宮崎信行の国会傍聴記

(1)政権交代ある二大政党政治を実現します。
(2)開かれた国会を報じます。

宮崎信行(政治ジャーナリスト・国会ウォッチャー元日経新聞政治部記者)プロフィール

2017年03月08日 06時30分53秒 | 宮崎信行 Miyazaki Nobuyuki

【宮崎信行のプロフィール=2017年1月1日現在=】

メールアドレス miyazaki@wa2.so-net.ne.jp

 1974年、東京生まれ。本籍地は長野市。

 小学生の頃、用途地域の違いで、道を隔てただけで街並みが変わることから行政・政治への興味を持ちました。

 1986年、日本大学第二中・高等学校入学。

 14歳。均一性を重んじる閉鎖的な日本社会に嫌気がさし、「永住権をとって、アメリカ人になりたい」と思い、中学3年生の夏休み、単身渡米しました。日本の良さも感じ、日本人として生きていこうと思いました。次の夏休みには米カリフォルニア州・サンディエゴで1ヶ月間ホームステイを経験しました。電車でいける、米サンディエゴと、メキシコ・ティファナの別世界が政治の大切さへの確信となりました。後年、ティファナの隣町で、民主国家ながら70年以上政権を担ったPRI(制度的革命党)の大統領候補に選出されたコロシオ幹事長が暗殺され、政権交代ある二大政党政治への関心を高めることにつながりました。

 1992年、早稲田大学政治経済学部政治学科に入学。学士(政治学)。

 入学と同時に、「早大鵬志会(そうだいほうしかい)」というサークル(現在は大学公認同好会に昇格)で活動しました。選挙や日常活動のポスター貼り、ポスティング、名簿作りなどのボランティアや、各種勉強会、講演会のお手伝いなどをし、生の政治に携わりました。

 また、入学時、唯一の自由主義政党だった与党・自民党の学生組織「全国学生交流会」にも入りました。政権交代可能な二大政党デモクラシーをめざし、宮澤解散による、1993年7月の第40回衆院選(最後の中選挙区選挙)では学生ボランティアを率いて新生党で旧東京9区(中選挙区)で活動しましたが、候補者は次点で落選。

 自民党全国学生交流会の幹事と会員を辞し、「新生党学生塾(学生部)」の発足に参画。幹事や会計担当を務めました。

 早大鵬志会幹事長時代には、羽田孜前総理大臣(直後に新進党副党首就任)の講演会を大隈講堂で開催し、1300人前後という空前の聴衆が集まりました。

 新進党結党準備会の手伝いで、党名公募の集計をしました。

 1995年の統一地方選では、新進党公認の板橋区議会議員候補の陣営で、学生ながら電話作戦隊長を務めて、2位での初当選を実現しました。

 大学卒業後、日本経済新聞(日経)に入社しました。入社と同時に政治部配属となり、、橋本龍太郎首相の番記者を1年間務めました。官房長官記者会見や総務庁(現・総務省)、総理府(現・内閣府)など様々な取材に駆けめぐりました。

[写真]日経新聞政治部記者時代の宮崎信行(左端)、1998年1月1日、旧首相公邸、宮崎信行所蔵。

 1998年3月、野党担当になり、新党友愛(中野寛成代表)のメイン担当と第1次民主党のサブ担当を務めました。4月の第2次民主党結党までの過程を取材。第18回参院選の選挙班、第2次民主党の黎明期を取材しました。小渕恵三・自民党総裁候補(外相)の番記者もつとめました。

 1998年9月、横浜支局に転勤しました。横浜市役所記者クラブ自席で横浜市予算書を読み、分からないことや興味があれば、内線で課長に電話し、面白そうなら、すぐに庁舎内のその部署に赴き、直接取材に出向いて、みっちり質問と取材をしました。

 この後、神奈川県庁記者クラブに移ってからも、大蔵省出身の知事による「財政非常事態宣言」の下、税制・財政に関して、取材することができました。とくに「臨時企業特例税」(その後違憲判決で廃止)では多数の記事を作成。政令市をめざす相模原市、特例市になった大和市、富裕団体(地方交付税不交付団体)の厚木市などの予算も取材しました。これで、地方財政に詳しくなりました。「日経会社情報」という株式情報季刊誌も担当したことで、上場企業の財務諸表、バランスシートなどにも詳しくなりました。地場サービス業、中小製造業の現場も回りました。

 しかし、横浜支局時代は、2週間に1度の通院の甲斐無く、健康状態は深刻でした。

 2002年、「日経産業・地域研究所」研究員になりました。雑誌「日経地域情報(現・日経グローカル)」の編集・執筆を担当し、全国の自治体を回りました。

 2005年、株式会社日本経済新聞社を退社し、家業である工作機械販売会社に入社。個人事業としての貸家業の実務も開始。

 2006年、貸工場業を、立案企画、施行、募集までを一貫して行い、個人事業主としてお起業。

 2007年7月の第21回参院選のころから、体がうずき、7月25日の富山出張からフリーランスの政治ジャーナリストとして、取材活動を再開しました。

 2007年8月4日の第167臨時会からブログ「宮崎信行の国会傍聴記」を立ち上げました。

 政治部記者時代にできなかった国会審議をじっくり聞き、政治の流れを報じる日本初のブログとして、好評をいただきました。

 2009年2月の通常国会では、衆院予算委員会の総予算審議で、野党・民主党議員の質問パーフェクト傍聴を達成しました。

 2009年8月30日、17年来の夢だった政権交代が実現しました。所期の目的を達成したので、ブログはやめようかとも思ったのですが、「政権交代可能な二大政党デモクラシー」をしっかり日本に定着するまでがんばろうと考え直しました。

 2009年10月から、会員制ブログ「宮崎信行の今後の政治日程」を開始。毎月安定した購読者さまにおささえいただいております。

 2010年4月21日放送のフジテレビ(地上波)「百職王」で、「国会傍聴の達人 宮崎信行」として特集されました。
 

[画像]司会のイノッチこと井ノ原快彦さんと宮崎信行、2010年4月21日放送のフジテレビ「百職王」から宮崎信行がスクリーンショット。


[画像]国会傍聴の達人、宮崎信行の日常、ワイプ内は藤ヶ谷太輔さん、2010年4月放送のフジテレビ「百職王」から宮崎信行がスクリーンショット。


[画像]2010年4月22日放送のフジテレビ「百職王」から、宮崎信行がスクリーンショット。


[画像]2010年4月22日放送の、フジテレビ「百職王」から宮崎信行がスクリーンショット。
 
 2012年11月27日には岡田克也副総理の記者会見(内閣府)と野田佳彦総理の記者会見(民主党本部)の両方でトップバッターで質問する快挙。同日に、総理、副総理の会見の両方でトップバッターをつとめたのは、記者クラブ分業制のメディアでは史上初かもしれません。

岡田克也副総理の2012年11月27日の記者会見(首相官邸ホームページ)


[画像]首相官邸ウェブサイトから、宮崎信行がスクリーンショット。

野田佳彦総理の2012年11月27日の記者会見

 


[画像]YouTube旧民主党チャンネル内動画から、宮崎信行がスクリーンショット。

 2013年4月13日(土)放送の、テレビ朝日(地上波)「激論どっちマニア」で、国会傍聴マニアとして、裁判傍聴マニア(阿曽山大噴火さん)らと対決しました!





 2015年9月、工作機械販売会社の株主総会で、代表取締役に選出され、直後の取締役会で専務に就任。

 2016年3月25日(金)の民主党最後の記者会見で第一質問者と(議事録上の)最終質問者及び、2016年3月27日(日)の民進党最初の記者会見で、第一質問者になりました!

民主党・岡田代表定例会見 2016年3月25日 <iframe src="http://www.youtube.com/embed/aYU8QGmMy08" frameborder="0" width="640" height="360"></iframe>


[写真]岡田克也・民主党代表と、宮崎信行ら記者会見出席者の記念撮影、2016年3月25日、旧民主党撮影・提供。

民進党・岡田新代表就任会見 2016年3月27日 <iframe src="http://www.youtube.com/embed/8-MWwR-5qsY" frameborder="0" width="640" height="360"></iframe>

 改憲発議勢力3分の2をめぐって歴史的攻防となった、第24回参院選(2016年7月10日)では、IWJ(インディペンデント・ウェブ・ジャーナル)で、全5回で情勢分析及び開票特番(5回目)に参加しました。総計22時間。

<iframe src="http://www.youtube.com/embed/jIlgQk84nB0" frameborder="0" width="640" height="360"></iframe>


[画像]2016年7月10日のIWJ(インディペンデント・ウェブ・ジャーナル)動画から、宮崎信行がスクリーンショット。


[画像]2016年7月10日のIWJ(インディペンデント・ウェブ・ジャーナル)動画から、宮崎信行がスクリーンショット。


[画像]2016年7月10日のIWJ(インディペンデント・ウェブ・ジャーナル)動画から、宮崎信行がスクリーンショット。


[画像]2016年7月10日のIWJ(インディペンデント・ウェブ・ジャーナル)動画から、宮崎信行がスクリーンショット。

 2016年9月19日、ブログ「宮崎信行の国会傍聴記」が通算1500万PV(ページビュー)を達成しました。

 2017年春現在、政治ジャーナリスト、工作機械販売会社代表取締役専務、貸工場業、貸家業として、ジャーナリスト、納税者として、国益に邁進。

このエントリーの本文記事は以上です。

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