元気いっぱいの新老人の ツッパリ発言

団塊の世代のちょっと先輩。75歳を過ぎ、今の世の中がこうなったのも、少しは責任があるのかなと反省をこめての前向き発言

汚染水でテンヤワンヤの、福島原発と豊洲新市場。 Part 2

2016年09月18日 10時44分05秒 | 日記
 豊洲新市場の盛り土工事のテンヤワンヤは、東京新聞がスクープしていたように、石原慎太郎元東京都知事が、コンクリート箱の上に建造物を作れば、工費が安くなると聞いて、検討するように都庁の関係者に指示したというのが、事の真相のようだ。

 ただ技術委員会では、この石原案を採用しないと決めていたようだが、何故か建設は石原案で進んでいった。 問題の本質は、この原因を精査することだろう。

 筆者は、この事実で、またまた勘ぐってしまった。

 石原元知事は、都民の圧倒的な支持で当選した知事である。 しかも著名な作家でもあり、衆議院議員でもうるさ型だった人物である。

 都知事になってからも、ディーゼル車の排気ガス問題を取り上げ、都内に乗り入れ禁止を強引に進めた例があるように、本人の発案でなく提案された案でも良いと判断すると、持ち前の説得力で相手を説得する。 この石原氏に対抗できる迫力をもった都庁の職員が、おらなかったのであろう。

 所詮は公務員気質丸出しだ。 上司の知事の言うことには堂々と反論せず、技術委員会の出した結論との板挟みで、設計事務所には石原案で設計するように、内々指示したのだろうと、筆者は勘ぐるのだ。

 今回の豊洲問題で、一番注意しなければならないのは、都民をも、ごまかして物事を進めた都庁公務員の存在だ。

 都民が選挙で都庁職員を選べないため、結局は都知事や副都知事に対して、都民がしつこく追及するしか方法がないのだろうか?

 あとの問題はメディアの劣化だ。 東京新聞は調査報道で、石原前知事の提案であることを調べ、報道した。

 しかしTVメディアも大手新聞も、石原氏の発言記録は、過去の記録を調べれば、すぐに分る筈であるのに、都庁関係者の広報だけに頼っての垂れ流し報道の為、中身がチンプンカンプンで、ただ大騒ぎをするだけだった。 そして石原氏にマイクを向けても、まるで負け犬の態度のように、おっかなびっくりだ。

 最近のメディアの報道は、自分で調査する姿勢が薄れ、記者クラブや広報部門の垂れ流し報道が多く、国民に正しく判断する機会を与えていないのではないかと、筆者は懸念しているのだ。


(東京新聞 朝刊より貼り付け)

豊洲地下コンクリ箱案 石原氏指示認める 都幹部に「検討を」
2016年9月18日

 築地市場(東京都中央区)が移転予定の豊洲市場(江東区)の建物下に土壌汚染対策の盛り土がなかった問題で、元東京都知事の石原慎太郎氏は17日、都内で報道陣の取材に応じ、豊洲の建物下にコンクリートの箱を埋める案について、これまでの発言を修正し、「(自分が)専門家から聞き、都の幹部に検討したらどうだと言っていた」と述べた。

 検討を指示した後は「コンクリート(で地下空間)を造る計画は一切報告を受けていない」と説明した。

 石原氏は知事だった2008年5月30日の定例記者会見で、海洋工学の専門家がインターネットで「もっと違う発想でものを考えたらどうだ」と述べていると紹介。 土を全部さらって地下にコンクリートの箱を埋め込み「市場としてのインフラを支える」工法があることを、「担当の局長に言った」と発言していた。

 石原氏は今月13日のBSフジの番組で、盛り土にしなかったことを「(部下から)聞いてません。これは僕、だまされたんですね」と説明。本紙が15日に石原氏の08年の会見発言を報じると、その日のうちに「都庁の役人からそういう情報を聞いたから、そういう意見があると取り次いだだけ」と述べた。

 一方で、08年当時に事務方の責任者の都中央卸売市場長だった比留間(ひるま)英人氏は15日、本紙に「08年5月ごろ、石原氏から『こんな案があるから検討してみてくれ』と指示を受けた」と証言した。

 石原氏の会見発言前には、豊洲の土壌汚染対策を検討していた専門家会議が、土を入れ替えて盛り土にした上に建物を造る方針を決め、08年7月に都に提言した。都は提言を受け翌月、工法を検討する別の有識者による技術会議を発足。同年11~12月の会議で都側は、地下空間を設けて駐車場などに使う公募案や、汚染地下水の浄化作業用空間を確保する案を示した。

 比留間氏によると、同じころ、石原氏のコンクリート箱案は技術会議とは別に検討された。しかし工費がかなり高く、石原氏には09年1月か2月ごろ「コンクリート箱案は採用できないと伝えた」という。

 技術会議では駐車場案は不採用になったが、11年6月の設計図面には地下空間を造ることが記載された。この図面は技術会議の委員には示されず、複数の委員は本紙の取材に「地下も盛り土がされたと思っていた」などと答えた。

 この間、市場長は09年7月に比留間氏から岡田至氏に交代した。岡田氏は本紙に「都から、取材に答えるのは遠慮してほしいと言われている」と話している。

(貼り付け終わり)
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