今日の南相馬市小高区

東電福島第一原子力発電所から20Km圏内の南相馬市小高区の復興・復旧や住民が抱える放射能問題等の現況を発信しています。

小高の住民帰還に水を指す有害鳥獣焼却場建設計画

2017-03-22 | 小高区

小高区塚原集落からわずか400mの至近距離の原町区小沢地区で、市はイノシシ等の有害鳥獣焼却場建設計画を塚原地区への事前説明無しで一方的に進めている。小沢地区は先の大震災による津波被害で全戸集団移転し無人となった地区である。

市は無人の小沢地区で建設計画を立案し、同じ原町区ということで、数キロ先の江井や大甕地区住民向け事前説明会を行う一方、計画地から400m先に集落がある塚原行政区には、小高区ということで、これまで何の説明もなく、無視し建設計画を推し進めてきている。

北風が少し吹くだけで、放射能を含む煤煙や臭気がすぐに集落上空に達してしまう。小高区の住民無視も甚だしいし、この様な施設建設に際しては本来至近距離に民家がある地区への説明が優先されるべきである。市は口で小高区の住民帰還の促進をうたいながら、実際は住民が帰還しようとする気持ちと反対の施策を推し進めている。今回も数ある中の一例である。

南相馬市は、太平洋を望む海岸から阿武隈高地に至るまで広大な広さがあるにも拘わらず、近日中の帰還予定者を含め約30世帯が住む集落の目と鼻の先に、この様な施設を建設しようとするのは、小高区の住民感情無視も甚だしい。施設の必要性は理解するが、この様な施設は周辺に人家が無く、木立等に囲まれている箇所への建設が望ましい。

また今回の件に関し、小高選出の市議から何の話もなく議会の委員会で審議され議決され様としているが非常に残念なことである。

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6年の時を経て、小高中学校本校舎から36名卒業し巣立つ

2017-03-13 | 小高区

小高中学校は、20Km圏内となり、震災直後から昨年度までの5年間に186名が鹿島区内にあった仮設の小高中学校からの巣立ちを余儀なくされてきた。今年度は何とか本校舎で卒業式を行いたいと言う36名の生徒たちの願いが叶い、本日小高中学校本校舎で、市長&教育長来賓や小高の区役所、商工会、行政区長等も出席し、卒業式が執り行われた。卒業生代表が在校生に向けた群青祭での想いでに関する答辞を聞き思わず涙してしまった。いずれにしろ今日この日まで子供たちを支え導いてくれた教職員に感謝するとともに、巣立った若人がいつか地元で活躍してくれることを望む。

今日は卒業式終了後、早稲田大学応援団から卒業生や小高への盛大なエールが送られ会場を後にした。

 

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米国コロンビア大学大学院生一行小高の復興プランの発表を行う

2017-03-11 | 小高区

3月7日~9日まで、筑波大学 貝島准教授引率で米国コロンビア大学大学院生12名と筑波大関係者4名計16名が南相馬市を訪問した。コロンビア大学院生は卒業研修旅行(GSAPP)の一環として、貝島准教授から小高の再生復興案作成の事前課題があり、3/7日塚原行政区内の海岸・民家や蔵の建築様式を見学後、塚原公会堂で12名の課題発表があり、貝島准教授、(有)玉川建築工業所 玉川隆社長と私で講評を行った。日本人には無い感性と視点でユニークな再生・復興案が続出した。翌8日は玉川社長案内で、小高の西部地区の見学、9日は鹿島区の友伸グラウンド仮設住宅で被災者との交流などを行い、南相馬を後にした。

Graduate School of Architecture, Planing and Preservation(GSAPP)

http://www.arch.columbia.edu/

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私の3.11

2017-03-11 | 小高区

今年もまたあの忌まわしい思い出が残る3月11日がやってきた。朝食後近くの海岸で海に向かい犠牲者の鎮魂と地域の復興・安寧を祈った。今日の海岸は風も無く波静かで、6年前海は見渡す限り高さ18mを超す水の壁が海岸に向かって迫ってきた時と比べると、穏やかで地域に恵みをもたらす豊穣の海で会った。

次に塚原公会堂の慰霊碑の前で同様な祈りを捧げた。慰霊碑には既に津波で犠牲となった家族からのものと思われる生花が供えられ、碑には水も打たれていた。つづいて午後は市主催の東日本大震災犠牲者追悼祈念式典へ参列し、遺族や海外から参加者を含む多くの方々と共に献花を行ってきた。

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サロンでの小学生の孫を持つある老婆のつぶやき

2017-03-06 | 小高区

鹿島地区にある仮設の小高小学校が3月で廃止され、この4月から鹿島区や原町区の仮設住宅等から、通学バスで小高の小学校に通学することになるが、一番遠い鹿島では朝の乗車時間が6時前後となり、こんな早い時間から通学する様になる子供(孫)が大変だ!かわいそうだ! これでは「鹿島や原町の小学校に転校させた方が良い」と大変な嘆き様であった。これは一面では同情し理解も出来る。又子供達自身も慣れ親しんでいる友達や先生との関係もふくめ今後どうするのかと言う観点も考えなければならない。しかしながら現時点では2018年3月南相馬市の仮設住宅の利用停止が視野に入っており、子を持つ親は遅かれ早かれこの問題に直面しそれぞれが今後の生活拠点をどの様にすべきか?決断を迫られる問題で有ると思う。小高にすむ我々は一体何人の小学生で再開となるのか注視している。

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