北風と太陽・保存版 統一教会から娘を家族のオープンな話し合いで取り戻した父kokoroのブログ。

このブログは旧「北風と太陽 OCN版」の保存のみです。更新記事はniftyブログ「北風と太陽 」をご利用ください。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

人間自身が素晴らしい存在であることを拒否するカルト

2009-09-06 07:48:13 | 心の手記

宗教の世界にいる人、そうでない人にかかわらず、自然の美しさに感動し、いろいろな個性的表現でブログを形づくっている。

3

 

特に私もそうだったが、若いころは、山登りなどで、都会では見られない、満点の夜空に浮かぶ星を見て、その感動はいっそう深まる。

原始と今日ではその感動も異なる。科学的法則をもって自然界をみると、その整然とした法則性にまた感動する。

 

カルトはそのだれでも共有しうる感動する心を利用する。統一教会のまじめな食口の皆さんのブログには、必ずと言っていいほど自然に対する感動の表現がでている。

 

自然界の美しさへの感動から、神への信仰にはいる、入らないは信仰の自由からいえば、どちらの選択も可能である。

ただ私がここで言いたいのは、美しいと認識している自然界の一部に人間の存在もあることを忘れないでほしい。

 

カルトは、人間のもつ不十分なところを、ことさら教義の中で教える。

私は思う、本当に人間が堕落しているならば、この自然界の感動をうけいれる心など存在しないだろう。

 

私はカルトにはまっている良識ある青年たちに気づいてほしい、この感動する心こそ、人間自身が自然界の中で素晴らしい存在であることの証明だということを。

 

カルトは、この素晴らしい自然界の存在と、人間の不十分な点を相対させることにより、霊感商法による救いを持ち出す。

 

美しい星空をみながら、人間は堕落しているんだと考える必要はない。

むしろビッグバンから120億年という時の流れの中で、太陽系、地球の誕生のなかで、ゆっくりとした時の流れの中で生命が生まれ、今日、理性をもち、思考する存在としての人類の一員であることに対する感動を忘れないでほしい。

もし不十分な点を見るならば、絶望するのではなく、変革者としての道を歩んでほしい。

ジャンル:
ウェブログ
コメント (2)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 人間の心の中にある最も大切... | トップ | 一度しかない人生 愛する気... »
最近の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
統一協会では人間は堕落しており人間以外の万物(... (K)
2009-09-07 00:42:51
統一協会では人間は堕落しており人間以外の万物(自然・動物)より劣る存在であると教えます。教会員が自然の美に感動するのもそういう考えが根底にあるからかもしれません。
若くて純粋な信者達は己の深層の悪を探ることから始まり自己否定により人間の尊厳を失い、教義に愛という言葉は出てきても実情は思いやりや愛しみの心を育てるより常にみ旨と称した万物復帰や伝道などで「戦う」ことが最優先でした。
あの若かりし頃、カルトの誘いを拒否していれば、素晴らしい人物(師)との出会いがあったかもしれない。そして素晴らしい書物との出会いもあったかもしれない。多少の挫折はあったとしても多種多様な考え方を辿ることにより心の成長を実感したであろう。(それらは全てカルトを脱して後に経験しました)
統一協会の経験が全てマイナスであったとは言わないが、「人間自身が素晴らしい存在である」という考え、自己肯定する姿勢を構築・再建していくのに私自身長い時間を要しました。
心の問題とはこれ程に深いものかと改めて実感した次第です。
Kさんへ (kokoro)
2009-09-07 09:20:46
Kさんへ
久しぶりです。コメントありがとうございます。
コメントの続きはブログでします。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

心の手記」カテゴリの最新記事