~こころに吹く風~

1952年生まれの みよ(cocoyo)です。
人生の花野に遊びたい。
心躍ることも心塞ぐことも綴ります。

台風直前の引越し

2012年10月02日 | 引越し
台風が目の前に迫っていた9月30日日曜日、Sさんの引越し最終日でした。
4DKの一軒家と、2tユニックがスッポリ入って余りあるドデカイ倉庫と小さな小屋…65年間の歴史を物語るその家財の量たるや膨大で、どうなることかと気を揉みましたが、本人は至って楽観的。でも後で聞けばやっぱり心配ではあったようです。
スタッフ7人でその多くは廃棄処分されました。
私のフィットも彼の新居と旧居を何往復もしました。
廻りは長閑な秋の田園風景。稲刈りが済んだ田もあり、まだ黄金色の穂をなびかせている田もありました。
彼岸花は群生の観光地よりも、あぜ道や田舎の路傍に咲く風情がやっぱりいいなと思います。
来年はゆっくりここを歩きたい!
午後からは激しい風雨になりました。

Sさんにとっては新たな人生の第一歩です。
その心中は…
そんな中、嬉しい言葉を貰いました。
でもその言葉は内緒です(笑)
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逞しさに脱帽

2012年09月23日 | 引越し
お彼岸。
土砂降りの雨の「彼岸花の里」から電話があった。
Sさんからだ。
「満開だよ。2日間来なかったら満開になった。観光バスが来てるよ。オレみたいな爺さん達がカメラにビニール被せて歩いてるよ」

Sさんは今日、大物家具の引越し日でした。
夜勤明け、朝に交替するシフトの相手が急病のために、帰宅が遅れた上にこの大雨。
レンタカーは屋根なし。
あれもこれも悪条件が重なって、さぞ泣きたくなる状況だろうと想像していました。
私は仕事に追われていて、何も手伝えないし…

ところがさっきの電話では、家具の引越しは中止。
倉庫の片づけが捗って却って良かったよ、と。
産業廃棄物処理業者を呼んであって、沢山処分できてスッキリしたと。

私だったら、泣きべそかいて、どうしたらいいのか混乱していたでしょう。
Sさんのいい加減さ、流動的な所には、少しついて行けない部分もあるのですが、
この逞しさには脱帽です!
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Sさんの引越し

2012年09月17日 | 引越し
山里に住むSさんは9月いっぱいで今の地を引き払い、町部の公営住宅へ移る事になりました。
新しい住まいは車で30分の距離なので、毎日行ったり来たりしながら少しずつ引越しをしています。
で、この連休は引越しのお手伝い…になったかどうかちょっと疑問ですけど、日曜日はSさんの妹さんや友人(便利屋さん)も交えて作業しました。
その日は新しい住まいに泊り、朝は駅まで歩いて探検のお散歩、そして駅前のカフェでモーニング。
池のある菖蒲の公園をみつけました。コーヒー牛乳プリンのある小さなカフェは開店前だったので次回のお楽しみ。焼き魚定食の美味しそうなお店や、駅前のパン屋さん、メンチカツの美味しそうなお肉屋さん…楽しみがいろいろできました。
カーテンを選びに行って、お喋りをしながら品定めする他愛のない時間もとても楽しかった。

田舎家に戻ると土砂降りの雨になりました。
目の前の山に雲(霧?)がかかっています。
木々の間に竹の上1/4位が頭を出して、生き物がうごめいているように風に揺れていました。
部屋の中はガランとして、運び残された品々が雑然と散らかっています。
プラスチックケースの蓋をテーブル代わりに、床にペタンと座ってコーヒーを飲みながら、庇から激しく落ちる雨をながめました。
もうすぐここから見る景色ともサヨナラだなぁと。
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振り返って

2011年12月09日 | 引越し

木造の戸建て住宅は寒いです。
暖房を点けない部屋の冷たさに、引っ越して来た頃の事を思い出します。
ガスストーブを用意したのに部屋のガス栓が死んでいたために暖房は2階の一部屋のエアコンだけでした。
照明器具は時間をかけて選びたかったので灯りもまだろくになく、
インターネットも不具合で、ダイニングテーブルもテレビもカーテンも買わないうちに地震が起きてしまいました。
ものすご~く心細かった。
キッチンのフロアーに座布団を敷いて、流しの上の小さな蛍光灯の灯りで寒さに縮こまりながら食事していました。
Mちゃんが入院していたので、同じ市内に住む息子は私の事に構っていられなかった。
彼氏もいたけれど、初めて来てくれたのは引っ越して3週間以上経ってからでした。なんだかポツンと一人ぼっちで淋しかった。
思い出しては「かわいそうだったね」って自分に言っています。

心もとなくて寂しくて…
でもそんな事でへこたれてなんかいられないじゃない。今まで一人で頑張って来たから、そんな時も何も言わずに頑張る習性がついてるのかもしれない。あいつの自己破産にも動じない私はそうやって培われてきたんだ。
けれど結局はナヨナヨとしおらしく弱音を吐いた女が勝つんだよ。あいつ、女の策略に嵌ったんだね。
腹が立って未だに収まらない。

今、いろんな事にトライしようとしています。どれもささやかな事ですが、前向きな気持ちでいられるのはここに引っ越して来た効果です。
横浜時代は、横浜を好きになりたい気持ちと、横浜に愛着を持ってはいけないという気持ちの狭間にいました。
私はいずれ長男の近くで暮らそうと思っていたから。
そして段々横浜を好きになって行く自分にブレーキが掛けられなくなって今の地に逃げて来たという感じです。
横浜では新しい事を始める気にも、新しい人間関係を作る気にもなれなかった。あのままではきっと精神を病んでしまったでしょう。
遅まきながらもう一度生き始めた気がします。
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さよなら横浜

2011年10月14日 | 引越し
9(日)・10(月)の連休は母を連れて横浜に泊りました。
家のあちこちに彼と過ごした痕跡が残っていて、母は「誰か来たの?」と鋭いこと。(苦笑)
横浜の町は彼との思い出だらけ。

横浜の家は来月から知人に貸します。
庭の草を取り、置きっぱなしになっていた物を持ち帰りました。
リビングからの見慣れた光景も当分の間、見納めです。

中三から高校卒業まで横浜で過ごしたけれど結局馴染めませんでした。
横浜は私にとって鬼門なのかな。
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