北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

東北大震災・津波災害復旧現場の現実

2017-06-15 23:56:56 | Weblog

 

 今日は北海道土木技術会の総会があり、総会後の講演会で仙台の深松建設の代表取締役社長である堀松努さんの東北大震災の復旧に関するお話を聞きました。

 新聞やテレビでは、暗い部分の話題はほとんど出てきませんが、復旧活動の中では写真にも写せず文章にもできないような辛く苦しい状況が山のように押し寄せてきた、と言います。

 そもそも人命救助や救援のために自衛隊が出動してきても、津波によって山のようながれきが道路を塞いでいては移動もできません。

 こうしたに山のように震災と津波後にすぐ道路のがれきを横に寄せる作業を道路啓開と言いますが、これができて初めて救援活動ができますが、その道路啓開を行うのは地元の建設業者です。

 多くの遺体も目に入りますし、心を痛めることも多く、作業を行った作業員の中にはその後にPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩む人も少なくないと言います。

 しかしそれでも誰かがやらないと前に進めないのが災害対応。消防団や青年団などの地域組織も数ありますが、大型機械を操って復旧の作業をできるのは建設業者しかいないのが現実です。

 実は震災前の仙台地方では地域の建設事業が減ってきていて、もうすぐ何社もが潰れてなくなるのではないか、という危機感が押し寄せてきていたのだそう。

 深松さんは、「本当に地域に建設業者がいなかったらどうなっていたか」と言いつつ、「東北での復旧は30兆円ですが、これが東南海津波だったら90兆円、首都直下型地震津波ならば230兆円が必要と言われています。本当に震災が起きた時への備えを考えて対応しておいてほしい」とも。

 震災で一番困ったことは数多くあったそうですが、なかでも燃料の不足にはほとほと困り果てた、と言います。

 機械があって人がいても、燃料がないとなにもできません。ガソリンスタンドには一般の市民が長蛇の列を作っていて、一応役所から優先的に燃料をもらえるお墨付きももらっていたのですが、「実際にはそういう長蛇の列に割り込んで燃料をもらうことができませんでした」と振り返ります。

 深松さんは、東北大震災から得られた教訓として、
①家族の一週間分の食料
②車の燃料は常に満タンに
③家族との待ち合わせ場所の確認
 …という三つを真剣に備えてほしいと言います。

 我が家でも水や食料や燃料の備蓄を改めて考えることにしました。


          ◆  


 最後に深松さんは、「それでも良いこともありました」と数少ない良い変化について話してくれました。

 それは、被災した若い子たちのなかに、あの災害から復旧復興を果たしたのが建設産業だという事を目の当たりにして、建設業に就職してくれたことでした。

「そういう活躍を目の当たりにした人の心には、我々の存在意義が強く残ります。地域に大事な産業として頑張りましょう!」

 いざと言う時にこそ、秘めた力が試されます。我々も防災意識を高めましょう。

 

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