Precious Memories

越後快酔の夕べをお楽しみ下さい。
“雪中梅” “千代の光” 蔵直店から、心に染み入る地酒・美酒をお届けします。

道元語

2017年06月17日 | 日記
・・・学道の人、各おの自ら己が身を顧みるべし、身を顧みると云うは、身心何かように持つべきかを顧みるなり。然るに衲子は則ちこれ釈子なり。如来の風儀を懐うべきなり。一物、私を用うべからず。


衲子=僧または禅僧、釈子=釈迦の子弟または仏弟子仏徒。

この道元禅師の言葉を読んだとき涙を流したものだ。仏道を学ぼうと志す以上、めいめいが自分自身をつねに反省せねばならぬ。反省と身と心をどのように恃すべきかを反省することだ。そして仏弟子とは、とりもなおさず釈迦の子である。釈迦如来のなされた通り、その示された通りの道を歩むべきだ。決して自分だけの考えてはならない、と。自力説く禅門にして、なお自分勝手な考えを用いるなと説く。窮地に立ち、どうしよと思い惑うとき、大天才でもない限り、人を支えるのは「私」を用いず、我を捨て、定められた作法に従うことだ。尊敬する先人の道を自分も歩もうとすることだ。その決意の瞬間に自力と他力は奥深くつらなる。たとえマルクスに欺かれ、レーニンに騙され、そのために地獄に落ちてもいい。一たんこう思い定め身であるなら、その道を歩もう。それ以外に、超人でない我ら凡人に自己の志を守り抜く道はありません~  → 思想文学作品から抜粋シタ。
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