たわごと〜産業カウンセラーとして〜

資格取得後もまだまだ研鑽の日々です。勉強会で感じたことを中心に、日々思う事や季節のことレシピまで自分を表現する日記です。

あたりまえからしあわせへ

2012-05-16 21:57:44 | 勉強会
以前の勉強会で書いていなかった社会人基礎力についてです。

2006年から経済産業省が提唱している「社会人基礎力」。今の社会、こういう能力が低下してきているのではないかと、有識者が集まり研究をして作成したものだそうです。講師の先生はその中に携わった方でした。

「前に踏み出す力」「考え抜く力」「チームで働く力」の3つの能力と12の能力要素からなるものです。
読んでみるとわかるのですが、すべてあたりまえ(理想論かも)のことです。
社会のルールは守りましょうとか、他人の意見を尊重しましょうとか、学校の道徳のようなものかな。

あたり前のことしか書いていないと先生も言っていましたが、そのあたり前が、はたしてどれだけできているかということを問われました。
よく読むと、この12の能力要素を兼ね備えた人って…いるのかなって思っちゃいますよね。
この基本12項目の中で自分の弱い部分に気づき、少しずつでも近づいていくための指針のようです。


でもでも、あたりまえってなんでしょう?あたりまえなのに難しいのはなぜでしょう。

難しいのは自分の中の「エゴの罠」のしわざです。そんな正しい事ばっかできる人間なんかいないよ、そんなの面白くないじゃん…という悪魔の声です。
これは誰でも持っている心ですが、「罠」なんだから最終的には苦しむものになってしまいます。

私は自分にネガティブなイヤ〜な気持ちがでてきたら、「これはエゴの罠、エゴの罠…」と呪文のように唱えてます(笑)
罠にははまらないぞと思っているとけっこう平気になるものです。

ちょっと違う視点ですが…
手が動く、目が見える、歩ける…等々、あたりまえと思ってしまうこと、自分の中だけでもすご〜くたくさんあります。
それがもし幸せなことだと感じられたら、どうでしょう、すご〜くたくさん幸せになれますね。

今、シフトの時代です。「あたりまえ」→「しあわせ」に、ひとつずつでもシフトしていきたいです。
コメント (2) |  トラックバック (0) | 

年齢ってなんだろう・・・

2012-04-22 13:38:06 | 勉強会




もう、こちら横浜はソメイヨシノ、終わってしまいました。↑は先週のしだれ桜満開です。

今年は桜ばかりよく見に行ってました。




とはいえ、前回の勉強会についてですが、テーマは「中・高年の心と体」でした。
どよ〜んとならないで下さい(笑)
年をとるって何かマイナスのイメージですよね。資料にも良い事あまり書いていませんでした。
確かに加齢による体の衰えはいたしかたないですが…でも、細胞は日々生まれ変わっているのだし、新しい部分もあるんだぞとあまり悲観して生きていくことはないと思うことにします(笑)

老いていく中で一番の大きな心の不安は、「死」について。
今、人生の最期をよいものにするために行うことを「終活」と言うそうです。
これについては年齢とかではなく、自分の死にしっかりと向き合う心を持つ事が大切ではないかと思うので、別の機会に書いてみたいと思います。(中村仁一医師の死に向き合う考え方にすごく納得しています。「大往生したけりゃ医療とかかわるな」の著者です)

この勉強会の翌日に、シニア情報生活アドバイザーの更新講座がありました。パソコンをシニアにも広めようということで、勉強し講師の資格をとった仲間です。多くは現役後の方々なのですが、TwitterやFeceBookを活用してiPad持参する先端をいっているツワモノです。その中に私の母より年上の84歳の女性がいて、感動ものです。パソコンを習うということでもすごいことなのに、地域の人とかに教えている立場です。もちろん見た目も若くてきれいです。

年齢ってなんだろうっていつも思ってしまいます。
年齢が上にいけばいくほど、何かの差みたいなものが現れてくるような気がします。それって、やはりメンタルなんでしょうか。

もし、年をとることが嫌で嫌でしょうがないと思っているとしたら、毎日生きていくことが嫌でしょうがないということでしょう。だって毎日歳をとるんですから。
ここにいる先輩たちをみていると、あまりそんな風に思わなくなりました。だって楽しそうなんです、みなさん。
日々楽しくちゃんと生きていたら、あら、こんな歳になっちゃったわって言えるような歳のとり方していきたいです。
コメント (5) |  トラックバック (0) | 

代表システム〜NLP〜

2012-03-18 12:52:21 | 勉強会

前回の続きの勉強会で「コーチングの技法を採りいれたキャリアカウンセリング」
またまたその中のNLPの代表システム。
以前の記事でも書いたのですが、人の物の見方、感じ方は人それぞれ優位といわれるタイプがあるそうです。

・視覚タイプ
・聴覚タイプ
・身体感覚タイプ

今回のワークでは、自分の体験を、それぞれのタイプを優位にして話すというものでした。ですので、3パターンの話をしました。私が苦手と感じたのは視覚優位で話をした時です。

目に見えているものより、見えないもののほうが莫大に大きく、そちらに意識をもっていく事が習慣になっているからなのか、見えるものにあまり興味がなくなっているのかな〜と感じました。

これってNLPではよくない事で、カウンセラーはすべてのタイプをいつも感じとれるようにしておいたほうがよいという事でした。ですよね、きっと。

私は前も今回も「体感タイプ」のようですが、ただ、「聴覚タイプ」で話す事は、以前より楽にできていて何が変わったんだろうと考えたのですが、自然の音に対して耳を澄ますと何かを感じる気がしているこの頃だからかも…

ちなみに日本人は「視覚タイプ」が多く、「聴覚タイプ」は少ないそうです。そういえば勉強会で20人近くいた中で「聴覚タイプ」はひとりもいませんでした。

代表システムは、コーチングする場合、相手を知り、相手に合わせ「ラポール(信頼)」を形成していくという重要なものなのですが、その先に続く「相手への影響のためにリード」すること…私がコーチングについて漠然とした拒否反応があるのは、「人を導く」ということが、「人の気持ちを誘導する、操作する」という方向にもなりうるという危惧からだと感じました。このリードが間違った方向に使うと恐ろしいよねという話題にもなり、実際に世の中で間違った事に使われている事もあるので…

キャリアカウンセリングにしても、部下の育成にしても最終的には目標達成のために行うのがコーチング。良いほうに導くためには、技法ももちろん必要ですが、コーチングする側の心は、「良心」を軸にしっかりと持っていなければ…やはり自己一致が重要です。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

アソとディソ〜NLP〜

2012-02-12 22:26:15 | 勉強会
先週の勉強会は、「コーチングの技法を採りいれたキャリアカウンセリング」についてでした。

私は、わりとコーチングに興味がなく、コーチングに多く採り入れられているNLPに焦点が合ってしまうのです。なので、前回NLPの続きとして…

前回、焦点化の原則まで書きました。
その焦点化を使って感情をコントロールできるということなのです。

人は意識上、1つにしか焦点を当てられないのであれば、良い状態につなげる事、悪い状態から切り離す事によって、「良い」にだけ焦点を当てることが可能です。

つなげる・・・アソシエイト(自己同一化)
切り離す・・・ディソシエイト(脱自己同一化)

NLPでは、アソシエイト(アソ)ディソシエイト(ディソ)というそうです。
アソは主観、ディソは客観という見方もするようですが、私は、つなげる、切り離すという解釈のほうがわかりやすかったです。

人は、自分の枠組みで何かを考えたり、コミュニケーションを行います。
枠組みとは、過去の経験、体験や知識などです。

人間は嫌な体験や、悪い経験は心に印象深く刻まれます。そして不安や恐れを感じてしまいます。
だからなのでしょうか、そこに焦点が当たりやすく、それがすべてだと思い込んでしまうようです。
それをディソする意識を持ってみようということです。

でも、良いことに焦点を…といっても、なにも良いことなんかない、なんて思うかもしれません。
良いこととは、フロー状態で言うと、「わくわく」や「うきうき」やうれしい気持ちという感じでしょうか。私は、今一番フローな気分というのは、「穏やか」だったり「のんびり」だったりです。つまり、日常、当たり前の事が当たり前にできている事を良しと思えば、日々そこに焦点を当てられます。特別な良いことはなくてもいいのです。

人の意識って単純だなって思います。焦点の当て方で変わるんです。そしてどこに焦点を当てるかを選ぶのは自分自身なのです。
コメント (2) |  トラックバック (0) | 

レゴを使ったワーク

2012-01-31 11:11:57 | 勉強会
先週、研修でレゴを使用したワークショップに参加しました。

たくさんのレゴを目の前にいったいどんなワークなのか、かなりわくわくしました。

どんなものかというと、あるテーマにそって、3分程度でレゴで形を作ります。
そして作ったものはどんな意味をもったものなのか、みんなでシェアするのです。
その中で、この人はどんな人なのか、どんな気持ちをもっているのか、相互理解を深めていくワークです。

とにかく3分程度と時間がないので、考えるのではなく、直感でレゴをつなぎ合わせて作ります。

色々なテーマがあったのですが、私が今でも気になっているテーマ。
たしか「地球上に存在しない生物」だったかな?その生物に名前をつけてみんなに紹介するという設定でした。これは先に気に入ったレゴを選んで、7分くらいの時間をもらいました。←違ってたらごめんなさい。
___________________________________________________

私の作品(やっぱ写真撮っておけばよかった(泣))
名前:ぴかりん
食べもの:ゴミ、きたないもの
苦手なところ:きれいな場所、人

この生物は、ゴミやきたない物を好み、それを食べて生きています。人間のきたない心も。だからこの生物が動くところはきれいになっていくのですが、きれい好きではないのです。きれいなところは食べ物がないので生きていけないので…
_________________________________________________________

できたものも、名前も性質もすべて直感です。
実は、これ自分の中にある潜在意識だということなのです。

なので、ずっと気になって考えていました。
きたないものが好きだという深層心理???きたない心も好き??

もしかすると、自分の中のきたない心というか、ネガティブな部分も好きになっている、許しているということかも…と〜思ったら、うれしくなりました。←勝手な解釈
そして、他人のネガティブも食べてしまいたいのかもしれないな〜(という事にしておこう)
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

焦点化の原則〜NLP〜

2011-12-08 23:21:54 | 勉強会
更新すると10分くらいで見て下さる方がいるとある方から連絡を受け、うれしい限りです。いつもありがとうございます。更新する張り合いがでます…

最近、自宅での作業が増え、テレビを消している事が多くなったのですが、テレビの音がしないほうが楽な気分です。今更ながらなのですが、あの音や映像が雑多に入り乱れている内容に…当たり前ですが…きっと無意識にストレスを感じていたのでしょう〜
なので(?)時々聞く音は、もちろんアースラジオです。いい波長の癒される音です(私だけ?)

NLPの続きです…
NLPには、空白の原則と、もうひとつ焦点化の原則があります。

焦点化の原則とは。

⇒意識は同時に2つ以上のことをとらえるのが苦手なので焦点化が起こる。

ということはよくわかると思います。
意識は自分の中の3〜5%、かなりキャパシティが少ないのです。すごい楽しいゲームに集中しながら、仕事に集中することは不可能です。

適当にだったら2つのことを考えることはできるのでしょうか…
たとえば、仕事をしながら夕飯のメニューを考える…女性はそれができると言いますが、その瞬間はどちらかに焦点が合っているはずです。単に切り替えが早いということです。

そして脳は否定語を区別できません。(引き寄せの法則と同じですね。)

たとえば、「緊張してはいけない」と思うと、「緊張してはいけない」事に焦点があたり、かえってますます緊張してしまいます。
自分がダメだと思う人は、ダメなところに焦点があたり、自信をなくします。

NLPでは、その焦点化の原則があるからフレーム(ものの見方)という概念が生まれます。
意識は1つの事に焦点化するという事がわかれば、よいフレーム(ものの見方)に焦点を当てれば、良い事しか意識できないということなのです。

根拠がなくても「ありがとう」は、感謝に焦点を当てることになり、イヤな事はぼやけて見えないということかも…
あ、これ座右の銘にしよ!「根拠がなくてもありがとう」
脳は意外と単純で見方を変えるだけでそれに焦点を合わせてしまう…のであれば、自分で良い方を選択すればよいだけです。
その方法は、自分の合わせている焦点が何かに気づくことです。

脳にポジティブな質問をする(空白の原則)
脳に肯定的なものの見方を選択してあげること(焦点化の原則)

すごい余談です…家でチョコとおもちゃを投げて遊ぶことが多いのですが、ドアと壁の隙間に入るとチョコがとれないので、「入らないように」と思って投げると、結構な確立で隙間に入ります。しかも家族全員が経験ありです。みごとに焦点化にはまっている…のかなぁ〜
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

空白の原則〜NLP(神経言語プログラム)〜

2011-11-28 18:31:29 | 勉強会
前回の勉強会は木下山多(さんた)さんによるNLP(神経言語プログラム)でした。軽快な話し方で大変わかりやすい講義でした。

すべてをお伝えすることは長くなってしまうので、今回はとても興味をもった「空白の原則」についてです。NLPは「脳の取扱説明書」とも呼ばれるわかりやすいものです。

「空白の原則」とは

⇒脳は空白を作るとそれを埋めようとする。

というものです。
空白とは、疑問、わからないことです。
脳というのは、疑問(空白)をとても嫌うという性質があるようです。なので、???と思う事があると、それを埋めようと、過去の経験や体験、自分の価値観で埋めようとします。

でも、どうしてもわからない空白、なんでだろう?どうしてだろう?が残されていると、無意識の領域が働くようです。
人間の意識、無意識でいえば、95%以上とも言われる無意識の領域。
その底知れない無意識が活発に動いて疑問(空白)を埋めよう、答えをみつけようとするんです。
寝ている間もです。

ということは、逆に言えば、自分に何かを「問う」事は、「空白」を作り、それを探し続けるということです。そしてその「問い」が重要になってくるのです。

たとえば、朝起きて、「今日はどんないい事があるかな?」と問えば、脳はいい事を探そうとします。「何か嫌な予感がする?」と思えば嫌なことを探そうとします。しかも無意識なので、自分から嫌なことを探しているとは、まったく気づけません。

無意識はいつも書いているように、圧倒的な力を持っているのです。
だとすれば、その力を良いほうに使わない手はないと思いました。
でもかなり真剣に「問う」事が必要です。

そういえば、私は、WEBの事でCSSがわからないとか、MTの使い方がわからない時、タグをじ〜っと見ていて、どうしてもわからないと思う時は一旦やめます。そして何日かして、またタグを見ていると急に「あ〜わかった」という事がよくあります。いつも不思議だなと思っていましたが、無意識が埋めてくれていたんですね。でもこれ、人に言うといつも「何それ」って言われますが(笑)

コメント (2) |  トラックバック (0) | 

許すこと〜ミニスクリプト〜

2011-10-04 21:23:07 | 勉強会
やっぱり、一応完結の「ミニスクリプト」までは記事にしないと…

「ミニスクリプト」とは、人生脚本のミニ版という感覚です。

人生脚本を根底から変えていくのは、かなりの熟練を要するというので、このOKでないミニスクリプトに気づき、それをOKミニスクリプトに書き換えることで、OKでない人生脚本にも変容を与えていこうとするものです。
もちろん、OKの人生脚本には視点を合わせていません。

その中で、前回書いたドライバーに気づくことが大切になってきます。

OKでないミニスクリプトは、自分を駆り立てるドライバーがあり、そして、頑張っているドライバーを止めてしまうストッパー(これは無意識の禁止令)によって結果、自分はダメだという感情に落ち込んでしまうのです。

前回の例でいうと、ドライバーが「一生懸命やれ」で隠れた禁止令(ストッパー)が「健康であるな」だとします。

たとえば、仕事を一生懸命やりさえすれば、認めてもらえる、ストロークがもらえると駆り立てられるように頑張っているとします。
いつも一生懸命の人は、周りにとってはそれが当たり前になっているので、いつも認めてもらえるわけではありませんし、ストロークがもらえるわけでもありません。

とすると、隠れた禁止令「健康であるな」がストップをかけ、体調をくずしたりします。
そうすると、心配されたり、声をかけてもらったりとストロークがもらえます。

あ、やっぱりこれだと無意識で感じてしまうわけです。
もちろん自分では、病気になりたいわけでもないのですが、これがストロークをもらえる手段だと無意識の禁止令が働いてしまうのです。

でも、最終的には、頑張った事は評価されず、病気になって「大丈夫?」というストロークは、本来欲しいものではないはずです。なので、やっぱり自分はダメだと落ち込んでしまうのです。

そこを変えるためには、ドライバーに気づき、そこに「許し」を与えてあげるという事なのです。

ドライバーが「一生懸命やれ」ならば、「一生懸命やったのなら楽しんでもいいんですよ」という許しです。
ドライバーはいつまでも一生懸命することしかできません。
「〜してもいいんですよ」という許しを自分に与えることです。
そこから少しずつの脚本の変化がおとずれるのです。

私も最大のテーマは、「許し」です。他者も自分も許すことです。
先ず、自分から「許し」を与えることで変わることができると思うのです。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

無意識の中の健康

2011-09-29 20:15:13 | 勉強会
交流分析士2級の試験ようやく終わりました。
といっても、最後までまとめていないのは、中途半端なので、書いておこうかな〜

前回は、拮抗禁止令の中の「ドライバー」について書きました。
「ドライバー」は、なんとなく自分の行動とか、考え方なんかで、思い当たるところがあるのではないかと思います。

禁止令は、何度も言いますが、無意識なので、自分でもわからないものです。
その禁止令を乗り越えたいためのドライバー…

たとえば、「健康であるな」の禁止令を持っている人が、ドライバーは、「一生懸命やれ」だったとします。

何事も駆り立てられるように一生懸命してしまう人が、遂には、病気になってしまう・・・よくあることのように思いますが、何か頑張り過ぎると病気になってしまう人は、禁止令に「健康であるな」が隠れているかもしれません。これは、無意識なので本当はわかりません。

実際、身体の内部、心臓や肝臓など、意識して動かしているわけではありませんよね。
これこそ、無意識です。
無意識で動いている内臓が、不具合もなく動いているとしたら、まさに感謝だと思います。
自分の身体は、無意識に、正常に働くように調整しているのです。

禁止令が、「健康であるな」であれば、無意識のうちに体調が悪くなるのは、当然のような気がします。

食についても、栄養、栄養と取り沙汰されていますが、本来は、粗食で十分健康でいられるそうです。
この飽食の時代、心に何か足りないものがあると食べ過ぎてしまうそうです。なんとなくわかるような気がしませんか。

ちょっとそれてしまいました。
最終的には、ドライバーに気づき、それをどのようしてよい脚本に書き換えるかの「ミニスクリプト」について書きたかったのですが…

次回にします…
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

自分を駆り立てる命令〜拮抗禁止令〜

2011-09-22 20:26:11 | 勉強会
試験間近になってしまったというのに、ブログにはまとめきっていないとは…

■拮抗(きっこう)禁止令…養育者の言語によるメッセージ

拮抗禁止令は、子どもが言葉を話すようになって(〜3才)、親からの命令を受け取って自分の自我状態にファイルしたものです。

親の命令といっても、ほとんどが危険を回避する命令や、しつけなどなので、多くは、肯定的な(良い)脚本に用いられます。(ここは親としてちょっと安心)

とはいえ、親も人間ですから、日々、聖人君子ではいられません。
ネガティブな感情からのメッセージを発していることもあります。

その中で、親からの否定的なメッセージを、繰り返し言われ続けると、子どもはなんとか親の気に入るようにしたいと思い、何が何でもそれをしなければというような、駆り立てられるような気持ちになります。

そして、大人になってもその駆り立てられる命令に従ってしまいます。
それが、ドライバーといわれるものです。

ドライバーは、「完全であれ」「他人を喜ばせろ」「一生懸命にやれ」「強くあれ」「急げ」の5つです。

これは、自分が身に付けた無意識の「禁止令」があまりにも苦しいので、それを乗り越えたいとの本人の欲求が隠れています。

ちなみに私は、めっちゃせっかちだったので「急げ」かと思いきや、よく考えて先生にシェアしていただいたら「他人を喜ばせろ」でした。
「急げ」は、多かれ少なかれ、皆、持っているものだそうです。
そういえば、「早くしなさい」は小さい頃、誰でも言われると思います。


自分のドライバーはどれでしょうか?
必要以上に駆り立てられるものがあったらそれが自分のドライバーです。

ドライバーは、禁止令が隠れています。
駆り立てるように行動しても禁止令がじゃまをして、結果うまくは働かないもののようです。

ドライバーを知るところから、禁止令に気づき、苦しい脚本を書き換えることが可能になるのです。
コメント (0) |  トラックバック (0) |