駒子の備忘録

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『王家の紋章』

2017年05月03日 | 観劇記/タイトルあ行
 帝国劇場、2017年5月2日13時。

 現代のエジプト。アメリカ人のキャロル(この日は宮澤佐江)は古代エジプトに魅せられ留学して考古学を学んでいる。とうとう発掘隊が3千年前のファラオの墓を発見し、玄室の扉が開かれようとしていた。アメリカにいる発掘隊の出資者でもある兄ライアン(伊礼彼方)に電話で興奮気味に報告するキャロル。だが歴史を調べるためとはいえ、王の墓を暴くことは死者への冒?になるのではと不安を感じてもいた。いよいよ墓に調査隊が踏み込むと、まばゆいばかりの少年王の棺が現れた。そこへ黒い影が忍び寄る。墓の主であるファラオ・メンフィス(浦井謙治)の姉アイシス(濱田めぐみ)は愛する弟の墓が暴かれたことを恨み、神秘の力でキャロルを古代エジプトに連れ去ってしまう…
 原作/細川智栄子 あんど芙~みん、脚本・作詞・演出/荻田浩一、作曲・編曲/シルヴェスター・リーヴァイ。連載40周年を迎える大人気少女漫画をミュージカル化して2016年初演、その再演版。全2幕。

 初演は観られませんでした。評価も真っ二つだったような印象でしたが、すぐに再演が決定し、また再演版は初演版からかなり変更されているとの話だったので、では今度こそ観てみよう、とチケットを取りました。あゆっちミタムンが観たかったし、原作漫画もまあまあ読んでいましたからね。
 でも、結論から言うと、ものすごく退屈しました。キャラクターとドラマが描けていませんでした。なんであんな尻切れトンボの意味不明瞭な台詞ばかりなの? 具体的なエピソードがなく、芝居らしい芝居がなく、キャラクターの感情が表現されないまま、ただただ大ナンバーが続く…だから「ハイハイお歌がお上手ねえ。で?」ってなってしまうのです。この作品、台本はペラッペラであとは楽譜ばかりが分厚いんですよね? でも、オペラや、ストーリーが単純で歌とダンスだけで見せるフレンチ・ミュージカルとかならいざ知らず、日本のミュージカルとしては、いかに帝劇グランド・ミュージカルだとしても成立していないと思いました。こんなに痩せた台詞、意味のない日本語しかない舞台を久々に観ましたよ…原作漫画からもっといくらでも引っ張ってこれただろうに!
 私は実はオギーの現役時代の作品をあまり観ていなくて、なのでオギー信者ではまったくありません。外部に行ってからも、海外ミュージカルの輸入翻案やレビュー演出の方がいい仕事をしている印象でした。要するに、たとえ原作漫画があったからと言っても、決して脚本が上手くないタイプなんじゃないかと思うのです。今回は、演出家オギーと作曲家リーヴァイ氏、そして力量あるキャストの無駄遣いの舞台に思えました。だって脚本がダメダメなんだもん、それは舞台の根幹がダメだってことですからね。せめて誰か別の脚本家を立てられなかったのでしょうか?
 でもこれでチケットは完売して再演が即刻決まり、再演も完売する舞台なんですよね…イヤ私も定価を払って正規に購入したクチなんで人のことは言えませんが、なんてチョロい…キャスト人気がすごいというか宣伝パワーというか原作人気というか、ミュージカル・バブルってものがありすぎるんじゃないですかね? でももっと冷静な目で批評していかないと、ダメなものはダメって言っていかないと、舞台のクオリティって上がっていきませんよ? もっといい脚本家、プロデューサーが必要ですよ。これで儲かるんだ、これでウケるんだとか思われたくない。ミュージカル向きの原作だと思えただけに、悔しいです。

 宮澤佐江は歌が上手くて、ミュージカル女優として十分やっていけるだろうな、と感じました。頭が小さくて背が高いので、相手を選ぶかもしれないけれど。この言い方はどうかとも思いますが、第二の神田沙也加目指して、出自にとらわれず、この世界で生きたいのならがんばっていってほしいと思いました。でもアイドルとして大きなステージに立っていたわりには所作が小さく、舞台での居方、立ち方、演技ができていない印象で、でくの坊に見えかねませんでしたし、もったいなく感じました。場数の問題もあるかもしれないので、がんばっていってほしいです。
 あとはみんな素晴らしかったです。アクロバット担当のアンサンブルも素晴らしかった。
 でもメンフィスを主役にするのは無理があるな、とも思いました。そもそも少女漫画の主人公はヒロインであることが普通だし、これは現代社会に生きる女子が古代エジプトにタイムスリップする話なんだから、読者・観客は現代側のヒロインに共感し感情移入するに決まっています。ヒロインの目を通して古代エジプトを知り、メンフィスを知り、彼に恋に落ちるのですから…主演として興行を成立させられる舞台女優は今ではたくさんいるはずです、宝塚歌劇ならともかく、この変更(?)はどうにも奇妙に感じました。まあ全体にはとにかくキャラクターもドラマも描けていないので、誰が主役なのかという問題すら希薄ではあるのですが…ラインナップでなんかすごく奇妙に感じたので。

 以下、蛇足ですが、私は『ガラスの仮面』はぜひとも作者存命のうちに完結してもらいたいと思っていますが、というかすべての著作者は始めた物語を死んでも完結させる義務があると信じていますが、『王家の紋章』については作者が死ぬまでだらだら描き続けて完結せずに死とともに絶筆、でもいいのではないかと考えています。それくらいオチを必要としてない作品というか、今やただグルグルしているだけの話だと思うので。ただ、作者の描き分けの力量のなさのせいなだけかもしれませんが、ライアンとメンフィスが似ていることに意味があるとするならば、いつかキャロルは養女とかでライアンと血のつながりがないことが明かされて、現代でメンフィスの生まれ変わりであるとわかったライアンとくっつく…のが正しい在り方なのかな、と個人的には考えています。こういう物語は「行きて帰りし物語」であることに意味があるのかな、と思っているので。今回の舞台でも出ていましたが、メンフィスは若くして死に墓に葬られる運命でもあるようですし、キャロルが古代に残ってメンフィスと結ばれてめでたしめでたし…ってのは理に反する気がするので。(そしてだからこそ、行きっぱなしで終わった『漂流教室』は名作なのである…というのはまた別の話)
 まあなんにせよ、私は業界人としても2.5次元ミュージカルの可能性についてはいろいろ心ときめかせていますが、粗製乱造はいいことなんかひとつもないし、版元ももっと口出すとかしてクオリティ維持には努めてもらいたいな…と思ったのでした。今後の課題、他山の石としたいと思います。



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