鉄道模型工作記録帳

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【資料】札幌市M101

2011-12-06 23:50:00 | 模型工作雑ネタ日誌

友人と電話していた内容なんです。
割と主観で話題の軸が飛びます。


札幌市M101
昭和36年からずっと走り続ける古豪です・・・。
と言っても最古参でもないという。

実にマニアックな計らいでいまだに昭和の札幌市電塗装を伝える動態保存役割を担っておりますが。
「個人的にはあんまり好きな電車ではありません」
あ、身も蓋もない。

M101は基本的に「札幌市電マインドを日本車両が組み上げた」デザインの流派で

ここまで「なんという鈍重なモンスター」というA800形に発展する日車流の句読点的電車です。
(このあと更に凄まじい形のA810は日車流派の完成形となってしまいます)


まぁ、かなり個性的な電車です。

休閑



こちらは「札幌市電マインドを日立製作所が組み上げた流派」
「札幌市電といえばコレ」の大主流を作った電車。
昭和33年、在来型320型をベースに「北欧にイメージする札幌で曲線曲面を使ったデザインを創造せよ」と号令でできた「らしい」大きな流れです。
(これはパクリの北海道産240型ですが全く同じです)

ちなみにネタ元の320型とは

これ。
車体断面は垂直で、近代的部品が多用されていますが、「旧型車の継続的発展」の賜物です。
それ以前はメーカーの個性と言うより、徐々に改良した流れが強く

旧態然の600型


他都市でも見られる戦後の路面電車の標準的外観550型


ちょっと後退角つけて洒落た560型


Hゴムなど採用。台車ももがきながら改良した570型


屋根上ヘッドライトが不評で戻したり、更に各部を整えた580型


本来590型となるはずが
「大型化で近代にふさわしいし、開局30周年だ!」とちょっと勇み足で盛り上がった市長号令で
昭和32年にちなんで登場した320型(ナニワ工機製)

この様に流れているのですから、
要は日立流だの何だの言うのは車体断面だけじゃないか?

言われればそうなんですが、330型で固まった日立の作った「札幌マインド」は、そこを句読点に違方向に流れていったので、設定として丁度よいのです。

というより、「メーカーに依らず進んでいた所々のテクニックがようやく、ひとつに纏まった」というのが日立流の大きなエポックだったんですね。

日立流で札幌マインドは完成されたのか、ここからのデザインは「細かく変更なく完全コピー」が大量に生まれる位の勢いになります。

札幌市電はそういった訳で日立流が多くを占めました。
330型5台
210型6台(道産子電車 車体寸法丸写しコピー電車)
220型8台(道産子電車 車体寸法丸写しコピー電車)
230型8台(道産子電車 車体寸法丸写しコピー電車)
240型8台(道産子電車 車体寸法丸写しコピー電車)
亜流で
D1000型1台(構造上全長が伸びる 東急・・後に電車改造)
D1010型2台(構造上全長が伸びる 東急・・後に電車改造)
D1020型2台(屋根を簡易化で平たくする 東急・・後に電車改造)
250型5台 (道産子電車 D1020の影響位を帯びてD1020とほぼ再コピー)
D1030型7台(あちこち追加設定したら全体寸法がぶれ始めた 東急・・後に電車改造)

と、50台を数えます。

休閑


日立の完成させたデザイン主流が単一になるんかと思えば、
昭和36年日車に完全オリジナルデザインのM101(昭和36年)を作らせたり
日立のデザインを気動車として崩しかけていた東急にも自主性が許され、
札幌市電マインドを東急が組み上げたら

この流派になり、東急流はこの大型窓のぶっ飛び技を持ちだして「札幌デザインの代名詞」ともいえるA830に結実します。

昭和30年代後半からはどちらかと言うと日立が作った基本フォーマットにメーカーデザインが独自に方方発展させる流れになっているのです。
「他所の土地のかた方から見たら偉い違和感」は有るでしょうが。

(可哀想に日立はフォーマットの330型を最後に落札できなくなっているのですが。)




派手な東急とは違い、とりあえず「曲面重視なんだが、どっかこっかに『平面』が残ってしまう」のが日車流。(600型が日車なので600型の正常進化かも知れませんが)

あんまり格好良くないのが日車流。
そんな位置づけができます。
日立製330型まで「メーカー関係なく一本筋的徐々発展デザインで流れた札幌市電」がメーカー差異で分かれる流れになった一方がM101というわけです。


休閑

このM101
有名な「増結可能な親子電車」ですが、30年前から「廃車される廃車される」と何度も喧伝され、新聞に「まもなくサヨナラ!」と書かれること2回以上。
廃車を喧伝され続けたため、現在のほかの札幌旧型市電が潜ってきている「3回の大更新」のうち3回目を「どうせ廃車するからやらない!」と受けずに居ました。
それが逆きっかけでしょうか。
いまやほぼ「市民財産」になっちゃいました。
メインのデザイン主流であった日立流が大更新で原型を崩したり、大きく評価された東急流ものが消え失せたのに、何故か旧世代シンボルになったのは「傍流・少数派の日車流」

非常に不思議と言うか・・・。


この出目金ヘッドライトが強烈な個性です。


昭和30年代以降の「曲面重視」の札幌マインドを裏から蹴り上げるような絶壁正面も特徴です。

非常に面白いのです。


デッコボコは「流麗」というには程遠いのですが


ど真ん中の「ビューゲルのへそ」も顕に今でも現役です。


親子の息子は活躍実質7年在籍10年保存40年というこれもマレな事になりまして。


こういった時代は僅かだったのです。
ちなみに、Tc1のビューゲルが異質ですが、これ、集電してません。
ポイントコンダクタでしかありません。
またTcを名乗っているくせに実はMc'で、電動車というのも奇特です。
「ビューゲルはほぼダミー、モーターはあるけど制御器はM101からの給電。」
この遠回りして一周してでんぐり返し。
実に・・・札幌らしい。

気動車を電車にするくらいなら、Tc1を運転台改造してボギー単車にしたほうが良かったんじゃないの!?というツッコミは無粋です。
実はご覧のとおり、ほぼすべてのディテールサイズは合わせており両運転台に比較的簡単に出来る構造だったのですが。


つまりM101をぬっぺらぼうにするとこのような造形です。

ちなみにTc1は3回の大更新を一度も潜らず終わりました。
M101は昭和40年代に一度軽更新。
昭和53年に大更新実施。
昭和61年〜平成の大更新は受けずに居ます。


先にも書きましたがほかの旧型市電は見事3回の大更新を受け、日立流は既に原型を大きく崩しております。
(しかも昭和後期から平成の更新は長きに渡ったため5形態に別れることになります)



M101はずうううううっとこのスタイル。

M101
実は多勢の日立流とは車体寸法も定員もドア配置も、車輪径もモーターも軸重も違います。
車輪径の違いは結構大きかったはずで、そこが「継子」扱いされていたはずなんですが・・・。
(日立製330型と道産子コピー電車、東急流は台車こそ違いますが車輪径や諸々は合致させていたんです)

制御器も違い、日立流が昭和40年50年代に都電8000型部品を譲り受け、直接制御から間接非自動制御(HL)に統一される中(大量にあった日立流道産子コピーでも、このHL化を逸した個体、また新品のHL搭載車も大量廃車。およそ25両傍系合わせれば35両以上も廃車されて去って行きました)、
このM101は「確かに新製時からHLだがオリジナル日車装備のまま。」
本来、存続が難しいはずです。

いかに異端であるか。
そして何時まで走るのか。
「廃車する」と次言われても実感沸くだろうか。





  ↑ちょっとテーマが広がりすぎたな・・・反省。

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ビューゲル コンダクタ カーデザイン ナニワ工機 日立製作所
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コメント

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勉強になりました (horry)
2011-12-07 03:10:38
なるほど勉強になりました。
私にとっても「札幌市電といえばコレ」が一番馴染みがあります。

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