素がたり

素は≪素のまんま≫かたりは≪物語≫。現実を見る「科学」と、夢や幻想を見る「文学」との融合。

泪ぐむごとき榾あり

2010-08-20 10:10:57 | 書画評論
■加藤三七子句集『無言詣』

くちびるをよせ形代を流しけり
石人ゆき石羊ゆきし走馬灯

喫茶去とさみだれはぎの咲きそめし
無言詣人のうしろにつきながら
たかだかと月鉾ゆけり雨の中

いつとなく春玲瓏の瀧となる
真直なる瀧の透くなり冬木立
泪ぐむごとき榾あり春焚火
春愁のふだらく曼荼羅掛流す




     那智瀧図(根津美術館)


■菅居正也遺歌集『父恋ふる父』 


  秋色 那智にて
くもの巣に黄葉一つゆれて居り
ジンジャーの匂頼りて夜を帰る
曼珠沙華かたまり枯るる墓の道


  那智時代
あらたまの年のはじめを拝みぬ 遠世の祖の宮居はるけく
道端の破れ茶碗のたまり水 日に光りつつ一日過ぎたり
吾一人暗き思ひに黙居りて ふと鳴き出す蝉を聞きたる

台風の遠く過ぎると告ぐる日を しのぎよき日と人は白しぬ


  勝浦ライオンズ十五周年招待受け
又に会ふ友皆嬉し握る手の 湿り消さじ心足らいて
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せいもん払い

2010-08-12 14:17:49 | 四季折々

傘さして雨の誓文払かな      月斗

はぐれたるまゝ誓文を通りけり   南北


誓文払と関係深い行事に、夷講と嘘つき祝い・無実講とがある。
京阪地方の夷講は、10月の15日から21日まで罪滅ぼしの大売り出しをするもので、初めは呉服店で恵比須切・寄せ切れの販売をしたものが他の品種にも及んだものといわれる。
現在では毎年恒例の特売行事としてにぎわっている。またこれと日取りは異なるが、12月8日を中国地方では嘘つき祝い、中部地方では無実講などといって、豆腐やこんにゃくを食べて嘘つきの罪滅ぼしをする風習がある。と、新谷尚紀さんが書いている。

誓文払いの風は「恵比須切」の行事と習合して各地に広がり、「普段儲けさせて貰っているお客様に、本日に限り損得勘定なしで提供しよう」という商人の感謝祭になった。
「せいもん払い」と書かれるようになると、それはもっぱら、商店街恒例の大売出しで、季節の風物詩を彩ることになってきたようだ。



「嘘ついたら針千本飲ます」は子どもの約束。
「嘘ついたら牛王印飲ます」はおとなの約束。

牛王符の裏面に起請文を書く、これがいわゆる熊野誓紙だった。
誓約を破ると 血を吐いて死に、地獄に落ちると 信じられていた。
だから、人々は違約の償いのひとつとして、誓文を返し誓文払いをしなければならなかった時代のことを、もうすっかり忘れてしまったようだ。


堀川で土佐は熊野をだしにする

三千世界の烏を殺し主と朝寝がしてみたい 都都逸
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すたすた坊主

2010-08-12 11:55:39 | 書画評論


『続飛鳥川』
すたすたやうやう
すつたあたまに大鉢巻
ゆんべも三百はりこんで、それゆへのはだかの代まいり
独角力、すもうを取るならかうとるものだ、ゑいなんのこつた

『只今御笑草』
すたすたやすたすたや
すたすた坊主の来る時は、世の中よいと申ます
とこまかせてよひとこなり、お見世も繁昌でよひとこ也
旦那もおまめでよひとこ也、とこまかせでよひとこ也


『白隠禅画』

「わいわい天王」
お天王のまつりじゃ わひわひとはやせ

「すたすた坊主」
来た来た又きたきた
いつも参らぬ さいさい参らぬ すたすた坊主
夕べも三百はりこんだ それからはだかの代参り
旦那の御祈祷それ御きとう ねぎの御きとう猶御きとう
一銭文御きとう なあ御きとう かみさま御きとう よひ御きとう
布袋どらをぶち すたすた坊主なる所


『大辞林』
すたすた坊主 江戸時代、京都で、町人の誓文払いに神社に代参し、また垢離をとって金品を得た願人坊主。のちには上方や江戸で、寒中裸で縄の鉢巻きをし、腰に注連縄を巻き、歌い踊りながら門付をした。
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千の乙女に千の櫛

2010-08-12 01:39:48 | 四季折々

■誓文払い


『好色二代男』井原西鶴
十月二十日は誓文払ひ、唯だ商ひ大事にして、何の事も無う買うて遊ぶべし

『都名所図会』天明六年版          
十月廿日は誓文はらひとて 四条京極の冠者殿に詣でて群集し 祇園鴨川の浮女もここに来てちかひをはらひ 又その夜より誓文を立るも 此の神は見ゆるし給ふかや
嵯峨山や都は酒のゑびす講  其角




『日次紀事』貞享二年十月二十日
四条京極冠者殿社参詣 俗に伝ふ、この神、偽盟の罪を免れしむと。ゆゑに商賈この社に詣でて、欺売の罪を祓ふ。ゆゑに今日の参詣を誓文祓といふ。しかれども、この社、何の神たるかを詳らかにせず。あるいは土佐房昌俊となす。昌俊、義経の前において、偽りて追討使たらざることを誓ひ、この神の罰果によりて、殺さる。ゆゑに他人偽誓の罪を救ふといふ。いまだ然るや否やを知らず。

『滑稽雑談』
神社便覧に云、冠者殿、京極四条に鎮座、挙世にいふところ、この神は誓文起請赦免の神なりと、云々。(略) 遊女の輩は、渡世のため誓紙を数通書する者、毎年この祓を行ふなど、まことに笑ふべし。(略) 今世十月廿日ごとに、京城の賈家、誓文払と称して、参詣群をなすは、当社に限れリ。


■無言詣


馴染みの客に、偽りの恋文・証文を書いたことや嘘をついたことなどを償うため、10月20日の誓紙返しの日に、花街の遊女達は冠者殿へ参詣した。
これが、一切無言で行わなければ願いが叶わぬという「無言詣」の本来の姿だったのだ。

ことさらに無言詣のまわりみち     武藤舟村
 
姉妓にも無言詣のことは秘し      中田余瓶

四条寺町の御旅所に、八坂神社の神輿が鎮座する17日から24日の間、口をきかずに夜詣りすることを「無言詣」と言うようになったのはつい最近のことだ。

祇園会や千の乙女に千の櫛      有馬朗人

祗園会に羽化する少女まぎれゆく   津川絵理子


  
   お旅所の神輿    射干が活けられている。
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山鳩

2010-08-10 11:18:26 | 四季折々
今日、8月10日
鳩の日だそうだ。

連・俳の季は春。

鷹鳩になりけり鳥は帰りけり     子規

鷹化為鳩(たかかしてはととなる)
七十二候のひとつ、旧暦二月十一日から五日間を指すという。

ツチヤクンクウフクと鳴きし山鳩はこぞのこと今はこゑ遠し  小池光
風花に首をすくめし山鳩とまばたき交わす紅梅の苑      須田英子

梅に山鳩(うめにやまばと)は『四季花鳥図屏風』などでも格好の取り合わせであった。


■山鳩一把
文明12年写『牛頭天王之祭文』から
 
其御子、今之牛頭天王 未キサキノ宮定リ給ハズ、其時南天竺ヨリ山鳩ト申羽一把、天王之御前ノ梅ノ木ノ枝ニ羽ヲヤスメサエヅル様ヲ、其時静ニ出テ聞賜ウニ釈迦羅籠宮ノ姫宮ヲハシマス、其御カタチイツクシク〆、三十二相八十種好ヲ 具足シ給ウ、是ハ牛頭天王ノキサキニ定リ給ベシトサヤヅル、其時天王キイノ思イ成テ、長本元年丙刀正月十三日、恋ノ路ニアコガレ南海ノ面ヲサシテ出給ウ 


■恋のお話
火箱游歩句集『雲林院町』から


ちちははの恋のお話宵祭
宵山は雨にらふそく献じましよ
雨女屏風祭を覗き込む


水鱧やこんなをとこぢやこころぼそ
こんちきちん祇園囃子に寝かされて
昏れきはのお化粧なほしかなぶんぶん


■ 久世駒形稚児
 
祇園御霊会神輿渡御の際、上久世村・綾戸国中神社の氏子の男児から、2名の「久世駒形稚児」が選ばれ、綾戸国中神社の御神体「駒形」を胸に抱き、馬に乗って17日の神幸祭と24日の還幸祭の巡行を先導する。
今の神輿渡御では、主神の素盞鳴尊を中御座、東座の妃櫛稲田姫命を東御座、八柱の御子を西御座に移し、中御座を先導するのが久世駒形稚児だ。
もっとも、これは明治以後のことで、古くは牛頭天王・八王子の神輿を「大政所」、頗利采女の神輿を「少将井」と呼び渡御のコースも異なっていた。頗利采女は牛頭天王の后、その御子が八王子。后・頗利采女が、祇園社本殿西御座に祀られていたことを知っている人はだんだん少なくなった。

ぎおん会や僧の訪よる梶が許     蕪村

  
「上久世村牛頭児」の字は
『祇園御霊細記』(鈴鹿本)。
祇園会の駒形稚児には古くから特別の格式が与えられていた。
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