定年退職からの楽しき日々♪♪

六十歳で定年退職し、テニス・ピアノ・料理などの趣味にいそしんでいます。折にふれてエッセイを書いています。

男のレシピ

2017-04-11 20:52:22 | 料理
 料理のまねごとを始めてもう10年以上経っている。台所に立つと必ずみそやしょうゆで衣服を汚すのでいつもエプロンを着ける。
「エプロンをするのだけは上手ね」
妻がよく投げかけるせりふである。

 時間的キャリアは結構長くなってきたが、最近いまひとつ料理に気分が乗らない。なぜだろうか?料理は1品をA4一枚に纏め、クリアファイルに入れている。これまでに2冊のファイルが出来、ハンバーグや筑前煮など全部で75のレシピが集まった。ところが最近これがなかなか増えないのである。更に、このレシピで料理を作るときも、手間暇がかかる料理はおっくうに感じるようになってきた。

(なにか負担の少ないやり方はないものか)
わが家の庭に柚子の木があり、黄色い柚子がたわわに実っている。数えてみると超概算で500個以上はあるようだ。柚子を使った料理はないだろうか。インターネットでキッコーマンのページを開いてみると、「ゆず大根」というレシピがあった。材料はゆずと大根で、簡単そうなのでさっそくピーターラビットのエプロンを着けた。

 大根は皮をむいて、小さめの乱切りにする。ゆず1個は千切り用に皮をすこし残しておき、4等分する。ジッパー付のビニール袋に大根とゆずを入れ、しょうゆ2分の1カップと4x8センチの昆布を加え、空気を抜いて冷蔵庫に1晩おく。食べるときは、ゆずの皮を千切りにしてちらす。感動を覚えるほど簡単だ。翌日の夕ご飯のとき食卓に供した。
「これはおいしいわね。ゆずの香りもいい」
めったにほめてくれない妻から合格点が出た。大根のかすかな甘みに醤油の旨みと塩みが調和し、ほのかにゆずの香りが味を調える。それ以来わが家ではしばしばゆず大根が食卓にのぼっている。

 書棚を見たら『お料理1年生の基本レシピ』(2011年、主婦の友社)という本があった。昔参考にした入門書だ。簡単でおいしい料理はないものか。パラパラとページをめくってみると「合いびき肉のフライパン焼き」という料理が出ていた。食材は2人分で合いびき肉、250g、にんにく2分の1かけ、ねぎ6センチで、作り方はこれまた超簡単だ。すぐスーパーに飛んでいく。脂の少ない赤味の合いびき肉を238g買う。なんと324円である。ステーキ用和牛なら2千円近くする。そうか、ひき肉は安いのか、などと今頃気づく。いやいや、今でも決して遅くない発見だ。

 2か月前買った根付き葱の根を庭に植えておいたものが葉を伸ばし、10センチ以上に育っているので2本収穫する。この葱とにんにくはみじん切りにする。ピアノとテニスができなくなるので包丁で手を切らないように気を付ける。ボウルにひき肉を入れ調味料を加える。この調味料の種類の多さに驚いた。しょうゆ大さじ1・5、酒大さじ1、しょうが汁小さじ4分の1、ごま油大さじ2分の1、一味唐辛子小さじ4分の1、いり白ごま大さじ2分の1、砂糖小さじ1。ふざけているんじゃないの、と思った。とはいえ、しょうがはしぼり汁を取らずにおろしたままを加えた以外は忠実にレシピに従った。

 手で練り混ぜていると、レシピの予言通り粘りが出てくる。フライパンにオリーブオイルを入れて加熱し合いびき肉(肉だねというらしい)を入れて、手の平で薄くのばす。そうか、これなら中までしっかり火が通る。片面を焼いたら蓋を使って上下を返して焼けば出来上がり。ししとうがらしなどをフライパンで炒めて肉に添える。見た目はイマイチだが、これは旨い。9種類の調味料はだてではなかった。ハンバーグに類似しているが、あっさりしており、和風の味わいがある。ワインが一段とおいしく感じた。

 ゆず大根は何度も作っている内に、思いつくことがあった。しょうゆの代わりに薄口しょうゆにしたらどうかと試してみると、色づきが薄くきれいになり、よりコクのある味になった。更に、みりんを加えてみると、ほんのり甘みが出ておいしくなった。大根の他に、白菜、キャベツ、きゅうり、かぶ、セロリを使ってみるとそれぞれおいしく、バラエティが増えた。わが家ではセロリが一番人気だ。

 残念なことに4月から9月までは庭のゆずがなくなる。そこで100個ほどを小分けしてビニール袋に入れ、冷凍庫に入れた。4月以降は1個ずつ解凍して試してみたいと思う。果たしてうまくいくだろうか。

 2つのレシピの発見で、また料理の楽しさが戻ってきたようだ。作り方が複雑で本格的な料理を目指さずに、簡単に作れてほどほどおいしい料理を目指せばいいではないか。男の料理と割り切って、この路線で1品ずつレパートリーを増やしていこう。

 少し料理を分担するようになって、妻の評価が予想外に大きいことが分かった。夫が上手でおいしい料理を作るからではない。妻にとっては、料理をしなくていいこと、一食でもいいから食事作りから解放されることが嬉しいのだ。結婚して40年経って、やっと分かった。少し食事を作るようになってから叱られることが少なくなり、昨今の世界情勢と違ってわが家は軍事的緊張感がやわらいでいる。平和維持のためにコツコツと努力し、私のつたない料理で夫婦二人、今宵もワイングラスを傾けたい。
                     (2017年4月)

 
 

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ブログの愉しみ

2017-03-29 13:22:10 | 読書
 パソコンで自動録画した番組の中に「万人の不平等」というドキュメンタリーがあった。1993年から4年間、米国クリントン政権で労働長官を務めたロバート・ライシュがカリフォルニア大学バークレー校公共政策大学院で行った講義の記録である。ライシュは2008年、『タイム』誌の「最も業績を収めた20世紀の閣僚10人」のひとりに選ばれている。

 NHKBSで放送されてから数ヶ月後、この録画を視聴した。昨年の秋だった。米国における富裕層と中間層・低所得層との巨大な経済格差の実情とその原因を明解に解きほぐしており、とても興奮した。アメリカが今日抱える問題の根幹がここにあると理解できた。二度、三度と録画を視ている。

 ライシュの本を読みたくなり、アマゾンで『格差と民主主義』(2014年、東洋経済新報社)を購入して丁寧に読み、さらにもう一度精読した。複雑なアメリカ社会の構造をクリアに分析し、深刻な問題を解決する政策を分かりやすく提示し、大切なことは、政治家など他人任せでは問題は悪化する一方であり、国民ひとり一人が勇気をもってできることをすることだと説く。

「取り組むべき課題や政治的立場を示してくれる候補者が現れるのを待ってはいけないということだ。そうではなく、あなた自身が積極的な役割を果たして課題を創出し、候補者にはその課題に集中してもらおう。現職議員にも、その問題のために動いてくれるのなら、あなたの再選に尽力する、と告げるのだ。そして、実際に彼らが再選を果たした暁には、頑張って支援を続けよう」(P175)

『格差と民主主義』を読んで感動したので、ライシュの他の著作を読みたくなり、アマゾンで探してみたが、この本の後に出版された日本語の本は見当たらなかった。それなら、英語版はないかとグーグル検索を試みると、最初にアマゾンのページ情報があり、次にライシュのオフィシャルサイトが出ていた。この日からライシュのブログを読むようになった。今年の正月のことである。(ライシュのサイトhttp://robertreich.org/)

 時同じくして、アメリカでは大方の予想を覆してドナルド・トランプが大統領に就任した。ライシュのブログは毎回トランプ大統領がらみである。読んでみると結構難しい単語や熟語を多用している。インターネット上の英語辞書、ウェブリオ(http://ejje.weblio.jp/)で一つひとつ丁寧に調べて読んだ。私はライシュのブログ用にエクセルファイルを作り、そこにブログの文章をコピーし、文章の右横に調べた単語の語義を入力しながら読んでいる。1月8日のブログでは22個の単語を調べなければならなかった。その中に eviscerate(イヴィサレイト) という単語があった。50年英語を読んでいて出会ったことがない。「骨抜きにする」という意味であった。

 単語調べは大変だったが、書かれていることが目下世界の関心事であり、テレビや新聞で報道されていない内容も多く、非常に興味深いので、なんとか我慢できた。ライシュのブログを読むようになって、アメリカの実情、問題点が少しずつ理解できるようになってきた。アメリカの政治制度や医療保険制度なども分かってきた。

 1月中旬、ウェブリオの会員となり、ひと月324円支払えばネット上に単語帳を作れるというので登録し、それ以来実に便利な電子単語帳を作って活用している。電子辞書だけでは限界があるので、紙の『ロングマン英和辞典』も併用している。

 マスメディアで報道されていない情報や見方が、日本人の参考になるかもしれない思い、そのようなブログは要約し、友人にメールで送っている。アメリカやドイツで長年働いた経験のある友人たちは返信で、ライシュと異なる見方や、貴重な関連情報を教えてくれている。政治経済に詳しい友人は日本の軍事・政治・経済的アメリカ従属の枠組みのなかでコメントをくれている。これらの情報と友人たちとの率直な議論を通じて、ライシュの文章の意味が更によく分かる。

 早いものでブログを読み始めて3か月が経過した。エクセルファイルの文章は1400行を越え、調べた単語は800語近くになっている。次第次第にブログを読むスピードがあがり、楽に読めるようになってきた。私は66歳になっているが、この年齢になっても語学力は中高生と同じ位のペースで進歩するようだ。「統治する能力をもたない議会と統治能力のない大統領をいただいている」(ライシュ)アメリカの現況が一段とよく認識でき、朝起きるとライシュのサイトを開くのが楽しみになった。

 3か月ライシュの文章を読んでいて、彼のブログがとても格調高い文章だと感じられるようになった。トランプ政権に怒りを覚えているのだろうが、努めて冷静で、理論的な言い方に終始している。根拠のないアジテーションを続けるトランプ大統領とは対照的に、根拠を示し、論点を明確にした上で上品にモノを言っている。読み返していると気持ちがよくなり、明るい将来を信じたくなり、気分が高揚する。ライシュのブログが最良の読書対象になりつつある。

 こんにち、日本もアメリカも暗い政治状況の中で、ライシュのような良識人が勇気をもって発言していることが、本当にありがたく、一筋の救いを感じる。私たち国民も他人任せでぼんやりしていてはいけないと思う。たまの選挙で投票するだけではなく、政治家に提案や意志を伝えなければいけないと考えている。

 これからもライシュのブログを楽しんでいきたい。ライシュの健闘にエールを送りたい。
                   (2017年3月)

 
 
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ビデオライブラリー

2017-03-10 18:37:49 | 趣味
 数年前からテレビ放送が実に詰まらないと感じるようになった。安直なクイズ番組、単なる刑事事件の大げさな報道、極め付きはテレビショッピング。妻と地上波、BSのチャンネルを次々に変えながら、見たい番組がみつからないと嘆くことが多い。

 4年前にテレビ機能のあるパソコンを購入し、様々な番組を自動録画するようになった。ドキュメンタリー、音楽、映画、健康医療、スポーツ番組などを録画予約している。毎日10本前後の番組が録画される。定期的に録画をチェックし、特に気に入った番組はブルーレイディスクに保存している。

 自動録画を始めてから4年近くになり、保存した番組がかなりたまったので、昔のDVDも含め、数日かけてすべてをチェックし、不要なものは削除の上、気に入った番組だけを残した。ブルーレイディスクで40枚、150本ほどの番組が残った。 それ以来、毎日1、2時間、録画番組を楽しむようになった。

 NHKBSで報道された「プロフェッショナル イチロー」。シーズン最多の262安打した頃に制作された密着ドキュメンタリーである。左打席で剛速球を完璧なタイミングで捉えると、打球は物凄いスピードで弾道を描き、左翼手の右を抜けていく。レフト守備では、ホームに向かって突進するランナーの後ろからボールを投げる。投球は矢のように早く、ホーム手前でランナーを追い越し、キャッチャーミットに収まる。寸前でタッチアウト。球場の大歓声をききながら、何度見ても昂奮する。
「プレッシャーはどうしてもかかる。よし、それならプレッシャーをかけよう」
随所で語られる哲学的なイチローコメントをききながら、自分も頑張ろうと勇気を貰うのである。

 4年ほど前、長年使ったステレオ装置が壊れたとき、相談をもちかけた東京の友人が、使っていない装置があると言って、驚くほど高価なステレオ装置を貸与してくれた。いまこの装置をパソコンに繋いでいる。パソコンの大画面、高画質と最高級の音響装置が一体になり、私の書斎は理想的な個人シアターになっている。

 NHKBSプレミアムシアターが、2013年12月、ミラノ・スカラ座で公演されたヴェルディのオペラ「椿姫」を放送してくれた。世界の檜舞台、スカラ座は重厚で贅沢な雰囲気がある。19世紀中ごろのパリ社交界を舞台にしたこのオペラは、華やかさと悲しさが同居している。最初から最後まで楽しく快いメロディに溢れ、ドイツのソプラノ歌手、ダムラウが美しく力のあるアリアをきかせる。スカラ座の前は2度通ったが、まだ公演をきいたことはない。いつの日かオペラを楽しんでみたいものだ。

 昨年、NHKプレミアムアーカイブスは料理家、辰巳芳子さんのドキュメンタリー「おいしさを待ち続けて」を再放送してくれた。鎌倉市浄明寺の辰巳さんの大きな屋敷でとれた食材を使い、四季折々の料理を紹介している。90歳近くになる辰巳さんは若々しく上品で、自然を大切にして、沢山のお弟子さんを教えている。
「その時、その時のね、自然がもたらすものに敏感でなけりゃダメよ」
豊かな鎌倉の自然、明るく上品な人々、ほんとうにおいしそうな料理の数々。静かで滑らかな音楽。心が洗われる。辰巳邸はテニスクラブの球友、狩野さんのご近所だという。今度鎌倉に行ったら、辰巳邸を見に行きたいと思う。

 沢山のブルーレイディスクを整理していたら、2年前に録画したまま見ていない番組が出て来た。「国家安全保障局の内幕」というドキュメンタリーである。アメリカの国家安全保障局(NSA)をテーマにした番組だ。再生し始めると、その恐るべき内容にぐいぐい引き込まれていった。2001年9月11日のアメリカ同時多発テロの後、アメリカ政府はテロを防止するために、アメリカ国民のすべてを対象に電話交信やメールを秘密裡に集め始めた。当初はプライバシー保護のための暗号化措置が取られたが、やがて暗号化は取りやめとなった。これは合衆国憲法に違反する恐れが高い。この問題を巡って秘密裡に高官、関係者の間で激論が戦われた。そして2013年のスノーデンによる情報暴露に至る。

 時のNSA長官、司法長官などが取材に応じ、事態の困難さ、危険さを生々しく語っている。国家による個人情報の収集監視はアメリカに限らず、様々な国で行われているのだろう。恐ろしいことだが、事実は事実として認識している必要がある。本当に衝撃的なドキュメンタリーだ。

 1970年前後の学生時代のことを思い出すと、このような多彩な映像を、たった一人で楽しめるなどということは、とんでもないことだと思う。経済発展と技術進歩のお陰である。特にいいと思った番組は友人や家族・子供たちに紹介している。

 世界情勢はますます混迷を深め、国内も先行きに大きな不安があるけれども、それはそれとして注視しつつ、これからも毎日じっくりとビデオライブラリーを楽しんでいこう。
                        (2017年3月)

 
 
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座右のエッセイ

2017-02-27 13:59:15 | 日記
 10年余り前から、手帳と日記帳を兼ねてA5版のノートをバッグに入れている。ノートカバーのポケットに新聞記事の切り抜きが挟んである。2003年1月19日付けの日経新聞コラムである。ベストセラー『清貧の思想』の著者、中野孝次さんが寄稿したエッセイで「老年をたのしむ」というタイトルがついている。

「老年とはどうやら悪い年齢とは限らないようだぞ、もしかすると人生の一番いい時かもしれないぞ、とあるころからわたしは考えるようになった」
エッセイはこのつぶやきから始まる。十代の頃は受験勉強に打ち込まねばならず、社会では仕事に時間とエネルギーを捧げねばならなかった。
「それが今や時間の全部が自分の自由になり、自分のためにだけ生きていいようになったのである。これほどの恵まれた時がまたとあろうか」

 中野さんは自主定年と称して55歳で國學院大學の教授を辞職した。それ以来、時間のほとんどを読書と執筆と趣味の碁に捧げた。読書は日本、古代中国、ローマ、西欧の古典ばかりで、それを読むとき中野さんは
「限りない昂揚とよろこびを覚え、本当に生きていると感じた」
 夕方は晩酌3合半を楽しんで7時にことりと寝て、朝は5時に起きる。庭で実ったスダチをしぼり、ハチミツを加えたジュースを飲み、陽の昇るころまで読書と書き物をする。

 この切り抜きをノートに挟んでおきながら、この10年間で読み返したのはほんの2、3回であった。それでも黄ばみ始めた切り抜きを捨てようとは思わなかった。

 2010年3月、私は中野さんより5年遅れの60歳で、同期生より5年ほど早めに退職した。それからの7年間、読書とエッセイ執筆、趣味のテニスとピアノに大半の時間を費やしてきた。読書は思いつくまま、気の向くままで、岸本葉子さんのエッセイ、師と仰ぐ大鐘稔彦さんの著作、そして最近は経済学者、ロバート・ライシュの文章を慈しみながら読んでいる。今年に入って、ライシュのブログを読むようになり、頻繁に発表される文章をインターネット辞書頼りに楽しんでいる。テニスも肘痛に悩まされているとはいえ、十分な時間を使って存分にエンジョイできている。ピアノは奥が深く、楽しいというよりは辛いと感じることの方が多かった。それでも2年ほど前から、モーツァルトやベートーヴェンの交響曲を弾くようになって、練習のストレスよりも音楽の楽しさが勝るようになってきた。ドイツのブリュートナーピアノを購入し、その音色のすばらしさ、音の伸びも楽しさの一因である。

 何といっても、毎日のスケジュールを自由に設計できる。早期退職を決意するとき、
(仕事をやめたから収入はなくなる。しかし、1日24時間の自由時間を確保できる)
と考えたが、まさにその通りだった。子供の頃、学生時代、社会人時代を振り返って、退職後の7年間はもっとも楽しく、さまざまな方面で成長でき、そこそこの結果も残せた時期だった。

 今、中野さんのエッセイを読み返してみると、私は退職後、庭にたわわに実るゆずが毎日食卓に上がり、芋焼酎とワインを愛でることも含め、毎日とても似たような暮らしをしていることに気づいた。しかし、私は50になる前から今のような暮らし方をどことなく心に描いており、中野さんのエッセイを読んでまねた積りはない。

 自由人になってからずっとフェリス女学院大学のシニアカレッジでエッセイ入門講座を受講している。1年ほど前の講義で、講師で独文学者・エッセイストの川西芙沙先生が意外な話をしてくださった。
「今日の教材を書いている中野孝次さんは、私の夫の同僚で、昔よく家に遊びに来ていました。酒の好きな人でべろんべろんに酔うことが多かったです」
この話をきいて、80近くになっても晩酌を3合半も飲むということが頷け、同時にとても親しみを感じた。

 中野さんの暮らし方を模倣したのではないが、潜在意識としてなにがしかの影響を受けたのかもしれない。そう思うと、中野さんの文章が改めて輝きを増し、これからの私の生き方に大きな示唆と勇気を与えてくれるような気がする。時々この短いエッセイを読み返して、13年前、79歳で天に召された中野孝次さんとの会話を続け、ますます早く過ぎていく日々を味わいたいものだ。(2017年2月)

 
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トランプ大統領

2017-01-28 15:28:44 | 政治経済
 半年ほど前、NHKBSで放送された「万人の不平等」というドキュメンタリーをみた。1993年から4年間、米国クリントン政権で労働長官を務めたロバート・ライシュがカリフォルニア大学バークレー校公共政策大学院で行った講義のドキュメンタリーである。米国における富裕層と中間層・低所得層との巨大な経済格差の実情とその原因を明解に解きほぐしており、非常に興味を覚えた。アメリカが今日抱える問題の根幹がここにあると理解できた。二度、三度とDVDを視聴している。

 ライシュの著書『格差と民主主義』(2014年、東洋経済新報社)を購入して精読し、昨年暮れから再読している。

 時同じくして、アメリカでは大方の予想を覆してドナルド・トランプが大統領に就任した。選挙中からテレビや新聞でトランプ大統領の報道を見ていると、個々の事件をバラバラにセンセーショナルに報道するばかりで、新大統領の実像や実態がよく分からないという気分になっている。

(事実を伝え、全体像を評価している情報源はないだろうか)
そのような思いにかられ、ロバート・ライシュはトランプ大統領をどのように見ているのか知りたくなった。アマゾンで調べると、2014年の『格差と民主主義』以後は本を書いていない。そこでグーグルで検索をかけると、ライシュがブログを書いていることが分かった。(http://robertreich.org/)

 今年の正月からライシュのブログを読み始めた。2日か3日おきに更新され、1回、千語前後で結構分量がある。英語はなかなか難しく、アメリカの政治制度や社会生活でなじみのない単語が多用され、読み進むのに苦労している。ブログの全文をエクセルファイルにコピーし、分からない単語を一つずつ丁寧に調べ、語義を入力しながら読んでいる。

 骨が折れる反面、書いてある内容は明解で、分かりやすい。 1か月ブログを熟読して、トランプ大統領のひとつの見方ができつつある。ライシュが語るトランプ像をまとめてみよう。

 ライシュがトランプ大統領に抵抗する理由は二つある。一つはトランプが逆進的政策を取ろうとしていることである。医療福祉制度を廃止し、富裕層・大企業への減税を実施し、環境問題への取り組みに後ろ向きである。もう一つは僭主政治、圧政をひこうとしていることである。強大な権力を持つ国王になろうとしている。

 メキシコとの国境に壁を築くという主張は、彼の政策の中で最もまぬけな政策である。統計ではメキシコ国境での逮捕者の数は1973年以来最低になっている。その理由は、メキシコでの出生率が過去53年間で女性一人当たり7.2人から2.3人へと激減しているからであり、国境警備のレベルの問題ではない。メキシコ移民はアメリカで切望されている仕事をしており、未登録移民がアメリカ人の仕事を奪っているという証拠はほとんどない。

 僭主はオープンな質問を許さず、自由なプレスを嫌う。彼らは全体的支配を望む。それ故に、トランプ政権では、ホワイトハウス記者団をホワイトハウス内の記者室から立ち退かせ、コンファレンスセンターか別の建物に移動させようとしている。大きな会見場では、極右ジャーナリスト、トランプ支持者、雇われ記者で会場を埋めることができる。彼らはトランプが答えたい質問をし、批判的な質問をする記者をあざけり、トランプの答えに拍手をする。このような雰囲気では、気に入らない記事を書く記者や彼を批判するメディアの質問に答えることを、トランプは容易に拒否できる。トランプは繰り返しうそをついている。しかしメディアは彼の嘘を追及したり、質問したりすることを許されていない。

 トランプは権力を強化し、民衆をたきつけるために、事実に基づかずに描かれた社会イメージを前面に押し出して政治をやろうとしている。

 本当にアメリカを再び偉大にするためには、大手デベロッパーやウォール街投資家の利益をもたらす大プロジェクトではなく、大衆のためのインフラを整備することだ。それを可能にする唯一の方法は、企業と富裕層が公平な税負担をすることである。

 ライシュのブログを毎日丹念に、繰り返し読み込むことによって、アメリカの政治状況が非常によく分かるようになってきた。トランプはフォードのCEOに圧力をかけて、メキシコ工場よりミシガン工場で雇用を増やすことになったと発表した。しかし、事実は、フォードはかねてより電気自動車生産のためにミシガン工場での雇用増大を計画していたのである。

 1か月間、ネット上の有料辞書「ウェブリオ」(http://ejje.weblio.jp/)で400語前後の単語を丁寧に調べ、電子単語帳に書き込み、ブログを繰り返し読んでいる内に、ライシュの語彙が次第に頭に入り、言い回しのクセも分かってきた。この頃ではかなり楽々とブログを読むことができ、新しいブログが出るのが待ち遠しくなってきた。いつの間にかライシュのブログが楽しみに変わっている。

 トランプは遠いアメリカの大統領であり、彼の本質が分かったとしても、極東の一市民に過ぎない私に何ほどのことができるわけではない。しかし、できるだけ真実を知り、やがて日本に向けられるアメリカの要求にできるだけ賢明に対応せねばならない。不必要に右往左往することなく、したたかな外交を展開せねばならない。

 ライシュが唯一正しいわけではない。間違いもあるだろう。トランプにも一理あるかもしれない。多くの論客の意見をきき、理解し、自分の意見を構成し、友人たちと議論を重ね、よりよき未来のために、微力を尽くしたい。(2017年1月)


 
 
 
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あれから40余年

2017-01-14 13:01:45 | 日記
60歳で会社を退職してまる6年が過ぎた。
(どうしてもやりたいことが幾つかある。1年でも早く取りかかりたい)
という思いだった。3、4年間家族を説得しようとしたが、結局は完全な了解は得られず、最後は私のごり押しだった。

 やりたかったことは、テニス、ピアノ、母親の世話、読書だった。特にピアノは、始めたのが56歳と遅かったので、できるだけ若い内に時間をさきたかった。

 さて、この6年間を振り返ってどのような結果になったのか。
 それまで土日だけだったテニスは、平日もプレーできるようになり、まさに水を得た魚のようにテニスクラブに通った。週4日通っていたこともある。腕前も着実に向上し、テニス三昧の暮らしを堪能できた。しかし好事魔多しというべきか、身体的加齢現象に遭遇し、63前後にテニス肘になり、以後はテニスを休んだり、復活したりの状態が続いている。半年余り休み、今年からコートに復帰できた。

 ピアノも自由時間がふんだんにあるので、練習に十分な時間を費やすことができた。教え上手な先生に習っているので長足の進歩が可能な筈である。しかしそうは問屋が卸さない。私にとってピアノはテニスより遥かに難しい世界に思える。先生から与えられる課題一つひとつがすべて超難題だった。左手で同時に3つの鍵盤を押し、右手はまったく異なるメロディを弾く。その上、微妙な合間に足でペダルを踏まねばならない。ピアノ練習は苦痛の時間であり、楽しいと感じることは少なかった。そのような6年間を経て、小学校低学年レベルだった私が、今日ではベートーヴェンの運命やモーツァルトのピアノ協奏曲に取り組むところまで進歩できた。ようやく、苦しいだけでなく、愉快な時間を過ごせるようになった。60で退職しなかったならばこうはならなかった。これは早期退職の成果だと思える。

 母親の世話に十分な時間を割けたことは、母にとっても、私にとっても、家族にとってもとてもよかった。30歳で夫を亡くし、長らく不遇な人生を送ってきた母にとって、息子のケアはとりわけ嬉しいものだろうし、私としても多少の親孝行ができていると自負している。母と30年余り同居してくれた妻に対してもいささかのお礼はできていると思う。母は4年前からホームに暮らし、93歳でまだ認知症の症状もなく、孫やひ孫の訪問を楽しみにしている。

 想定外のこともある。外科医で作家の大鐘稔彦さんとの交友に多くの時間を費やすことができた。大鐘さんが畢生の作として取り組んだ長編小説『マックスとアドルフ』の執筆に際し、私はボクサー、マックス・シュメリングの自叙伝を見つけ、英語から日本語に翻訳するというお手伝いができた。翻訳は1年がかりの仕事だったが、生涯に残る思い出である。大鐘さんは私に、何度もエッセイ集の出版を勧めてくれた。自費出版となると、2百万円前後のお金がかかる。躊躇している頃、費用ゼロで出版できる道が開けた。アマゾンの電子出版である。電子出版では高度なパソコン技術が必要だった。友人の吉川力也さんが全面的にサポートしてくれ、2014年2月にエッセイ集を出版することができた。そして2016年10月にはエッセイ集第2集を出版できた。死ぬまでに1冊は本を出版したいという私の密かな夢が実現し、これまでに800部前後が販売されており、本当に嬉しい気持ちが持続している。自叙伝翻訳も出版も膨大な時間を要したので、60歳で退職しなかったらあり得なかったことである。

 昨年電子出版したエッセイ集を何部か製本し、インターネットをしていないと思われる友人・知人に送った。1月中旬、一通の手紙が届いた。神戸の岡本理(おさむ)さんからである。岡本さんは、私が1973年に川崎重工に入社し広報部に配属になった時の上司だった。当時40歳前後で背が高く、少しアラン・ドロンに似ていた。
「今日は当社の画期的な新商品のプレスリリースをするよ」
配属されたその日、岡本さんから言われた。水の上を走るオートバイ、ジェットスキーの報道発表だった。

 岡本さんは頭脳明晰な上に温厚な性格で社員の信望が厚かった。昼休みに自席でフォーサイスの『ジャッカルの日』を英語で読んでいるのを見て、英語ができるようになりたいと思った。2年後人事異動で私は東京転勤となり、その後岡本さんとは年賀状の遣り取りだけの付き合いとなったが、いろいろな面で大きな影響を受けた。

「この度はエッセイ集をご恵贈いただきありがとうございました。大変嬉しくまた感激している次第です。……大いに参考にいたしたく、また『この6年間は人生でいちばん豊饒な期間だった』というお言葉にも、痛く心に染み、これからの人生の指針にしたいと存じます。……私は83才になり、寄る年波でこの2年余り入退院を繰り返す始末です。早く元気になりたいと頑張っております」
手紙はこのように認められている。

 短い文面ながら、私が書きたいと思っていたことを十二分にわかって貰え、後輩の私に温かいエールを送ってくれていることを感じ、本当にありがたく嬉しくなった。これまでの40余年の月日がほんの一時であったかのように、岡本課長と共に過ごした日々がカラー映像のように蘇る。勤務先ですばらしい人に出会い、長い年月を経て再び意が通じ合う。実に貴重なことであり、大切にこころに留めてこれからの日々を送っていこう。早く元気になられるよう心から祈念したい。
          (2017年1月)


 
 
 
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運命交響曲

2016-12-11 16:59:57 | 音楽
 福井の中学生時代、初めてクラシック音楽をきいてみようかなという気になった。もう50年以上前の話である。初めて買ったLPレコードはベートーヴェンの「運命」と「田園」の2曲が入ったものだった。スタインバーグ指揮、ピッツバーグ交響楽団の演奏だったと記憶している。当時で2千円していたから相当に高価だった。運命はタ、タ、タ、ターンという出だしのテーマに心を鷲掴みにされた。レコードを何百回も聴いたことを覚えている。

 余りにも繰り返し聴きすぎたのか、社会人になってからは運命をきくことはほとんどなくなった。ベートーヴェンの音楽はいささか重い感じがすることも、きかなくなった理由である。

 56歳の時に、ふとしたはずみでピアノを始め、今日まで10年間続いている。「バーナム」(幼児用)や「バイエル」といった教則本などで練習した後、昨年からはモーツァルトのピアノ協奏曲第21番、今年に入ってからは交響曲第40番のピアノ版に取り組んできた。40番が弾けるようになったので、次に取り上げる曲を探していて、ベートーヴェンの運命の楽譜に出くわした。矢も楯もたまらず運命のピアノ版をやることにした。

 ところで、これまで様々な演奏家の演奏で数限りなく聴いてきた運命交響曲は、一体どんな情緒を表現している音楽なのだろうか? インターネットを検索してみると沢山の人が解説を試みている。それらを読んでおぼろげながらあらましのことは分かった。

 ベートーヴェンのハイリゲンシュタット遺書によると、運命が書かれる前にベートーヴェンは難聴などで悩み、自殺を考えていたという。「運命」は、自殺を考えるほどに追い込まれた人間の苦悩と格闘をテーマにしているようだ。ベートーヴェンは曲の冒頭の「タ、タ、タ、ターン」というモチーフについて「運命はこのように扉をたたく」と弟子に言っている。

 曲はその後「死への誘惑」と「救い」のテーマが入り乱れ、第2楽章、第3楽章と続いていく。第3楽章の最後の短調の部分から、第4楽章でハ長調に切り替わったとたん、大爆発を起こしたかのように「ド、ミ、ソー」と力強く第1主題が出てくる。ここで「暗から明へ」単純明快に転換し、死への誘惑を断ち切り、勝利した人間の喜びを歌って華やかに曲を閉じる。

 楽譜を広げてピアノを弾いてみる。冒頭のタ、タ、タ、ターンを弾いてみると、確かに運命交響曲がきこえてくる。何度か練習して、次にペダルを踏み込むと、オーケストラをきいているような、滑らかな大音響が響き渡る。魂が揺さぶられる。

 気をよくして6小節目に入ると、右手だけで2つの異なるメロディを弾き、左手は別の和音を弾かねばならない。その上、ペダルを踏んだり離したりの複雑な足の動きが要求される。いきなり、とんでもない迷路に入り込んでしまった。何度練習しても、何日かかっても曲にならない。
(ベートーヴェンの最高傑作の一つと言われる曲だ。音楽は甘くない)
自殺に追い込まれたベートーヴェンのように、私も深く沈んでいった。

 四苦八苦して練習を続け、先生のレッスンを受けると、まるで魔法にかかったように一歩前進した。先生のたった一言の指導が、どうにもならなかった隘路を通過させてくれる。そして又、家に帰ってピアノに向かい、またしても厚くて高い壁に突き当たる。指の動きが早くて複雑なのだ。瞬時に18個の鍵盤を飛び越える所もある。

 暗く、冴えない気分の中で3か月余り練習を続けていると、ある日、滑らかに弾ける箇所が出てきた。脳細胞がようやく活性化してくれたようだ。そして又何日か経つと他の所で進歩が見られるようになる。こうして練習を始めて4か月を過ぎ、何とか最後まで弾けるようになった。一体何百回、何千回弾いたことだろう。何度弾いても新鮮な感動が得られる。いやはや大変な作品だ。

 こうして一曲、また一曲とマスターしていく内に、将来への明るい希望を感じるようになった。一曲弾けるようになるということは、確実に技術が向上しているということを意味する。技術の向上により、次に手掛ける曲の選択の幅は大きく広がる。次はヴィヴァルディか?、ドヴォルザークか? 更にゆたかなピアノライフが待っているのだ。

 60も中盤になり、体のあちこちに障害が出始めている。テニスのレベルも下降する一方だ。好きな酒も酒量がどんどん落ちている。視力も減退し、老眼鏡なしには英和辞典を読めない。しかし、ほとんどの身体機能が低下する中で、ピアノだけは確実に進歩し、まだまだ伸びていく勢いである。

 今は一人でピアノを弾いて技術向上に努めているが、もう少し腕が上がったら、フルートやヴァイオリンをやっている人を見つけて合奏を楽しもうと考え始めた。合奏をするようになると、新たな魅力的な友人に出会える可能性もある。

 前期高齢者になる10年前に蛮勇をふるってピアノを始め、辛抱してきて本当によかった。老年期を迎え、ピアノは希望の光だ。
    (2016年12月)

 
 
 
  
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A Splendid Restaurant in Osaka(英語版を準備中)

2016-11-15 15:57:32 | グルメ
☆ある方からアドヴァイスをいただき、日本食関係のエッセイは英語版でも作成しようと考えています。
通常のエッセイはこのページの下にあります。

"A style of the professional work" came out when I arranged recorded DVD in my den. It was broadcast on NHK TV three years ago. For long autumnal night, I reproduced the DVD after a long absence.

This is a story of some Japanese restaurant in Chuo-ward, Osaka, Japan. There is a Japanese restaurant "Nagahori" in the quiet residential area which deviates from the downtown. You may overlook the restaurant when careless. However it is always full of vigor.

When you open the door, you see a counter from the entrance to the depths. The master with a kitchen knife welcomes you in a bright voice. "Come on in!"

The room is little and cosy, with 12 seats at the counter and several seats at 2 tables in the depths. It is clean and bright with the interior being unified in a woody taste. Several people have already visited the restaurant at past 6 p.m.

"Quite delicious!"
"Yes, good, so delicious!!"
Two middle-aged men eat boiled and seasoned fish(Kin-me, Anamalopidae) and mutter unintentionally.
They drink slolwly, with a small sake cup "O-choko", such Japanese sake as matches the dish, which the master rocommends. A fantastic fragrance flows into their nostrils and they get such taste of the sake as sweetness and hotness are mixed exquisitely. Though I only watch DVD, I feel as if I grasp chopsticks and eat boiled and seasoned fish. I feel as though the alcohol of the sake begins to take its effect in my body.

Shortly after eight o'clock, a party of three mothers come in. They have visited the restaurant many times and they leave dishes to the master. One of the classic menus, "a hair queen crab" is a boiled crab dressed with Tosa vinegar, which enhances the flavor of refreshing sake.

The ladies drain their glasses slowly, smacking their lips. As drunkeness turns around, they get more cheerful. What a refined and relaxed atmosphere!

At intervals of the conversation between the visitors, the master, Shigeo Nakamura talks to the visitors over the counter with a friendly smile. I get warmed, feeling as if I sat at the counter and heard their friendly conversation.

The 55-year-old master is busy for the procurement of ingredients from 7 a.m. When a truck loaded with fishes comes in the market, he inspects the fishes just caught in this morning before the fish merchant goes down from the driver's seat. He seeks better fishes from the selected ones available in the ocean nearby.
"Did you select the ark shell?"
"I did. I did do, of course. It is of no use if I do it slowly."

He procures almost all vegetables directly from the farmhouses. He keeps close connections with approximately 100 farmhouses from Hokkaido to Okinawa.
"Relationship with producers and relationship with visitors. I maintain such relationship from now on, through dishes and services. I want to treat the visitors with sincere thanks."

The master starts preparation for the evening business of the restaurant as soon as he comes back from the procurement. The price range of the dishes are mostly from 400 yen to 1,500 yen. He cooks seasonal ingredients with his craftsmanship, spending enough time. He aims to cook surprising dishes valued more than prices. It is his policy that his restaurant should be the comfortable one anyone can visit. Though "Nagahori" is such a common restaurant, domestic and overseas first-class cooks and celebrity visit the restaurant to enjoi Mr.Nakamura's dishes. One of the regular visitors is Mr.Shinya Yamanaka, who won the Nobel Prize in the study of iPS cells.

When it comes near 5 p.m., the opening hour, he straightens the cooking hat. A sudden smile flashes on the face of the master.
"Now, I am really looking forward to it."
He has cooked with his whole heart the best seasonal ingredients selected and procured from the early morning. Now he hopefully feels certain that the visitors appreciate and enjoy his dishes. I am really charmed by his will and passion as the chef and the master of the
restaurant.

Threre are several requirements which I want an excellent restaurant to meet. After all, the first requirements are the spirit fo the master and the atmosphere of the restaurant. Further one is the delicious dish using the good foodstuff. And liquor. "Nanahori" has a large assortment of delicious sake(rice wine) from all over Japan.

The master sticks thoroughly to the matching between dishes and sake.
"Only good sake is not enough. Only delicious dish is neither enough. Taking advantage of both sake and dish, extra quality dish is completed.

--to be continued--

(preparetion in progress)
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居酒屋主人

2016-11-14 21:30:21 | グルメ
 録画済のDVDを整理していたら、三年前NHKテレビで放送された「プロフェッショナル 仕事の流儀」が出てきた。秋の夜長、久しぶりに再生した。

 大阪市中央区の居酒屋が舞台である。居酒屋「ながほり」は繁華街から外れた閑静な住宅地にあり、うっかりすると見過ごしてしまう。しかしいつも活気に満ちている。

 ドアを開けると入り口から奥にかけてカウンターがあり、右手中央で包丁を握った大将が明るい声で「いらっしゃいませ!」と客を迎える。カウンター十二席と奥の小さなテーブル席二つというこじんまりした作りである。木目調に統一され、清潔で明るく落ち着いた雰囲気である。午後六時過ぎ、既に何組かの客が入っている。
「むっちゃ、旨い」
「うまい、うまいな」
中年の男性二人が金目の煮つけを食べながら思わずつぶやく。そして店主が料理に合わせて選んだ日本酒をお猪口でゆっくり口に含む。馥郁たる香りが鼻孔にささやき、甘さ、辛さが絶妙に調合された日本酒の旨みが舌を包み込む。テレビを見ているだけなのに、箸を握って煮つけを食べている気になる。日本酒のアルコールが回り始める気分になる。

 八時を少し回った頃、五十前後のお母さんたち三人連れが訪れた。何度も訪れている女性たちで、料理はお任せである。定番メニューのひとつ「活毛ガニ」は、さっぱりとした土佐酢のジュレをかけ、さわやかな日本酒の風味を引き立てる。女性たちは舌鼓を打ち、ゆっくりとグラスを干していく。酔いが回るにつれ、話は華やぎを増していく。何という上質な、心地よい空間なのだろうか。

 客同士の会話のふとした間合いに、店主中村重男はメガネの奥の目を細め、人懐こい笑顔でカウンター越に客に話しかける。長年の常連と中村さんとの親しいやりとりを隣席できいているようで心が和む。

 五十五歳の居酒屋主人は、朝七時から食材の調達に走り回る。市場に魚を積んだトラックが到着すると、業者が運転席から降りてくる前に荷台に上ってその朝とれた魚を検分する。選りすぐりの近海ものの中から更によい魚を求める。
「赤貝とりましたか?」
「取った。取った。当たり前でしょ。ダラダラしていたらだめでしょ」
野菜もその多くは農家から直接仕入れている。北海道から沖縄までおよそ百件の農家とつながりを保っている。
「生産者との縁、お客さんとの縁。これからも料理で縁をつないでいき、感謝でもてなしたいです」

 仕入れから戻ると直ぐにその夜の仕込みに取り掛かる。料理の多くは四百円から千五百円までの範囲だが、旬の食材に手間暇をかけ、値段以上の驚きの料理を作り、誰もが使える気軽な居酒屋であることにこだわる。そうした庶民的な店であるが、国内および海外の一流料理人や著名人も中村さんの料理を味わおうとやってくる。iPS細胞でノーベル賞を受賞した山中伸弥さんも常連の一人である。

 開店時刻の五時が近づくと調理帽子の位置を正し、主人の顔に笑みが漏れる。
「さぁ、今日は楽しみだなぁ」
早朝から厳選して調達した旬の食材で、気合を入れて下ごしらえした料理を、客が評価し、喜んでくれるという確信と期待が全身に満ちてくるのである。調理人・居酒屋主人としての意思と情熱にほれぼれする。

 居酒屋で大切な要素は幾つかある。何といっても主人のスピリットと店の雰囲気である。更に、よい食材を使った旨い料理。そして酒だ。居酒屋「ながほり」では全国からうまい日本酒を取り揃えている。

 主人は料理と日本酒の相性にとことんこだわる。
「酒だけでも無理、料理だけでも無理、その両方をうまく生かすことで極上の居酒屋料理が完成するんです」
多くの客はメニューの中から料理を選んだあと、主人に相性のよい酒を訊ねる。
「同じ銘柄の酒を飲んでも、この店で飲むとはるかにおいしい」
多くの客がそう言う。一体なぜだろうか?

 ドキュメンタリーはそのなぞに迫る。主人は全国からこれはと思う酒を仕入れ、日の当たらない冷暗所や冷蔵庫で保管する。しかし、直ぐに客に供するわけではない。出荷前に火入れ(加熱殺菌)を行った日本酒は何カ月かおいておかなければならない、日本酒は時が経つにつれて熟成するのだという。主人は一本一本の熟成度合いを考慮し、その日の料理に合った酒を選び出す。店が開く前に栓を開け、ぐい吞みに注いで試飲し熟成度合いを確認する。
「うん、いい具合に出来上がってる。これは今一番飲み頃です」
選び抜いた酒を大切に寝かせ、最高においしくなったタイミングで、相性のよい旬の料理とペアで提供するのだ。同じ銘柄でも他で飲むより断然旨いのも頷ける。

 ぬくもりのある店で、選りすぐりの料理、熟成した酒、店主のほのぼのとした人柄で、少し疲れた心が癒され、前向きになれる。客と主人の温もりのある会話をきいていて、私はいつも涙ぐむ。こんな居酒屋がいちばんいい。

「プロフェッショナルとは?」
「愚直なまでにやり続けるというのが、プロフェッショナルではないかな、と思います。お客様のことを考え、コツコツとやり続けることかなと」
「ながほり」は大阪城の南隣の街にあるらしい。いつか、大阪在住の学友と一緒に訊ねてみたい。    (2016年11月)

 
 
 
 
 
 
 
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カスタマーレビューが投稿されました。

2016-11-11 17:20:39 | 読書
10月24日に出版した『五年早い定年退職-それからの楽しき日々-第2集』について、11月10日、Soushun 様がアマゾンにカスタマーレビューを投稿してくださいました。

「おおいに感化はされたけど。

投稿者 Soushun 投稿日 2016/11/10

自分は現在54歳。そろそろリタイア後の人生に思いを馳せる頃であり、そんな動機でたまたま目にとまった本書を読んでみた。

まず、専門スクールにも通われた成果なのか文筆業を生業としない一般人とは思えない読みやすく真摯な文章で一気に読了した。

死に物狂いで会社人生を勤め上げたサラリーマンはえてして退職と同時に日々の生活の張り合いを失い無為に老いを重ねがちであるとよく言われるが、著者の生活ぶりはそれとは雲泥の差がある。テニス、料理、音楽、読書、旅行と、著者の興味の対象は実に多岐に渡り、しかもそれぞれに対する少々度が過ぎる取り組み方に瞠目する。音楽を例にあげれば、もともと子供用に購入されていたアップライトピアノに老後初めて手をつけ、プロの教師に習いながら10年でバッハ(だったか?)を弾きこなすまでになる。しかもその途中で子供用のピアノの音質に飽き足らず高額なピアノに買い換えるまでして。

内容は日ごとの短いエッセーに分けて綴られておりその多くが「これからのxxx生活が楽しみだ」のコメントで終わる。

読了後、老後の生活をとにかく楽しんでやるという著者の信念と貪欲さに感心しそういう意味ではおおいに感化された。しかしこう言っては失礼かもしれないが、在職中はそういう仕事以外の物事に一切目もくれず、職を離れた途端にあたかも禁が解けたかのように一気に趣味に没入された印象があり、そういう所は自分には相容れないものを感じた。些末なことにいちいち新鮮な感動を覚えられる性格も正直羨ましい。実はそれこそが老後を楽しむ秘訣なのかもしれず、自分と照らし合わせてみてやや不安を禁じ得なかった。」

私は読者層として40歳から70歳位の方を想定してエッセイを書いています。そういう意味では Soushun 様は54歳で、ちょうど中間の世代です。

私が書きたいと思っていたことを100%、いやむしろ120%捉えていただいており、たいへん嬉しいです。
それにしても、このレビューは実にすばらしい文章です。
とても励みになりました。このレビューを思い返しながらエッセイを書いていきたいと思います。

Soushun 様、レビューいただき、本当にありがとうございます。

村上 好


  
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