定年退職からの楽しき日々♪♪

六十歳で定年退職し、テニス・ピアノ・料理などの趣味にいそしんでいます。折にふれてエッセイを書いています。

プロフェッショナル ガイド

2017-06-24 10:45:09 | 旅行
 昨年の中頃からテニス肘や腰痛に悩まされ、今年は93歳の母が手術を受けたりして、1年ほど旅行ができなかった。母の体調が安定し、腰の痛みも和らいできたので、妻と日程を調整して、六月中旬、久しぶりの旅に出た。阪急交通社が企画した
「山陰山陽デラックス紀行 4つの世界遺産と5つの日本一 たっぷり4日間」
というツァーである。行く先を検討していた時、日経新聞の広告で知った。妻は梅雨の時期なので4日間の天候をしきりに心配していた。

 初日は新横浜、朝9時32分発ののぞみ215号に乗り込んだ。既に東京駅で乗車していた参加者を含めツァーは総勢22名である。60代後半から70代の人が中心で最高齢は87歳の男性だ。小柄だが元気溌溂とした添乗員の鎌田さんがあいさつに来てくれた。

 新大阪で下車し、ツァーバスに乗り込む。大阪、神戸を通過し午後1時半、最初の訪問スポット、姫路城に着いた。事前の勉強によると、1333年、赤松則村が姫山に砦を築いたのが起源という。青い空を背に映える白亜の天守閣を見上げる。壮大で美しい。実にいい気分だ。天守閣は6階建てで、その急階段を昇りながら戦国の世を偲んだ。

 姫路城で2時間ほど過ごし、一行を乗せたバスは一路、鳥取県の大山を目指す。兵庫県を通過したバスは岡山県に入り、中国横断自動車道をひた走る。中国山地を斜めに横切るハイウェイで車窓から山、川、森、谷が旅人の心を和ませてくれる。2時間近く走って、夕刻、田んぼと森の向こうに富士山に似た形をした優美な大山が姿を現した。

 大山ロイヤルホテルは近年、天皇陛下ご夫妻が宿泊したホテルだそうで、従業員の接客態度がよく、客室は広々している。窓からは右手に大山、真下に美保湾と弓ヶ浜が横たわる。弓ヶ浜は本当に弓なりに伸びている。夕食のバイキング料理も新鮮野菜、かつおのタタキ、ステーキなど、とてもおいしかった。芋焼酎と白ワインに心地よく酔った。翌朝は5時頃目覚め、1階ロビーに下りて、玉村豊男『エッセイスト』(朝日新聞社、1995)を読んだ。淡々とした筆致のなかに、驚くような自動車事故体験が語られ、また行間に鋭く快いエスプリが感じられる。旅先のホテルの誰もいないロビーでエッセイを読む。これぞ悦楽の時間だ。

 2日目はホテルから40分ほど西に走り、安来市の足立美術館を訪ねる。この美術館の庭園は、アメリカの日本庭園専門誌で14年間日本一と評価されているという。確かに植栽や築山の配置、色彩のコントラストなどが優れており、見とれてしまう。横山大観や平山郁夫といった画家の絵が展示されている。私は絵の素養がなく、いまひとつ楽しめないのが残念だ。妻は何枚かの絵に見入っていた。

 足立美術館を後にし、一行は更に西に走り、出雲市の出雲大社に参拝した。昔から音にきいていた出雲大社は確かに大きく、立派な神社であるが、言ってみればただそれだけのことであり、拍子抜けだった。われわれ夫婦の信心が足りないのであろう。

 大社前のレストランで出雲そばを食べた。そばの実を皮ごと石臼で挽くためそばの色は濃く黒く見え、香りが強くおいしい。昼食をとりバスに乗り込むと、向かうは島根県の西端、津和野である。2時間を超す長距離ドライブである。2日目の走行距離は大山から津和野まで350キロだと日程表に書いてある。

 ツァーバスがロングドライブになると、持参したラジオレコーダーを取り出し、ヘッドフォンで録音ファイルをきいた。ファイルの中にこれまできいたことがない、モーツァルトの交響曲へ長調 K76という曲があった。再生するとヴァイオリンとチェロによる、優美で軽快なメロディが流れ出した。山陰ののどかな風景を見ているせいもあろうが、たちまち心を鷲掴みされてしまった。3分半余りの短い曲を何度も繰り返し聴いた。モーツァルト幼少期の作品と思われるが、私には最高傑作と感じる。早速、ファイルを「お気に入り」ファイルに移動した。旅の途中ですばらしい音楽作品に出合い、録音ファイルまで整理できる。なんと凄い技術時代なのだろうか。

 2日目は小京都、津和野の散策で終わり、3日目は萩市に松下村塾を訪ね、美祢市の秋吉台・秋芳洞を経て広島の原爆ドームを見学した。4日目は広島の厳島神社、そして最後は倉敷の美観地区であった。実に盛沢山の旅程で、旅の楽しさを満喫できた。梅雨の時期にもかかわらず、4日間快晴というビッグプレゼントもありがたかった。

 今回のバスツアーで4日間案内してくれたのは大田由美子さんというバスガイドである。初日、添乗員の鎌田さんの後について、新大阪の改札口に近づくと満面の笑顔で待っている女性がいた。人垣の間にちらっと顔が見えたとき、感じのいい人だな、と思った。一行がバスに乗り込みシートベルトをして落ち着いた頃、大田さんがマイクを握った。
「みなさま、こんにちは!ようこそおいでくださいました」
大きな目に微笑を絶やさず、ゆっくりとした口調で、多少の大阪弁を交えて話す。

 姫路城が近づいてくると再びマイクを握った。城の歴史、城主の変遷、建物の構造、見どころなどを、詳しく分かりやすい言葉を選びながら説明してくれる。ゆっくりしたテンポで声がまたすばらしく、オペラのプリマドンナの歌を聴いている気分になった。姫路城の見学を終えて大山に向かっている時、
(このガイドさんの話は是非録音しておきたい)
と思い立ち、すかさずラジオレコーダーの録音ボタンを押した。

「本当に島根県って、松江に住んでいる島根県民は、津和野はあそこは島根県じゃないっていう位、とにかく横幅が広いんです」
ガイドさんの説明は快く、おしつけず、しかもツァー参加者が喜びそうな話題を上手に提供している。昨日今日のニュースをよく知っており、沿道の状況をつぶさに観察しており、時折アドリブを入れる。人柄がよく、長年の経験の蓄積があり、普段の準備と勉強を怠らないことがよくわかる。しかも美人ときている。まさにプロフェッショナルガイドである。

 結局4日間のツァーで11本、3時間20分の録音ファイルが残った。旅行から帰った後、写真を整理しながら録音をきいていると、再び旅行している気分になる。現地の位置関係が分からないときは旅行ガイドブックを開いてみるとよく理解でき、思い出が更にクリアに定着する。

 子供のころ、アーモンドグリコという大好きなキャラメルがあった。「一粒で二度おいしい」というキャッチコピーで、ミルクキャラメルとアーモンドの二つの味を楽しめた。ガイドさんの録音ファイルを残せたことで、山陰山陽ツァーを二度も三度もエンジョイできている。文字通り、一粒で二度おいしい旅行だった。

 てんこ盛りの内容に対して一人7万5千円と価格も非常にリーズナブルで、充実した楽しい時間を過ごすことができた。妻と、また秋になったら旅行にいこうと話している。
 ガイドさん、添乗員さん、運転手さん、ご苦労様、本当にありがとう。
                          (2017年6月)















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もう一つの出会い

2017-06-06 15:42:31 | 旅行
 医師で小説家の大鐘稔彦さんの名を知ったのは、日経新聞朝刊に出ていた幻冬舎文庫『孤高のメス』シリーズの新刊広告だった。本を読んで感動し、大鐘さんに手紙を送った。その後、不思議な縁の導きで知己を得てからもう10年の歳月が流れている。手紙のやりとり、食事会、テニスなどを通じて、医学や文学などさまざまなことを学び、楽しい師弟関係が続いている。大鐘さんとの出会いは文字通り、有り「難い」、ことであった。

 3か月ほど前、本を読みたくなりフェリス女学院大学の図書館を訪ねた。1階奥の壁際の新書コーナーで、新しいものから古いものへ背表紙をていねいに眺めていった。2、3百冊ながめていて、集英社新書の『千曲川ワインバレー』という本に触手が動いた。ワインが好きなのでワインバレーという言葉に好感を持ったのである。著者は玉村豊男という人で、初版は2013年である。

 貸出手続きをして閲覧席に腰を掛けページを開いた。「はじめに」からゆっくり読み始めた。長野県東部の東御(とうみ)市に移住した玉村さんは、20年前、耕す人もなく荒れるにまかされていた農地に、ブドウの苗木を植えた。標高850メートルなので、専門家からブドウ栽培は無理だと言われたという。しかし、10年後にワイン醸造を開始し、そのわずか2年後に国産ワインコンクールで銀賞を受賞した。

「土を耕し、ブドウを育て、できたブドウを潰して寝かせておく。
 ワインづくりは農業の仕事そのものです。」
真摯でいて、力みのない雰囲気が感じられ、しかも悪条件下でのワインづくりの成功物語が期待され、一気に本の世界に引き込まれていく。

 42歳のときに原因不明の吐血をして病院にかつぎ込まれ、療養生活を余儀なくされた玉村さんは、人生の後半は土を耕して暮らそうと夫婦で語り合った。車に乗って眺めのよい土地を探して歩き、ある日、東御市の里山に巡り合う。
「南西に向かって開けたなだらかな里山の斜面と、その左右に広がる雑木林。前方の視界を遮るものはなにもありません。………ここだ、ここにしよう」
ここまで読んで、この本がほしくなった。帰宅してアマゾンで注文を入れた。

 予感通り『千曲川ワインバレー』は実に興味深く、おもしろい本であった。内容とともに、文章が洗練されており、使われている言葉が優雅である。本を読む楽しさ、喜びを堪能した。

 すっかり玉村ファンになってしまい、続けて『里山ビジネス』(2014年)を読み、今は『農園からの手紙』(1996年)と『隠居志願』(2015年)の2冊を楽しんでいる。先日、20年近く一緒にテニスを楽しんでいる斉藤さんという人に、玉村さんのことを話した。
「名前は知っています。ボクの妻が50年前パリに留学していたとき、玉村さんはパリ大学に留学していて、仲間だったらしいです。個性的な人のようですね」
世の中は狭いものだ。

 著作を読んでいて、玉村さんが自宅の隣にワイナリーを持ち、カフェレストランも経営していることを知った。年間4万人以上の来場者がいるという。

「お義母さんの手術など、いろいろ忙しくてしばらく旅行をしていないけど、ちょっと出かけない?」
3週間前の夕食時、妻が言った。ではどこがいいかと尋ねると、どこでもいいから行きたい、どこかないかと逆に訊かれた。私も特に思いつくところがない。それで、玉村さんの話を持ち出し、ドライブがてらワイナリーとレストランに行ってみないかと提案した。妻は興味を示し、即決で行き先が決まった。

 玉村さんのレストラン「ヴィラデスト」に6月4日、ランチの予約を入れた。出かける数日前、玉村さんがおられたら著書にサインをしてほしいと思い、メールで問い合わせた。直ぐ、当日は在宅しているので、本を持ってきてくださいと返信がきた。なんだか事がとんとん拍子で進んでいって気持ちがいい。

 カーナビにヴィラデストを入力すると、横浜の自宅から220キロもある。余裕を持って朝7時に家を出た。日曜日の早朝でもあり高速道路は渋滞もなく快適なドライブとなったが、やはり遠い。予約の11時半に遅れそうな気がして、10時過ぎに携帯でレストランに連絡を入れておいた。

 4時間半余り走って、正午少し前、レストランにたどり着いた。レジで女性に名前を告げると、
「村上さんですか。お待ちしておりました」
と横から声をかけられた。日焼けして血色がよく、白くて短いひげをたくわえた紳士である。玉村さんだった。写真ではもっと歳を取った感じだったが、写真よりずっと若々しく、目鼻立ちもはっきりしている。持参した3冊の中の1冊にサインをお願いしようと思ったところ、3冊全部に丁寧なサインをしてくれた。厚かましくも記念写真をお願いすると、隣のショップに移動して、妻も入れて3人の写真に快く応えてくれた。ポーズを取っていると背中にやさしく手を回してくれた。

席に座ってメニューを見ていると玉村さんがやってきた。
「村上さん、本を忘れていかれましたよ」
折角のサインをお願いしたのに、記念写真に気を取られて本のことを失念してしまった。やれやれ、認知症予備軍か。


 レストラン横の畑で収穫したというだけあって、サラダの野菜は新鮮で味に力があると感じる。アスパラガスは多少の苦みとともに快い甘みがある。白ワインは私の好きなソーヴィニヨンブランを頼んだ。窓越しに見える葡萄畑を眺めながらグラスを近づける。ブドウとアルコールの芳香が鼻孔に侵入する。期待感が高まる。とろりとした感触と適度な甘みがある。そして新鮮で多少舌を刺すような酸味が混じる。はっきりいって、うまい。今眺めている畑で実ったブドウが階下のワイン工場でこのワインになるのだ。このワインならドイツやチリのワインに負けず、互角に戦えるだろう。

 メインの信州産豚のポアレはやや硬めで歯ごたえがよく、焼き具合が見事である。ワイングラスが空になり、追加を注文した。このレストランで焼いたパンはイースト菌の香りがよく、噛みごたえがたまらない。食後の飲み物はハーブティーを頼んだ。どうしたらこんなにいい香りになるのだろうか。一口飲むほどに心が鎮まる。

 妻共々大満足でランチを終えた。階下のギャラリーで玉村さんの絵画をゆっくり眺め、。ショップでディナープレートとパスタ皿を買った。玉村さんの絵が焼き込まれている。血中アルコール濃度を下げるには、3時間はかかるだろう。

 南斜面の畑で何万本もの蒲萄の木が整列して並び、いま、小さな花をつけ始めている。青空のもと、緑鮮やかな木を眺めながら、爽やかな風に吹かれ、いいエッセイストを見つけたものだと思う。生き方、考え方、文章の紡ぎ方が肌に合うのである。読み進むほどに、知識と世界が広がり、思索が深まっていく。既に数十冊の著作が出版されているので、私の生涯にわたって楽しく、ゆたかな読書生活を保障してくれるだろう。

 玉村豊男さんとの出会いは、10年前の大鐘稔彦さんのときとよく似ている気がしてきた。高齢者の仲間入りをしたこの歳になって、このようなひとに遭遇できるとは、僥倖以外のなにものでもない。1冊ずつじっくりと熟読玩味していこう。やはり、人生は豊かさに満ちている。               (2017年6月)













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チェコフィルと私

2017-05-25 10:10:36 | 音楽
 私の携帯電話番号の末尾4桁は2、0、0、6である。2006年2月のある日、突然思い立ってピアノを始めたことを忘れずにおこうと思って、長年この番号を使っている。あれから11年も経っているのだ。

 ピアニストの丹生谷佳惠子(にゅうのやかえ)先生のレッスンを受け始めてからも9年の月日が流れている。レッスンを受け始めて2、3年経った頃、私が住んでいる町にピアノクリニックヨコヤマという店があることを知った。ヨーロッパのピアノを販売すると同時に調律も行っているという。社長の横山さんは世界的ピアニスト、イェルク デームスの信認を受け、毎年ウィーンに出張して、デームス所有の90台のピアノを調律しているときいた。横山さんはヨーロッパ製ピアノの調律師として知る人ぞ知る存在だ。そのうち、私も横山さんのお弟子さんに調律をして貰うようになった。いつぞやピアノのレッスンを受けたとき、丹生谷さんに横山社長のことを話したことがある。

 2010年ころ、丹生谷さんは念願だったスタインウェイのグランドピアノを購入した。それ以来、レッスン室には2台のグランドピアノが並び、先生はスタインウェイ、生徒はヤマハを使ってレッスンが進められている。

 3年ほど前のある日、携帯に電話が入った。
「村上さん、ピアノクリニックの電話番号をご存じないですか?」
丹生谷さんからだった。彼女は翌日ピアノクリニックを訪れ、数時間ピアノを試弾し、横山社長と話したそうだ。それ以来、横山社長が丹生谷さんの2台のピアノを調律するようになった。プロのピアニストは日々の練習量が半端ではない。しかも打鍵のエネルギーも強烈だ。調律してもほどなくして弦が緩み、時々弦が切れる(!)という。横山さんは年数回、彼女のピアノを調整している。

 今年3月、レッスンのため丹生谷邸のドアを開けると、玄関収納の上にコンサートのチラシが積まれていた。
「チェコフィルハーモニー管弦楽団メンバーによる室内楽コンサート」
チェコフィルといえば、チェコを代表するオーケストラである。その首席チェロ奏者、F・ホストさん、ヴァイオリン奏者、O・バルトシュさんとピアノ、丹生谷さんの3人による演奏会である。横山さんが企画し、コンサートは5月20日、なんと、我が町のヨコヤマピアノクリニックで開催される。

 コンサートは土曜日の午後2時30分開場。普段は20台前後のピアノが陳列されている部屋で、今日はピアノは搬出されている。私は妻と最前列から2列目の中央に席を取った。手を伸ばせば演奏者に届くほどの近さである。最初の曲はヴァイオリンとピアノでクライスラーの「愛の喜び」。恋する若者の燃えるようなよろこびの感情が表現されている。

 ヴァイオリン演奏の後は、丹生谷さんのピアノ独奏で、ベートーヴェンの「月光」ソナタである。曲の最初に弱音の三連符で繰り返されるメロディは、湖に映る月光の波に揺らぐ小舟に乗っているような気分になる。ピアノの音が実に美しく、鳴りだした音がいつまでも鳴り響く。このブリュートナー社製ピアノは1904年に作られたもので、いつも店のシンボルとして中央に陳列されている。かつては1、050万円の値札がついていたが、今は非売品となっている。私も何度も弾かせて貰って、その快い音色を楽しんでいる。しかし、今きこえてくる音はまったく別物で、これがピアノかと思うくらい、妙やかだ。

 休憩をはさんで、最後はドヴォルザーク作曲「ピアノ三重奏曲第4番」。ヴァイオリンもチェロもピアノも、親しみやすいメロディに溢れており、いかにもドヴォルザークらしい作品である。それにしてもホストさんのチェロは、弓と弦が磁石で引き付け合っているように密着しており、すばらしい音色だ。
「今日のヴァイオリニストはいま一つ調子が出ていないが、チェロが実にいい響きを出している。それに男前だ」
ヴァイオリンをやっている妻も感激の体である。

 丹生谷さんはこの日のコンサートのために、一週間前パリに飛び、師匠のセルメットさんの特訓を受けてきた。今日の演奏会では、その成果が出ているようで、彼女のピアノが伴奏、独奏、三重奏といずれでも最高のできだった。

 思えば横山さんのことを丹生谷さんに話したのはわたしであり、その後巡り巡って、今日のコンサートに至っている。時に人生はおもしろい連鎖があるものだ。思いがけない縁を大切にして、これからチェコフィルの演奏に親しんでいこう。感慨深いコンサートだった。                   (2017年5月)











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指揮者、シャイー

2017-05-21 09:17:10 | 音楽
 2014年にドイツで制作された「指揮者シャイーとその音楽」と題するドキュメンタリーをみた。リッカルド・シャイーは1953年生まれのイタリア人指揮者である。

 スイス東南部の観光・保養地、サンモリッツ付近の山荘から雪を戴いたアルプスが間近に見える。目に染みる青々とした芝生と植栽に包まれた広々とした書斎で、60半ばの髭の紳士がマーラーの交響曲のスコア(総譜)を勉強している。時々、腕をしなやかに振りながらハミングで歌う。
「ひとりで楽譜に向かう時、特に周りが静かだとより深い解釈ができます」
色鉛筆を削り、赤で印をつけていく。時たま書斎の隅におかれたアップライトピアノに向かい、新たに見つけた和音の響きを確認する。

 オーケストラの前に立つまでに、指揮者はひとり楽譜に向かい、時間をかけて作品を解釈し、どのような演奏に仕上げるか腐心する。その姿に畏敬の念を覚える。

 勉強の合間、シャイーは帽子をかぶり、ジャンパーに身を包んでアルプスを源流とする川べりを散策する。彼は堂々とした体躯の紳士である。わたしと同世代であることが、より親近感を覚えさせる。
「静寂はなによりの宝物ですし、生活の中で自然と戯れることもできます」
シャイーの頭のなかで、さきほどまで勉強していた交響曲が流れているのだろうか。

 場面はドイツのライプツィヒに移る。人口52万のこの街は音楽や文化において輝かしい歴史がある。バッハは聖トーマス教会の楽長を務め、ゲーテもここで大学時代を過ごした。カラヤンの推薦により、シャイーは名門ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の指揮をするようになり、2005年に首席指揮者に就任した。

 演奏会前のリハーサルは真剣勝負である。
「優しすぎる。もっと鋭く、ナイフのように。サドマゾだよ、鞭で打つように」
タオルを首にかけ汗びっしょりのシャイーの指示の後、金管楽器の演奏は歯切れよく、活き活きとした演奏に変化した。曲の全体にわたり、実に細かい注文がつけられる。第2ヴァイオリンやヴィオラはいわば脇役で、私の耳には余りはっきりきこえないのだが、弱音をもっときかせよと要求する。リハーサル場面は本番演奏よりも引き込まれてしまう。
 そしてコンサート本番。シャイーがマーラーの交響曲第4番のフィナーレを演奏する。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの弦楽器とフルートなどの木管楽器が静かで落ち着いたメロディを奏でて曲が終わる。スイスの川べりを散策したとき、シャイーの頭の中でこのような音楽が流れていたのだ。
「指揮は、私の腕や手首から生まれる私だけの言葉で、長年の勉強で培われました。頭の中に描いた演奏に近づいた時ほど音楽的な快感が得られます」

 シャイー夫妻は二人の孫と小さなテーブルを囲みトランプゲームに興じる。小学校低学年の男の子は狙っていたカードを引き当て歓声を上げる。シャイーの顔は喜びに満ちている。
「今は孫たちと一緒にいるのが楽しくてたまりません。家族は心の支えです」
「音楽家にならなくても構いません。でも音楽が一生の支えだと気づいてほしい」
明るくにぎやかな家庭生活をみていて、シャイーの人となりがよく分かり、彼の音楽が一層身近な存在になる。

 ドキュメンタリーは終始、落ち着いた雰囲気で指揮者の日常を等身大に描き、シャイーの創造プロセスを忠実に報告している。自らの能力に自信を持ちながら、おごることなく、楽団員や家族を大切にし、淡々と高みを目指している姿に胸が熱くなる。

「音楽は人に慰めを与えてくれます。そして、音楽は一つの希望だと思います。精神的につらくても、不和や衝突があっても必ず出口がみつかります」
シャイーのドキュメンタリーを見て、指揮者という仕事がどのようなものなのか、とてもよく理解できた。このドキュメンタリーは、美しい自然、オーケストラの舞台裏、演奏会の本番をリアルにナチュラルに描いており、何度見ても楽しい。

 2か月ほど前、NHKBSでミラノ・スカラ座、2016/17公演が放送された。プッチーニのオペラ「蝶々夫人」である。指揮はリッカルド・シャイー。DVDに録画して前半を鑑賞した。舞台は江戸末期の長崎を多少欧風に再現している。音楽はダイナミックにして強弱がはっきりしている。シャイーの研ぎ澄まされた情念を感じる。
いつの日かミラノ・スカラ座でシャイーの演奏を楽しみたいものだ。
                 (2017年5月)

















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老年のツール

2017-05-05 23:25:08 | 日記
 1月中旬、93歳の母が直腸脱になり、3月初旬に手術をした。術前の主治医の説明の通りで、術後3週間で再発し、症状は改善されていない。このことがいつも頭の片隅に意識されている。

 アメリカではトランプ大統領誕生で次々と大統領本位の命令が出され、大混乱が起こっていることが報道され、他国のことながら気が重い。更には北朝鮮のミサイル発射、核開発をめぐって米国と北朝鮮の対立が急速に高まっており、戦端が開かれると核爆弾が日本に落とされる恐れもあるという。

 こうしたことが重なり、これまで比較的充実した楽しい日々を送っていたのと反対に、書斎にいても楽しい気分になれず、うつ的な状態になりがちとなっている。このようなストレスがあると胃の調子がおかしくなり、食欲も落ちてくる。
「村上さん、なんだか元気がありませんね」
3か月ごとに受診している歯のクリーニングとチェックアップの時、歯科医師から言われてしまった。

 これではいけない。何か打つ手はないものだろうか。しばらく考えて、どうも家の中にいると、このような気分を増進しこそすれ、何ら改善してくれない、と思い至った。答えは「家の外」にあるのではないか。

 1年間苦しんできたテニス肘がようやく緩和してきたので、努めてテニスクラブに行くことにした。クラブに行ってみると、不思議なことに気分がすうっと軽く明るくなる。クラブの友人たちがみんな楽し気なので、その陽気さが私に伝染するようだ。クラブの豊かな植栽、花、樹木、青い空、太陽の光も脳内の抗うつ物質を分泌させてくれるようだ。朝方、テニスクラブで爽やかな気分になると、帰宅後も愉快な気分が続く。

 更に分かったことは、家にいてもピアノを練習していると、憂鬱な気分が消えるということである。このところベートーヴェンの交響曲「運命」、「田園」、ヴィヴァルディの「四季」に取り組んでいる。とてつもなく難しい指遣い、ペダル操作に全神経を傾けていると、気分がしゃきっとし、曲の迫力が気持ちを充実させてくれる。

 テニスとピアノが気持ちを明るく愉快にしてくれることを痛感して、
(身の回りに生活を楽しくしてくれるものには他にどんなものがあるだろうか)
と思い至った。

 長年の習慣で、エクセルファイルを作って整理してみることにした。先ずは音楽関係のハードウェアが役に立ちそうだ。2年前に株・リート投資益で購入したドイツ、ブリュートナー社製のピアノ。さらに、会社を退職した時に頂いた餞別で7年前に購入したカワイの電子ピアノ。2年前に買って毎日愛用しているソニーのラジオレコーダーはピアノより有用だ。5年前、東京の友人が貸与してくれた超高級オーディオも強力にサポートしてくれるはずだ。この4つをエクセルに入力してみると、大変な資産を手にしている気がする。

持っているCDと録音ファイルも整理した。80曲余りあるハイドンの交響曲をすべてきいて、第40番、第85番「王妃」など11曲をリストアップした。ヴィヴァルディのシンフォニア(序曲)などの2枚のDVDもリストに加えた。これらの音楽は何度きいても気分がよくなる。NHKで放送されたプロフェッショナル「居酒屋主人」などのドキュメンタリーが5本。真摯に生きている人のドキュメンタリーは本当に感動する。

 人生の楽しみといえば食べることだ。うまい酒を飲んでおいしい料理を食べれば最高の気分になる。レシピを集めた2冊のクリアファイルは貴重なものだ。このレシピで旨い料理を作ろう。お気に入りの飲食店もリストアップしていくことにした。まず最初に「自然食レストラン、はーべすと」。ここは安いが、料理も酒も非常にうまい。特に新横浜店は駅ビル9階にあり、雰囲気がいい。

 楽しみと言えば、やはり読書にとどめを刺す。本棚をあさってお気に入りの本を一か所に集め始めている。B・ラッセルの『哲学入門』は何度読んでも知的刺激を受け、気分がよくなる。10年前から師事している大鐘稔彦先生の『私が出会った外科医たち』は大鐘さんの最高傑作である。サミュエルソンの『経済学』は40数年前、熟読玩味した著作である。今、本は日に焼けている。折に触れてこれらの著作を再読したい。

 生活を楽しくしてくれるモノを整理してきて、モノ以外にも大切なことがあることが分かった。施設とか生活習慣である。テニスクラブ、フェリス女学院大学図書館は最高に充実したサービスを提供してくれており、まさに僥倖である。自宅のすぐ近くにある四季の径という3キロの遊歩道もすばらしい。厳しいけれども温かい丹生谷佳惠(にゅうのやかえ)先生のピアノレッスンは私の音楽大学である。もう10年になる。リストの最後に、「昼寝」を加えた。多くの人が働いている時に眠るとは申し訳ないことであるが、昼寝は本当に気持ちよく、幸福な気分になる。そして昼寝の後は気力が充実し、溌溂と行動できる。

 気分が乗らない時、楽しくないときはこのリストを眺めることにしている。そして、DVDを見たり、本を読んだり、散歩に出たりする。すると、間違いなく元気になるのである。不思議なことだ。こうして、A4一枚に、気持ちを愉快に楽しくするものを整理して眺めてみると、それらは、老年を楽しむためのツールだなと思えてきた。

 今私は、このエクセルファイルをプリントアウトして手元に置いている。母のこともアメリカのことも、私の力ではどうしようもないことなのだ。楽しく暮らせる仕掛けを作り、過行く日々を慈しむことが一番いいことだなと思う。(2017年5月)

 
 
 
 
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男のレシピ

2017-04-11 20:52:22 | 料理
 料理のまねごとを始めてもう10年以上経っている。台所に立つと必ずみそやしょうゆで衣服を汚すのでいつもエプロンを着ける。
「エプロンをするのだけは上手ね」
妻がよく投げかけるせりふである。

 時間的キャリアは結構長くなってきたが、最近いまひとつ料理に気分が乗らない。なぜだろうか?料理は1品をA4一枚に纏め、クリアファイルに入れている。これまでに2冊のファイルが出来、ハンバーグや筑前煮など全部で75のレシピが集まった。ところが最近これがなかなか増えないのである。更に、このレシピで料理を作るときも、手間暇がかかる料理はおっくうに感じるようになってきた。

(なにか負担の少ないやり方はないものか)
わが家の庭に柚子の木があり、黄色い柚子がたわわに実っている。数えてみると超概算で500個以上はあるようだ。柚子を使った料理はないだろうか。インターネットでキッコーマンのページを開いてみると、「ゆず大根」というレシピがあった。材料はゆずと大根で、簡単そうなのでさっそくピーターラビットのエプロンを着けた。

 大根は皮をむいて、小さめの乱切りにする。ゆず1個は千切り用に皮をすこし残しておき、4等分する。ジッパー付のビニール袋に大根とゆずを入れ、しょうゆ2分の1カップと4x8センチの昆布を加え、空気を抜いて冷蔵庫に1晩おく。食べるときは、ゆずの皮を千切りにしてちらす。感動を覚えるほど簡単だ。翌日の夕ご飯のとき食卓に供した。
「これはおいしいわね。ゆずの香りもいい」
めったにほめてくれない妻から合格点が出た。大根のかすかな甘みに醤油の旨みと塩みが調和し、ほのかにゆずの香りが味を調える。それ以来わが家ではしばしばゆず大根が食卓にのぼっている。

 書棚を見たら『お料理1年生の基本レシピ』(2011年、主婦の友社)という本があった。昔参考にした入門書だ。簡単でおいしい料理はないものか。パラパラとページをめくってみると「合いびき肉のフライパン焼き」という料理が出ていた。食材は2人分で合いびき肉、250g、にんにく2分の1かけ、ねぎ6センチで、作り方はこれまた超簡単だ。すぐスーパーに飛んでいく。脂の少ない赤味の合いびき肉を238g買う。なんと324円である。ステーキ用和牛なら2千円近くする。そうか、ひき肉は安いのか、などと今頃気づく。いやいや、今でも決して遅くない発見だ。

 2か月前買った根付き葱の根を庭に植えておいたものが葉を伸ばし、10センチ以上に育っているので2本収穫する。この葱とにんにくはみじん切りにする。ピアノとテニスができなくなるので包丁で手を切らないように気を付ける。ボウルにひき肉を入れ調味料を加える。この調味料の種類の多さに驚いた。しょうゆ大さじ1・5、酒大さじ1、しょうが汁小さじ4分の1、ごま油大さじ2分の1、一味唐辛子小さじ4分の1、いり白ごま大さじ2分の1、砂糖小さじ1。ふざけているんじゃないの、と思った。とはいえ、しょうがはしぼり汁を取らずにおろしたままを加えた以外は忠実にレシピに従った。

 手で練り混ぜていると、レシピの予言通り粘りが出てくる。フライパンにオリーブオイルを入れて加熱し合いびき肉(肉だねというらしい)を入れて、手の平で薄くのばす。そうか、これなら中までしっかり火が通る。片面を焼いたら蓋を使って上下を返して焼けば出来上がり。ししとうがらしなどをフライパンで炒めて肉に添える。見た目はイマイチだが、これは旨い。9種類の調味料はだてではなかった。ハンバーグに類似しているが、あっさりしており、和風の味わいがある。ワインが一段とおいしく感じた。

 ゆず大根は何度も作っている内に、思いつくことがあった。しょうゆの代わりに薄口しょうゆにしたらどうかと試してみると、色づきが薄くきれいになり、よりコクのある味になった。更に、みりんを加えてみると、ほんのり甘みが出ておいしくなった。大根の他に、白菜、キャベツ、きゅうり、かぶ、セロリを使ってみるとそれぞれおいしく、バラエティが増えた。わが家ではセロリが一番人気だ。

 残念なことに4月から9月までは庭のゆずがなくなる。そこで100個ほどを小分けしてビニール袋に入れ、冷凍庫に入れた。4月以降は1個ずつ解凍して試してみたいと思う。果たしてうまくいくだろうか。

 2つのレシピの発見で、また料理の楽しさが戻ってきたようだ。作り方が複雑で本格的な料理を目指さずに、簡単に作れてほどほどおいしい料理を目指せばいいではないか。男の料理と割り切って、この路線で1品ずつレパートリーを増やしていこう。

 少し料理を分担するようになって、妻の評価が予想外に大きいことが分かった。夫が上手でおいしい料理を作るからではない。妻にとっては、料理をしなくていいこと、一食でもいいから食事作りから解放されることが嬉しいのだ。結婚して40年経って、やっと分かった。少し食事を作るようになってから叱られることが少なくなり、昨今の世界情勢と違ってわが家は軍事的緊張感がやわらいでいる。平和維持のためにコツコツと努力し、私のつたない料理で夫婦二人、今宵もワイングラスを傾けたい。
                     (2017年4月)

 
 

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ブログの愉しみ

2017-03-29 13:22:10 | 読書
 パソコンで自動録画した番組の中に「万人の不平等」というドキュメンタリーがあった。1993年から4年間、米国クリントン政権で労働長官を務めたロバート・ライシュがカリフォルニア大学バークレー校公共政策大学院で行った講義の記録である。ライシュは2008年、『タイム』誌の「最も業績を収めた20世紀の閣僚10人」のひとりに選ばれている。

 NHKBSで放送されてから数ヶ月後、この録画を視聴した。昨年の秋だった。米国における富裕層と中間層・低所得層との巨大な経済格差の実情とその原因を明解に解きほぐしており、とても興奮した。アメリカが今日抱える問題の根幹がここにあると理解できた。二度、三度と録画を視ている。

 ライシュの本を読みたくなり、アマゾンで『格差と民主主義』(2014年、東洋経済新報社)を購入して丁寧に読み、さらにもう一度精読した。複雑なアメリカ社会の構造をクリアに分析し、深刻な問題を解決する政策を分かりやすく提示し、大切なことは、政治家など他人任せでは問題は悪化する一方であり、国民ひとり一人が勇気をもってできることをすることだと説く。

「取り組むべき課題や政治的立場を示してくれる候補者が現れるのを待ってはいけないということだ。そうではなく、あなた自身が積極的な役割を果たして課題を創出し、候補者にはその課題に集中してもらおう。現職議員にも、その問題のために動いてくれるのなら、あなたの再選に尽力する、と告げるのだ。そして、実際に彼らが再選を果たした暁には、頑張って支援を続けよう」(P175)

『格差と民主主義』を読んで感動したので、ライシュの他の著作を読みたくなり、アマゾンで探してみたが、この本の後に出版された日本語の本は見当たらなかった。それなら、英語版はないかとグーグル検索を試みると、最初にアマゾンのページ情報があり、次にライシュのオフィシャルサイトが出ていた。この日からライシュのブログを読むようになった。今年の正月のことである。(ライシュのサイトhttp://robertreich.org/)

 時同じくして、アメリカでは大方の予想を覆してドナルド・トランプが大統領に就任した。ライシュのブログは毎回トランプ大統領がらみである。読んでみると結構難しい単語や熟語を多用している。インターネット上の英語辞書、ウェブリオ(http://ejje.weblio.jp/)で一つひとつ丁寧に調べて読んだ。私はライシュのブログ用にエクセルファイルを作り、そこにブログの文章をコピーし、文章の右横に調べた単語の語義を入力しながら読んでいる。1月8日のブログでは22個の単語を調べなければならなかった。その中に eviscerate(イヴィサレイト) という単語があった。50年英語を読んでいて出会ったことがない。「骨抜きにする」という意味であった。

 単語調べは大変だったが、書かれていることが目下世界の関心事であり、テレビや新聞で報道されていない内容も多く、非常に興味深いので、なんとか我慢できた。ライシュのブログを読むようになって、アメリカの実情、問題点が少しずつ理解できるようになってきた。アメリカの政治制度や医療保険制度なども分かってきた。

 1月中旬、ウェブリオの会員となり、ひと月324円支払えばネット上に単語帳を作れるというので登録し、それ以来実に便利な電子単語帳を作って活用している。電子辞書だけでは限界があるので、紙の『ロングマン英和辞典』も併用している。

 マスメディアで報道されていない情報や見方が、日本人の参考になるかもしれない思い、そのようなブログは要約し、友人にメールで送っている。アメリカやドイツで長年働いた経験のある友人たちは返信で、ライシュと異なる見方や、貴重な関連情報を教えてくれている。政治経済に詳しい友人は日本の軍事・政治・経済的アメリカ従属の枠組みのなかでコメントをくれている。これらの情報と友人たちとの率直な議論を通じて、ライシュの文章の意味が更によく分かる。

 早いものでブログを読み始めて3か月が経過した。エクセルファイルの文章は1400行を越え、調べた単語は800語近くになっている。次第次第にブログを読むスピードがあがり、楽に読めるようになってきた。私は66歳になっているが、この年齢になっても語学力は中高生と同じ位のペースで進歩するようだ。「統治する能力をもたない議会と統治能力のない大統領をいただいている」(ライシュ)アメリカの現況が一段とよく認識でき、朝起きるとライシュのサイトを開くのが楽しみになった。

 3か月ライシュの文章を読んでいて、彼のブログがとても格調高い文章だと感じられるようになった。トランプ政権に怒りを覚えているのだろうが、努めて冷静で、理論的な言い方に終始している。根拠のないアジテーションを続けるトランプ大統領とは対照的に、根拠を示し、論点を明確にした上で上品にモノを言っている。読み返していると気持ちがよくなり、明るい将来を信じたくなり、気分が高揚する。ライシュのブログが最良の読書対象になりつつある。

 こんにち、日本もアメリカも暗い政治状況の中で、ライシュのような良識人が勇気をもって発言していることが、本当にありがたく、一筋の救いを感じる。私たち国民も他人任せでぼんやりしていてはいけないと思う。たまの選挙で投票するだけではなく、政治家に提案や意志を伝えなければいけないと考えている。

 これからもライシュのブログを楽しんでいきたい。ライシュの健闘にエールを送りたい。
                   (2017年3月)

 
 
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ビデオライブラリー

2017-03-10 18:37:49 | 趣味
 数年前からテレビ放送が実に詰まらないと感じるようになった。安直なクイズ番組、単なる刑事事件の大げさな報道、極め付きはテレビショッピング。妻と地上波、BSのチャンネルを次々に変えながら、見たい番組がみつからないと嘆くことが多い。

 4年前にテレビ機能のあるパソコンを購入し、様々な番組を自動録画するようになった。ドキュメンタリー、音楽、映画、健康医療、スポーツ番組などを録画予約している。毎日10本前後の番組が録画される。定期的に録画をチェックし、特に気に入った番組はブルーレイディスクに保存している。

 自動録画を始めてから4年近くになり、保存した番組がかなりたまったので、昔のDVDも含め、数日かけてすべてをチェックし、不要なものは削除の上、気に入った番組だけを残した。ブルーレイディスクで40枚、150本ほどの番組が残った。 それ以来、毎日1、2時間、録画番組を楽しむようになった。

 NHKBSで報道された「プロフェッショナル イチロー」。シーズン最多の262安打した頃に制作された密着ドキュメンタリーである。左打席で剛速球を完璧なタイミングで捉えると、打球は物凄いスピードで弾道を描き、左翼手の右を抜けていく。レフト守備では、ホームに向かって突進するランナーの後ろからボールを投げる。投球は矢のように早く、ホーム手前でランナーを追い越し、キャッチャーミットに収まる。寸前でタッチアウト。球場の大歓声をききながら、何度見ても昂奮する。
「プレッシャーはどうしてもかかる。よし、それならプレッシャーをかけよう」
随所で語られる哲学的なイチローコメントをききながら、自分も頑張ろうと勇気を貰うのである。

 4年ほど前、長年使ったステレオ装置が壊れたとき、相談をもちかけた東京の友人が、使っていない装置があると言って、驚くほど高価なステレオ装置を貸与してくれた。いまこの装置をパソコンに繋いでいる。パソコンの大画面、高画質と最高級の音響装置が一体になり、私の書斎は理想的な個人シアターになっている。

 NHKBSプレミアムシアターが、2013年12月、ミラノ・スカラ座で公演されたヴェルディのオペラ「椿姫」を放送してくれた。世界の檜舞台、スカラ座は重厚で贅沢な雰囲気がある。19世紀中ごろのパリ社交界を舞台にしたこのオペラは、華やかさと悲しさが同居している。最初から最後まで楽しく快いメロディに溢れ、ドイツのソプラノ歌手、ダムラウが美しく力のあるアリアをきかせる。スカラ座の前は2度通ったが、まだ公演をきいたことはない。いつの日かオペラを楽しんでみたいものだ。

 昨年、NHKプレミアムアーカイブスは料理家、辰巳芳子さんのドキュメンタリー「おいしさを待ち続けて」を再放送してくれた。鎌倉市浄明寺の辰巳さんの大きな屋敷でとれた食材を使い、四季折々の料理を紹介している。90歳近くになる辰巳さんは若々しく上品で、自然を大切にして、沢山のお弟子さんを教えている。
「その時、その時のね、自然がもたらすものに敏感でなけりゃダメよ」
豊かな鎌倉の自然、明るく上品な人々、ほんとうにおいしそうな料理の数々。静かで滑らかな音楽。心が洗われる。辰巳邸はテニスクラブの球友、狩野さんのご近所だという。今度鎌倉に行ったら、辰巳邸を見に行きたいと思う。

 沢山のブルーレイディスクを整理していたら、2年前に録画したまま見ていない番組が出て来た。「国家安全保障局の内幕」というドキュメンタリーである。アメリカの国家安全保障局(NSA)をテーマにした番組だ。再生し始めると、その恐るべき内容にぐいぐい引き込まれていった。2001年9月11日のアメリカ同時多発テロの後、アメリカ政府はテロを防止するために、アメリカ国民のすべてを対象に電話交信やメールを秘密裡に集め始めた。当初はプライバシー保護のための暗号化措置が取られたが、やがて暗号化は取りやめとなった。これは合衆国憲法に違反する恐れが高い。この問題を巡って秘密裡に高官、関係者の間で激論が戦われた。そして2013年のスノーデンによる情報暴露に至る。

 時のNSA長官、司法長官などが取材に応じ、事態の困難さ、危険さを生々しく語っている。国家による個人情報の収集監視はアメリカに限らず、様々な国で行われているのだろう。恐ろしいことだが、事実は事実として認識している必要がある。本当に衝撃的なドキュメンタリーだ。

 1970年前後の学生時代のことを思い出すと、このような多彩な映像を、たった一人で楽しめるなどということは、とんでもないことだと思う。経済発展と技術進歩のお陰である。特にいいと思った番組は友人や家族・子供たちに紹介している。

 世界情勢はますます混迷を深め、国内も先行きに大きな不安があるけれども、それはそれとして注視しつつ、これからも毎日じっくりとビデオライブラリーを楽しんでいこう。
                        (2017年3月)

 
 
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座右のエッセイ

2017-02-27 13:59:15 | 日記
 10年余り前から、手帳と日記帳を兼ねてA5版のノートをバッグに入れている。ノートカバーのポケットに新聞記事の切り抜きが挟んである。2003年1月19日付けの日経新聞コラムである。ベストセラー『清貧の思想』の著者、中野孝次さんが寄稿したエッセイで「老年をたのしむ」というタイトルがついている。

「老年とはどうやら悪い年齢とは限らないようだぞ、もしかすると人生の一番いい時かもしれないぞ、とあるころからわたしは考えるようになった」
エッセイはこのつぶやきから始まる。十代の頃は受験勉強に打ち込まねばならず、社会では仕事に時間とエネルギーを捧げねばならなかった。
「それが今や時間の全部が自分の自由になり、自分のためにだけ生きていいようになったのである。これほどの恵まれた時がまたとあろうか」

 中野さんは自主定年と称して55歳で國學院大學の教授を辞職した。それ以来、時間のほとんどを読書と執筆と趣味の碁に捧げた。読書は日本、古代中国、ローマ、西欧の古典ばかりで、それを読むとき中野さんは
「限りない昂揚とよろこびを覚え、本当に生きていると感じた」
 夕方は晩酌3合半を楽しんで7時にことりと寝て、朝は5時に起きる。庭で実ったスダチをしぼり、ハチミツを加えたジュースを飲み、陽の昇るころまで読書と書き物をする。

 この切り抜きをノートに挟んでおきながら、この10年間で読み返したのはほんの2、3回であった。それでも黄ばみ始めた切り抜きを捨てようとは思わなかった。

 2010年3月、私は中野さんより5年遅れの60歳で、同期生より5年ほど早めに退職した。それからの7年間、読書とエッセイ執筆、趣味のテニスとピアノに大半の時間を費やしてきた。読書は思いつくまま、気の向くままで、岸本葉子さんのエッセイ、師と仰ぐ大鐘稔彦さんの著作、そして最近は経済学者、ロバート・ライシュの文章を慈しみながら読んでいる。今年に入って、ライシュのブログを読むようになり、頻繁に発表される文章をインターネット辞書頼りに楽しんでいる。テニスも肘痛に悩まされているとはいえ、十分な時間を使って存分にエンジョイできている。ピアノは奥が深く、楽しいというよりは辛いと感じることの方が多かった。それでも2年ほど前から、モーツァルトやベートーヴェンの交響曲を弾くようになって、練習のストレスよりも音楽の楽しさが勝るようになってきた。ドイツのブリュートナーピアノを購入し、その音色のすばらしさ、音の伸びも楽しさの一因である。

 何といっても、毎日のスケジュールを自由に設計できる。早期退職を決意するとき、
(仕事をやめたから収入はなくなる。しかし、1日24時間の自由時間を確保できる)
と考えたが、まさにその通りだった。子供の頃、学生時代、社会人時代を振り返って、退職後の7年間はもっとも楽しく、さまざまな方面で成長でき、そこそこの結果も残せた時期だった。

 今、中野さんのエッセイを読み返してみると、私は退職後、庭にたわわに実るゆずが毎日食卓に上がり、芋焼酎とワインを愛でることも含め、毎日とても似たような暮らしをしていることに気づいた。しかし、私は50になる前から今のような暮らし方をどことなく心に描いており、中野さんのエッセイを読んでまねた積りはない。

 自由人になってからずっとフェリス女学院大学のシニアカレッジでエッセイ入門講座を受講している。1年ほど前の講義で、講師で独文学者・エッセイストの川西芙沙先生が意外な話をしてくださった。
「今日の教材を書いている中野孝次さんは、私の夫の同僚で、昔よく家に遊びに来ていました。酒の好きな人でべろんべろんに酔うことが多かったです」
この話をきいて、80近くになっても晩酌を3合半も飲むということが頷け、同時にとても親しみを感じた。

 中野さんの暮らし方を模倣したのではないが、潜在意識としてなにがしかの影響を受けたのかもしれない。そう思うと、中野さんの文章が改めて輝きを増し、これからの私の生き方に大きな示唆と勇気を与えてくれるような気がする。時々この短いエッセイを読み返して、13年前、79歳で天に召された中野孝次さんとの会話を続け、ますます早く過ぎていく日々を味わいたいものだ。(2017年2月)

 
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トランプ大統領

2017-01-28 15:28:44 | 政治経済
 半年ほど前、NHKBSで放送された「万人の不平等」というドキュメンタリーをみた。1993年から4年間、米国クリントン政権で労働長官を務めたロバート・ライシュがカリフォルニア大学バークレー校公共政策大学院で行った講義のドキュメンタリーである。米国における富裕層と中間層・低所得層との巨大な経済格差の実情とその原因を明解に解きほぐしており、非常に興味を覚えた。アメリカが今日抱える問題の根幹がここにあると理解できた。二度、三度とDVDを視聴している。

 ライシュの著書『格差と民主主義』(2014年、東洋経済新報社)を購入して精読し、昨年暮れから再読している。

 時同じくして、アメリカでは大方の予想を覆してドナルド・トランプが大統領に就任した。選挙中からテレビや新聞でトランプ大統領の報道を見ていると、個々の事件をバラバラにセンセーショナルに報道するばかりで、新大統領の実像や実態がよく分からないという気分になっている。

(事実を伝え、全体像を評価している情報源はないだろうか)
そのような思いにかられ、ロバート・ライシュはトランプ大統領をどのように見ているのか知りたくなった。アマゾンで調べると、2014年の『格差と民主主義』以後は本を書いていない。そこでグーグルで検索をかけると、ライシュがブログを書いていることが分かった。(http://robertreich.org/)

 今年の正月からライシュのブログを読み始めた。2日か3日おきに更新され、1回、千語前後で結構分量がある。英語はなかなか難しく、アメリカの政治制度や社会生活でなじみのない単語が多用され、読み進むのに苦労している。ブログの全文をエクセルファイルにコピーし、分からない単語を一つずつ丁寧に調べ、語義を入力しながら読んでいる。

 骨が折れる反面、書いてある内容は明解で、分かりやすい。 1か月ブログを熟読して、トランプ大統領のひとつの見方ができつつある。ライシュが語るトランプ像をまとめてみよう。

 ライシュがトランプ大統領に抵抗する理由は二つある。一つはトランプが逆進的政策を取ろうとしていることである。医療福祉制度を廃止し、富裕層・大企業への減税を実施し、環境問題への取り組みに後ろ向きである。もう一つは僭主政治、圧政をひこうとしていることである。強大な権力を持つ国王になろうとしている。

 メキシコとの国境に壁を築くという主張は、彼の政策の中で最もまぬけな政策である。統計ではメキシコ国境での逮捕者の数は1973年以来最低になっている。その理由は、メキシコでの出生率が過去53年間で女性一人当たり7.2人から2.3人へと激減しているからであり、国境警備のレベルの問題ではない。メキシコ移民はアメリカで切望されている仕事をしており、未登録移民がアメリカ人の仕事を奪っているという証拠はほとんどない。

 僭主はオープンな質問を許さず、自由なプレスを嫌う。彼らは全体的支配を望む。それ故に、トランプ政権では、ホワイトハウス記者団をホワイトハウス内の記者室から立ち退かせ、コンファレンスセンターか別の建物に移動させようとしている。大きな会見場では、極右ジャーナリスト、トランプ支持者、雇われ記者で会場を埋めることができる。彼らはトランプが答えたい質問をし、批判的な質問をする記者をあざけり、トランプの答えに拍手をする。このような雰囲気では、気に入らない記事を書く記者や彼を批判するメディアの質問に答えることを、トランプは容易に拒否できる。トランプは繰り返しうそをついている。しかしメディアは彼の嘘を追及したり、質問したりすることを許されていない。

 トランプは権力を強化し、民衆をたきつけるために、事実に基づかずに描かれた社会イメージを前面に押し出して政治をやろうとしている。

 本当にアメリカを再び偉大にするためには、大手デベロッパーやウォール街投資家の利益をもたらす大プロジェクトではなく、大衆のためのインフラを整備することだ。それを可能にする唯一の方法は、企業と富裕層が公平な税負担をすることである。

 ライシュのブログを毎日丹念に、繰り返し読み込むことによって、アメリカの政治状況が非常によく分かるようになってきた。トランプはフォードのCEOに圧力をかけて、メキシコ工場よりミシガン工場で雇用を増やすことになったと発表した。しかし、事実は、フォードはかねてより電気自動車生産のためにミシガン工場での雇用増大を計画していたのである。

 1か月間、ネット上の有料辞書「ウェブリオ」(http://ejje.weblio.jp/)で400語前後の単語を丁寧に調べ、電子単語帳に書き込み、ブログを繰り返し読んでいる内に、ライシュの語彙が次第に頭に入り、言い回しのクセも分かってきた。この頃ではかなり楽々とブログを読むことができ、新しいブログが出るのが待ち遠しくなってきた。いつの間にかライシュのブログが楽しみに変わっている。

 トランプは遠いアメリカの大統領であり、彼の本質が分かったとしても、極東の一市民に過ぎない私に何ほどのことができるわけではない。しかし、できるだけ真実を知り、やがて日本に向けられるアメリカの要求にできるだけ賢明に対応せねばならない。不必要に右往左往することなく、したたかな外交を展開せねばならない。

 ライシュが唯一正しいわけではない。間違いもあるだろう。トランプにも一理あるかもしれない。多くの論客の意見をきき、理解し、自分の意見を構成し、友人たちと議論を重ね、よりよき未来のために、微力を尽くしたい。(2017年1月)


 
 
 
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