北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。そんな話で日常に明るさを今は最北のマチ稚内からお届け中です。

社会人のリベラルアーツ~自分なりの世界観を持とう

2016-06-30 23:30:14 | Weblog

 

『本物の知性を磨く 社会人のリベラルアーツ』(祥伝社 麻生川静男著)を読みました。

 著者の言う"リベラルアーツ"とは、漠然とした『教養』ということではなくて、 『世界各地の文化のコアをしっかりつかみ、そのうえで自分なりのしっかりした確固とした世界観と人生観を身に着けること』だといいます。

 日本人と西洋人、他のアジアの国々はいったい何が違うのか。そもそもの歴史的背景や価値観、ものの考え方を知らないままではグローバル化する国際社会で生きていくのは難しい。
 
 そうした広い視野と知識を持ちつつ、自らの考えを自分の言葉で語れる力が必要です。

           ◆   

 モノづくりに関する日本人と西洋人の考え方の違いが面白いエピソードでした。「日本人はモノづくりが得意」と言われますが、本当にそうでしょうか。


 江戸末期に日本を訪れて日本の歴史を大きく変えたペリー提督。彼は日本と沖縄を訪問し、帰国後は米国議会に詳細なレポートを提出し、その中で日本という国の特性を極めて鋭く看破しています。

 その強みをして曰く、「実際的及び機械的技術において日本人は非常な巧緻を示している。そして彼らの道具の祖町さ、機械に対する知識の不完全を考慮するとき、彼らの主工場の技術の完全なことはすばらしいもののようである。日本の手工業者は世界におけるいかなる手工業者にも劣らず練達であって、人民の発明力をもっと自由に発達させるならば日本人は最も成功している"工業国民"にいつまでも劣ってはいないことだろう」(p119)
 
 そして同時に弱みとしては、「すべてのアメリカ人は、木造の家屋を建築する際に日本の大工達が示した熟練した技術すなわち整理の巧みさ、接合の滑らかな仕上げ、床張りの整然さ…を嘆賞した。(しかし)家屋や公共建築物全体の設計は、構造の細部の仕上げよりもはなはだ劣っていた」(同)

 つまり日本人は細部を徹底的にパーフェクトに磨き上げるのは得意であるが、奇抜なアイデアを実現したり、複雑な物事を扱うのが極めて苦手であるのだ、と。


 さらに、西洋人と比べた時に、日本人が得意だというモノづくりには民族独特の道具に対する関わり方の違いが見えてきます。そして著者はそれを「日本人はアナログ的で、西洋人はデジタル的だ」と表現します。 

 アナログ的とは、道具をフレキシブルに柔軟に使いこなして目的を果たすのが得意ということで、デジタル的とは、柔軟性がないが単一目的を簡単に果たすことが得意ということ。

 その代表的な例が日本の柄杓(ひしゃく)と西洋のじょうろです。日本人は道路に水を均等にまくためには柄杓を上手に使いこなさないといけません。そしてそれには練習を重ねた練達の技が必要です。

 つまりこのことから、『西洋文化の根底には道具に技巧をビルトインさせる発想があり、日本文化の根底には、各人が修行を通して技巧を個別に取得する発想がある』というのです。

 
 この指摘は私の趣味の蕎麦打ちと西洋のパスタづくりに極めてよく現れています。

 蕎麦打ちによる麺は、は綿棒と包丁と駒板と呼ばれる道具で蕎麦生地を薄く伸して細く切ることで作られますが、パスタは粉をこねて玉にした後はパスタマシンのローラーで薄く伸して、パスタマシンのカッターで同じ幅に切られます。
 麺を薄く均等の幅に切ることに習熟する要素はほとんどありません。これが日本人的な感が肩と西洋的な考え方の違いとして実にわかりやすいではありませんか。


 このエピソードを通じて著者は、「日本人は科学の国ではなくて技術の国だ」と言い、その技術も実利よりは趣味的、職人的なのだ、と。そしてだから抽象化や理論化にはほとんど興味を示さず、自分たちの役に立つところでとどまってそこから先には興味を失うところがある、とも。

 
 日本人は世界を変えるような発明は苦手かもしれないけれど、発明されたものを職人的気質でより便利でより良いものに改造する力があります。それが日本人の得意技として生きるという道はありそう。

 自分たちの強みと弱み、そして世界との違いを考え続けることもリベラルアーツ。多様な視点を持つって大事ですね。

 

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自転車で体に変化が

2016-06-29 23:44:11 | Weblog

 気温の低かった初夏を過ぎて、札幌もようやく暖かく、いや暑くなってきました。それならと先週から自転車のメンテナンスを行って、自転車通勤を始めました。

 夜に飲み会のない日と雨の降らない日限定なので毎日というわけには行きませんが、早朝から自転車で走るのは爽快です。

 長くちゃんとショップに持ち込んでのメンテナンスをしていなかったので、タイヤチューブが劣化していたのと、変速機やワイヤーに微妙なズレが生じていたのです。プロに見てもらうとさすがにしっくりくるようになりました。餅は餅屋ですね。

 通勤距離は片道で約5キロの道のり。行きは下りで帰りは上りなので往復では少し時間差がありますが、それでも朝で22分、帰りで25分ほどで行き来ができて、運動不足気味の私にとってはちょうどよい運動量。朝はバスレーンもあるのでタクシーさえ気を付ければ割と楽にレーンを走れます。

 そのおかげか体にも変化が出てきました。今まではずっと体脂肪率が16%を切れずにいたのが、ここのところは15%台に下がっています。また足や腕にも筋肉が充実してきました。

 程よい運動って大事ですがわざわざ時間とお金をかけてジムに行くよりは、早朝の清々しい空気の中を自転車で走る方が気持ちが良いものです。

 そうそう、自転車保険にも入っておかないといけませんね。近々手続きをして来ようと思います。

 

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必要だからやるのです~ローマ人のインフラ整備

2016-06-28 22:56:50 | Weblog

 

 一つの時代を築いたローマ帝国とローマ人を鮮やかに描き出した塩野七海さんの『ローマ人の物語』。

 単行本では全15巻に及ぶ大部ですが、ひときわ異彩を放っているのが『すべての道はローマに通ず』というタイトルのつけられた第十巻です。

 それまでがローマ帝国の歴史とそれを作り上げたそれぞれの時代の人に注目して書かれているのに対して、この巻だけはローマ人のインフラ作りに焦点があてられて書かれているのです。

 注目されたインフラ対象は、ハードなインフラとしての道路(ローマ街道)、橋、水道、そしてソフトなインフラとしての医療と教育で、それらについてあくまでも合理的な思考をするローマ人の視点で描かれています。

 ただはじめのうち、塩野さんはインフラについて書こうか書くまいかを迷っていた時期があったのだそう。そしてそれがふっきれたのは『将来の首相候補と目された政治家との対話だった』と書かれています。

 その政治家は、「総理になったら何をすべきだと思うか」と塩野さんに問いかけ、塩野さんは即座に「これまでにない抜本的で画期的な税制改革をおいてほかにはない」と答えました。
 すると相手は「税の話では夢がない」と言い、即座に塩野さんはこう言い返したのだと。

「夢とかゆとりとかは各人各様のものであって、政策化には欠かせない客観的基準は存在しない。政治家や官僚が、リードするたぐいの問題ではないのです。政治家や官僚の仕事は、国民一人一人が各人各様の夢やゆとりを持てるような、基盤を整えることにあると思います」(p19)

 このエピソードによって塩野さんは、古代に生きたローマ人が「公と私」をどのように区別していたのかを問い、その答えは『人間らしい生活を送るためには必要な大事業』と定義していた彼らのインフラを取り上げることで得られるのではないか、と考え、この巻を書き上げる気持ちになったのだと。

 おかげで今日の私たちは、インフラに対して極めて冷静で合理的な考えを持ったローマ人の思想哲学に触れることができるようになりました。政治家って誰だったんでしょうねえ。

            ◆ 
 
 ローマ人は彼らの帝国時代を通じて8万キロに及ぶ街道を整備しました。

 彼らは征服した土地に軍隊を常駐させずにいざ何かがあれば街道を使って軍隊を早急に派遣するという手法を選び、そのためには高速で移動できるインフラが絶対的に必要だったからです。

 そしてその街道があるために街道沿いの市民たちの利便も向上してゆくこととなり、ローマ帝国にとっての街道、道は『経済力があるからやるのではなく、インフラを重要だからやるのだということを示している』と塩野さんは書いています。(p34)


 別なところで塩野さんは、かつてのローマ街道の一つであるアッピア街道が復元された様子に憤慨しています。
 
 それは、街道が現代人にも利用されねばならないという考えが入り込んだことで、往時の姿をとどめない遊園地のようになってしまった、からでした。

 復元がせめて一部分だけでもローマ時代のようになされていれば、『敷石のふちが丸くすり減っているのは、ローマ帝国が衰退し始めて以降の長い間のメンテナンスの欠如ゆえということもわかるだろう』と塩野さんは言います。

 そして『メンテナンスの欠如とは、それを担当していた組織が機能しなくなるから生ずる現象であり、国家が機能しなくなるということは個人にも影響を与えずにはすまない、ということにも、想いを馳せるようになるだろう」とも。(p41)

 作ったものをメンテナンスするのは社会(=その時代の国家)の仕事であるとローマ人は当たり前に考えていました。現代日本が、お金を使うことが果実を生む先への投資であるべきという考え方にとらわれ過ぎてはいないか、という警鐘にも思えます。

 「ローマ人の物語 第十巻 すべての道はローマに通ず」はインフラに関わる者にとっての必読本です。
 

 ※過去に読後のレビューを書いたつもりでいましたが、調べてみたら書いていなかったようでした。ふーむ。

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石を投げ返すな

2016-06-27 23:49:54 | Weblog

 

 ある知人と話をしていて、「昔ある施設の整備事業に関連してその測量をするアルバイトをしたことがあったんです」という話を聞かされました。

 その事業には反対運動があって、反対派の人たちが集団になって事業をやらせまいとしてなかなか苛烈な抵抗をしていたのだそうで、なかには石を投げてくる人もいたんだとか。

「石を投げるってかなり乱暴ですね。石にあたる人もいたんですか」
「ええいましたよ。小松さん、戦争もそうだけど、当てようと思って銃を撃つなんてシーンは映画の中だけで、現実にはほとんどないんです。ただやみくもに打つ流れ弾に当たってケガをしたり死ぬ人は多いですが、そのためには何万発の弾を打つことか。戦争は効率が悪いんです」
「へえ、それは知りませんでした」

「投石も、当てようという石よりもただ投げられた石に当たってケガをする人はいました。もっとも、ヘルメットをかぶって綿の入った防護服を着て身を守っていました。でもマスコミは反対運動にシンパシーがあるようで、そういう話は一切書かれませんでしたね」
「うーん、大変でしたね」

「当時のアルバイトって一日働いて二千円くらいだったんですが、まあそういう危険性もあって、バイト代はその3~4倍はもらえました。でもそれには条件があったんです」
「条件って何ですか?」

「それは絶対にやり返さないってことですよ。いくら石を投げられても、こちらから石を投げ返さないこと。もしそれに我慢ができなくなって石を投げ返したりやり返したりしたら、それはマスコミの格好のネタになって事業にマイナスの影響を与えたことでしょう。じっと我慢をする。何かをしようと思えば、やり返すことは無益です。我慢、それだけなんです」

 なるほど、政治の世界でも野党は批判をし与党は耐えるというイメージがあります。実行者の側は批判に耐えるのが仕事でもあるようです。


          ◆ 


 そこで話は舛添都知事のふるまいに移ってゆきました。

 その方は、「舛添都知事もふるまいを間違えましたね。最初の公用車で別荘へ行ったと批判されたのが事の発端でしたが、あの瞬間に『そうですね、やりすぎましたね。ご批判を甘んじて受けて、今後はやめるようにします』と言えばよかったんです」
「なるほど、それなのに『公用車での移動はルールに従っていて問題ない』とか、『別荘への滞在は頭を整理できるので都民のためになっている』などと反論をした。それはあたかも"石を投げ返した"ようなものだったんですね」

「そう、まさにそうなんです。彼の性格からしてマスコミからの攻撃に耐えられなかったんでしょうけど、やり返したのがまずかったと私は思っています」


 『やられても石を投げ返すな』というのは面白い処世術ですが、要は忍耐ということでしょうか。

 大人なら身に着けておくべき素養ともいえるでしょうか。

 

 

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グレートフィッシング然別湖、北海道はグレートだ!

2016-06-26 23:36:44 | Weblog

 三度目の挑戦となる、『然別湖グレートフィッシング』。

 昨年は参加しませんでしたが、三年前と二年前に参加しいずれもボウズ(釣果なし)というお恥ずかしい伝説を継続中の私。

 おまけに前回の二年前は妻が20センチのミヤベイワナ(然別湖での固有亜種、天然記念物)を釣っているので妻にも完全に負けているのです。果たして今日こそリベンジなるか。


          ◆ 


 昨夜はひどい雨が降っておまけに寒く、外での食事はできなかった、というような悪天候だったようですが、今日の然別湖は早朝からなんとか雨が上がり霧も晴れてきました。

 気温はやはり低いものの、湖面はほぼ凪いでいてなんとか釣りにはなりそうな予感がします。

 手漕ぎボートに二名ずつが乗船して、まずはカルガモのようにエンジンボートで対岸まで連れて行ってもらい、そこであとは自由行動開始。岸から釣るも良し、ボートで好きな場所へ移動して釣るも良し。そこから先はそれぞれの釣りの実力が試されます。

 リバーキーパーの田畑さんによると、「ここのところミヤベイワナを釣っている人を見ていると、シンキングライン27ftをフルに繰り出して、船の後ろに流しながらゆっくり移動する"ハーリング"で釣っています。水温が冷たいので上に上がってこなくてかなり下にいるようなので、できるだけフライが低い位置になるようにしたほうが良いです」という話。

 こちらはそこまでのラインシステムを持ってきていなかったため、とりあえずフローティングラインに8ftのシンキングリーダーをつけていくらかを沈めながらのハーリング。

 あとはマーカーをつけてフライを沈めるルースニングという、要は浮き釣りで挑戦。しかし湖の端っこを走らせても真ん中へ出てきても一向にアタリはありません。

(今年もダメかなー…)と弱気になりながら、釣る位置を変えようと船を早めに移動していたところ、船に乗せてあった竿が後ろへガタン!と引っ張られました。危うく船から落とすところだったのを妻に押さえてもらいましたが、なんと魚がハーリングのフライにかかった模様。

 慌ててオールを釣り竿に持ち替えて釣り上げると、25センチほどのニジマスでした。これが私の然別湖初釣果。皆さん簡単に釣り上げているようですが、ここまでの道のりは長かった。

 しかし釣り上げたとはいえ、狙ったわけではないし勝手にかかってくれたようでもあるので、自分の腕ではありません。


 気を取り直して岸辺へ寄ってみると、木の下で魚がライズしているのでこれは期待が大。
 
 システムをドライフライに変えてポイントへ投げ入れること十数回。バシャッ!と大きなヒットがあって、慎重に手繰り寄せると今度は30センチのニジマスでした!

 やっとのことでほんとに然別湖でのボウズ解消です。とりあえず良かったー。

         ◆ 

 ちょうど昼食の時間になって、集合場所では然別湖のスタッフがサンドイッチを用意してくれています。

「どうでした?」ともう食事も終わった仲間たちに声を掛けられて、「ボウズ脱出!でもニジマス二匹しか釣れてません」というと、「え?釣れた?どこどこ?」と周りはざわつきはじめます。

「え?あの湾の陰で結構ライズしているよ」というと、仲間たちは食後のコーヒーもそこそこにボートに分乗してその湾目指してどんどん出発し始めました。どうやら皆あまり芳しい釣りではなかったようです。

 我々夫婦も昼食後は再度連れた場所周辺へ戻り、残りの時間にさらに挑戦を重ねました。

 私はもう二匹釣り上げたので、妻に釣らせようとポイント近くで船を操作し、「あのあたりに投げてみたら」とアドバイス。

 妻はキャストの仕方を思い出すのに苦労しながら、繰り返しポイントを狙い、ダメなら場所を変えながらというチャレンジ三十分。

 12センチほどのミヤベイワナがフライに食いつき、見事にゲット。うむー、私はまだミヤベイワナを釣ってないのにー。

 多少のうらやましさを覚えつつ、さらに妻にやらせていると…、おお、今度はもっと大きな魚がフライにヒット!手繰り寄せてみると、背中にオレンジの斑点が見事。今度の魚は30センチのミヤベイワナでした!これは立派です!

 なんと今回も逆転で妻に負けてしまいましたが、それでもなんとかニジマスを相手にボウズと脱出したのと、30センチ級のミヤベイワナを拝むことができたので良しとします。しかし来年こそは私自身がミヤベイワナを釣るぞ!

        ◆ 


 遠くは静岡、東京からも参加した今回の然別湖グレートフィッシング。然別湖のスタッフの皆さんにお礼を言い、仲間たちと再会を誓い合って現地でお別れをしました。

 また来年も然別湖で会いましょう。北海道はグレートです。

 

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貸自転車ポロクルの鍵の問題

2016-06-24 22:35:39 | Weblog

 

 お昼のニュースでイギリスの国民投票でEU離脱派が勝ったという報道が流れて相当ショック。

 最後は良識的に判断するのではないかと楽観的に考えていたところがあったのですが、イギリス国民の現状への不満は相当なものだということを改めて感じました。

 EU域内各国のドミノ的な離脱も心配ですし、世界経済に与える影響は大きいでしょうね。しかしこれが改めて国家の復権だ、という意見もある模様。はー、どうなるんでしょうねえ。


          ◆  


 職場では、札幌市内のレンタサイクルシステムの「ポロクル」と契約をしています。おかげで市内の移動はレンタサイクルでほいほいと移動ができて時間の節約と交通費の節約が果たせています。

 今日も自転車を借りて移動をしたのですが、途中でちょっと立ち寄りたいところがあって、カギをかけることに。

 ポロクルのカギは、四ケタの数字を合わせるチェーン錠が自転車に備わっていますが、(あれ?カギの番号はなんなんだ?)。カギはあるものの番号がわかりません。(どこかに書いてあったかなあ?)

 立ち寄り先に着いてから、自転車に書かれているサポートセンターへ電話をして、「カギの番号がわからないのですが」と言うと、電話口に出た男性は、「では自転車の番号を教えてください」と訊いてきました。

「2××番です」
「わかりました。では口頭で申し上げますね。番号は■▽◇○です」

 自転車は全部出入庫はネットで管理されているので、実際に出庫されているかどうかがわかるのです。

 カギの番号はネットでも見られるようですが、そちらはシステムへの案内がよくわかりませんでした。

 でもこのシステム、もし私が自転車の借主ではなくてカギのかかっている自転車を前にした他人だったら盗めてしまうかもしれないな、とちょっと不安になりました。

 本当の借主かどうかを貸出カード番号などでチェックしないといけませんね。便利さというコインの裏側にあるリスクを管理することに気を使わないといけない時代です。

 

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車に良くて自転車には悪い?~ランブルストリップスってなに?

2016-06-23 22:28:34 | Weblog

 四十代後半の後輩と飲んでいて、「そろそろ趣味も絞り込まないといけないね」という話をしました。

 するとその後輩は、「もう僕の世代でも趣味を絞り込んでいる人がいますよ。小松さんも知っているIさんは、ルアー釣りをもう諦めたといって、釣り竿を一本だけ残して後は処分したそうです」と言う。

「ああそうか、釣りを真っ先にやめるとは残念だなあ」
「そうですか、そのIさんが今ハマっているのが自転車なんです。僕ももう何年も自転車に乗っていますが、ここへきて自転車に乗る人は仲間内でも増えているって実感しています」

「そうか。自転車だったら道路舗装面の悪いところが気にならないかい?僕は今舗装関係の仕事をしているので、路面が悪いと思ったらそういうことを情報発信してほしいね」
「なるほど、そうですか。これからはなお一層そういう目で見てみます。確かに下り道路などでスピードを出して路面がガタガタだったり粉々だったりしたら恐怖ですもんね」

 舗装面が傷んでいても自動車だったらさほど影響がない、と思う人も多いかもしれませんが、騒音や振動が拡大し、物流でも観光でもドライバーの心理面でも次第に我慢の限界が近づいています。

 最近は補修する量よりも傷む量の方が多く、早く計画的な修繕への道筋をつけないと、修繕できる量が傷む量に追い付かず永遠に道路が傷んで行く時代になるのではないかと心配されています。困ったものです。

          ◆ 

 自転車などは特に心配だと思ったら、それに加えてこんなことを言われました。

「小松さんは、ランブルストリップスってご存知ですよね」
「当然だよ。道路のセンターライン上に凹凸をつけて、運転の際に線をはみ出すとタイヤがガタガタいってドライバーに気づかせる道路整備工法だね。北海道ではセンターラインをはみ出して正面衝突をして死亡事故に至ることが多いことから、センターラインをはみ出すことへの注意喚起の方法を編み出したもので、北海道オリジナルの技術だ。これによって正面衝突事故件数は大きく減ったと聞くよ」

「そうなんです。センターラインに作ってある分にはなんの問題もないのですが、これが道路の外側の縁石近くにも施工してあるところがあるんです」
「なるほど、居眠りで外側へ飛び出す人もいるだろうからね」

「でも自転車が走るのは大体道路の外側じゃありませんか。そこにランブルストリップスを作られると、走るのにとても邪魔になるんです。これってなんとかなりませんかねえ」

 なるほど。自動車に良かれと思ったことが自転車には悪さをするという側面があるんですね。これは気が付きませんでした。

          ◆   

 ところがこの話を記事にしたところさっそく道路を調査研究している方から、「一般国道の外側線への設置はほとんどないと思う。今は高速道路だけじゃないか。ランブルを採用する前に自転車団体にも関係の団体にも意見を聞いたはず」というコメントをいただきました。今度後輩に、どのあたりの道路だったかを聞いてみようと思います。

 でももしそういうことがあったら我慢せずにもっと意見として発信してみると良さそうですね。発信して情報交換をすることで双方にメリットが生まれそう。道路の危険個所も教えてください。

 

【ランブルストリップスとは】 寒地土木研究所HPより
 http://www2.ceri.go.jp/rumble/page01/page01.html

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そうか、まだ稚内の人だったんだ

2016-06-22 22:57:49 | Weblog

 

 いよいよ今日は第24回参議院選挙の公示日。

 私も某候補者の出陣式と第一声に立ち会いましたが、天下分け目の決戦前夜という興奮が次第に沸き起こってくるようです。

 投票日は7月10日で今日から18日の選挙戦。全国区の候補はもちろんですが、道内選挙区の候補者もこの広い大地を駆け巡って政策を訴えてほしいものです。

 今回の選挙からは選挙権が十八歳に改正になり、若者の声を反映しやすくなります。若い人たちにはぜひとも投票をして自分たちの将来を考えた一票を投じてください。

 

           ◆  

 

  投票をしやすくする工夫もなされていて、今回の選挙では明日から不在者投票が行えます。

 私も事前に不在者投票をしようかと思ったところ、稚内新せきょ管理委員会から一通の封書が届きました。

 開いてみると、「あなたは7月10日の選挙の投票については、稚内市の選挙人名簿に登録されています」とありました。

 投票をするためには稚内市へ赴いても良いのですが、今の住所で投票ということになると、稚内市選挙管理委員会に投票用紙を請求すれば、こちらで投票ができるとのこと。

 すっかり転居から三か月が経過した後の選挙だと思っていましたが、今日の公示日はまだ三か月以内だったんですね。

 ひと手間かかりますが、まずは投票用紙を取り寄せて選挙に臨むことにします。

 みなさん、選挙に行ってくださいね。

 

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地位と金に恋々とせず~石田三成の物語「NHK知恵泉」より

2016-06-21 23:43:26 | Weblog

 

 録画してあったNHKEテレの「先人たちの底力 知恵泉」を観ていました。

 今回は5月31日に放送されたもので、タイトルは「劣勢を覆すには?~石田三成"関ヶ原の戦い"への道」。19万石と弱小大名の石田三成が、250万石を有する徳川家康に挑んで天下分け目の関ヶ原の戦いに挑むことができたその背景を探ります。

 結果として徳川との戦いに敗れた石田三成なので、後の徳川幕府中心の歴史からは悪人として罵られ悪しざまに描かれることが多い石田三成ですが、最近はその実像が見直され、清廉潔白の武士として再評価されてきています。

 番組の中では、石田三成が多くの大名を動かして豊臣側の味方につけることができたその最大の要因を、「金や地位に執着しない潔癖さが信頼されたのではないか」と分析しています。

 三成がまだ若い近習だった頃のエピソード。秀吉が士気を高めるために功あった三成に二千石の褒美を与えようとした時に、三成は「褒美はいらないのでその代わりに大谷吉嗣を取り立ててほしい。必ず豊臣のために役に立つ」と願い出たとのこと。
 彼は能力があるのに見いだされることなくくすぶっていた大谷吉嗣を取り立ててもらいましたが、大谷はその恩義から、最後は勝ち目のない関ヶ原の戦いに三成側について奮戦、自害したとされます。

 またもう一つのエピソードとして、「三成にはもったいない」と言われた家臣島左近に仕えてくれるようにリクルートをした時の話が語られました。
 三成は当時四万石の大名でしたが島に対して「二万石を差し上げるのでぜひ家臣に」と申し入れ、島の心を動かしたといいます。

 これらのように地位や財産に対して


 番組では総合スーパーチェーン、イトーヨーカドーの元専務取締役塙昭彦さんが招かれていました。この塙さんが現場の労働者の心をつかんだエピソードが心を打ちました。

 それは、彼がまだイトーヨーカドーに入社する前の若いころに、タイの建設現場で監督として働いていた時の事。現場でしょっちゅう休む働かない従業員がいるとのことで、(なぜだ?)と様子を見たところ、現場のワイヤーが切れて傷を負いそこからばい菌が体に入って破傷風のようにひどい状態になっていたのだそう。
「これは労災だろう」と言っても当時のタイにはそんな制度もありません。

 医者へ連れて行ったところ、「こんな状態の傷を治すには高い抗生物質を使わないといけなくて、それには40万円かかる」と言われたそう。当時の塙さんの給料は10万円足らずだったそうですが、給料を前借りして「とにかくこの子を治してくれ」とやったそう。

 すると次第に周りからどんどん人が集まってきて、「こんな良い現場だったら俺たちも働きたい」と。そして治療をしてやった子供の親や家族七人がやってきて、「子供を治してくれたのだから、私たちはこの現場が終わるまで仕事も飯の支度もただで働きます」と言ってくれたんだそう。

 つまりは、リーダーはそういうピンチの時に金や地位に恋々とせずにやるべきことをやる。そういう姿を周りはみんな見ていて、それが信頼に繋がっていくのであってそれが人間の心理なのだ、ということでした。

 リーダーの心構えというのは歴史が教えてくれますね。


          ◆  


 この放送は5月31日に放送されましたが、時あたかも舛添都知事の政治資金問題がかまびすしくなっていたころです。

 地位や金に恋々とせず。リーダーはそういうことができる人なんですね。

 

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より重要なのは給料ですか、休日ですか

2016-06-20 22:24:04 | Weblog

 

 建設業にどうやったら人が入ってくれるかということの悩みを語り合いました。

 北海道におけるアスファルト舗装の業界では、冬の雪が降る前までは施工の適期ということがあって、雪がいつ降るかということが心配な時期になると土日もなく晴れた日には作業員を繰り出して工事を行うのが通例です。

 今では日曜日は公共工事は休むように、という指導があってアスファルトを作るプラントも日曜日は大抵休んでいるのですが、たった週一日の休日では若い人は集まりません。

 あるプラント会社社長のAさんは、職員採用で地元の高校へ行った際に進路指導の先生から、「社長さん、今の子供たちは給料の額よりもどれくらい休みがとれるかどうかが、進路決定に重要な要素になっています。どれくらい休みが取れますか?」と聞かれて言葉を失った、と言います。

 冬季には気温が低いために舗装の仕事はできないので、そこで夏にとれなかった休みをたっぷりとればいいじゃないか、というのは雇い主側の論理。季節の良い夏の時期に休みが取れない生活というのは若者にはストレスが溜まってしまいます。

 そのため今アスファルト製造工場では、月に一度くらいは土曜日を休んで土日の二日間連続する休日環境をつくろうという動きを進めています。

 まだ協会員全員がもろ手を挙げて賛成、というわけにはいきませんが、建設に携わる人たちの休日、休暇環境を整えない限り、若い人たちはこの手の会社に就職してくれないという危機感を感じています。

 Aさんは、(やはり休暇が大事なのか)と思って、自社の職員に対して「給料より休日の方が大事だと思うか?」と尋ねたそう。すると意に反して返ってきた答えは、「社長、今は子供が大学へ進学していて学費の負担が大きいので、休みより給料を選びます」というものだったそう。

 北海道で仕事の少ない冬季には、本州からの求人が多くあって「行きたければ言っても良いよ」と斡旋すると、最近は子育て真っ最中世代を中心に、稼ぎに行きたいという人が増えているのだと。

 Aさんは、「休日か給料か、という選択も、若い人なのか家族持ちなのかというような個別事情を勘案しないと一概に決めつけることもできないのだな」と考え込んでしまったそうです。

 いずれにしても、休日でも給料でも、建設業に携わる人たちへの待遇が改善しないことには、若年労働者がこの世界を選んではくれることは期待できません。

 会社の経営者としても業界団体としても悩ましい問題ですね。

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