切れたメビウスの輪(15)

2016-12-10 10:24:32 | 怪奇小説
「みんな、どうだったかなあ?」
この質問は主旨が曖昧である。
「そうだね、木の枝に咲く花以外は、一年で枯れてしまう花が多いのだけれど、種を作っているから、来年も花を咲かせるんだよ。」

この世界の花たちも、一年で枯れて種を作って、また来年花を咲かせているのだろうか?
そして、童話の中では、お花が少女とお話をしているが、会話はこの世界のようにテレパシーで行った方が正しいのではないか?

子供達からの矛盾に対する質問が無いまま、『一年だけの友達』の読み聞かせは終わった。

「それでは、今度は『ドッコイシ、ヨイショ』を読みますね。」

童話 『ドッコイシ、ヨイショ』
僕のおじいちゃんは、おもしろいおじいちゃんです。
座っていて立ち上がる時に
『ドッコイショ』
と言いますが、座る時も
『ドッコイショ』
と言います。
僕はおじいちゃんに
「なんでドッコイショと言うの?」
と聞きましたが、
「ドッコイショは、ドッコイショだからドッコイショなんだよ。」
と言いました。
だけれど、座っていて立ち上がる時に
『ヨイショ』
と言う時があります。
その時は、座る時も
『ヨイショ』と言います。
僕はおじいちゃんに
「なんでヨイショと言うの?」
と聞きましたが、
「ヨイショは、ヨイショだからヨイショなんだよ。」
と言いました。
僕はドッコイショとヨイショはどう違うのか分かりません。

ある日、おじいちゃんが
「みんなが居る場所で立ち上がる時は、みんなに『これから立ち上がるよ。』と言うためにドッコイショと言うんだよ。だから、座る時もドッコイショなんだよ。
でも、誰も居ない時は自分のためにヨイショと言うんだよ。」と教えてくれました。

「ふぅ~ん、そうなんだ。」
僕は、ドッコイショとヨイショは違うんだと分かりました。
だけれど、お父さんもお母さんもおばあちゃんもドッコイショやヨイショとは言いません。
どうして、おじいちゃんだけがドッコイショやヨイショと言うのかなぁ?

ある日、おじいちゃんが
「なんでおじいちゃんだけが、ドッコイショやヨイショと言うのかだって? それはね、おじいちゃんだけがドッコイショやヨイショと言っても良い年だからだよ。」
と教えてくれました。

「ねぇおじいちゃん、ドッコイショやヨイショと言っても良いのは何才からなの?』
「決まりは無いけれど、おじいちゃんの年から良いんだよ。」
「ふぅ~ん。」
「ねぇおじいちゃん、僕もドッコイショやヨイショと言っても良いのかなぁ。」
「ああ、おじいちゃんと一緒の時だけドッコイショやヨイショと言って良いよ。」
「わぁ、うれしいなぁ。」
「だけれど、おじいちゃんと一緒ではない時は、ドッコイショもヨイショも言ってはいけないよ。」
「うん、わかったよ。」

僕はおじいちゃんから、おじいちゃんと一緒の時は、ドッコイショやヨイショと言っても良いと言ってくれたのでうれしかったです。
これから、おじいちゃんと一緒の時は、おじいちゃんとドッコイショとヨイショと言う競争をしようと思いました。

だけれど、僕が中学生になった時におじいちゃんとドッコイショとヨイショの競争ができなくなりました。
僕は時々、おじいちゃんのいる空に向って大きい声で
『ドッコイショ』、
『ヨイショ』
と言っています。

いつかおじいちゃんが高い空から、僕と競争するみたいに、もっともっと大きな声で
『ドッコイショ』、
『ヨイショ』
と言ってくれると思っています。
おじいちゃんのドッコイショやヨイショが聞こえるのはいつなのかなぁ。

おしまい』
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