北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

「Life Shift』を読む~百歳までの人生をどう生きたらよいのでしょう

2016-12-06 23:10:42 | 本の感想

 

 『ライフ・シフト(Life Shift)~百年時代の人生戦略』(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット著 東洋経済新報社)を読みました。

 著者のリンダ・グラットンは、ロンドンビジネススクールの教授で、人材論・組織論に関して今最も活躍している学者の一人です。

 この本の問いかけの主旨を一言でいうと、人間が高齢化、つまり長寿化し長寿社会になっているという事実を踏まえ、ではどういう生き方をしなくてはいけないか、ということ。

 今の我々の社会は、20世紀になってから私たちの寿命をもとに、人生を三つのステージに分ける考え方が定着しました。
 ①学業のステージ ②仕事のステージ ③引退のステージ という三つです。

 ところが21世紀を迎えて、日本では少子高齢化が進んでいることが叫ばれるようになって、少子化によって人口減少や年金を支える世代の人口不足が問題視されるようになりました。

 少子化への対応はもちろん必要ですが、もう一つの社会変化、すなわち高齢化の問題も捨ててはおけません。

 医療の進歩や衛生状態、栄養状態の改善によって、人々がなかなか死なない社会になりました。そのため、寿命が70歳程度だった時に適していた三ステージの社会制度では、寿命が80歳になった今日に対応しきれず、しかも今後我々の半数はおそらく百歳まで生きる時代になると予想されるのです。

 そうなると現代のような三ステージの社会制度も、我々自身の人生に対する考え方も変えなくてはならないのは当然です。さて、一体どうしたらよいでしょう?


           ◆  


 考えなくてはならないポイントはいくつかあります。

 一つには寿命が延びたことで、引退後の生活時間が長くなり、仕事のステージで稼いで貯めた資金では引退後の長い時間を暮らしていけないという問題。かつては60歳で引退して70歳で寿命が尽きてしまう社会であれば、40年稼いで貯めたお金で10年暮らせばよかった。
 しかし人生が百歳の時代になれば、引退後30~40年暮らすには現役の時に相当な割合を貯金に回さねばならず、そうでなければ70~80歳まで働くというように社会制度を変革させていかなくてはなりません。

 二つ目には、一つのスキルを身に着けていればまあ40年という現役世代を生きていけた時代から、労働年数がこれまでよりも長くなりかつイノベーションが激しくなるこれからの時代、人生の仕事のステージの間に『学び直し』をして、職業を変えられる自分になっていなくてはならない時代になるのではないか、ということ。
 単に20代中盤まで学べば、あとは仕事、という時代ではなく、仕事をしながらも新しいスキルや資格を学び取り、次に来る時代でも求められる人材になり続けなくてはならないのではないか、という問題意識。
 一つの会社や職能で稼いで暮らしてゆく人生ではなく、職場も仕事の内容もステージが変化するようなマルチステージの人生を想定しなくてはならないだろうという予測です。

 三つ目には、高齢化と言うのは決して暗い時代が長く続くネガティブなイメージではなく、「健康寿命が延びる」ということ、つまり何かをする時間は結構豊富にあるのであり、死ぬまでの長い時間をどのように生きるか、という生き方が問われるようになるということ。
 ここで大切になるのが、貯金や財産のような『見える財産』だけではなく、家族や友達、スキル、信頼といった『見えない財産』を持たなくしては、金銭面での成功もできません。

 四つ目には、とはいえ、『見えない財産』だけでなく、『見える財産』である自分の金融資産も必要な額を見極めて、堅実に運用するような金融リテラシーも意識をしスキルを獲得しておいた方が良いという事。

 五つ目には、これらのことをこなそうと思うと、仕事中毒な人生を過ごしてしまって、引退以後は友達もおらずできる趣味もなく、濡れ落ち葉とさげすまれかねない生き方は止めようということ。
 強い気持ちをもって、目的的な暮らし方を自分で選択しなくてはならないということ。
 そうなると趣味といっても、単に時間を潰すだけのものではなく、自分を変化させ、自分のアイデンティティを変え、新しいライフスタイルを築くための有用な時間として過ごすべきです。
 レクリエーションで過ごすのではなく、リ・クリエーション(=再創造)のための過ごし方を選択しなくてはなりません。


          ◆  


 世の中が一斉行進で進む時代ではなくなって、あなた個人のオリジナリティが問われるようになる。みんなと同じ生き方では、しかもそのオリジナリティすら、勉強と生涯学習によって変化をさせる必要があるかもしれません。

 社会の変化に柔軟に対応できるような、柔らかい考え方と様々なことができるマルチなスキルを持っておいた方がなお良い。

 健康の保持も重要な要素になります。若いときの無理が長寿を妨げるようなことはない方が良い。

 
 今60歳を目の前にする【私】にとって、百年ライフのこれからはいかにあるべきか。

 今30歳の子供たちの世代に対して【私】は何をすることになるのでしょう。

 『Life Shift』

 この本は、誰かのための本ではなく、【私】のための本でした。


          ◆ 

 …とまあ、実際興味深い本ではありましたが、こころのどこかで(なんとなく僕自身既にこれに近い生き方を実践しているのじゃないかな)と思うところがありました。

 それはつまり、生涯学習的生き方の実践ということ。

 人生百年時代を誰かの高齢者問題などととらえずに、我が事して考え、自分の生き方を考え、実践する。それが生涯学習的人生、生涯学習的生き方です。

 生涯学習が提唱されてから四十年。ようやくこういう本が世界を舞台に登場したか、という感慨深いものがあります。

 これからの自分自身の人生のあり方を考えることの背中を押してくれる本ですよ。

 

LIFE SHIFT(ライフ・シフト) 』 楽天ブックス

 http://books.rakuten.co.jp/rb/14383465/

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積丹半島味わい尽くし 風景、寿司、温泉そしてヤリイカ釣り

2016-12-05 23:50:03 | Weblog

 さて、日曜日は余市での車中泊を朝四時起き。今日は3人連れで西積丹方面へ向かってホッケ釣りにチャレンジしようというのです。

 一緒に行ってくれる石塚さんの話では、この時期のホッケ釣りは朝間詰(あさまづめ)が最適という事で、真っ暗な朝に車三台で出発です。

 一時間ほど走ってまず向かったのは、稲穂峠を越えた西積丹側の海で、泊村の兜千畳敷という海っぺりの広い岩場。

 我々が現地に着いた5時半くらいはまだ真っ暗でしたが、車中泊をして場所取りを始めている先行者のヘッドライトが何十個も見えました。

 我々も真っ暗な中をヘッドライトを頼りに、崖とゴロゴロした足場に注意しながら突端部へそろそろと向かいます。

 波の高さが0.2メートルほどという予想に反して、1メートルほどの波と風に驚いていると、岩場に当たった波がザッパーンと上から降ってくる厳しい釣り場。

「ここのホッケはどうやって釣るんですか?」と訊くと、「ここは"浮き釣り"で行きましょう。海底も岩場なので、底に針が付くような釣り方だとすぐに針が引っかかってしまいますから、浮きを使って針が浮いたところで釣るわけです」という説明で、早速仕掛けを海に投げ入れます。

 周りには何十人もの釣り人が2メートルおきくらいに立っていて似たようなところに浮きを投げ入れています。…しかし…、釣れない! 周りの人たちを見ていても誰も釣れていません。

 二時間ほど頑張ってみましたが、後ろから来ていた波がだんだん前からの波に変わってきたのを潮時に、退散することにしました。

 車に戻って明るくなった兜千畳敷を見て、やっと全体像が見えましたが、荒々しい風景の中で波と風を感じていると、もう鳥羽一郎の演歌の世界でした(笑)。

          ◆ 


 これではしょうがないというので、次は港での"サビキ釣り"とルアー釣りに挑戦するために盃漁港へと向かいます。

 日が昇ってきて、港の中の水はものすごく透明度が高くて、これぞ積丹ブルー。

 しかしそれにしても釣れない…。サビキでもルアーでも釣れません。二時間頑張ってみましたが、ここでも玉砕です。

 行き交う釣り人に訊いてみても、「ここのところは本当にいないねー」と渋い顔。今年の冬もホッケはアタリが悪いんですねえ。


          ◆ 


「ゲン直しにお昼を食べて温泉に行きましょう」ということで、神恵内の勝栄寿司さんへ直行。

 石塚さんが「僕のなかで全国五本指のお寿司屋さんがこちらです」と言うだけあって、ネタの厚さが半端ではありません。

 夏にはタイミングが悪いと長蛇の列に並ばされ、おまけに並んでいる途中でネタがなくなるという悲劇もあるということなので、訪ねるシーズンを選んでください。

 
 お昼の後は強塩水の源泉かけ流しが嬉しい「温泉998」へ。

 塩分が強いくて湯冷めをしない温泉に存分に浸かって、ちょっとだけ昼寝。なんだかとっても良い気分です。


          ◆  


 休憩も終わったところで、「水泳の北島康介じゃないけれど、『手ぶらじゃ帰れない』よね」ということで、最後に夕方の釣り目指して、今度は当丸峠を越えて積丹半島の北側の幌武意漁港へ車を走らせます。

 いよいよ今日最後の釣り場の幌武意漁港で、私はイカ狙い。

 マメイカ狙いでエギをほいっと投げ入れると、割と早めにマメイカがかかってきて、やっとのことで本日のボウズ脱出です。マメイカは十匹くらいはわりと早く釣れて調子が良かったのですが、そこでパタリとアタリが止まりました。

 その後はすっかり暗くなってからの粘りの勝負。

 一時間ほど粘ったところで、イカのアタリがありましたが、手元にぐいっとくるこの感触は重さが違います。ついにヤリイカが釣れました!

 マメイカとは違う手ごたえには興奮がやみません。

 その後ヤリイカはもう二匹釣れてこの日の釣りとしては大満足でした。


          ◆  


 一方、石塚君の方は投げ釣りで根魚狙い。

 ホッケの釣り方には、浮き釣り、サビキ、ルアー、そして投げ釣りと四種類あるのですが、今日はそれを一日で全部体験することができて、勉強になりました。

 
 家に帰ってからは、石塚君にもらった宗八カレイやヤリイカを捌いて、ヤリイカは一パイを刺身にして楽しみました。

 これも積丹リゾートの延長戦。ホッケには会えませんでしたが、積丹の景色、味、温泉、そして釣りまで楽しめた一日。積丹地域のポテンシャルを大いに感じた濃い一日になりました。

 石塚さん曰く、「お金と時間があるんだったら、海外へ行くよりも積丹の方がよっぽど味わい深く楽しめると思うんですよ」。

 まだまだ知らない北海道がここにありました。 

 

 

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この季節にキャンプで食べる、北海道の「東京ホルモン」

2016-12-03 22:25:22 | Weblog

 この週末は、友人から野外キャンプ&西積丹リゾートの誘いがあって、異常に暖かい冬の積丹リゾートを、存分に味わってきました。

 話の発端、は土曜の夜に余市の港で『由仁町の東京ホルモンを味わおう』という催しをすることでした。

 私は恥ずかしながら、東京ホルモンという食べ物を知らなかったのですが、北海道の由仁町で始まって今や東京まで地方発送をするほど有名なホルモン焼きなのです。

 (12月の北海道よくやるなー)と思いましたが、十人以上の仲間が集結。野外にスクリーンテントを張ってその中で夕張から来た友人持参の東京ホルモンの始まりです。

 この東京ホルモン、もともとは東京から来た初代店主が馬具屋を営んでいたのが「東京さん」と呼ばれていたのだそう。そして馬具が衰退することを見越して、「東京食堂」を開業、そして二代目が食堂の人気メニューであったホルモンをほぼ現在の形に改良して「東京ホルモン」となったのだそう。

 実際食べてみると、これまたここに至るまで創意工夫が積み重ねられたという特製の正方形の鉄板の上で、ホルモン、玉ねぎ、もやしがこれまた特製の味噌だれに絶妙にマッチして旨い!

 かつて、円筒状の冷凍のマトンが一般的だったジンギスカンに、漬けダレのジンギスカン肉が登場してきたときに「旨い!」と思いましたが、それに匹敵する衝撃です。

 こういう食べ物を知らなかったとは、私もまだまだ社会勉強が浅い、と反省したところです。

 馬具屋から転じて、皮工芸品にウィングを広げたのがソメスサドルならば、こちらは東京食堂から食文化への展開。

 北海道のもともと持っているチャレンジングな精神を如何なく発揮されていますね。

 
      ◆


 さて、この日はこうして一気に夜までなだれ込み、参加者はみなそれぞれの車で車中泊。

 しかし私を含む仲間内三人が、「ここまで来たなら翌日は積丹半島全域で釣り&リゾートとまいりましょう」ということで、翌朝4時起きで釣り場へと向かいました。

 なんといってもガイド役は、夏は北海道一のサイクリングガイド石塚裕也さんで、自転車に乗れない冬は釣りガイドとしてビジネス展開をしているプロですから、楽しくないわけがありません。

 そんな期待の膨らむ明日でした。

 

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思わぬところで繋がってたという話

2016-12-02 22:46:37 | Weblog

 

 ある依頼事があって、某自治体に電話をしました。

 さしたる知人もいないので、関係していると思われる部所へまず電話をしてみることに。出てくれた相手は「御用はなんでしょう?」と怪訝そうな声。

 こちらの名前や立場を名乗り、用件を伝えているうちに相手から、「小松さんって、もしかしてフェイスブックをやられています?」という質問がなされました。

 こちらも驚いて、「え、ええ、小松正明という名前でフェイスブックをしています」というと、「ああ、そうですよねー。実は僕も友達になっていて、たまに記事を読ませてもらっているんですよ」という返事。

「そうですか、お名前は何とおっしゃるんですか?」
「▲▲◇◇です」

 どれどれ、電話をしながらパソコンでフェイスブックを開き、言われた名前を検索すると…、おお出てきた、出てきた。失礼ながらはっきりと顔は浮かんでこないのですが、だいぶ以前に友達申請をいただいて承認をした記録が残っていました。

「ありましたー、そうでしたか。これからもよろしくお願いします」
「そうですねえ」

 お互いにそういうことが分かると、そこから先は電話での会話も一気に親しみのこもったものになりました。

「で、実は…というお願いでして…」
「わかりました。ちょっと上司を含めて回りと相談する時間をください」

「はい、よろしくお願いします」


 普段からこういうことを期待している訳ではないのですが、自分をさらけ出していろいろなことを発信していると、どこかで何かの機会に秘かに自分のことを見てくれている人がいるということなのでしょう。

 ネットによる、『意識していない繋がり』を感じた、そんな一日になりました。
 
 上手く使うとネットは確かに便利なのです。

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掃除の戦いも、ジャブは世界を制すのだ

2016-12-01 23:47:27 | Weblog

 

 いよいよ今日から師走。

 一年の終わりを迎え、年賀状に大掃除、正月の準備とやることが目白押しですね。

 私こと、家の掃除に関しては関心が深く、気が付いた時に気が付いたところをちょこちょことやるようにしています。

 我が家で重宝しているのはK社のクイックルワイパーハンディという、フワフワした吸着繊維の力で、細かい埃やハウスダストをからめとる掃除用具。

 フワフワをとりつける柄の部分は短いものと三段に伸縮するタイプのものがありますが、我が家には伸縮が3本、短いものが1本の、全部で4本あります。

 これは私の希望で買い足して来たのですが、掃除って、汚れに気が付いて、(お、きれいにしなくちゃ)と、ほんの一瞬やる気になった時に周りに掃除道具がないとすぐに気分が萎えてしまってやる気が失われることがよくあります。

 そこで家の中のあちらこちらに道具を分散して置いておくことで、掃除の機運を逃さないという意図です。おかげで家の中は多少は綺麗になっているはず。

 ボクシングで言えば、強烈なパンチを一発お見舞いするよりも、小さなジャブを何発も打つ戦い方を選んでいる、そういう戦術です。
 
 
 ところが先日、家の掃除の話になって職場の女性に、「家の中に何本もクイックルワイパーがあるんです」と言ったところ、「それって男の人の考えですよね。主婦の感覚じゃ、もったいなくてありえないと思います」と言われてしまいました。

 さてさて、それを「もったいない」とみるか「現実的なやり方」とみるか。

 掃除はとにかく手を動かさなくてはダメで、そのためには一瞬のやる気と面倒くさくて萎えてしまう気持ちとの闘いを制しなくてはなりません。

 「ジャブは世界を制す」だと思うんだけどなあ。どうでしょう?

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さっぽろホワイトイルミネーション、明かりの数は昨年の6割増し!

2016-11-30 22:37:38 | Weblog

 

 札幌の夜の街並みを彩る「さっぽろホワイトイルミネーション」が始まっています。

 まだ暖かかったり、雨が降ったりすると興醒めですが、気温がぐっと下がって引き締まり、それに雪が降って周りを白く覆い始めるといよいよ冬らしい雰囲気が漂ってきます。

 メインの電飾が数多く飾られているのはなんといっても大通公園を舞台にした大通会場。

 今年が第36回を迎えるホワイトイルミネーションですが、最初はたった一つのイルミネーションで、電球の数も1,048個だったそうです。

 私に記憶があるのは、モニュメントの数が4つくらいのときだったような気がします。この時代はまだ札幌観光は夏型だったんですね。

 そんなイルミネーションでしたが、今ではLEDが普及したこともあって、明かりの数もどんどん増えています。その数、昨年は52万球だったのが今年は一気に83万球になりました。なんと明かりの数は6割増しなんです。
 
 最近は色の数も増えて、美しさと華やかさが増した冬の札幌の夜ですが、大通会場のイルミネーションは12月25日まで。やがて2月上旬の雪まつりが始まるので、その準備に入るのです。

 私は通勤経路がちょうど大通公園を歩く形になるので毎日楽しむことができますが、美しいものははかないものです。

 期間限定の札幌の夜景を早めにお楽しみください。

 

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北海道の旅をわたしたちの日常に

2016-11-29 22:30:57 | Weblog

 

 先日11月29日の北海道新聞朝刊「道央ワイド」の紙面に、北海道宝島旅行社の鈴木宏一郎さんが紹介されていました。

 10月13日に開かれた「SAPPOROベンチャーグランプリ2016」での基調講演の内容の紹介という形ですが、鈴木さん自身もかつては大企業から転職をして、北海道の魅力を伝えるための起業をした方です。

 彼が設立した北海道宝島旅行社は、北海道は宝の島だ、という信念に基づいて、大きな旅行会社が携わっていないようなニッチなアクティビティをこつこつと開拓し、現地でのガイドや事業者、協力者を少しずつ広げ、それらのアクティビティを旅行者への商品として売る、というところがポイント。

 最近は通訳案内誌の会社「H-SEG」もつくり、外国人観光客のガイドへの備えを着々と進めています。

 記事の中で鈴木さんは、「田舎体験、文化体験、冒険、これが北海道観光のキーワード」であると言っています。

「新しいテーマパークを作るのではなく、地元の歴史、文化、基幹産業、日々の生活を有料で体験させる(ような)取り組みを増やして、リピーターの増加や滞在時間の延長につなげましょう」そして「地元にとっては日常でも、観光客には非日常です。我々には当たり前のことを価値につなげる必要があります」とも。

          ◆ 

 さて、鈴木さんが言うように、北海道観光はグルメや景色だけではありません。我々の日常の生活の中にこそ、よそから来た人の驚きや思い出があるはずです。

 で、私が言いたいのは、私たちは真に言われるような北海道の日常を暮らしているのだろうか、ということ。

 どれだけアイヌ文化を理解して、犬ぞりに乗って、馬に乗って、農家を訪ねてグリーンツーリズムを楽しんでいるでしょう。

 町にはいろいろな食事ができるお店があるのにどれだけ一生懸命回っているでしょうか。

 鈴木さんの企画のなかでもスマッシュヒットなのが、「石狩川でのワカサギ釣り」なんだそうです。この旅は、上着や長靴を貸してくれて、手ぶらで現地へ行き釣りの道具を借りて釣り方を教えてもらい、釣れた魚はその場でから揚げにして食べさせてくれます。

 どれくらいの人が、北海道でワカサギ釣りを日常の中で楽しんでいるでしょう?

 冷めた目で見ていないで、北海道が売れる旅は、我々の日常として楽しんでやろうじゃないか、と言うことです。なんだったら外国語を勉強して、ガイドとして案内をしてあげてください。

 売れる北海道をわが日常にとりこんでやりましょう。

 まあ、私が狂ったように釣りをしているのも、そのほんの端くれのつもりなんですが。

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テレビでおなじみ、武田邦彦先生による道路講演会が面白かった件

2016-11-28 22:57:22 | Weblog

 

 今日はこの時期恒例の「道路講演会」が開催されました。

 講師は「ホンマでっか!?TV」などでもおなじみの武田邦彦先生で、今日のお題は「科学者が見る環境問題」

 もともとご専門の資源材料工学の見地から、石油や鉄鉱石はなくならないのかとか、地球温暖化の問題、人間による地球汚染の問題、人間の長寿の問題など、興味と感心の赴くままに、『科学者から見た真実』について縦横に語っていただきました。

 武田先生は元々「地球温暖化はない」と主張されている科学者のお一人で、ネットを検索するとその手の記事は膨大に出てきます。

 しかしその根拠となる節などを直接聞いたのは今日が初めてで、武田先生が「地球温暖化はない」とおっしゃる主張の根拠は、「もとも地球が誕生してから何億年もの間、地球の大気はCO2が95%以上あった。そこに植物と言う生命が誕生して何億年もの間光合成によって炭素(C)をCO2から切り離して、『CO2=C+O2』という炭素固定活動をしてきた結果が今のCO2が0.04%という大気組成になった原因だ」というところにあります。

「CO2が増えたら地球がどうなるかのシミュレーションなど必要ない。だって、地球の歴史はCO2が減り続けてきた過程なのだから、増えたらどうなるかはCO2の濃度がまだ濃かったときに地球がどうだったか、ということを調べれば良いだけのこと。それでも恐竜も人類も生きていたでしょう」

「それよりも、CO2が増えることを恐れて日本中が国民運動みたいなことをして、暑い夏にエアコンをセーブして能率が下がっていても我慢する生活をすることの方が弊害が大きいんです」

 武田先生は、「そういう主張の根拠を、ちゃんと検証した方がいいですよ。それが科学的なアプローチというものだ。それなのに、根拠に当たらずして『世間や有名な司会者が、このままじゃ大変だと言っているから大変だ』というような噂で自分の行動を決めてしまうのがおかしいと、私は言っているだけ」とおっしゃいます。

 また、「アメリカのトランプ次期大統領も、『温暖化なんかない』という立場の人だから、少しは真実をみる機運が出るかな」とも。

 そういわれると我々自身、温暖化主張の根拠論文などを直接読んだことがあるわけでもありません。

 それこそ科学者の主張を鵜呑みにしているだけかもしれませんが、それならば是非とも科学者同士で決着をつけてほしいな、と思うところ。

 武田先生の主張には、「武田氏こそマチガイ」という反論も多いので、両方の説をちゃんと勉強しないといけませんね。


 

         ◆ 


 お次は人間の高齢化と長寿の話。「寿命は健康と関係ないんだよ」というのが武田先生の主張です。

 何歳まで生きるのかを決めるのは、①天寿、②体と心、③予防、④治療、という順番に効いてくる。人間だったら大体60歳からせいぜい生きて120歳で、いくら頑張っても個体の命はそれくらいしかもたない。

 しかし命は継げる。「命を大切にする、命を継ぐ」という事はつまり結婚して子供を作るという事。それが続けば命は何百年でも継がれていくんです。

 人間以外の生物は、大体生殖ができなくなり子供を作ることができなくなれば、それが社会的寿命。大抵はその後で死んでしまう。

 ところが人間の女性は、50歳を過ぎてもう子供は作れないとなってもなお長生きをする。そういうステージの女性にどういう意味と役割があるのか、ということをいろんな学者が研究してきたのだけれど、ようやくその理由がわかってきました。

 それはその世代の女性は、子育てを終えても今度は孫の世話をし、社会的のお世話をするという役回りがあるんじゃないか、ということ。

 男にはそういう役割はなくて、横に女性がいない男性、特に独身男性の平均寿命はせいぜい60歳。逆に女性の伴侶がいれば男性の寿命は79歳まで伸びる。

 ところが女性は、男性の伴侶がいてもいなくても、独身でも代替平均寿命は86歳ということになっている。

「僕の住んでいる名古屋には、"錦"というススキノのような歓楽街があるのですが、そこでお酒を飲むと、横にババアみたいな女性が座って、それで家で飲めば一杯5百円のお酒が一杯一万円になっちゃう(笑)。でもそれでいいんだと。男は横に女性がいるってだけで長生きするんだ、という話に得心がいってからは一杯一万円のお酒が高く感じられなくなりました(笑)」

 
 最後に、道路の話にも少し触れてくださいました。

「日本は効率化を目指せ、なんて言っているのに、国として高速道路すら満足につながっていない国ですよ。こんなのありえない。ドイツやアメリカなどの先進国は、効率化=道路をつなぐっていう理解ができているから国中を高速道路で結んでいるじゃないですか」

「ちょっと前に、『コンクリートから人へ』なんて言った人たちがいたけど、人が幸せに暮らすためにコンクリートがあるのじゃないですか?そもそもどっちを取るか、なんて比べるモノじゃないしね」 

 つまり!

「日本人は、いい大人が科学でも政治でも、ちゃんとした議論を全くしない国になっちゃったってことなんです。そこはしっかりと考えた方がいいと思いますよ」


 まあテレビとおんなじ声と語り口で、一時間半にわたる熱弁。話し方が上手ですねえ。会場は爆笑の嵐でした。

 武田先生は73歳になった今でも講演を年間200回やり、テレビのレギュラー番組を4本、年に十冊の著書を出す、という生活をしているそうです。

 見習うとともにあやかって、もっと勉強をしなくてはいけませんね。

 楽しい講演でした。

 

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男子、久々に厨房に入る…と惨事になった

2016-11-27 23:05:28 | Weblog

 

 単身赴任を解消して自宅暮らしになってからというもの、とんと料理から離れてしまっている私。

(たまには勘を取り戻さなきゃ)と思っていて、今日は夜に得意のマーボー豆腐をつくることにして材料を一通り買ってきました。

 ニンニクは中頓別の小林町長さんからいただいた北海道在来種であることはいうまでもありません。

 調味料のレシピは何度も作ってきた中で確立した自分なりの自信作。豆鼓醤(とうちじゃん)、甜麺醤(てんめんじゃん)、豆板醤、砂糖、香味シャンタンなどの分量は自分の中で決まっていてもう毎回味はほとんど変わりません。

 ところが途中で味見をした段階でなぜかしょっぱく感じる…。

(ん?豆鼓醤を入れ過ぎた?そんなはずないけどなー…)と水で少し薄めて砂糖と香味シャンタンを追加。

 それでも味が一向に変わらない、いやかえって塩味が濃くなってる…?

「ごめん、なんか失敗したみたい」と妻に言って、「え?どれどれ…?」と妻が味見して一言。

「塩味!砂糖と塩を間違えなかった!?」
「えっ!!!」

 まさに砂糖と塩を間違えて大量に塩をぶちこんでいたのでした。しかももう食べられないほどのしょっぱさ。

 こんなの最近のコントでもやらないようなミスですが、自分の中では塩味は豆鼓醤しか頭にないのでしょっぱくなる理由が全く分かりませんでした。恥ずかしー!

「ふむ、もっと頻繁に台所に立ってどこに何があるかをちゃんと理解すべし、ってことね(笑)」
「…ども、すみましぇん…」

 ということで、マーボー豆腐は近いうちにやりなおしになりました。

 炊き立ての五穀米が美味しかったです、はい。

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釣れたのは、「幸せボケ」の話。プライスレス!

2016-11-26 23:51:27 | Weblog

 

 最近の休日の定番行事のマメイカ釣りへ余市まで行ってきました。

 サバも釣れるかと期待しましたが、今日のポイントにサバはいなくて残念。

 今シーズン六度目のマメイカ釣りですが、これまでの成績は、0,0,2,0,10と、ほぼ惨敗状態(笑)。

 今日のマメイカ釣りも、昼まだ明るいうちは全く反応がなくて、場所を変えたところで時間が16時を過ぎたあたりからようやく釣れ始めました。

 釣果は夫婦で10匹たらずでしたが、まあボウズでないだけまし。現地では思いがけない釣り仲間とも遭遇して、嬉しくなりました。

 これまで釣ったイカが20匹で、買ったつもりになれば貨幣価値はせいぜい千円か二千円くらいかもしれません。

 さらに、それらを得るために釣り道具を買ったり、"エギ"というエビに似せたイカ用の疑似餌への投資額は膨大で、現地までのガソリン代なども考えると、いわゆる「費用対効果」は全く釣り合っていません。

 確かに得たものが12匹のイカ【だけ】ならそうかもしれません。しかし、実際に私が得たものは、ひたすら釣竿を振ることに没頭してストレスから解放される時間、釣りを教えてくれる仲間たちとの会話、下手を笑われながらもこの時間を過ごすことで少しずつ上手くなっている実感、そして釣りに行く間の夫婦でのドライブ時間と思い出。
 これらは値段のつけようのないプライスレスな価値を持っています。

 振り返ると、思い出を作ろうなんて思っても、それが心に残る思い出になるかどうかなんて分からないもの。事前のプラン通りになんて行かないことの方が多いかも。

 しかしいろいろな挑戦やアクションを起こしていると、案外様々なハプニングに出会って、それが思いもよらない思い出としていつまでも記憶されることがあります。 


          ◆ 


 今日は釣りに行く車の中で、妻と「歳を取ったらどうなるか」という話になりました。

 認知症でボケちゃったらどうなるだろう、という話で、知人の話題になりました。

「その人のお母さんが、軽い認知症になっちゃったんだけど、楽しかったことだけを思い出す"幸せボケ"なんだって」と妻が言います。

「それは幸せなことだなあ。よく普段は大人しいのにお酒が入ると愚痴ばかり言ったりして、実は根はネガティブだったなんて人もいるしなあ。いくら共通の思い出を作っても、楽しくて幸せだったことを忘れちゃって、『あのときあれをしてくれなかった』とか、恨みつらみだけが残るんじゃあ悲しいもんね。」
「本当だね。よし、ボケるにしても幸せなことだけ思い出す『幸せボケ』でいこう!」

 釣りに行って釣れた今日の釣果はこういう会話。

 うーん、プライスレス!

 

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