中国留学してみたもんだ。

小葱的上海留学生活日記

卒業旅行の写真

2005年08月02日 | 徒然日記
そうえいば留学生活最後の2週間で旅行した敦煌・九塞溝の空の写真を
ちょっとづつUploadしていっています。

.sora 〜一日一度は空を見上げてみませんか?〜

中国の大自然いいでしょ?

もっと詳しく知りたくなった人はぜひご連絡を。
もっと素敵な写真があるぞという人もぜひご連絡を。

以上、宣伝でした。

留学日記 最終回

2005年07月28日 | 留学生活
一昨日、台風7号が迫る成田空港に無事到着。

半年の留学生活の成果とでも言うべきか、Economy Classの荷物制限20kgを遥かにオーバーした56kgの荷物達とともに東京に帰ってきた。これまでの何回かの一時帰国はあくまでも上海に自分の住まいがあって、東京に遊びにくるという感じだったから、今回はなんとなくそうじゃないことに違和感があってしょうがない。

2月21日。春節の終わり。凍えるような寒さの上海に降り立った日から数えて156日間。ものすごく充実していて、あっという間に過ぎた留学生としての生活は、本当に上海という場所で期せずして同じ時期に留学していたいろんな人たちとの出会いや刺激が何よりの経験で、純粋にカッコイイなと憧れてしまう人がこんなにたくさんいるものなのかと思えた。今の世界一勢いのある街に集う人達はいちいちスゴイ。マジ惚れするしかない。

大学のときから憧れていた中国留学。やっぱり来てよかった。中国語はまだまだスタートラインに立っただけのレベルだけど、日本で仕事を続けていたら経験できなかった上海での日々がこれからの糧になることは間違いなし。いきなり留学したいと言い出したわがままを受け止めてくれた多くの人に心から感謝。

来週からは復職して7ヶ月ぶりに仕事再開。実は上海に望郷の念の抱くような書きかたをしつつも、おそらく復職後もしばらくは上海で仕事することに。今度は一応Aチームとして8月中旬くらいに上海に戻ります。上海のみなさん、これからもどーぞよろしく。

このBlogは留学生活が終わりだからこれにて終了。日記なんてまともに書いたこともないのによくも続いたもんだ。今はまだ最初から見返してみようという気にはならないけど、数年経って振り返ったときにどんな気持ちになるんだろう。きっとふふっと笑いながらだろうなんだろうな。それも楽しみ。というわけで・・・


"小葱的上海留学生活結束了!!"


ちょっと休んでまたそのうちBlogは書き始めます、たぶん。
それまでの間、再見、再見、再見。(故淀川長治さんのマネ)

川主寺と松藩

2005年07月23日 | 学生旅行
九塞溝から黄龍に向かうタクシーの中。

運転手:「黄龍見たあとはまたわざわざ九塞溝まで戻るのか?」
うちら:「いや、黄龍のホテルをとったよ」
運転手:「黄龍のホテル!?何もないし、そこから空港までのタクシー高いぞ!!」
うちら:「でも、もう九塞溝もチェックアウトしちゃったよ」
運転手:「だったら川主寺に泊まれ。ホテル聞いてやるから任せろ」
うちら:「どこそれ??」
運転手:「空港から近いところの町だ。明日はそこから松藩に遊びにいけばいい」

川主寺も松藩もどこだかさっぱりわからん。当然、地球の歩き方なんかには載ってない。でも、運転手のおやじの言うことは正しい感じがするし、実際に寄って見てから決めればいいというから直感的判断が常のBチーム、即決でおやじの薦めるプランに従うことにした。

川主寺は空港から8km、おそらく海抜3,000km以上のところにあるそれなりに大きな町。ホテルもお店もたくさんあって散策するのにちょうどいい。ここらへんの地域はそもそもチベット族の自治区なだけにチベット文字のアクセサリーや民族衣装やらがたくさんある。町の人達も多くがチベット族の人たちだし、みんなかっこいい民族衣装を着て歩いていて、ちょっと中国とは違う雰囲気。

そのチベットカルチャーにすっかりやられて、3人ともおみやげものを買いまくり。酔った勢いでチベット族のポンチョまで買って着て歩く始末。もうすっかり内陸フェチ化。

九塞溝最終日に行った松藩はこの地域の城下町だったようで、城壁に囲まれて町があるというおもしろいところ。お土産物屋はまったくなく本当に生活感のある場所で、フライトまでの散策にちょうどよかった。川沿いのお茶屋でゆったりとお茶を飲みつつ、この10日間ずいぶん奥地ばかり来たものだと振り返る。



大自然と暖かい人とアジア文化に魅了されつづけた卒業旅行。
さすがに最後は体力ゼロでガクガクだったけど最高に楽しかった。

中国内陸は本当に奥深い。次の旅行はいつにしよう。

ちなみに成都ではパンダ基地なるものに行きました。
昼下がり、心が癒されるくらいの無防備な格好で寝ているパンダは確かに愛くるしかった。

海抜3,500mの絶景

2005年07月22日 | 学生旅行
九塞溝滞在3日目は九塞溝から120km離れた黄龍に移動。

タクシーに揺られて黄龍に行く途中、海抜4,000mの山間で大自然の山の景色に出会う。草原、岩山、雪山、野生のヤクと羊達。牧歌的な景色とは裏腹に富士山よりも高いところだけにちょっと歩くだけで息が切れる。ここもまたありえないような絶景。3時間の移動時間もまわりの景色に見とれてあっという間。



到着した黄龍も九塞溝と同じくすごく整備されているものの、限りなく自然を残したままな雰囲気で個人的には九塞溝よりもずっといいなと思う場所。カルシウムが溶けてできたという不思議な小池と4,000m級の山に囲まれた景色がなんともいい。ひたすら徒歩でものずごく疲れるけどこっちこそ来るべき場所だ。



3.5kmの道のりを登った先にある五彩池は本当に透明な水色で美しい。ここにこんな池があるのを知らずに辿りついた先人は神の地にでも来てしまったと思っただろう。が、今はしっかり観光名所として整備されていて、個人的には今ひとつ感動が薄い。むしろ来る途中の景色のほうが好きだな。

敦煌でもそうだったけど中国は大自然のスケールが本当にでかい。だから自然そのままが一番感動する。逆に文化財や観光地の整備はどこに行っても”惜しい!!"と思ってしまう。中国旅行するなら断トツで大自然ですよ。

トルファン、ウルムチ、チベット、モンゴル、四姑娘山・・・。行きたいところはまだまだ盛りだくさん。でも、やっぱりまた敦煌に行きたいな。とにかく大自然の旅は最高だ。

九塞溝も中国の面子?

2005年07月21日 | 学生旅行
敦煌→西安→上海(虹橋)→上海(浦東)→成都→九塞溝と飛行機・タクシーを乗り継ぎ、2日で4,000km以上移動してやっとのこと九塞溝に到着。

着いてびっくりしたのは空港、町、九塞溝の整備のされっぷり。僻地で何もないのを想像していたのに、どこもかしこもここ何年かで整備されたようで避暑地にでも来たかのようなきれいさ。そして上海と同じくらいという信じられない物価の高さ。警備もとにかく厳重で中国の意地というか面子をやたらと感じる。

九塞溝の門票もバスの乗車券をあわせて驚愕の270元!!
いくらなんでも高すぎじゃありませんか?

九塞溝は全長数十kmもあるため、中には路線バスがひっきりなしに走っている。
だから有名どころだけささっと見ることも可能なんだけど、Bチームは足で稼ぐが基本。
ほとんど誰も歩いていない歩行路を歩き続ける。このほうが静かでいい。

写真集とかで見ていたとおり池は信じがたい青さで透き通っていて幻想的。
池に沈んだ枯れ木を見つめていると吸い込まれそうになるようなブルー。




本当にこんな色なの?と思うけど、実際このとおりだった。

気がつけばここも映画「英雄(HERO)」の撮影場所。
今回の卒業旅行はすっかり映画の撮影地巡りになっているよう。

砂漠の夜の満月の下

2005年07月18日 | 学生旅行
7月18日。敦煌滞在最後日。

前日に引き続き、朝からずっと雨、雨、雨。
年間で数十日しか降らないという雨に降られること丸2日。

なんてついていないんだとブルーな気持ちでふて寝して起きた午後4時。雨はあがり外を見ると雲の隙間から青空が。杭州の夕日に引き続いてBチームの大逆転劇開始。ホテルから歩いて数十分。鳴沙山に到着したときにはすっかり青空。

砂漠なのに雨上がりで風が吹くと肌寒いくらいに涼しい空気。
砂も雨で固まって風に撒かれることもなく最高の状態。

敦煌に来ようと思った一番の目的は、”砂漠の夕焼け”と”月の砂漠”。

観光客が集まる月牙泉には目もくれず、目の前の砂漠の山をひたすらに登る。砂漠は本当に広大で想像以上に広い。登りに登って約2時間。敦煌の町も砂漠の入り口も遥か視線の下に見える砂山の頂上に辿りついたとき、視線の先に見えるのは限りなく広がる砂漠と青空の世界。あぁ、なんて美しい景色なんだ。。。



先に登っていた韓国人の女の子と中国人のカメラマンと一緒にじーっと静かな砂漠の景色を眺める。もうすごすぎて言葉なんかでないし、何も言わなくてもみんなここまで登ってきて一緒にこの景色を共有していることだけで十分。裸足になって砂に足を埋めてひたすら夕方まで佇んでいた。

午後9時。地平線に夕日が沈み始めると砂漠は黄金色になり美しさを増す。後から登ってきたアルゼンチン人の人も一緒に座って最高の夕焼けに溶ろける。西湖に沈む夕日も心が揺れる美しさだったけど、砂漠の上から地平線に沈む夕日を見るのは比較にならないくらい感動的。間違いなく人生で一番美しい夕焼け。登頂から3時間。待っていて本当によかった。



夕日が沈んだあとは満月の月明かりが砂漠を照らす。月の砂漠を歩いているともう何も考えられない。月を見上げて、足で砂を感じで、景色の広さに感動する。ただそれだけ。それだけなのが最高にいい。



敦煌に来た理由がこの何時間かの間に全てあった。しかも、思い描いていたのを遥かに超えるスケールで。すごい、すごい、すごい。最後の夜に最高のプレゼント。もう、敦煌には参りました。我愛敦煌、一定再来。

素朴でアートな田舎町

2005年07月17日 | 学生旅行
7月17日。敦煌3日目。敦煌の町を散策する日。

敦煌は、昔からのシルクロードの要所でタクラマカン砂漠の東にある荒野と砂漠の中のオアシス。町は1時間も歩けばひととおりの場所はまわれてしまうくらいのとても小さな町。



上海の喧騒とは全く違って、とてもスローで素朴でとてもあたたかい。すごく控えめな感じなところとか最高に素敵で住んでもいいかもと本気で思うくらいいいところ。

名物料理はラクダの肉。雅丹ではラクダに乗り、帰ってきてからはラクダの肉を食べた。そもそも食べられるものなのかもわからなかったけど、食べてみるとそこそこおいしい。羊肉とかよりも癖がない感じ。ただ、いけるじゃないかと思って食べ続けたその後、お腹はラクダを受け付けられなかったようで腹痛が続く。一度は食べてみてよかったけど、次はもういいや。。。

お土産品は仏教画の描かれたタペストリーとか夜光杯と呼ばれる石から切り出した杯とか。個人的には唐の時代にばっこうくつに描かれた”飛天”という空飛ぶ仏様の絵にすっかり魅了されてしまった。



敦煌の町のあらゆるところに描かれている飛天はすごくアートな感じでカッコイイ。残念ながら雨続きで漠高窟の本物の壁画を見ることはできなかったけど、仏教画もなかなか捨てたもんじゃないなと思うようになってしまった。

火星からコンニチハ

2005年07月16日 | 学生旅行
7月16日。敦煌2日目。

一日前に到着していたNoriさんが手配してくれたタクシーに乗って朝から敦煌の町を離れて荒野へと旅立つ。エアコンが壊れたオンボロ車に5人も乗って向かうこと150km。到着した”雅丹”という場所は、うっかり別の惑星にでも来てしまったんじゃないかと真剣に思うくらいに現実離れした場所だった。

360度見渡す限り地平線まで何もない。音もない。風と足音だけが聞こえる孤独の世界。”地球の皆さんコンニチハ。僕はこの火星の地に降り立ってしまったようです。”という感じ。



バスに乗って更に走ると荒野の中に大きな岩(雅丹)が並ぶ場所にたどりつく。なんとも言えないこの景色はまるでジョージルーカスの世界。このまま進んでいけばヨーダに会えるんじゃないかと思う、そんなところ。本当にこんな場所に来ているのが夢みたいな別世界でいつまででもここにいたかった。



日本のガイドブックには載っていないこの場所。敦煌に行くなら必ずみるべき感動の場所。

後でタクシーのお兄さんから宿泊することもできることを聞いた。夕暮れや夜の雅丹は相当に幻想的だろうと思うといつか必ずまた来よう、次はここに泊まろうと心に誓って、見れなかったかわりに写真集を買った。

ちなみにこの場所、映画「英雄(HERO)」のラストシーンが撮影されたところらしい。
帰ったらもう映画を見てもう一度うっとりしよう。

卒業旅行、出だしから最高のスタート。
連れていってくれたNoriさん、Gaoliさん非常感謝。

敦煌への長い道のり

2005年07月15日 | 学生旅行
旅行初日から紆余曲折ありありながらもなんとか敦煌に到着!

新天地からタクシーに乗ったのが12:00で、敦煌の宿に到着したのが25:00。
とにかく道のりが長くて疲れたぁ。。。

本来なら21:00には着いているはずだったんだけどね。
さすが中国国内旅行、まともにいかないのが当たり前でした。

まずは出だしの虹橋空港。順調にチェックインを済ませて荷物検査に行ったところ、ワインボトルを機内持ち込みすることが出来ないらしくチェックインからやり直し。カウンターに戻ったら、バックの中だと割れてしまうから預かれないと言われ、発泡スチロールの箱を売っているおばさんのところに案内される。そこから、箱に入れてもらって、再度チェックインと荷物検査をしてようやく登場ゲートに。1時間以上前に到着していたのに登場ゲートに着いたころには既に登場時間も過ぎていた。まあまあいい経験だ。

正規航空券なのが効いたのか幸運にもビジネスクラスに格上げされてのフライト。快適な空の旅をエンジョイして2時間後、無事に西安到着。

さてさて今日はここからが大変だった。30分くらい搭乗が遅れたくらいで順調だなと思っていたら、滑走路に入る手前で飛行機停止。「敦煌の天候不順のため当面離陸できないので引き返します。」とのアナウンス。げー、勘弁してよー。バスに揺られて待合室に戻されると”離陸予定 21:00”と掲示板に表示されている。1時間半遅れですか。。。”まだまだ時間あるじゃんよ”とイライラしていると、まわりの人たちがお弁当をむしゃむしゃ食べ始めた。どこで売っているんだろ?と見渡すと航空会社のカウンターの前に人だかり。ここで待たされている乗客に配っているらしい。それは便乗せねばと中に混ざってお弁当ゲット。んっ、けっこう旨い。航空会社の思惑通りイライラも解消されて満腹気味。



21:00を過ぎて予定通り再搭乗。やっと出発かとほっとしたのが甘かった。そこから更に機内で2時間待ち。暑いし、弁当の臭いが充満しているし厳しい状況。ほとほと疲れもピークになってきたころにやっとのことで離陸。結局4時間遅れでの出発だった。

敦煌に着いたのは24:30。本当にどうにか着いたという感じ。4時間遅れにもかかわらずホテルの送迎の人が空港で待っていてくれた。あー、今、あなたは仏様のように見えるよ。街灯も全くない道を走り続けて宿に到着。シルクロードの砂城という感じで思っていたより雰囲気のよさげなところ。待っていてくれたNoriさんと合流して敦煌に乾杯。明日は更に僻地へと旅立つから今日はおやすみ。

敦煌まで13時間。疲れました。。。

バイト最終日&卒業旅行初日

2005年07月15日 | 徒然日記
今日で2週間のインターンも最終日。

午前中会議に出席して、そこからそのまま虹橋空港へ。
10日間の卒業旅行in敦煌・成都・九賽溝に行ってきます。

いやー、待っていました。いよいよいよいよ。

上海に残した大量の荷物が日本に帰るときに重量オーバーになりそうだとか、復職後の自分の身の振り方がいったいどうなるのかとか、買ってから1年以上経つのに初回点検もしていない愛車のこととか、全ての煩悩は全て都会の喧騒の中に置いといて大自然に包まれて地球とあれこれ会話してきます。そう、空の写真もパシパシ撮って、何も考えずにぼーっと絵とかも描いて。

まず最初の目的地、敦煌では既に昨日到着しているNoriさん達に合流して月見酒。とっておきのDragon Sealを上海から持参して”月夜の砂漠でワインを傾ける”という「地球上最もお洒落なお酒の飲み方Top10」に入るであろう企画を予定。最高でしょ。しかも、もう数時間後には実現しているはず。あー、楽しみすぎてヨダレがでる。19日までと滞在日程的にも余裕があるしスローライフで。

何はともあれ、砂漠のオアシスに向かっていざ出発!!

いよいよ抹茶登場!!

2005年07月14日 | 徒然日記
噂の抹茶フラペチーノがついに上海にもやってきた。

今日は小雨の降る曇り空であまり暑くもなくフラペチーノ日和ではないものの、抹茶フラペチーノとなったら話は別。大学生の時に短期留学でシアトルに行ったときに初めてフラペチーノという麻薬に出くわした。”おいおいただのシェイクがこんなに高いのかよ!”と思いつつも試しに飲んでみたのが最後。あまりのうまさにおでこがキンキンしているのも関係なく飲み続けてしまった。シアトルは日本のコンビニくらい、街のあらゆるところにスタバのある街。2ヶ月間、その魔力から逃れることができず、帰ってきたらすっかりスタバファンに。

その感動から数年後、抹茶フラペチーノという更なる怪物が現れたときにも、あまりの完璧さに毎日欠かさず飲んでいて”スタバ貧乏”になるという事態にまで陥った。その抹茶フラペチーノが上海に来るという噂を聞いてから1週間。ついにそれを手にすることに。



うまい!うますぎる!!やっぱりこいつはフラペチーノの王様だ。
だけど、中杯(Tall)で27元という値段も王様だ。

上海でもまたスタバ貧乏に陥る危険性が出てきてしまった。

索尼網絡随身聴

2005年07月13日 | 買物記録
待望のNetwork Walkmanを獲得!!

デジカメを買ったのと同じ香港広場のお店で購入。パンフレットで見ていたのと実物とではけっこう色のイメージが違っていて、最初欲しいと思っていた銀色をやめて金色のやつにした。テレビCMや広告をバシバシやっていることもあってなのか、使い方の説明を聞いている間だけでも何人もの人が見に来ていた。けっこうみんなお金あるんだね。その人気のせいなのかFM付きモデルはかなりのものが品切れ状態。1GBのFM付きはどのお店でも売っていなかったからしょうがなく512GBで手を打つ。

ホテルに戻って箱を開けて再確認。うーん、かっこいい。これに音楽を転送するソフトはiTuneもどきの2級品という感じで操作性も転送速度も相当イマイチ。普段はiTune使って、転送するためだけだからいいかという感じ。

「No Music No Life」

今のお気に入りの1曲はLeeHomの”愛錯”。
単調だけと切ない感じがいい。

旅行の準備が整いました

2005年07月12日 | 学生旅行
さてさて卒業旅行までのカウントダウンも追い込み。

週末にCtripの静安寺オフィス(北京西路×常徳路)に訪問してチケット代を支払い、ツアーのバウチャーも受け取って飛行機と宿泊の準備が無事完了。一緒に送られてきた九賽溝の写真集&DVDを眺めてじわじわと気持ちを高める。”いやー、本当にこんな場所があるのかねぇー”と思うくらい幻想的。やっぱり出発前にHEROも見ておかないと。

で、ふと気になって天気予報を見てみて今更ながらに敦煌・九賽溝とも気温の差がすごく激しいことを知る。今週末の敦煌の最高気温は40度、最低気温は4度と昼と夜で36度も違う!さすが砂漠の町。一方、九賽溝は2,000mから3,500mという標高の高い山の中。気温も最高20度、最低4度と防寒着必須。こりゃー、なにげに体力勝負だな。秘境と言われるような中国の僻地ではさすがに美味しいご飯はあまり期待できなし、今のうちに上海料理を堪能して体力をつけておこう。

憧れの敦煌まであと3日!!
期待の成都・九賽溝まであと7日!!

同学のYezhongは、小さい頃、遠足が大好きで遠足前日はすごく早い時間に寝ていたらしい。普通は逆に寝れなくなったりするんじゃないの?と聞いたら、”早く遠足の日が来るように早く寝るんだよ”と言っていた。なるほど、その発想は確かに正しいんじゃないか?ということでもう今日はとっとと早寝することにした。

快点儿来来星期五、快点儿来来星期五、快点儿来来・・・。

さらば聯興楼・北-127号!!

2005年07月11日 | 徒然日記
先週で今学期が全て終了したため今週で5ヶ月間お世話になった大学寮からもお別れ。既に荷物はほとんどまとめ終わり、来期も残る同学達や来期からくる郁美ちゃんに渡す荷物をWeishanに全て預けて、あとはいらないものを捨てるだけ。

来て早々にベットカバーやらカーペットやらプリンターやらといろいろ買って生活感出しまくりだった部屋が再びすっかり質素な部屋に戻っているのをみるとなんとなく切ない気持ちになる。初めてこの部屋に入ったときのことを今でも鮮明に覚えているし、ついこないだのことのようにしか思えない。ただ、一方で、その時に比べて上海での生活に慣れてきて中国語も自然に話せるようになっていることを実感して時間が経ったんだなと思うからなんとも言えない感覚。

この質素で小さい部屋で暮らしてきたおかげで部屋へのこだわり基準が少し変わってきた気がする。今まではひたすら新築・駅近くが必須条件だったけど、今はそのどちらもこだわりなし。逆に今まであまり重視していなかった広さ・日当たり・眺めが気になる。それは上海に住むみんなの家を訪問させてもらった影響に他ならない。だって、こっちは日本では考えられないくらいの立派な高層マンションが東京の1Roomの値段で借りられるんだから。

ともあれ今週は親しみのある部屋からは離れてのホテル暮らし。今までの部屋とは雰囲気がまったく違うからまだ違和感あるけど、シャワーからばしばしお湯が出て、かつ、制限がないというのは感動した。それだけで感動するっていうのがなんとも安上がりでいい。

ちなみに昨日泊まった国際飯店は全然駄目。
今朝、早々にチェックアウトして今日から錦江飯店。

体内水分を総入れ替え

2005年07月10日 | 徒然日記
来週金曜から2週間弱の卒業旅行に出発して、そのあと月末まで日本のため、今日が留学生活最後の上海での日曜日。

前々からやりたかったNoriさん、Gaoliさん、Satomingとのテニスがついに実現。HSK後の午後、曇りとはいえ”最高気温36度、けれども梅雨”という天気の中でのテニスはとにかく汗だく。Noriさん達はとてもうまいから、こっちはとにかく足で稼ぐしかない。走れ!走れ!と動きまわり、かつ、バレーボールをやっていたサガでミスしたあとはコートの中を余計にぐるぐる走ってしまう。

1時間も経たないうちにあっという間にバテバテ。休んでいても汗がとめどなく流れ出す。水分補給をしまくって体内の水分を入れ替え。Noriさんはひたすら打ち続けて楽勝な模様。体力ついたと思っていたけどまだまだらしい。

高温多湿の中で2時間テニスで汗を流した後は、もちろんビールで乾杯。疲れて喉が渇いて暑さにやられているときの冷たいビールのうまいこと。こころなしか回りが早くて心地よくなっていたところで頭だけダースベーダー姿のNoriさん登場。そのアホさが本当最高。

「悪い子はいないかぁ〜。」

夕飯は静安寺の火鍋屋。カレーとトムヤンクンのスープの火鍋は限りなく辛くて、かつ、旨い。一口飲んだだけでむせ返るような辛さなのに、その奥のコクと酸味にやられて次の日のお腹のことも考えずについつい飲んでしまう。ここでも大粒の汗をかきながらだから、今日一日で体内の全ての水分をスポーツドリンクとビールと火鍋スープで入れ替えたんじゃないかと思う。

”日曜日こそ最もクタクタになるべし”

学生としての最大の心得を身をもって実現した達成感のある休日だった。