近研ブログ

國學院大學近代日本文学研究会のブログです。
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平成28年6月27日 岡本かの子「家霊」読書会

2016-12-20 17:32:12 | Weblog
こんにちは。
更新が大変遅れてしまい、申し訳ございません。
6月27日に行われました、岡本かの子「家霊」読書会についてご報告致します。
司会は二年長谷川が務めさせていただきました。

歌人として知られる岡本かの子ですが、晩年には数々の小説作品を世に生み出しました。
昭和十四年一月に「新潮」にて発表され、同年三月に中央公論社発行の『老妓抄』に収められたこの作品は、昭和十四年二月十八日に亡くなった岡本かの子の生前最後の作品です。
同時代には、同年同月に発表された「鮨」(初出「文芸」昭和十四年一月)との関連から「高いいのちへのあこがれ」を指摘した川端康成評があります。
タイトルとなっている〈家霊〉は、かの子と交流のあった同時代の文芸評論家亀井勝一郎が「雛妓」についての言及で触れて以来、岡本かの子の小説を読み解く上で重要な要素と見做されており、多くの先行研究で触れられています。〈家霊〉という語は当時から一般的に認知されていた語ではなく、かの子の造語だとする論も多く見られます。論者ごとに定義もさまざまで、この語の解釈が論を方向付けるものとなります。
研究初期は豪商の旧家大貫家の長女として生まれ、仏教に傾倒したかの子と〈家霊〉を結び付ける、作家論的な研究が多く見られます。
先行研究としては、〈いのちの呼応〉を通じたくめ子と徳永の交感によって自らの存在根拠・生きていく意志を描き出したとする論、職業婦人としてのくめ子に着目し、それに挫折し女番人となったくめ子を同時代の資料と比較しつつ論じたものなどがあります。
その他の論点としては、作中で語られるいのち、老いや若さについて。職業婦人から家長不在の女番人へと転身を遂げるくめ子について、そのことに対する諦めや宿命について。帳場の内外という空間的構造について。作中に書かれる「作者」や、老人の語る行為について。などが挙げられています。

読書会では、まず、山の手と下町の交叉点に作品の舞台が設定されていることについての意見が出ました。山の手と下町、新旧が交叉する場所は、堆積した時間が入り混じった場所として作中で機能しているのではないかというものです。これに対し、〈家霊〉という言葉も、堆積した時間をあらわしたものではないかという意見が出ました。本作において、時間が重要な意味を持つのではないかという方向に話がまとまりました。これに対し、先生が作品が書かれた当時の時代背景についての補足をしてくださりました。
次に、母と徳永の交感が、くめ子と青年たちの交感と照応し、登場人物が構図的に描かれているという意見が出ました。これに対し、くめ子と青年たちの交感については具体的に書かれていないという問題点が浮上しました。これには、くめ子と青年たちとの交感を敢えて書ききらないことで、連綿と続く宿命を予感させる効果があるという意見が出ました。
これに関連して、登場人物のあり方に関する意見が多く出ました。くめ子の母という生きがいを失ってもなお生き続ける徳永の生への執着が指摘されました。次に、くめ子の徳永に対する嫌悪感、そこからの印象の変化についてが論点になり、くめ子の心情の変化を読み取ることの重要性が浮き上がりました。また、くめ子の諦めの中にはせめてもの慰め、救いがふくまれていることを読み飛ばしてはならないことを先生に指摘していただきました。本作は堆積する伝統に対するくめ子の意識が変化する物語であるという結論に至りました。
「作者」の登場意義については、特権的な情報を書き込む存在として重要な意義をもつのではないかという意見が出ました。また、老人の語りには誇張表現が多く含まれており、これにはいのちの堆積を語り継ごうとする老人の意志が読み取れるという意見が出ました。

読書会ということもあり、論点が多岐に渡りましたが、積極的な発言がなされ、有意義な討論になったと思います。
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