H18年3月3日、高知県春野町の国道で、高知県警の白バイと仁淀川町のスクールバスの衝突事故があり、白バイ隊員(当時26歳)が亡くなりました。事故後、スクールバスの運転手片岡晴彦さん(53歳)は免許を取り消され、11月に業務上過失致死罪で起訴され、H19年6月に禁固1年4ヶ月の判決が高知地裁で下されました。傍聴していた人の中から、「高知は日本か?」の声が上がったといいます。
片岡さん運転のスクールバスは止まっていたのです。そこに時速100kmは出していただろうと思われる白バイが突っ込んできたのです。
100kmのスピードについては、証拠はありませんが、複数の目撃証言があります。白バイは追跡中ではなかったので、明らかにスピード違反なのです。片岡さんは、有罪判決に対し、また、「1m以上のバスのブレーキ痕」が残っていたとされたことに納得がいかず、控訴しました。
片岡さんとその支援者たちは、証人や証拠を準備し、万全の態勢で控訴審に臨みました。それは、仙波さんの講演会の10日後のH19年10月30日のことでした。しかし、せっかくの証人と証拠一切を高松高裁は退けました。検察も裁判所も、片岡さんを有罪にすること以外には、まったく関心がなかったかのようです。即日結審で、再び同じ1年4ヶ月(執行猶予なし)の判決が下されました。傍聴していた人の中から、今度は、「四国は日本か?」の声が上がったといいます。
事故当時、中学3年生22名と3名の教師がバスに乗っていたのです。片岡さん以外にも25名もの人が、バスは止まっていたと証言しているのです。さらには、後ろの自家用車に乗っていた中学校長は、事故の一部始終を目撃していたのです。他にも衝突時の第三者の目撃証言がいくつもあるのです。そうした証言も「第三者であるというだけで、その供述が信用できるわけではない」という理由で排除されたのです。警察、検察、裁判が採用したのは、唯一、事故の直前に対向車線を走っていた他の白バイ隊員の証言でした。それは、事故を起こす直前の白バイが時速60kmのスピードで走っていた、というものでした。
現在、片岡さんは最高裁に上告していますが、高知地裁、高松高裁の思いもよらぬ判決に衝撃を受けており、日本国の司法に正義はないと思い始めています。ただ、H20年2月9日に息子さんの結婚式があり、それに出席したいので、その前には刑務所に入りたくないというのが、現在のささやかな希望となっています。
支援者の1人は、私にこう言って苦笑いしました。「最高裁で有罪なら、今度は、『日本は日本か?』 ということになりますが……」
高知県民の生活を守るのが、高知県警の仕事ではなかったのでしょうか。
ブレーキ痕について
県警は、片岡さん運転のバスは動いていたと主張し、その根拠として、左1.2m、右1mのブレーキ痕の写真130枚を検察に提出しました。しかし、片岡さんは、それは県警の「ねつ造」であると主張しています。「ねつ造」の根拠は以下のような点です。
(1)仮にバスが動いていて急ブレーキをかけたとしても、ABS装置(antilocked braking system=制動時にタイヤのロックを検知し、ロック時に自動でブレーキをゆるめる制御を行うことでタイヤロックによる空走を押さえる装置)が作動して、ブレーキ痕はつかない。
(2)もし、仮にABS装置が作動しなかったとしても、一旦停止した後6.5m進んだ地点で急ブレーキをかけて、1mものブレーキ痕はつかない。(支援者が、同じバスを使って実験した結果、30cmのかすかなブレーキ痕がついた)
(3)証拠写真には、タイヤの溝が写っていない。ブレーキ痕は必ず直線になるが、証拠写真のブレーキ痕は曲がっており、しかも平行でなく、ハの字型である。
(4)写真のようなブレーキ痕は、刷毛と清涼飲料水があれば、1分もかけずに誰でも描ける。(支援者が実演した)
(5)乗客25名は異口同音に「バスは停止していた」と証言しており、また、急ブレーキによる縦揺れ衝撃を感じた人は1人もいない。
(6)ブレーキ痕の存在を片岡さんが知ったのは、事故から8ヵ月後、検察の取調べ中のことである。ブレーキ痕は、事故直後に現場で本人に確認させるのが常識である。またブレーキ痕は、なかなか消えず、1年後に残っているものもある。描かれたブレーキ痕が、写真撮影後すぐ消えたことをカムフラージュするために8ヵ月も経った後に片岡さんに示したと考えられる。
ブレーキ痕について、これだけの疑問が噴出しているのに、県警は、「被告側が主張するようなブレーキ痕のねつ造などあり得ません」の一点張りです。高知地裁は、「多くの見物人が居合わせる中、ねつ造の可能性はほとんどない」と言います。高松高裁は、「ねつ造した疑いは全くない」と言います。県警も検察も裁判所も決して検証してみようとはしないのです。
時速100kmの猛スピードについて
衝突の瞬間を目撃していた中学校長は、その証言で、バスに衝突した白バイのことを「物体」と表現しています。白バイと確認できないほどの猛スピードだったということです。他にも100kmは出ていただろうという第三者の目撃証言がいくつかあります。そもそも、事故現場付近は、住民に「白バイの練習場」と見られており、日頃からサイレンを鳴らさずに猛スピードで走り抜ける白バイに、付近の住民は眉をひそめていたと言います。「いつか事故になるだろうと思ってました」と言う人もいました。その日も、白バイは、いつものようにスピード違反を犯していたのです。
また、事故の16日前には、こんな内容の警察庁交通局通達が出ていたのです。(殉職、受傷事故防止対策の推進強化)として、「体験型、実践型プログラムを積極的に取り入れ、その効果的実施を図ること」というものです。この通達と今回の白バイ事故は関係があるかもしれません。
また、一般にはあまり知られていないのですが、高知県警の白バイ隊は、技術レベルがとても高いのです。今回の事故で亡くなった警官は、白バイの日本チャンピオンでした。普通の白バイ隊員ではなかったのです。そのことが、白バイ事故が「白バイ事件」に変質していったことと関係があるかもしれません。
高知県警の建物は近代的、交通事故処理は前近代的。
「白バイ事件」の闇
高知県では、その発行部数から言って、高知新聞が圧倒的な影響力を持っているのですが、今回の「白バイ事件」には消極的です。朝日新聞が積極的ですが、県内での発行部数から言って、影響は小さいのです。しかし、最近、会う人ごとに尋ねているのですが、「白バイ事件」を知る人は意外に多いのです。ほとんどの人が知っています。そして、県民の多くは、「県警の身びいき」として「ブレーキ痕のねつ造」を「たち悪いな」とはき捨てるように批判しているのです。
しかし、私は、「県警の身びいき」とはまた別のところに、ことの本質は潜んでいるように思うのです。つまり、「ブレーキ痕のねつ造」は、捜査協力費の領収書偽造と同じ精神構造によるものだろうと思うのです。それは、体裁さえ整っていれば、何だってできるという警察のおごりです。たぶん、それが全国の警察の体質になってしまっているのでしょう。これは、とても恐ろしいことです。警察の言動はまったく信用できないということになってしまうからです。
県警は、ブレーキ痕の写真130枚も用意すれば、スピード違反で事故死した警官の名誉と遺族の将来を守り、生まれて初めての事故で人を死なせ恐縮しきっていた片岡さんを「犯人」に仕立て上げることができると考えたのでしょう。しかし、片岡さんには22人の中学生の目撃者がついていました。県警は22人の中学生を甘く見ていました。高校2年生に成長していた彼らのうちの20人が、仙波さんの講演会の日に、中学時代の「運転手さん」のために片肌脱いだのです。
やはり、捜査協力費の領収書偽造と同じく、キャリア警官のところに話が及んでしまいます。それは、県警本部長に代表される、国家公務員I種試験に合格したエリートたちの自己保身に関することです。彼らは大きなミスさえしなければ、時間とともに出世していくこの国のエリートたちなのです。彼らが最も怖れるのは、不祥事です。不祥事が社会的に表面化し、警察庁に知られてしまうことなのです。不祥事が表面化しないためには、無実の人が有罪になるくらいのことは、彼らにとって何でもないことなのです。
事故処理には30人もの警官が出てきたといいます。「異様な光景でした」と目撃者は言います。ちょっと多すぎやしませんか。何のために30人もいるのですか。これだけ多ければ、だれかが「ブレーキ痕」を描くくらいのことができたと勘ぐりたくもなります。そして、親切そうに報道関係者を集めて「ブレーキ痕」の写真を撮らせることもできたと勘ぐりたくもなります。県警の危機管理の初動体制はさすがでした。しかし、如何せん、描かれた「ブレーキ痕」が下手くそ過ぎました。
白バイ事故は、事故直後から「白バイ事件」に変質していたのです。事情通に言わせれば、現在、高知県警本部長は、退職後にいい天下り先を紹介してもらうためには、もうこれ以上の不祥事は許されない状況なのだそうです。世間を騒がせた捜査費問題の失点が大きいのだそうです。
今、右折するためにスクールバスを停めていただけの片岡晴彦さんに、刑事裁判として禁固1年4ヶ月、民事裁判として1億5千万円がのしかかろうとしています。車を運転する人は、誰しも停車することがあるのですから、くれぐれも白バイには注意してください。
片岡さん運転のスクールバスは止まっていたのです。そこに時速100kmは出していただろうと思われる白バイが突っ込んできたのです。
100kmのスピードについては、証拠はありませんが、複数の目撃証言があります。白バイは追跡中ではなかったので、明らかにスピード違反なのです。片岡さんは、有罪判決に対し、また、「1m以上のバスのブレーキ痕」が残っていたとされたことに納得がいかず、控訴しました。
片岡さんとその支援者たちは、証人や証拠を準備し、万全の態勢で控訴審に臨みました。それは、仙波さんの講演会の10日後のH19年10月30日のことでした。しかし、せっかくの証人と証拠一切を高松高裁は退けました。検察も裁判所も、片岡さんを有罪にすること以外には、まったく関心がなかったかのようです。即日結審で、再び同じ1年4ヶ月(執行猶予なし)の判決が下されました。傍聴していた人の中から、今度は、「四国は日本か?」の声が上がったといいます。
事故当時、中学3年生22名と3名の教師がバスに乗っていたのです。片岡さん以外にも25名もの人が、バスは止まっていたと証言しているのです。さらには、後ろの自家用車に乗っていた中学校長は、事故の一部始終を目撃していたのです。他にも衝突時の第三者の目撃証言がいくつもあるのです。そうした証言も「第三者であるというだけで、その供述が信用できるわけではない」という理由で排除されたのです。警察、検察、裁判が採用したのは、唯一、事故の直前に対向車線を走っていた他の白バイ隊員の証言でした。それは、事故を起こす直前の白バイが時速60kmのスピードで走っていた、というものでした。
現在、片岡さんは最高裁に上告していますが、高知地裁、高松高裁の思いもよらぬ判決に衝撃を受けており、日本国の司法に正義はないと思い始めています。ただ、H20年2月9日に息子さんの結婚式があり、それに出席したいので、その前には刑務所に入りたくないというのが、現在のささやかな希望となっています。
支援者の1人は、私にこう言って苦笑いしました。「最高裁で有罪なら、今度は、『日本は日本か?』 ということになりますが……」
高知県民の生活を守るのが、高知県警の仕事ではなかったのでしょうか。
ブレーキ痕について
県警は、片岡さん運転のバスは動いていたと主張し、その根拠として、左1.2m、右1mのブレーキ痕の写真130枚を検察に提出しました。しかし、片岡さんは、それは県警の「ねつ造」であると主張しています。「ねつ造」の根拠は以下のような点です。
(1)仮にバスが動いていて急ブレーキをかけたとしても、ABS装置(antilocked braking system=制動時にタイヤのロックを検知し、ロック時に自動でブレーキをゆるめる制御を行うことでタイヤロックによる空走を押さえる装置)が作動して、ブレーキ痕はつかない。
(2)もし、仮にABS装置が作動しなかったとしても、一旦停止した後6.5m進んだ地点で急ブレーキをかけて、1mものブレーキ痕はつかない。(支援者が、同じバスを使って実験した結果、30cmのかすかなブレーキ痕がついた)
(3)証拠写真には、タイヤの溝が写っていない。ブレーキ痕は必ず直線になるが、証拠写真のブレーキ痕は曲がっており、しかも平行でなく、ハの字型である。
(4)写真のようなブレーキ痕は、刷毛と清涼飲料水があれば、1分もかけずに誰でも描ける。(支援者が実演した)
(5)乗客25名は異口同音に「バスは停止していた」と証言しており、また、急ブレーキによる縦揺れ衝撃を感じた人は1人もいない。
(6)ブレーキ痕の存在を片岡さんが知ったのは、事故から8ヵ月後、検察の取調べ中のことである。ブレーキ痕は、事故直後に現場で本人に確認させるのが常識である。またブレーキ痕は、なかなか消えず、1年後に残っているものもある。描かれたブレーキ痕が、写真撮影後すぐ消えたことをカムフラージュするために8ヵ月も経った後に片岡さんに示したと考えられる。
ブレーキ痕について、これだけの疑問が噴出しているのに、県警は、「被告側が主張するようなブレーキ痕のねつ造などあり得ません」の一点張りです。高知地裁は、「多くの見物人が居合わせる中、ねつ造の可能性はほとんどない」と言います。高松高裁は、「ねつ造した疑いは全くない」と言います。県警も検察も裁判所も決して検証してみようとはしないのです。
時速100kmの猛スピードについて
衝突の瞬間を目撃していた中学校長は、その証言で、バスに衝突した白バイのことを「物体」と表現しています。白バイと確認できないほどの猛スピードだったということです。他にも100kmは出ていただろうという第三者の目撃証言がいくつかあります。そもそも、事故現場付近は、住民に「白バイの練習場」と見られており、日頃からサイレンを鳴らさずに猛スピードで走り抜ける白バイに、付近の住民は眉をひそめていたと言います。「いつか事故になるだろうと思ってました」と言う人もいました。その日も、白バイは、いつものようにスピード違反を犯していたのです。
また、事故の16日前には、こんな内容の警察庁交通局通達が出ていたのです。(殉職、受傷事故防止対策の推進強化)として、「体験型、実践型プログラムを積極的に取り入れ、その効果的実施を図ること」というものです。この通達と今回の白バイ事故は関係があるかもしれません。
また、一般にはあまり知られていないのですが、高知県警の白バイ隊は、技術レベルがとても高いのです。今回の事故で亡くなった警官は、白バイの日本チャンピオンでした。普通の白バイ隊員ではなかったのです。そのことが、白バイ事故が「白バイ事件」に変質していったことと関係があるかもしれません。
高知県警の建物は近代的、交通事故処理は前近代的。
「白バイ事件」の闇
高知県では、その発行部数から言って、高知新聞が圧倒的な影響力を持っているのですが、今回の「白バイ事件」には消極的です。朝日新聞が積極的ですが、県内での発行部数から言って、影響は小さいのです。しかし、最近、会う人ごとに尋ねているのですが、「白バイ事件」を知る人は意外に多いのです。ほとんどの人が知っています。そして、県民の多くは、「県警の身びいき」として「ブレーキ痕のねつ造」を「たち悪いな」とはき捨てるように批判しているのです。
しかし、私は、「県警の身びいき」とはまた別のところに、ことの本質は潜んでいるように思うのです。つまり、「ブレーキ痕のねつ造」は、捜査協力費の領収書偽造と同じ精神構造によるものだろうと思うのです。それは、体裁さえ整っていれば、何だってできるという警察のおごりです。たぶん、それが全国の警察の体質になってしまっているのでしょう。これは、とても恐ろしいことです。警察の言動はまったく信用できないということになってしまうからです。
県警は、ブレーキ痕の写真130枚も用意すれば、スピード違反で事故死した警官の名誉と遺族の将来を守り、生まれて初めての事故で人を死なせ恐縮しきっていた片岡さんを「犯人」に仕立て上げることができると考えたのでしょう。しかし、片岡さんには22人の中学生の目撃者がついていました。県警は22人の中学生を甘く見ていました。高校2年生に成長していた彼らのうちの20人が、仙波さんの講演会の日に、中学時代の「運転手さん」のために片肌脱いだのです。
やはり、捜査協力費の領収書偽造と同じく、キャリア警官のところに話が及んでしまいます。それは、県警本部長に代表される、国家公務員I種試験に合格したエリートたちの自己保身に関することです。彼らは大きなミスさえしなければ、時間とともに出世していくこの国のエリートたちなのです。彼らが最も怖れるのは、不祥事です。不祥事が社会的に表面化し、警察庁に知られてしまうことなのです。不祥事が表面化しないためには、無実の人が有罪になるくらいのことは、彼らにとって何でもないことなのです。
事故処理には30人もの警官が出てきたといいます。「異様な光景でした」と目撃者は言います。ちょっと多すぎやしませんか。何のために30人もいるのですか。これだけ多ければ、だれかが「ブレーキ痕」を描くくらいのことができたと勘ぐりたくもなります。そして、親切そうに報道関係者を集めて「ブレーキ痕」の写真を撮らせることもできたと勘ぐりたくもなります。県警の危機管理の初動体制はさすがでした。しかし、如何せん、描かれた「ブレーキ痕」が下手くそ過ぎました。
白バイ事故は、事故直後から「白バイ事件」に変質していたのです。事情通に言わせれば、現在、高知県警本部長は、退職後にいい天下り先を紹介してもらうためには、もうこれ以上の不祥事は許されない状況なのだそうです。世間を騒がせた捜査費問題の失点が大きいのだそうです。
今、右折するためにスクールバスを停めていただけの片岡晴彦さんに、刑事裁判として禁固1年4ヶ月、民事裁判として1億5千万円がのしかかろうとしています。車を運転する人は、誰しも停車することがあるのですから、くれぐれも白バイには注意してください。










