【元日経新聞記者】宮崎信行の国会傍聴記

政治ジャーナリスト宮崎信行、50代はドンドン書いていきます。

石川2区・田中美絵子さんのさわやかなディスクロージャー

2009年08月05日 20時11分55秒 | 第45回衆院選(2009年8月)政権交代

[写真]田中美絵子さん=スポーツ報知ウェブサイトから。

 河村たかし秘書から石川2区公認予定候補となった田中美絵子さんの記事が4日付スポーツ報知に大々的に出ました。

 (記事から引用はじめ)

 あまり表には出してないが、実はバツイチでもある。秘書時代に「一瞬だった」結婚生活を経験している。「河村さんからは『演説で言った方がいいぞ』と言われています。秘書時代も集会で『彼女、バツイチなんよ』って紹介されると笑いが起きるんですよね。それで(有権者との)距離が縮まるというか…」。今後はホロ苦い経験を有権者に語っていくことも考えている。

 (引用おわり)

 ということで、河村たかしさんが「演説で言った方が良い」とアドバイスしているのは、相手陣営にネガティブ・キャンペーンを受けるよりは、しっかりとディスクロージャー(情報公開)した方が賢明だ、という意味だと思います。

 

 田中美絵子さんと仲良しの別の議員秘書によると、このことは「知っていました」とのことでした。この情報は、40年間議席を守り続けた森元首相が自分からやるとは思えませんが、森陣営のだれかが自主的に怪文書などをつくり、ネガティブ・キャンペーンを仕掛けてきた可能性はあると思います。

 ですから、こういった事情もふまえて、みんなで田中美絵子さんを応援してほしい、「背中を押して」ほしいと思うのです。そうやって総支部長と一緒に選挙をたたかうことが、「政治を国民(自分)の手に取り戻す」ことにつながると思うのです。

 日本社会というのはとても閉ざされた、情報の囲い込み、エンクローズ(enclose)、エンクロージャー(enclosure)の社会です。タンス預金なんかは、エンクロージャーの象徴です。グローバリゼーションから逃げようのない現代において、エンクロージャーは、“不安の囲い込み”になっているのが「2009年・日本」の姿です。

 昨年の東北地方での震災では、家が壊れて、避難所で生活していた人たちが数日すると、「(家の修築にかかる)お金が心配だ」という話をし出した、と新聞で読みました。

 これは不安の情報公開、ディスクローズ(disclose)、ディスクロージャー(disclosure)だと思います。不安をディスクローズすることによって、人々が支え合う社会を再構築するのが、政権交代で私たちがつかみ取るべき価値ではないでしょうか。

 支え合う社会。日本最初の労働組合は「友愛会」という名称です。生活協同組合(生協)の創始者も「友愛」ということばを使っていたそうです。鳩山由紀夫代表の「友愛社会の建設」というのは、そういう意味なのだと、私は理解しています。

 石川2区(小松市、加賀市、白山市、能美市、能美郡、石川郡)には民主党新人の田中美絵子さん、自民党前職で元首相の森喜朗さん、幸福実現党新人の宮元智さんが立候補を予定しています。

“政界の井上和香”田中美絵子氏、「姫のサメ退治」だ!…石川2区:社会:スポーツ報知

 今選挙の代表的構図「自民党の大物VS民主党の新人女性候補」の象徴が石川2区だ。自民党・森喜朗元首相(72)に挑戦する民主党・田中美絵子氏(33)は「姫のサメ退治」と意気込む。「今選挙ナンバーワン美女」と評される田中氏の素顔と、森氏の奇策とは―。

 夏祭りの夕暮れ。焼き鳥をほおばった田中氏は、豪快に言い放った。「(姫の)サメ退治です。森さんは『サメの脳みそ、ノミの心臓』と言われてるので」。敵は一串では刺せそうもない大物だが、遠慮なしの言葉で大金星を誓う。

 森元首相が40年間守ってきたスーパー保守王国で、挑戦者に名乗りを上げた。昨秋の公認直後は「井上和香似の美女が来たわいね!」と、一部で話題になったものの「選挙と言えば森と書くのが常識になってた」(地元有権者)選挙区では、なかなか名前は浸透しなかった。「『え、誰?』みたいな」

 絶対不利の「将軍のおひざ元」(県議)で戦うため、機動力を使った。秘書を務めた名古屋市長・河村たかし氏(60)=当時は衆院議員=直伝の自転車遊説を展開。都市部から山間部まで連日ペダルをこぎまくって支持を訴え、知名度は70%前後(選対)まで上昇した。

 師匠は「みゃー、とにかく分かりやすい言葉で体験を話すといいがね。『王様と庶民の戦い』をキャッチフレーズにな」と助言をくれるほか、深夜に酔っ払ってちょっとエッチな内容の電話(しかも名古屋弁)をかけてくる。「さすがに怒ります。ふざけないで下さいと」
 
 河村たかし氏直伝の自転車遊説で街中を巡る あまり表には出してないが、実はバツイチでもある。秘書時代に「一瞬だった」結婚生活を経験している。「河村さんからは『演説で言った方がいいぞ』と言われてます。秘書時代も集会で『彼女、バツイチなんよ』って紹介されると笑いが起きるんですよね。それで(有権者との)距離が縮まるというか…」。今後は、ホロ苦い経験を有権者に語っていくことも考えている。

 平田健二参院議員、河村氏の秘書を務めるまでは「フツーのOL」だった。短大卒業後、パチンコ店のカードをつくる会社に勤務後、根っからの旅好きが高じて、JTBの派遣社員としてツアーコンダクターを務めた。「旗持って『こっち来てくださ~い』ってやってました」。ハケンの品格を持って仕事をしているうち、人々の生活を豊かにする政治の世界に興味を持った。

 短大時代はバックパックを背負って1人、世界を放浪した。エジプトではピラミッドに登ろうとして番人と番犬に追い掛けられたことも。「もし選挙に負けたら、私、旅に出ます。1人でラクダにでも乗ってこようかなあ」

 今秋、33歳は砂漠でラクダにまたがるのか、それともバッジをつけて国会の敷居をまたぐのか―。旅の行方が決まる決戦は、最終章を迎えている。



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