北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。そんな話で日常に明るさを今は最北のマチ稚内からお届け中です。

外国人目線で考える~インバウンド観光を迎える心構えと実践とは

2016-10-01 22:46:38 | Weblog

 一応私も会員になっている造園学会北海道支部の支部大会に参加してきました。。

 午前の第一部の研究・調査・報告の時間では、札幌市での1,000㎡未満の狭小公園に関する研究報告がありました。札幌市では、公園の機能分担を進める観点から、地域と話し合いをしながら小さな公園では遊具等を撤去する動きがあります。
 
 しかしながら面積が狭小でも、日常的に利用が見込まれるケースもあるのではないか、特に自前の専用庭を持たない認可外保育園などでは外遊びの空間としての公園は大きな意味を持つと言います。

 かつて「児童公園」と言った250㎡ほどの小さな公園は、子供の数が少なくなって子供が遊ばなくなったことやお年寄りの利用も増えたということで、「街区公園」と名前を変えて、適切な配置計画が立てられています。 

 しかしここへきて、自動よりももっと低年齢のゼロ歳から2歳くらいまでの小さな子供たちの子育てにはもっと小さな公園が適しているのだそう。それは、面積が小さい公園は小学生が遊びに来ないので、小さな子供たちにとって安心な空間になること、また狭い方が行動範囲が限られるので保護者の目が行き届くので良いという利点もあるのだと。
 
 小さくても地域の公園が子育ての重要なスペースになっているというのは嬉しいものですね。
 
 

   ◆   ◆   ◆

 

 
 後半はテーマシンポジウムが開かれましたが、今年のテーマは「インバウンド観光と北海道の公園~外国人旅行者への対応と魅力ある管理運営」というものでした。

 パネリストに道内の国立公園や滝野公園を含む国営公園の管理をしている方たちも登場しましたが、興味深かったのは三人目に登場した鄭佳昇(てい・かしょう)さん。

 彼女は台湾出身で、北大で国立公園を研究するうちに北海道の自然に魅了され、今ではアジア諸国に北海道への個人旅行を紹介するための活動をされている方。外国人の視点で、北海道の観光対応の進め方に優れた感性と批評眼をもっています。

 まず、北海道には、四季がはっきりしている、というアジアの中では他では得られない魅力があると言います。中島公園の写真を紹介して、「市内でごく普通に紅葉が見られる都市なんて他にないんです、すごいんです」と大絶賛。

 それに乳製品、海産物、美味しい野菜など食の分野でも優れていて、これらは東京では食べられない質の高さがあること、また身近な公園があることも良いと言いますが、なかでも滝野すずらん丘陵公園は、冬は無料だし手近に雪と遊べるのが素晴らしいと言ってくれました。関わったものとしてはちょっと誇らしいです。

 …とまあ魅力には事欠かない北海道ですが、今のブームを継続しリピーターを増やすためにはまだまだ改善を図らなくてはならない点も多くあります。


 調査の結果、出発前に得た旅行情報源は、個人のブログが一番でした。それは利用者目線の細かい情報があってわかりやすい。また自分の国の親族の口コミも馬鹿にできません。

 日本滞在中ではやはりインターネットということになるので、WIFI環境はもう情報インフラとしての充実は急務です。

 そして情報を提供できるホームページは多言語のものの作成が重要でそのうえで、情報の質にも以下の注文をつけていました。

 ①外国人の目線から考えること
  →目的地までの具体的なアクセス情報や常識でもしっかり伝えること。なにしろ北海道の冬は4時半にはもう暗くなるということだって、我々には常識でも、外国からのお客様には初めての土地柄なのです。

 たとえば、日本ではトイレにペーパーを流すことは常識ですが、ただ「紙は流してください」と書いてもその背景情報がわからないと、そういう常識を持っていない外国人には混乱するばかり。「日本ではそういうシステムになっている」と念入りに書いてあげることで安心します。

 ②正確な情報、伝わる訳文に注意
  →外国人が読むと「???」となるような表現が平気で掲載されいて、しかも日本人にはチェックができないというのは始末が悪いですね。ネイティブのかたにしっかりと見てもらうことが大事。      

 ③定期的に更新して最新情報、リアルタイムの風景を提供すること
  →一晩でこんなに雪が降ります、という情報は貴重です。

 こうして聞いていると、当たり前のことのようですが、それが実践できていないという事もよくわかりますね。


   ◆   ◆   ◆


 鄭さんは看板や標識の多言語化という取り組みには消極的な感想をもっています。それは、狭い看板スペースにたくさんの文字情報を詰め込むことで結果として文字が小さくなってしまって読めなくなっていること。言葉で長々と書くよりも、万国共通で分かるような一枚のピクトグラムで簡潔に情報を伝える方を勧めます。

 また、過度なサービスはかえって日本の普通の暮らしぶりを表していないと感じているからだ、とも。外国で流行った映画のロケ地だからと言って、そこに外国語の看板を掲げてしまっては映画の中の風景でもなくなってしまいますし我々の日常の暮らしはそこにありません。

 日本人がローマを訪ねて、日本語で「コロッセウム」と書かれた看板で写真を撮りたいとは思わないでしょう。ここはやはりイタリア語の看板が欲しいですよね。

 だから一過性のブームになりがちな観光情報サービスを頑張ってするよりも、私たちが普段の暮らしを楽しむ姿を見てもらった方が良いのだと。

 そして真のおもてなしとは、相手の国もわからないのに外国語で声をかけるよりも日本語で「こんにちは」という事。そして頼られたときに嫌な顔をせずに親身になってあげること。そういう心細い外国で出会った誠実さは口コミによって、国の魅力として伝わってゆくのです。

 自然体の姿で良いところと、しっかりと情報発信に努めるという頑張るべきところにメリハリをつけた実践行動が必要なんだと強く思いました。

 大いに知的刺激を受けた一日でした。


   【看板は最高のコンテンツですね(笑)】

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"リューベ"とは面白い間違え方だなあ、と思った話

2016-09-30 23:46:46 | Weblog

 豊洲市場の問題がますます炎上しております。

 「盛り土をする」と言ったはずなのに、そのとおりにせず専門家会議の了承も取らずに、建物の下に"地下空間"を作ったのがけしからん、という論調ですし、そこから派生して、その地下空間にたまった水から有害物質が検出されたとか、そもそも当初の目論見よりも大幅に工事費がかかったのは利権問題なのではないか、とか問題点もどんどん広がってい(るように見え)ます。

 私個人としては、敷地全体を盛り土した方が下からの有害物質が上がってこないだろう、という有識者会議の意見は分かりますが、それはあくまでも有識者としてのアドバイスなので、最終責任は当局側にあり、最終判断と責任は都庁がとるべきだと思っています。

 普通こういう場合に意見を仰ぐ専門家会議と言うのは、あくまでも外部の視点でアドバイスをするけれど最終的に責任のない存在であって、時間のない中で細かい修正点などを逐一報告して『了承してもらう』という立場にはないわけです。

 最終的には『外部からの意見を踏まえて当局が判断し、それを議会がチェックする』ということしか意思決定の流れはないわけで、その前段に当局側としてできるだけ情報を公開したりより適切なやり方を模索する努力は欠かせないのですが、一方で判断を下すためには予算や時間、職員の労働力など様々な資源の制限があるわけで、そうした総合的な手続きが行われたものと思います。

 まあ、「最終責任者が誰かわからなかったことが問題だ」ということが新しい問題探しの矛先になることも考えられますが、冷静に考えるとこれくらいの建物の地下に空間があることはほぼ常識で、誰が決めようが特に悩んだ末の決断などではなかったのではないか、とも考えられます。

 実際、「豊洲地下空間、『作ったのは英知』 都の有識者会合で委員が絶賛に」という記事もあるくらい(http://news.livedoor.com/article/detail/12082352/)です。

 ここはひとつ、説明責任の巧拙やいつだれが何を言ったかといった検証は二の次にして、地下空間の存在が本当に悪さをするものなのかということや、土の下からの汚染物質の滲み出しに対してそれを防げないような諸悪の根源なのかを検証してほしいと思います。

 どうもその前段の事実確認や議会対応に時間を取られ過ぎて、本質的な問いと答えになかなか達しないのが残念に思います。マスコミの皆さんもぜひそこを検証してほしいものですね。


         ◆  


 さて、今日私が面白いと思ったのは、上記の「豊洲地下空間、『作ったのは英知』 都の有識者会合で委員が絶賛に」というネット記事の中の表現です。この中にこういうくだりがあります。

 『…そもそも盛り土が1リューベ(立法メートル)当たり1万円だとして、盛り土をすれば100万リューベ分の100億円のほか、さらに掘って地下ピットを作るのに75万リューベ75億円かかる計算になり、総額で175億円もの出費になってしまうとした。』

 この記者は(記事をチェックされる方も含めて)、"リューベ"という単位を知らなかったんだ、という驚きです。

 この"リューベ"とは、体積の単位で「立方メートル」を「立米(りゅうべい)」と言っているものをそのまま聞き書きをしたのだと思いますし、「立方メートル」を「立法メートル」と書いているあたりにも、勘違いをしているということを十分に伺わせる書き方になっています。

 知識って、言葉を正しく使うということは勿論ですが、その先には勉強した者だけがわかる、「語られないけれど常識になっている暗黙知の世界」があるものです。

 懐かしい民主党政権下での事業仕分けの際に、素人の委員が「あなたの説明が私にわからないのは、あなたの説明が悪いから」という論理を振りかざしていましたが、それに違和感を持ったのは私だけではないでしょう。

 その説明内容の是非は前提としたうえで高度な行政判断をしているのが各省庁の担当者の立場だったはずですが、前提まで含めて短時間で理解させたうえで判断の是非を問うというのは、説明者にとっては酷だなあ、と思ったのでした。

 

 記者会見の場で「リューベってなんですか?」と基本的なことを質問する記者がいたとしたら、それも何も知らない国民の代表としての質問なのでしょうか。

 この記事に怒ったり馬鹿にするつもりはありませんが、間違えるにしても面白い間違え方だなあと思ったので、自戒を込めて書き留めておこうと思います。何事によらず勉強って大切ですね。

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恐るべき老人の社会~これが己の行く道ぞ

2016-09-29 23:48:41 | Weblog

 

 八十代も半ばの両親から、地元での最近の老人会事情について教えてもらう機会がありました。

 両親曰く、一番困っていることは「人がいないんだよね」とのこと。団塊世代が高齢者の枠組みに入っていくことで老人としてのカウント数は増えているはずなのですが、「新しい人が老人会には入ってこないのさ」

「まあ僕も今の気持ちのまま65歳になったところで『まだ老人じゃない。老人扱いするな』、って言いたくなるだろうね」と言うと、「それもあるかもしれないけれど、じゃあいつ入るのさ。そういう人たちはもう入ってこないよ、きっと」と思っているのだと。

 しかも折角会員になってくれていても、会長とか事務局長などのいわゆる「役」をやろうという意欲のある人はいないのだそう。

「だからうちのお父さんなんかも四つの団体の会計をやってるんだよ。まあ本人も好きでやっているんだろうけど」

 すると父が「どこに(意訳:そうじゃないだろう)!代わりがいたらいつでも譲るけどいないんだもの」と不満そう。

 現役の各種の会合でも、いまや会長をやろうという人や事務局長の人材が不足していますが、それがそのまま高齢者の世界でも同じ現象になっています。

 現役時代だったら、大体どこかの組織に属していて何らかの役をやりながら歳をとっていくわけで、そういう訓練は受けているはずの人たちが、高齢者の団体には入りたくないというのでは統率が取れなくなってゆくことが心配です。

 そもそも現役時代に頂点を極めたところで、高齢者の会ではまた新人から始めて階段を一段ずつ昇っていくわけで、まどろっこしいということもあるでしょう。

 高齢者が増えていく中で、その会の運営がうまくいかなくなるというのは、地域社会の紐帯がいよいよ薄れていくのかもしれません。


          ◆  


 私が属しているある会でも、事務局長は68歳。次を託せるなり手が見当たらなくて苦労しています。

「小松さん、あとはあなたに頼みたいんだけどね」
「いえいえ、私はまだ半分現役ですからねえ」

「わかった、あと二年は待つけど、俺も70歳になったら降ろさせてもらいたいよ」

 そんな事務局長ですが、「事務局長として苦労していることは何ですか?」と訊いてみたところ、「まあ年寄りはわがままだよね(笑)」という答えが返ってきました。

 歳をとると誰しも、特に男は頑固になっていきますが、それが一番の苦労の種なんだと。

「子供みたいな妬みや恨みの感情もあるし、ひと言謝ればいいのにそれができないとかね。まあ何を提案しても批判がましいのもいるしね。なんで俺もこんな役についちゃったかねえ(苦笑)」

 歳を取って好々爺になる人なんて限られているのかもしれません。ちょっとした人格の至らなさや歪みは年年歳歳強くなるばかり。

 せいぜい今は"これが己の行く道ぞ"と思って、反面教師にしなくては、と思っています。

 未来を明るくするか暗くするかは自分次第ですね。

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日ハムファイターズ、シーズン優勝おめでとう!

2016-09-28 23:03:37 | Weblog

 

 今日はやっぱり北海道日本ハムファイターズのパ・リーグ制覇でしょう!

 菊池雄星と大谷翔平の息詰まる投手戦からレアードの一発。その後は大谷投手の火の出るような投球が回を追うごとにいよいよ調子を上げ、神懸って来ました。

 それでもすんなりと行かないのが日ハム劇場。ランナーを出し、もしもホームランが出たりするとサヨナラという場面に。

 同時刻でのソフトバンク対ロッテ戦は、激しい点の取り合いながらソフトバンクが優位に試合を進めています。どうやらソフトバンクの負けは期待できないので、何としても勝たなくては次の試合には逆に精神的に追い込まれてしまいかねません。

 最後に打たれた打球がレフトめがけて飛んだ時は、ホームランかと心臓が止まりそうになりましたが、最後は失速してレフト西川のグローブにすっぽり。

 最大11.5ゲーム差からの大逆転優勝とは立派です。

 栗山監督のインタビューで、「ファイターズの選手たちは北海道の誇りです!」とは泣かせます。

 なんだか夢みたいですが、おめでとう!

 さあ後はクライマックス・シリーズ、そして目指せ日本一!

 

※画像はBS1より

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そうか、狸小路の昭和がまた一つ消えますか

2016-09-27 23:29:31 | Weblog

 

 札幌の中心部、狸小路南三条西9丁目にある「五條釣具店」さんが今月いっぱいで閉店するのだそう。

 そのため在庫一掃セールで、全品半額、竹竿は6割引きだというので、先日行ってきました。

「もういいところはほとんど売れてしまいましたよ(笑)」と笑う年配のご店主。移転して今の場所で商売を続けてきましたが、お店を始めて八十年になるとのこと。

 道具類も昭和の名残を留めるような骨董品のようなものも多く、藤のツルで作ったようなタモ網だとか、特に竹竿などは見る人が見るとよだれが出るような道具類も多そうです。フライの材料なども置いていて「ああ、うちのフライ関係は十年前に仕入れをやめたので、その時からのものですのでそれでよければお買い求めください」とのこと。

 各種の仕掛けや釣り道具、フライの材料などをポンポンとカゴに入れていたら(半額なのに)8千円近い支払いの買い物になってしまいました。

 さすがにこういう場所では商売にならないのかな、と思いながら、「どうして閉店になるのですか?」と訊いてみることに。すると答えは、「健康ですね。体力と体重がここのところ急に落ちて、お医者さんもどんな薬が効くかわからないという感じです。八十歳くらいまではできるかな、と思っていたけれど、目標よりは二年早かったね」

 こちらのお店は鮎釣り関係の仕掛けや道具類が充実していて、アユ釣りファンからは親しまれてきたのですが、閉店とは寂しい限りです。

 いつも帰りに自転車で通るたびに古き良き狸小路の趣を残しているなあ、と思っていた店構えでしたが、また一つ昭和が消えてゆきます。

 もう残っている品も少ないですが、今月末の9月30日に閉店です。お疲れ様でした。

 

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の、脳漏れ!?

2016-09-26 22:32:11 | Weblog

 

 助手席に妻を載せてドライブをしていたら、突然妻が「ヒュ~♪」と素っ頓狂な声を発しました。

 思わず「え?なに?」と訊くと、「いや、いまかかっていたポップスの曲にそういう伴奏があって面白いな、と思って」と言う。

「いやいやいや、そういうことは思っても口に出さないんじゃないか?思う事がすぐ口に出ちゃうのってどうなの?(笑)」
「あ…、そうね、アハハ、なんでだろう?」「なんだよー、あははは」

 どうやら全く周囲の状況に関係なく頭に浮かんだことが口に出てしまったようで、二人して大笑いしました。

 しかしこれって、脳が思ったことが我慢できずにちょろっと漏れてしまったようで、おしっこを我慢できずに漏らしてしまったのと似ていないでしょうか。

 脳の意識と言う筋肉が緩むとついちょろっと出てしまう。歳を取って言わなくても良いような不平や不満をぶつぶつ言っているお年寄りを見ることがありますが、あれも意識の筋肉が緩んでしまって我慢ができないのと似ているような気がします。

「尿漏れ」って言いますが、「脳漏れ」もあるのでしょうか。意識の筋肉を鍛えて言わなくても良いことは口にしないように訓練したいものです。

 口から出る言葉にオムツはないからちょっと怖いなあ(笑)。 

 

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地域SNSの誕生と終焉

2016-09-25 23:22:09 | Weblog

 

 約十年前に始まった北海道内の地域SNS「どっとねっと」というところに参加しています。

 人口減少を迎える社会の中で、地域SNSを通じた繋がりの形成はどのような貢献ができるのか、といったことを試すための実験サイトとして運用をしてきたものでした。

 この夏ごろに、「そろそろこのSNSも役割を終えたと思うので、この辺で一区切りつけることにしたく、この十年を振り返る座談会をしたいので出席してくださいね」という連絡を受けました。

 そしてその座談会が今日開かれたのですが参加者は9名。最盛期には500名ほどの登録者がいて、月間で6万以上の投稿があったのですが、最近では月間で4,500ほどとピーク時の7%ほどに減少していたとのこと。

 草創期から管理人を務めてくださっていたKさんは、「最後にはスタート時点に集まってくださった皆さんが残ったような形ですね」と感想を述べてくれました。

 十年前の時期と言うのは、全国的に地域SNSが立ち上がり、地域内のコミュニケーションを高める手段として大いにもてはやされたころでした。

 多くの自治体も予算を出したりして大いに支援をしてくれたのですが、そのうちにいわゆる「荒らし」にあったりして自然消滅をしたサイトも多く、十年も続いたというのは結構長続きをした部類に思えます。

 管理人のKさんからは「登録者が500人を超えると『荒らし』が出やすくなるので、システム更新を機会に再登録をお願いするなどして工夫しました。しかしそれでもやはり登場した『荒らし』には退場していただくまで結構苦労させられました(笑)」という裏話も紹介されて、こういう場の運営のご苦労が察せられました。

 参加者からは、「サロベツに住んでいるけれど、地元の情報発信をできる場として活用できたし、他の人からの情報は大いに勉強になった。病気の時なども心配してくれて励みになりました」という声や、酪農家からは「牛だけを相手にしていたけれど、それを『いいね』と言ってくれる人がいて嬉しくなった」などという経験談が語られました。

 私としても、これがなければ絶対に会えなかった人たちと友達でいられるよいきっかけになりました。


          ◆ 


 ただどうしても限界もあったように思え、私としては三つの理由が頭に浮かびます。

①繋がりを広げ、それを維持するためのモチベーションを維持することの難しさ。
 →オフ会で顔を合わせた人たち同士は親密になりましたが、知らないグループへ入ることは難しかったように思います。

②団体のCSR的な支援では、全世界的なSNSほどの機動力や変化をビジネスとして自動的に支えきれなかったこと。
 →広告ビジネスにつながるビジネスモデルは規模のメリットがものをいうので、地域を相手にした少人数ではそこが見いだせなかったでしょう。

③フェイスブックなどの大手のサイトでは、クローズドグループで代替ができるようになり、独自で管理することのメリットが薄れたこと。


 結局、人々がネットでつながっているというのは喜ばしいことなのですが、それを煩わしくなく、手間をかけないという要素も案外重要なことだったのかもしれません。

 このサイト、今後はフェイスブックのクローズドグループに置き換えて、繋がりを継続することにしています。自分の経験していないことを教えてくれる誠実な友人の存在は貴重です。

 これからも細々とつながっていたいものです。

   

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ここから差がつく残りの人生

2016-09-24 23:45:45 | Weblog

 

 高校時代の同学年が集まって、身内だけの同窓会をやりました。

 私たちの高校時代は45人学級が10あって全部で450人。その人たち全員に送るような正規の同窓会ではなく、思いついて言い出したM君を中心に、ネットでつながった人たちだけの集まり。

 今やネット時代ですが、ネットでつながった友達がまたネットや年賀状、携帯を頼りに広げたネットワークの結果が22人。

 まあ札幌で開催なので、遠くから参加してくれたのはせいぜい旭川からの3人くらいで、あとは札幌在住者が中心です。

 昔仲の良かった友達に、「あなた幾つになった?」と訊いて、「あ、全員同い年だよな、あはは」と爆笑。でも見た目は普段の節制や病気のあるなしなどでずいぶん差が出てくる年頃です。気を付けないとなー。


          ◆ 

 
 正確には、今年は卒業39年目の秋ということで、「高校卒業40年目の同窓会を来年やることでいいかな?」という幹事の問いには全員が賛成で、来年もまた拡大バージョンで声掛けをすることに決まりました。

 早速、「今いる仲間だけでも繋がっておこうよ」ということで、電話番号の交換とLINEでの登録を始めました。しかし「おい、電話番号を登録したのに友達に出てこないよ!?」とか、「ふるふるってどうやるの?」などの声。しかもまだスマホではなくガラケーの持ち主も多く、お互いのつながり方に不安を残す結果となりました。大丈夫かな?


          ◆  


 あと60歳を目の前にして人による差が大きいように思えたのは「友達の数」でした。

 私などは釣り、蕎麦、アウトドア、まちづくりなどでそれぞれ多くの友人、知人がいますが、案外仕事にかまけて遊びや仕事以外の活動での友人を増やす努力をしていない人が結構多いのです。

「現役を引退したら何か始めようと思っているんだ」という友もいて、「それじゃ遅いよ!」と言ったのですが、さてさて、今からライフスタイルを変えられるかどうか。

 昨日と違う一日を過ごすには努力が必要です。さて、「三日会わざれば括目して見る」べき自分になるよう努力しましょう。

 

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そこは自信があったのに

2016-09-23 22:46:18 | Weblog

 近くのカーショップへ車のオイル交換に行ってきました。

 オイル交換は何事もなく終わったのですが、先日「最近セルフのガソリンスタンドが増えたことでタイヤ点検がおろそかになりパンクが増えている」という記事を読んだばかりだったので、ついでにタイヤの点検をお願いしました。

【パンク救援、最多36万件 セルフGSで点検減り】毎日新聞
 http://bit.ly/2csZtWF

 すべての点検を終えて車を引き渡してくれる時に、ピットのお兄さんの顔が曇っています。

「オイル交換とエレメント交換はしっかりやりました。ところでタイヤなんですが片減りしていてちょっと危ない感じなんです。早急な交換をお勧めしますが…」

「ええ?いつもちょっと高めに入れているくらいなんですが」

 私の車のタイヤの適正空気圧は運転手側のドアを開けたところに書かれていますが、230kpaという値。普段は250くらい入れてちょっと固めな感じで運転しているのです。

「ではちょっとチェックしてみましょう…。うーん、お客様、200しか入っていませんね。しかも四本ともそれくらいですが。いつごろ点検されましたか?」

「……、そういわれると春先のタイヤ交換をしたときかなあ」
「一か月に一度くらいやっていただいたほうがよいのですが」

 車の自己点検にはある程度自信を持っていたのでちょっとショックでした。

 皆さんもタイヤの点検にはお気を付けくださいね。

 

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お墓参りには風で消えないローソクを~ローソクの進化形だ

2016-09-22 23:36:32 | Weblog

 お彼岸という事で孫を連れてお墓参りに行ってきました。

 途中のスーパーでお花とお菓子、それに墓参用の「ローソクとお線香とマッチのセット」を買い求めて、お墓のある霊園へと向かいました。

 お墓をきれいにして花を飾りお供え物を並べていると、ちょっと風が強くなってきました。

 お隣のお墓を見ると風からローソクの炎を守るガラス製の筒が備わっていて、(これがないとうちのローソクの火はすぐに消えてしまうなあ)とちょっとブルーな気持ちに。

 で、「墓参セット」の包みを開いてみると、「屋外用安全ローソク」と書かれていて、なんだか炎が大きいイラストが描かれています。

 よく読むと、「松明型のローソク」というもので、ローソクの芯が細い一本の糸ではなく、筒状になっていて火が付く面積が糸の芯よりも格段に太いとのこと。

 実際に火をつけてみると、確かにちょっとくらいの風では炎が消えることはありません。とはいえ、風になびくとなびいた方のローソクがすごい勢いで溶ける、という感じ。

 でもローソクの火でお線香に火をつけるのには十分な火力と燃焼時間が確保できますし、ロウの消費が多ければ売り上げにもつながる一石二鳥ですね。

 屋外の墓参りで火が消えるということは墓参りの定番な悩みでしたが、こういう形でその悩みを消したカメヤマローソクのアイディアは立派。このような企業の改善活動が社会を支え、新しい経済を生み出すのだな、と感心しました。

 ローソクなんてどれも同じなんて言わずに、こういう改善の精神を買ってあげてほしいと思いました。たいしたものです。


【カメヤマローソク お墓参り用品】
 http://bit.ly/2cFHCYj 

 

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