千鳥足こと博多のおいしゃんの独り言

きままなオイしゃんの独り言に
つきおうてつかぁさい。

記念誌準備構想中

2017-05-19 00:08:24 | 日々の出来事
とりあえず昨夜からの備忘録・・・

書いた原稿チェックしよって時間の遅うなって急遽ファミマへ


昨夜の晩御飯。海老カツと肉厚ハムカツ
これ結構食い応え有ります。海老カツおいしゃん好きです。
おいしゃん海老カツ好きばってんこれ繋ぎは何が入っとうか?
調べたら色々、はんぺん使うやら書いちゃあばってんがはんぺんやら
おいしゃんの食文化に無かもんね~
こんど作ってんろう・・


今日のお昼は「焼きちゃんぽん」
先日ユネスコの九州物産展で食べた戸畑の焼きちゃんぽん
やっぱ自分で作った方が美味かです。

そして今日も仕事帰り、けん坊で飲みよるヒヨカタ、村石君横目に
「ミポリン頑張って~」て目でコンタクトしてスル~

帰りついての深夜食堂はハンバーグ


パンで焼き目付けた後、グリルで焼きました。
ちょっとソースが油濃かった・・反省です。

さて昨日から記念誌の原稿だけは先に書かんとて思うて仕事」ほっぽらかして・・
間違いのあっちゃいかんけん色々調べて、使う写真やらも考えよりました。

ただ町の記念誌の範疇に収まらず、広く博多の流や町の歴史やらも
今の若い参加者に知って貰えるような記念誌にしたいて思いよるけん
期待しとってください。

町内の写真やらは周ちゃんが撮りだめしてくれとりますけん
そっちは周ちゃんにお願いするとして流の写真はこれ使わん手はありません。

大黒流総合サイト!収蔵写真3000点ありますけんね。
今日、写真使用の許可もサイトの制作委員会代表(六十郎さん)から快諾頂きました。

こげん写真あっても中々どげな写真がどこに載っとうか
皆さんわからんでっしょう?
おいしゃんいちお制作委員のメンバーやけん使える写真やら記録は
頭に入っとります。12ケ町の代表の制作委員が苦労して集めた写真や記録

流の公式サイトじゃ無かばってん記録としてはほぼ完ぺきですけん。
間違いやら新しい資料は逐次更新しとります。
「座談会」のページにはおいしゃんも登場しとりますけん見てつかあさいね。
フレームページ仕様になっとうけん直リンクできんけん残念です。
トップページから「座談会」ばクリックしたら見られますけん。

その中から今回の記念誌に載せる写真のほんの一部紹介します。


昔はこげな風に山据えにも平気で子供たちが台にあがったり
棒で遊んだり、いまの子供たちは可愛そうですね。今こげな風景は
見られませんもんね。これはたぶん「集団山見せ」でしょう。
今のごと観客も多う無うて浜口公園の向かい側に据えた待ち時間
鼻取りで遊びよる坊主、誰かわかります?前立の「す」がヒントです。


これはもっと大昔。
左端は元振興会会長「樋口武之助」さん、今の将軍様の父上です。
前列右から二人目は山の生き字引と言われた「波多江長三郎(妙楽寺)」さん
功労山ば提案した方で古ノ一メンバーの健祐さんの父上。
晩年はテレビで櫛田入見て山終えて帰って来たおいしゃんたちに二階の窓から
「今日の鼻、誰がとっとったとや?なんやあの櫛田入は?」
やら良うお叱りうけよりました。

後列中央は、古ノ一2代目町総代「篠原」さんS44年((古一古二合同当番)と
S52年の総務ば務められました。旧古門戸町所属です。
柔和なおいしゃんでまだ若っかおいしゃんたち(当時はまだ青年)にも
優しゅう接してくれる紳士やったですね。
今、まさにおいしゃんこの方たちの年齢になったってす。
ばってんこげん老けとらんもんね。


今はすっかり使いもんにならんごとなったばってんが
こげな時代もあったってす。パンダさん
昭和63年の追山馴し櫛田入の棒裁きです。
ばってんここがピークですもんね。今は町内会長さんです。

右肩はトシカズ、今、「波葉の湯」でマッサージしてます。
左肩はキャミソール中山、大黒流屈指の鼻取りは未だ健在です。

右肩鼻取りは「六十郎」さん」ちゃんと働いてますね。
今は年中、お宮のお仕事で飲んでばっかりですばってんが・・
取締台周りは縦じまの「将軍様」もおりますね。

その昔、おいしゃん左肩二番棒台下、右見たら隣左肩一番棒台下は
いっつも周ちゃんやった。すノ二のトモハルもおいしゃんとおんなしとこ
力いっぱい肩叩いて叩きだしよりました。
ちみたちこげな時代もあったとバイ。
パンダさんも鼻とってちゃんと働きよった・・
おいしゃんたち表に出らん日陰でちゃんと山舁きよったとば
知っとかないかんばい・・今はすっかり役に立たん(色んなとこも)ばってんが・・

話戻して、もっと昔「将軍様」が二番棒舁きよる写真も掲載予定です。


そしてこれは昭和52年の追山馴し櫛田入
左肩、若かりし大学時代のおいしゃん、初めての櫛田入台上りです。
右肩、こんときも右肩キャミソール乗っとりますね。
生涯で4回、櫛田入に上がらせて貰うた(見送り二回表二回)ばってんが
忘れられんとが平成12年の追山櫛田入台上がりです。
最後は棒裁きば務めさせていただいたとはおいしゃんの人生の巡り合わせやったです。

古ノ一記念誌、ほんのほんの一部です。
お楽しみに・・
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