千鳥足こと博多のおいしゃんの独り言

きままなオイしゃんの独り言に
つきおうてつかぁさい。

博多風土記

2017-06-17 00:32:09 | ちょっと昔のこと
本日の深夜食堂「ちろり亭」は久しぶりの営業
鯵が安かったけん、おまけに捌いて売ってあったけん思わず買うて


鯵の唐揚げと海老と葱のフリッター、胡瓜は彩りです。

今日は周ちゃんがアガペー持って来てくれるて言うけん
お昼ば一緒に食べることにしました。

保健所に行く用事もあったけん保健所の駐車場入れたらただやし
お隣の中華料理の頤和園 に行こうてなりました。

ところが保健所隣接の駐車場が閉鎖になっとるや無かですやん。
今後は保健所利用の方は区役所の駐車場ばご利用ください。
保健所行く機会のあるひとあんまりおりめえばってんが・・・
どんたくの「博多区役所本舞台」は来年どこになるとでしょう?
そっちの方が心配です・・

頤和園、テレビで坦々麺が紹介され行列ができるくらいて言いますばってんが
以前、いつもの「3パカと1BABA」でコース料理食べに行った時、その坦々麺も
出て来たばってんがそげん言うほど美味しゅうはなかったけん
今日は別んと食べげぇ・・・おいしゃんたちいちお口は超えとりますけん・・

そうそう1BABA(みぽりん)が本当のおばあちゃんになります。
※今もおばあちゃんやら出禁になるけん口が裂けてもいえまっせん
まだまだお店ではお姉さんですけんね!

本日同じ時間に安産祈願の写真がLINEで送られてきました。
知っとったばってんが安定期になるまではてかん口令の出とったけん・・
年内にはミポリンもおいしゃんとおんなし孫持ちの本当のおばあちゃんです。





建太おめでとう!

そのLINEのやりとりしよるとこ




おいしゃんは手前「五目つゆそば」と「ミニ炒飯」
周ちゃんは「豚肉細切りつゆそば」


はいっ麺挙げショットです。美味そうでっしょ?
腹いっぱいになりました。

したら「1:30以降はサービスになってます」て杏仁豆腐が出て来ました!


おいしゃんあのニッケの味が苦手で好かんとばってんが
ニッケや無うて杏の種げなですね。

「嫌々食べよるとこ写しちゃろう、嫌~な顔して」て周ちゃんがパチリ


サービスやけん食べたっちゃばってんが以外に杏仁臭うなくて
美味しゅう頂きました。

さてさて昔のことは調べれば調べるほど面白かですね・・・・
今日また周ちゃんが2冊持って来てくれました。


「博多風土記」と「明治の博多記」
「博多風土記」にいたっては非売品ですばい。
良う手に入れたもんやね



風土記は昭和25年くらいから新聞連載されたもんば再編集された奴で
今のおいしゃんたちのごと昔の博多のおいしゃんたちが集まって聞き書きやらで調べて書いたもんやけん
公の文書と違うて身近な家庭の事まで書いてあるとが非常に面白かです。
それが博多全部の旧町が書いてあるとですばい!

ま~だちょこっと走り読みしたくらいばってんが
パンダさんとこのやま利はもともと肴屋で、煮売りしよったとが後に料理屋になった云々
振興会会長やった栄吉さんのお爺さんは養子やった云々
料理屋になっても昭和15年に漏電から火事になった・・・
その当時はうちも「古径町」でおいしゃんのひい爺ちゃんが料亭しよりました。
それから山師のごたあとに手ば染めてどん底まで転落の我が家、貧乏時代から人形屋始めるまでの
我が家の歴史は妹と10年くらい前に作りあげとりますと。
その隣町の「芥屋町」は周ちゃんの本籍地・・・
面白か面白か!面白か~~~!

うちの爺さんも出て来ます。


人形屋でアメリカに売りつけて外貨ば稼ぎよったばってん火事ば出した云々
この火事はおいしゃんも前述の我が家の歴史作る時、叔母から聞いとります。
たしか兄貴が生まれた年のことですもんね。
火元はおいしゃんの親父やけんこの話は我が家ではタブーになっとります。
親父、死んだけんもう話しても良ござっしょう
確か人形の色止めに使う「膠」ば火で溶かして絵の具に混ぜる作業ばしよったて
聞いとります。

昔は火事が多かったちゃんね・・・・・・・

前町総代の青木さんとおいしゃんが調べよった
古門戸町にあった「継所稲荷」もちゃ~んとこの風土記に出て来ます。
その辺は青木さんが詳しゅう書いてくれるて思います。

今回の記録紙作りの記事も間違いなかったて安心しました。
この「継所稲荷」は江戸時代古門戸町にあった「馬継所」にあったもんで
昭和の大空襲で古門戸一帯丸焼けになったばってんがこの稲荷だけは
焼けんかったて言うてその後参拝者が増えたてあります。

今から未来に向けて今回の記録紙もいつか誰かが読んでくれたらて思うて
制作中です。

昔のことは何が事実か?はわからんとこが面白かとです。
書いたもん勝ち。
「信長公記(しんちょうこうき)」は信長配下の太田牛一が書いたもんで
信長が良かごと書かれとります。
「たおこうさまくんき」に至っては秀吉自ら校正したて言われます。
ばってんが昔から「ブロガー」はおったとですね~
各家庭のことば記した文献が見つかって歴史が変わることもしばしばですもんね。

そげな大層なことは考えとらんばってんが「古ノ一50年誌」
だいぶ形になってきました。

まだラフの見本やばってんがアキラさんから送られてきました・・・・・・




題字は周ちゃんです。



「風土記」と「明治の博多記」ちゃんと読みこんだらまたここで
コラム書かせていただきます・・・

あ~面白かやね・・久々にチャンチャン!
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2 コメント

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博多風土記 (けんきち)
2017-06-17 06:40:05
おはようございます。博多風土記 復刻版ですが持っています。妙楽寺新町の人々の項に付箋がしてありました。以前 読んだ際に浦崎人形にヒットしたのでしょう。行の町の項の仕出料理糸山は父方の親族です。
Unknown (ちどりあし)
2017-06-17 09:54:00
けんきっしゃんも持っとったったい。
面白かやね

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