夫がこらされ、耐久性をもって正確に作動する。このような楽器を発明し、高度化させたヨーロッパの人たちの頭の良さに心底驚いた。

 あれこれと話をしている内に、私はハイドンの交響曲が大好きだというと、興味を示したので、早速ラジオレコーダーを持ってきて十曲ほど、さわりを聴いてもらった。
「ハイドンのピアノ曲はよく聴いていますが、交響曲は聴いたことがありませんでした。いい曲なのでこれからは聴こうと思います」

 こうして三時間半が過ぎ、六時半ごろ調律が終わった。ピアノを弾いてみると鍵盤が軽くなっており、音の鳴り方にばらつきがあった鍵盤も同じような鳴り方をしている。納入後わが家で一年間を過ごし、わが家のブリュートナーピアノとして確立したようだ。

 これまではピアノを弾くときは、鍵盤だけしかイメージしていなかった。鍵盤をたたくと、しくみのことは分からないが、とにかく音が出るのである。調律の後、ピアノ練習をするときは、鍵盤、押し上げ棒(ジャックというらしい)、ハンマーのことが自然に頭に浮かび、それらが連動して、ハンマーがピアノ線を打ち、音が出るということをイメージしながらピアノを弾くようになった。すると明らかに音の質が変わってきている。いままでより注意深く音を聴くようになり、押している鍵盤の音だけでなく、共鳴している音もきこえるようになってきた。三時間半の調律見学でピアノのレベルがかなり上がったようだ。

 いろいろと考え、工夫もするようになってきた。演奏していて、指の動きが滑らかにいかないと感じるときは、指の使い方を変えたり、押さえる位置をずらしてみることもある。指がより滑らかな動きになったときは、先生にメールで確認している。多くの場合、私が考えた工夫が正道である場合が多い。

 非常に力量のある調律師の作業を見学させて貰い、さまざまなことを教わったことで、ピアノへの親近感が高まり、練習にさらに情熱を注ぐようになってきた。一年後の調律の時までにワンランク、ツーランク腕を上げておこうと思う。来年の調律のときは是非、津久井さんにベートーヴェンの「運命」(ピアノ版)をきいてもらおう。すばらしい調律師に出会えたものだ。  (2016年10月)





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他山の石

2016-09-10 14:35:34 | 読書
 最近テレビを見ていると、10年1日のごときクイズ番組や、芸能人の些細なスキャンダル報道などばかりでまったく見る気になれない。

 私は3年ほど前からパソコンでテレビ番組を自動予約録画している。テレビを見たいときは録画済み番組をチェックし、おもしろそうな番組だけを見る。いい番組はハードディスクに移動し、特に優れた番組はブルーレイディスクにコピーして保存する。こうすることでいつでもハイクオリティのテレビ番組を楽しむことができるようになった。何といういい時代に生まれたことだろう。

 2か月ほど前、録画したままで半年ほど見ていない番組があることに気付いた。「万人の不平等」というドキュメンタリーである。米国クリントン政権で労働長官を務めたロバート・ライシュがカリフォルニア大学バークレー校公共政策大学院で行った講義のドキュメンタリーである。講義はよく準備されたパワーポイントを使い、学生を引き付けるような親しみやすい語り口で進められていく。実に興味深い内容で、アメリカの名門バークレーの学生になったような気分になり、2度、3度とDVDを視聴した。

 ライシュの著書を読みたくなり、『格差と民主主義』(2014年、東洋経済新報社)を購入して精読した。
「1960~70年代には、米国の最富裕上位1%の人々が手にする所得総額は、GDPの9ないし10%だった。2007年には倍増して、23%になった」(p7)
統計資料を調べて計算してみると、米国の最富裕上位1%の人々は
1965年で実質GDP、  319兆円の内の 31兆円、
2007年で実質GDP、1、461兆円の内の336兆円
の所得を上げている。(100円/ドルとして計算)

 最富裕上位1%が10倍もの所得を上げている一方で、2012年までの30年間で標準的な勤労者の年間賃金は1%の伸びすら実現できなかったという。当然のことながら、中間層は家計支出を大幅に抑制せざるを得ず、アメリカ経済の景気回復は活力にかけている。

 米国でこのような巨大な所得格差が起きていることを知って非常に驚いた。そして、それに付随して起こっているさまざまな現象に衝撃を受けた。

 政治家が当選したり再選されるためには、相当広告にたよらねばならないが、選挙費用の上昇に伴い広告費も高騰している。政治家は、より多くのカネがあるところを求めて、大企業のCEO、ウォール街のファンドマネージャーたちに群がる。超富裕層の蓄財は、彼らの会社が雇っているロビイストや広報マンを通じて政界へと流れていく。

 大企業のCEOやファンドマネージャーたちが、自分たちが進めようとしていることを政治家に要望すると、政治家はそれに応じようとする。CEOたちが政治家に求めることとはたいてい自分や自社への減税だ。あるいは補助金、救済措置、政府入札などの形をとった企業助成や規制緩和である。こうして減税や企業助成が実施され、富裕層の資産はますます大きくなる。1958年から2008年までの半世紀間で富裕上位1%に課された平均税率は51%から26%に下落した。(P52)

 こうして巨額の資金が政府を乗っ取りつつある。政府は次第に国民の多くが望むことをしなくなり、大企業やウォール街、金権政治加が望むことに力を入れている。

(保有資産も巨額になると政府を買えるということなのか! アメリカで進展している巨大な格差と民主主義の危機に対して一体どのような解決策があるのだろうか?革命以外に解決策はないのではないか)
ライシュの『格差と民主主義』の3分の2まで読み進んで、暗澹たる気分になってきた。

 最終章「怒りを乗り越えて¦私たちがしなければならないこと」を読み始めて、一筋の光明を見出した。
「取り組むべき課題や政治的立場を示してくれる候補者が現れるのを待ってはいけないということだ。そうではなく、あなた自身が積極的な役割をはたして課題を創出し、候補者にその課題に集中してもらおう。現職議員にも『その問題のために動いてくれるのなら、あなたの再選に尽力する』と告げるのだ」(P176)

 その通りだ。選挙で投票だけして議員にすべてを任せてはならないのだ。自ら調べ、考え、政策をまとめ、他の人たちと議論して政策を修正しつつ同調者を増やして候補者や議員に提言し、彼らを支持していくことだ。わたしたちの政治との関わりは選挙の日だけではないのだ。

 ライシュのテレビ番組を視聴し、その著作を読んでアメリカの格差の現状に驚いた。さてわが日本の格差はどうなっているのだろうか。「世界の上位所得割合データベース」によれば、日本では上位1%層の占有率は10%以下で推移しているが、非正規労働者の増加、高所得者層の子弟教育投資による所得格差の恒久化などにより、格差と貧困が近年上昇しているようだ。

 政治の問題を見つけ、分析し、解決のための政策パッケージを作ることは非常に難しい。しかし、社会をよく観察し、資料を調べ、実現可能な政策提言書をまとめられるようになりたいと思う。友人・知人と議論を交わして提言書を修正し、候補者や議員に提言できるようになりたいものだ。

 2週間ほど前、相模鉄道いずみ野線に乗車したら、偶然地元選出の横浜市会議員、古川直季さんに会った。古川さんは26歳で初当選し、いつも上位で当選し、現在6期目の48歳である。
「今、アメリカの格差問題を扱った本を読んでいます。格差が大きくなり大変な問題になっているようです。日本の格差問題のことは分かりませんが、これから考えていきたいと思います」
と言うと、是非その本を読みたいと言われたので、ライシュの本を紹介した。これから、小さなことでも政策提言できることがあれば古川さんに提案したいと思う。

 アメリカの格差問題は他山の石として日本でも真剣に考えるべきだ。一人の力などたかがしれている。しかし、一人が一歩踏み出す勇気がいつの日か多くの人の動きにつながり、社会を変えると信じたい。         (2016年9月)


 
 
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真夏のオアシス

2016-09-01 08:12:22 | 読書
 今年の夏も暑い。50年余り前、小学校の社会科で日本は温帯地方に属すると教わったけれども、最近の気候からすると亜熱帯気候になりつつあるのではないだろうか。

 8月上旬、外出して汗だくになって帰宅すると、さわやかな青で縁どりされた日本郵便のスマートレターが届いていた。作家の大鐘稔彦さんからで、開けてみると幻冬舎文庫が入っている。8月5日に発行された『孤高のメス 死の淵よりの声』である。扉の裏に毛筆で謹呈の署名が入っている。今年5月に大鐘さんの書斎を訪ねた際、机の上に広げられていた執筆中の原稿が文庫になったのだ。孤高のメスは幻冬舎の要請を受けて次々と続編が出版され、この作品が12冊目になる。同封された手紙によると、1万5千部の初刷に追加して1万5千部の二刷が決まったという。今読んでいる本を読み終えたら読ませてもらおう。これは楽しみだ。

 8月も残りわずかとなった。今朝は6時過ぎに起床し、夫婦二人の朝食を作った。朝の炊き立てのご飯と味噌汁は実においしい。60代後半になり、ご飯がほんとうにおいしいと思うようになった。朝食後しばらくピアノに向かう。昨日丹生谷(にゅうのや)佳惠先生のレッスンを受け、モーツァルトの交響曲第40番(ピアノヴァージョン)のペダル操作を教わってきた。アレグロモルト(きわめて速く)の曲であり、休符も多いのでペダル操作はかなり難しい。時間をかけて習得していこう。

 8時半、キャリーバッグを従えて家を出る。街を歩いていると目が覚めるようにあざやかな赤や黄色の花を育てている家がある。デジカメを取り出しシャッターを切る。この界隈は植栽の見事な家が多く、散策するのが実に愉快だ。やがて遊歩道「四季の径」に出る。まだ蝉の鳴き声がきこえる。コナラの木を見上げるとドングリの赤ちゃんがたくさんついている。遊歩道の中間点あたりにそびえるメタセコイアの葉がすこし黄色くなっている。

 朝の散歩を楽しんで9時ちょうど、フェリス女学院大学に着く。このキャンパスも豊かな緑に溢れている。ミニりんごの木があり、直径3センチほどの実が紅く色づき始めている。図書館に行くと、ガラスの自動扉にバッタが留まっていて、私を出迎えてくれた。

 図書館3階に行き、窓際のいつもの席にバッグを置く。夏休み中でもあり、数百坪の3階席は誰もいない。椅子に座り、ペットボトルのウーロン茶を飲む。コクがあり、実においしい。ラジオレコーダーにヘッドフォンをつないで、モーツァルトのピアノソナタ第10番をきく。岡山県の内科医、篠原佳年(よしとし)さんが「明るいハ長調の透明なピアノの音色が交感神経に弾みをつけ、生きる希望ややる気をもたらします」と推薦している曲だ。(篠原佳年『モーツァルトを聴くと健康になる』2014、マキノ出版) リズミカルで軽快な実に気持ちの良い音楽で、たしかに気分が高揚する。

 大鐘稔彦さんが送ってくれた『孤高のメス 死の淵よりの声』を読む。2007年に刊行された孤高のメス第1巻では30代そこそこだった主人公、外科医・当麻鉄彦も既に50代後半になっている。琵琶湖畔の甦生記念病院副院長である。手術での判断力、メス捌きはますます冴えているが、しばしば部下に執刀を任せ、自らは傍らで見守り、指導役になることが多い。

 孤高のメスの特徴は医療現場の活写であり、特に手術の様子が克明に描かれることである。この10年間、文庫本11冊、4千ページ余りの小説を読み、何十例にも及ぶ手術の一部始終を熟読してきた。私は2007年に昭和大学医学部で、医学部の学生が教科書として必携するというネッター『解剖学アトラス』を1万円で購入して、この小説を読みながら折に触れて参照してきたこともあり、手術場面の記述を読むと臓器や血管・リンパ管、骨・筋肉の様子が頭の中に浮かぶようになっている。
「手術は佳境に入っている。門脈と総胆管の左右分岐部を見定めて右側の枝をくくって切断してしまえば完了だ。肝臓は真二つに割れた形になっているから、割面の右側の血管と肝内胆管を捉えて結紮していけばよい」(142ページ)
今回の作品で、交通事故による臓器破損患者の緊急手術場面を読みながら、私はいつしか外科医・大鐘稔彦の弟子になっていたことに気づいた。

 ものがたりに読みふけっていると11時を過ぎている。初老になった今、小さな活字を追うのは疲れる。文庫本を閉じ、バッグからUSBメモリーを取り出す。このところ1、500枚ほどの家族写真の整理を進めている。出がけにこの写真をUSBにコピーしてきた。外出用のパソコンを立ち上げ、USBメモリーを挿入して写真整理をすることにした。30年、40年前の家族写真を1枚ずつ眺め、日付と見出しを入力する。古い写真というものは貴重なものだ。さまざまな記憶と感慨を呼び起こし、心をゆたかにしてくれる。楽しみながら、写真の整理が着実に進んでいく。

 右手の窓を見ると、下半分は緑のキャンパス、中央に大学の瀟洒な建物が並び、上半分は青い空、そして白い雲が左から右にゆっくりと流れていく。館内は清掃が行き届いて実に清潔で、空調は多少肌寒い位なので、いつも長そでを着てくる。外は焦げるほどの猛暑だというのに、クールでさわやかな環境だ。図書館の横には深い森が広がりまるで軽井沢に避暑に行ったような気分である。

 フェリス女学院のオープンカレッジで講座を受講する特典として、いつでも図書館を利用できることはほんとうにすばらしいことだ。私にとってフェリスの図書館は真夏のオアシスである。あり得ないような状況に感謝しつつ、毎日フェリス図書館に通い、教養を磨き、いつかは社会に貢献したいと願っている。(2016年9月)

 
 
 
 
 
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ピアノと脳細胞

2016-08-14 21:51:55 | ピアノ
 わが家の一階の和室は庭に面している。障子戸とアルミサッシを開けると高さ3メートルほどの柚子の木が数百個の実をつけている。庭に向かって右側の一隅に小さな仏壇をまつり、左側の隅に床の間がある。母はこの部屋で33年暮らし、3年前に伊勢原市のホームに転居した。2年前に耐震改修工事をした際、この和室の床の一部を補強した。半年前、ヤマハピアノと入れ替わりに、ドイツ、ライプツィッヒ生まれ、92歳のピアノがこの和室に輿入れしてきた。

 この頃になって、たたみ、床の間、仏壇とドイツピアノが同居する違和感が次第に薄れてきた。2か月前から、モーツァルトが1788年、32歳のときに書いた交響曲第40番第1楽章(ピアノヴァージョン)を練習している。3年前この曲に挑戦したときは、技術が足りず、最初から5小節もいかずに挫折した。どうしても軽快なリズム感がつくれず、メロディにならなかったのだ。

 今回は、右手が多少早いテンポでも弾けるようになっていることと、左手がピアノ(弱音)で3和音を奏でることができるようになったことで、導入部の関門をなんとか通過することができた。腕、指の筋肉が鍛えられて微妙で素早い動きができるようになったのだろう。同時に、未使用の脳細胞が発達して腕と指に適切な指示を出せるようになったのかなと想像している。

 この曲を作曲したころ、モーツァルトは経済的には大変苦しい状況にあり、父親レオポルトの死去や生まれたばかりの長女テレジアの夭逝など、身内の不幸も続いていた。その影響か、この曲の第一主題は美しさとともに悲しみを感じさせ、曲全体としても哀愁感がベースになっている。しかし、冒頭から終曲までシンプルかつ流麗なメロディに溢れている。

 これまで取り組んできたのはモーツァルトのピアノ協奏曲第21番第2楽章だった。左手で八分音符を2音弾くのと同じ時間で、右手は三連符を3音弾く箇所が一番難しく、仕上げるまでに10か月かかった。交響曲40番は同じような難度なので1年近くかかるだろうと思っていた。ところが、1か月ほどで半分まで弾けるようになった。そして後半に入ると、その3分の1は前半の繰り返しであり、あれっと思っている内に最終部分に到達した。こうなると一段と練習に身が入り、毎日、朝・昼・晩とピアノに向かうようになった。そして今日になって、ついに全曲が弾けるようになった。2か月で完成である。モーツァルトの交響曲でもっとも人気の高い曲であり、演奏していると、指揮台に立ってウィーン・フィルを指揮しているような感興を覚える。ピアノを続けてきて本当によかったと喜びをかみしめている。

 この曲は最初から最後まで右手と左手がまったく別の動きをする。練習を始めたころは右手と左手がまったくかみ合わなかった。最初は片手ずつ練習し、次に両手で弾いてみる。何日も練習しているとようやく足並み(手並み)が揃うようになる。長時間のトレーニングで右手は左脳、左手は右脳の脳細胞が動作に必要な情報を記憶し、適切な命令を手に送れるようになったということだろう。

(ピアノ練習は脳細胞と深い関係にあるのではないかと思うのだが、医学的な根拠はあるのだろうか?)
そんな疑問が湧いてきた。さっそくネットを調べてみると、いろいろな関連情報が出ており、その中に面白い話がある。
長寿医学の世界的権威、順天堂大学加齢制御医学講座教授の白澤卓二先生が、自身がやっている認知症予防法について紹介している。
「認知症患者の脳を見てみると脳に隙間ができている。予防法はこの隙間を作らないことだ。予防のポイントは、認知機能を失ってしまう前に脳を刺激して記憶を保存する神経細胞を増やすことである。
 認知症予防法の一つはピアノをひくことである。ピアノを弾くと脳を広範囲に使う。5本の指を平等に使い、右も左も使うので、普段活性化されていない部分も活性化されてくる」
白澤先生は認知症予防のために、18年前、40歳からピアノを始めたそうだ。

 ピアノと脳細胞が深い関係にあるという私の仮説は医学的にも根拠があるようだ。ピアノを弾き続けても認知症になることもあるだろうが、ピアノの腕があがるにつれて、英単語の記憶力や文章の読解力などが明らかに向上している気がする。ピアノ練習で活性化した脳細胞がピアノ以外の活動でも関与しているのかもしれない。

 私も昨年、前期高齢者の仲間入りをした。これから高齢者として生きる上で、ピアノは楽しみであると同時に、認知症予防など健康にもとてもよい効果があることが分かった。さらにブリュートナーピアノを大切にしつつ、交際を深めていきたい。(2016年8月)

 
 
 

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1924年

2016-08-05 23:59:54 | 音楽
 66年生きてきて、何回か思い切った決断をしてきた。それなりに調べ、相談し、考えたのだが、最後は「えいや!」と賽を投げてきた。そのなかでも50を優に越える年齢でピアノを始めたのは、もっとも大胆な決断だった。あの日から既に10年の月日が流れている。ピアノを始めた時、家族は全員揃ってあきれ返り、どうせ3日も続かないとせせら笑った。正直言って、本人だって3日続くかどうか大いに疑問だった。

 銀座の山野楽器でDVDがついた成人初心者向け教則本を買ってきてピアノをたたいてみたが、初日から既に壁にぶち当たった。右手だけでも大変なのに、左手は違う動きをするのである。持ち前の忍耐強さから三日坊主にはならなかった。しかし、1週間経ち、1か月経ってもほとんど上達しない。自学自習は無理と考え、先生の教えを受けようと考えた。

 その頃、妻が習っているヴァイオリンの先生、大堀由美子さんの演奏会があった。その演奏会で大堀さんのピアノ伴奏をしている人がレッスンをしていると知り、妻の勧めもあって教えていただくことになった。ピアニストの丹生谷佳惠(にゅうのやかえ)先生である。丹生谷先生は私より20歳以上歳下で、眼が大きく歯並びのよい美人でやさしい人なのだが、レッスンになると豹変し、レッスン毎に必ず新たな課題を出し、レッスン後は胃の調子がおかしくなることが多かった。

 普通の小学生なら1年ほどで終了するバイエルは3年かかってしまった。バイエルの後はブルクミュラーの練習曲集に取り組んだが、どの曲も新しい技術を学ばねばならず、青息吐息だった。丹生谷先生は世界的なピアニスト、フセイン・セルメットに師事しており、CD録音などの前にはパリに行ってセルメットのレッスンを受けていた。CDを出すほどの人が未だにレッスンを受けるなんて、音楽家というものは、いつまでも師匠の指導を受けるもののようだ。

 私のピアノ技術は、まるで時間が止まったかのような、極めてのろいペースで推移した。丹生谷先生の我慢・忍耐は大変なものだったことだろう。先生がいなければ、間違いなくピアノを早い時期にやめていた。10年も続いたことが奇跡のように感じられる。

 息子が4、5歳になった頃、ヤマハピアノを買った。1982年頃だ。猫足でマホガニー色のしゃれたピアノである。当時、80万円位だったように思う。息子はピアノを習い始めて2年足らずでやめてしまった。私は子供たちのお古のピアノを使ってきた。

 3年ほど前から、ピアノの音色が気になるようになった。音の高低、強さ、伸びに問題はない。ただ音が中性で、「味」が感じられないのだ。たまに家の外でピアノに触る機会があるとき、まれに気持ちのよい音に出会えることがある。NHKのアナウンサーでも、声の質は千差万別で、山根基世さんや森田美由紀さんなどは得も言われぬ美しい声をしている。
(美しい音色のピアノがほしい)
これがいつしか私の願いになった。

 私は横浜市旭区柏町という、人口千人余りの町に住んでいる。この小さな町に「横山ピアノクリニック」というピアノ店がある。店主の横山さんは著名な調律師で、全国津々浦々を訪ねて調律をしている。ウィーン在住の世界的ピアニスト、イェルク・デームスの信任が厚く、毎年ウィーンに出張し、デームスの百数十台のピアノの調律をしている。ピアノクリニックはヨーロッパのピアノも展示販売しており、全国から客が訪れる。

 4、5年前から駅前のこの店に足しげく通うようになった。お店の人がピアノの分解・調整をする工房で、展示されている10台前後のピアノを弾かせてもらうと、気分が高揚する。ピアノは1台、1台個性があり、外観の雰囲気、鍵盤の重さ・軽さ、音色などがすべて違う。こうして数年間にわたって数十台のピアノを試弾し、心から気に入ったピアノが何台かある。1台はデームスが長年愛用し、横山さんが譲り受けたドイツ、ブリュートナー社のグランドピアノ。これは鍵盤のタッチ、柔らかい音色と申し分ない。1911年製で、価格は1千万円。もう1台はブリュートナー社のアップライトピアノで、鍵盤のタッチもまずまずで、甘く柔らかい音色である。いつかは、このようなピアノを買いたいものだと漠然と思うようになっていった。

 昨年の8月、信頼できる友人がリート(不動産投資信託)という証券があることを教えてくれた。リスクはあるが、年3~4%の利回りが期待できると知り、へそくりで投資を始めた。2年、3年と保有して半年に一度の分配金を得ようと思っていると、どういうわけだかリートの価格が上昇し、分配金を上回る水準になるので、ついつい売却する。様子を見ているとリートの価格が下がるので、再び買う。また売る。このようなことを繰り返していると、着実に確定利益が増えていった。昨年の後半から相場がリートの高利回りに目をつけて次第に買いに入り、リート相場が徐々に上昇するというトレンドになったらしい。年末には確定利益の額が150万円を超えていた。

 リート投資が順調に推移している一方、価格の変動は大きく、1日で20万円を超す含み損の発生があることも多い。たまたまうまいこと利益が出ているものの、やはり危ない世界だと痛感した。
(リート投資はリスクが大きく、安定性を重視する自分の性格には合わない。利益が出ている内に手じまいをしよう)
と決断し、今年になってすべてのリートを売却した。

 思いもかけずに手にした投資利益で、思い切ってピアノを買い替えることにした。過去1年間、何度も何度も試弾してきたブリュートナーのアップライトピアノである。横山さんの店に行き、値段の交渉をした。今使っているヤマハピアノを3万円で下取して貰い、支払い総額127万円で買うことにした。町内の郵便局で預金をおろし、その日の夕方全額を支払った。

 このブリュートナーの鍵盤は象牙でできており、指ざわりが非常にいい。鍵盤は軽く、音はフルートのような甘い音色が感じられる。打鍵すると音が1分、2分と鳴り続ける。

 7月からベートーヴェンの交響曲第5番「運命」第1楽章(ピアノヴァージョン)の練習を始めた。オーケストラ100人分を一人で弾くわけで、複雑な指遣いが要求され、さすがに大変だ。しかし、フォルテで「ミ、ミ、ミ、ドー」、「レ、レ、レ、シー」と鍵盤を押さえ、一呼吸置いて右足でペダルを踏み込むと、厳粛な雰囲気の和音が鳴り響き、オーケストラの指揮者になった気分である。練習するたびに一歩ずつ進歩し、毎回音楽に興奮を覚える。いいピアノに出会えて本当によかった。

 このピアノは1924年にドイツ、ライプツィヒで製造された。長らくヨーロッパで使用され、2年前に横山さんが輸入し、全面的な手直しを施した。ピアノ線、ハンマーのフェルトなど消耗品はすべて新品に交換されている。

 1924年製と知って、日本の年号を調べてみた。大正13年である。私の母は大正12年大晦日の生まれなので、92歳の母はこのブリュートナーと同じ年齢だ。単なる偶然とはいえ、重い意味を感じている。母は早晩旅立つことになるだろうが、このピアノは私と共にいてくれることになる。さまざまなことが連鎖して、人生の伴侶を得た。この出会いに大切に、音楽の世界をゆっくりと楽しんでいきたい。(2016年8月)



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ツァープランニング

2016-07-04 16:47:16 | 旅行
 今年5月末、作家の大鐘稔彦さんから手紙を貰った。4月に出版した『マックスとアドルフ』の出版記念会が7月9日に洲本市で開催されることになったと記されていた。出席したいと思ったが、5月初めに淡路島の大鐘さんを訪ねたばかりであり、残念ながら今回は見送りとした。

 6月17日、誕生日を迎えた。遂に66歳となる。これまでまだまだ若いと思ってきたが、66という数字を見ると、さすがに歳を取ってきたなと思わざるを得ない。男性の平均寿命80.5歳まで14年しかない。余命は短いということだ。若々しく健康そのものの大鐘さんも今年73歳である。そう思うと、両方ともが健康な今、滅多にない出版記念会に出るべきだと考え直した。これからはすべてが一期一会である。
「村上さんは欠席ときいていましたが、えぇー、来てくれますか!」
その夜携帯に電話を入れると、大鐘さんの弾んだ声が返ってきた。

 急遽出版記念会への出席を決めてみると、横浜から新幹線で神戸に行き、そこから高速バスで淡路島に行き、一泊して帰るだけでは、費用的にちともったいない気がしてきた。さてどうしたものか。
(妻が最近、徳島県の祖谷(いや)に行きたいとしきりに言っている。徳島は淡路島の隣だから、ちょいと下見をしてくるか)
ということで、7月8日は祖谷を訪ねることにした。

 祖谷は四国の山間部地域であり、屋島の戦いで落ち延びた平家の落人が住み着いたという伝説がある。ここ数十年、過疎化が進行したが、一方で「平家の落人」伝説ゆかりの観光地として注目されるようになっているらしい。

 祖谷を下見するといっても、いったい祖谷ってどの辺にあるの?地図上の位置イメージがまったくない。インターネットを調べてみると、四国の中心部、徳島県と高知県の境界あたりにあることが分かった。早速「旅行プラン」というエクセルファイルを立ち上げ、祖谷の位置を示す地図を貼りつけた。

 翌日横浜駅に行き、旅行代理店でJTB、日本旅行など数社の四国地方パック旅行カタログを集めた。カタログをみると祖谷ツァーでは「ホテル秘境の湯」というホテルが利用されている。楽天トラベルのサイトで調べてみると、8日の夜は空きがあり、一泊二食付き15、120円で予約できた。ホテルのホームページを覗いてみると、客室は調度品もよく落ち着きがあり、夕食は竹串に刺された川魚あめご塩焼き、山菜のてんぷら、猪豚なべ、祖谷そばなど16種類のご馳走である。珍しい山村料理で地酒に酔い、静かな客室で本を読むという贅沢ができそうだ。旅行プランファイルがデータ・画像を少しずつ増やしていき、次第に旅の雰囲気に浸り始める。

 祖谷ではどこを訪ねたらいいのだろうか?ホテルのホームページに問い合わせのコラムがあったので、観光スポットの紹介と行き方を教えてくださいと打ち込み、送信ボタンをクリックした。翌日早朝、ホテル秘境の湯の中浦さんからメールが入っていた。
「8日、大歩危駅まで車でお迎えに参ります。そのまま、かずら橋までお送りします。かずら橋観光が終わったらお迎えに参ります。大歩危峡観光に行かれる際は、ホテルからタクシーで3分です。観光が終わったらお迎えに参ります」
すばらしいリアクションに感激した。祖谷での楽しみ方の大筋が決まった。

 二、三日して大鐘さんから電話が入った。
「私の友人が洲本市のエクシブ淡路島というリゾートホテルの会員権を持っています。9日の出版記念会の日は、エクシブに宿泊してください。フロントで大鐘と言ってもらえれば分かります」
記念会では簡単なスピーチをせよとのことなので、しばし思案して旅行ファイルに原稿をまとめた。記念会は老若男女の大鐘サポーターが参集し、祝辞やコーラスなど華やかでなごやかなパーティーになるだろうが、一体どんな感じなのだろうか。今から本当に楽しみなことだ。記念にラジオレコーダーで録音し、スナップ写真も撮ろう。

 エクシブ淡路島をネットで検索するとリゾート・トラスト社が経営しているホテルらしい。9日の昼食はエクシブでしたいが、さて何を食べようか。ホテルのサイトをたどると、潮音(しおね)というレストランがあり、生しらすと鰆の丼(2、160円)が旨そうだ。丼の写真をサイトから旅行ファイルにコピーしているとよだれが出てきた。屋上に海を見渡すプールがあり、ジェットバスやサウナも利用できる。時間に余裕があるので高級リゾートをじっくりエンジョイしよう。心はもう淡路に飛んでいる。

 6月下旬、川崎重工時代の友人で神戸在住の林治令さんが私のブログを読んでメールを送ってくれた。
「バイキングレストランの文章を読んで、昔村上さんと行った新神戸のバイキングの店を思い出しました」
新神戸のバイキング「豆乃畑」は豆、豆腐料理中心の店で本当においしかった。久しぶりに会いたくなり都合をきくと10日の夜は空いているという。2、3度メールのやり取りをし、神戸ポートピアホテルのバイキング「プレンデトワール」で食事をすることになった。30階のスカイラウンジで黒毛和牛のビーフシチューやカニ、お寿司などが楽しめるようだ。シニア・前売り券で飲み放題付5千円という嬉しい価格である。かって1年に300冊前後の本を読んだこともあるという読書家の林さんとは実に4、5年ぶりの再会で、どんな話ができるかなんとも待ち遠しい。ピアノ演奏をききながら神戸の夜景を楽しめるのもしゃれている。

 少しずつスケジュールがふくらみ、おおむね旅程の骨格が固まった頃、昨年春NHKラジオ深夜便で聞いた放送を思い出した。専門家の話をきくコーナーで、あるアメリカ人が祖谷に感激し、古民家の再開発に乗り出しているという話だった。祖谷、古民家というキーワードでネット検索をすると、その人はアレックス・カーという人だと知れた。『美しき日本の残像』という本を書き、新潮学芸賞を受賞しているという。早速アマゾンで注文した。

 ユーチューブで検索をかけると3本のビデオにアクセスすることができた。すべてパソコンからラジオレコーダーに録音した。たくみな日本語で祖谷との出会いを話し、失われつつある世界でもまれな日本の美しさ、古民家再生による地方の観光復興を語りかける。出版記念会参加を決めてから、その前後にツァーを組む流れのなかで、アレックス・カーというすばらしい人に再開できたようだ。

 本が届くと直ぐにページを開いてみた。
「東洋における文化と自然の破壊は、……一つの大きな歴史的現象だと思います。ヨーロッパ諸国における産業革命は、ゆっくりとした変化であり、四百年以上もかかっています。それに比べると、中国や日本ではあまりにも急速に起こったと言えるでしょう。その上、百パーセント異文化によってもたらされたものです」(p23)
なんとすばらしい著作なのだろう! 8日からのツァーは移動時間がたっぷりある。電車に揺られながらじっくりと読書の醍醐味に浸ろう。そして祖谷の真実に触れよう。

 6月中旬にインターネットを活用して旅の企画を始めてから、心は半分旅に出ている気分になっている。情報が得られ、画像がエクセルファイルに集まってくる。宿の予約も決まってくる。食事の内容すら大方想像することができる。横浜で日常生活をしながら、同時にツァーを楽しんでいる自分がいる。実際に旅に出てみれば、ハプニングがあり、想像できなかった発見があり、失望もあるだろう。8日から3泊4日の一期一会のツァーをエンジョイしたい。ボン・ボヤージュ!   (2016年7月)



  
 
 
 
 
 
 
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