Remains of The Accidents

アクシデンツなページ

思い出の道2

2016年10月18日 | 単身赴任


先週末はJR神戸線の垂水駅から実家を目指して歩いた
垂水駅の山側は再開発を経て、昔の面影もほとんどなくなっている

商大筋をぼちぼち歩き出した
前方から狭い道を市バスが走ってきたので、昔のままだと
安心していたが、すぐに道を間違えていることに気づいた
どうやら歌敷山の方に向かう坂に曲がってしまったらしい

そもそも神戸商大はもうなくて、今はマンションと商業施設になってい
るのだが、往時、この商大から舞子墓園の方へ下る道が大好きで、
回り道となってでも車を走らせた
なので、どうしても立ち寄ってみたかった
舞子墓園の端から眺める明石海峡が大好きな風景のひとつだったのだ

仕方なく歌敷山中学の前の細いバス道をとおり、ほどなく苔谷公園に
突き当たったので、そこから東舞子小学校の方に歩いた


もう記憶は薄いのだが、たしか小学校から中学校にあがった頃だと思う
未だ友人も少なく、ひとり暇になるとよく自転車を走らせてこのあたりに来ていた
まず、朝霧川を少しさかのぼって、二丁目の橋あたりから朝霧公園のほうに向かい
真冬でも穏やかな日は坂道を上りきると体もあたたまり、そのまま風を感じながら
西舞子の谷に降りていった

そこはもう神戸市なので学区も違い、知り合いもおらず、道もよく知らないところ
だったのだが、知らない道を選んで走ることで旅に出た気分になっていた

今思えば、あのころから好奇心だけは人一倍強くて、どこか遠くの知らない街に
行きたがっていたのだが、必ず夕飯は母親の作ったものを食べたがるという情け
ない旅人だった

その後、自転車は原チャに変わり、いつの間にか助手席に女の子を乗せて走る
ようになった頃、舞子墓苑の空き地に車を止めて潮の輝く明石の海をみていた

このあたりはどこを通っても思い出の道だ

あの頃は明石海峡大橋もなく、広々とした海が見えたものだ

30年以上の時を経て、こんな風に歩くことなど想像していなかったし
その間にあんなドラマや出来事があるとも知らなかった

様々な人と出逢い、別れ、ただ想いだけが残っていく

甘い思い出は、いつのまにか苦い記憶となり、あのときああしていれば
いやそうしていなければと、夢は枯野を駆け巡る

いったい自分はこの道を選んで歩いたのか、ただ流されていただけなのか
海峡を走る潮の流れは何も教えてはくれない

思い出の山、思い出の川、と啄木はうたい
帰るところにあるまじや、と犀星はうたう
ふるさとは、心の中のふるさとはあまりに遠く、ただ思い出の道があるのみだ

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