休日は風を切って
休日は自転車に乗って風を切って・・・汗も疲れも気持ちがいいです。自転車に乗るきっかけはダイエットでした。




(2016.10.14 山中深き岩場にそびえる県指定重要文化財「左下り観音堂」)

10月14日、あんまり天気がいいので、きょうは“ワイフ君”とドライブすることにしたんです。



ということで、やってきたのは秋の定番中の定番『磐梯吾妻スカイライン』。しかしながら、紅葉は浄土平を下ったけれど、“天狗の庭”や“つばくろ谷”にはまだ届かないといったところでイマイチ。盛りの辺を車の中からパチリといった感じでサッと流してしまいました。



猪苗代方面へ下って、いまや超人気店の『くいものや ラ・ネージュ』でお昼にして、やってきたのは会津美里町の『左下り観音堂』というところ。



会津若松市から南西へ下った県道23号沿いにそれはありました。



駐車場へ車を止め、案内板を見ると「これより約600m・・・」とありました。しかし、「400m先に第二駐車場あり」という看板を見つけて、そこまで車で移動することにしました。



道は狭くなかなかの坂道ですが、きちんと整備されていて不安は全く無し、対向車が来たら少々困るような気もしましたがそれもありませんでした。



ここが第二駐車場。ところで、どうしてわたしがこの「左下り(さくだり)観音」の存在を知ったかといいますと、それは“BS日テレ”の「三宅裕司のふるさと探訪」という番組で8月2日放送の「福島県会津若松の旅」で、ここの観音堂が紹介されたのです。



第二駐車場からも登り道は続いていて、まだ観音堂は見えません。




「これはすごい!」




テレビでは見ていましたが、実物を前にするとやはりその姿には圧倒されます。



創建は鎌倉時代の初期、高僧徳一の建立ともいわれているようです。修験者が修行に入るに先立ってお籠もりをする行道(ぎょうどう=「長床(ながとこ)」と呼ばれる施設)であったとのこと。御本尊は“首なし観音”とも呼ばれ、会津三十三観音巡りの二十一番札所となっています。
「延長(923~930)の頃、越後(新潟)の人が無実の罪を受け、この観音堂に逃れてきて救いを求めていましたが、遂に追っ手に捕らえられて打ち首となりました。追っ手はその首を越後に持ち帰り、主人に見せたところ観音の石首であったといいます。それ以後この観音様は「無頸観音(くびなしかんのん)」と呼ばれるようになったと伝えられています」(左下り観音パンフレットより)



清水の舞台を彷彿とさせるようなその姿。



こちら側から見ると、そびえ立つ岸壁にへばりつくように建てられている様子がよく分かります。



それではお堂へ上ってみましょう。



下層の床が見えます。



「普門殿」と書かれた扁額が掛かっています。









手すりのある回廊へは出ないようにとの注意がありましたから、景観を眺めるために慎重に内側を進みます。


(大きな画像)

テレビでは「お堂からは磐梯山の絶景が見えます」と言っていましたが、撮影日は生憎の雨で視界が効かず、三宅裕司さんはこの景色を見ることが出来なかったのでした。



今度は入り口左側を裏側へと進んでみます。岩に合わせて上手に床板が形成されています。



廊下の突き当たりには、何やら胎内くぐりのような岩穴が見えます。



岩穴の中には小石のお地蔵様?。



階下へ降りてみます。



かなりしっかりした骨組みです。



最下層の床。



柱と土台石。



“ワイフ君”とふたり、家内安全・無病息災を祈念して帰途につくことにしました。高さ13m、県重要文化財の『左下り観音堂』は、四面庇付宝玉造(ひさしつきほうぎょうづく)りで木造三層懸造(かけづく)りの素晴らしい建築物でした。

わたしが知らないこのようなところが、県内にはまだまだ沢山有るんでしょうね。
「“ワイフ君”こりゃ忙しくなってきたぞっ!」

コメント ( 7 ) | Trackback ( 0 )


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コメント
 
 
 
徳一 (玉井人ひろた)
2016-10-15 19:15:16
伊達政宗によって焼き壊されましたが、会津を中心に東日本に在った徳一上人とそのゆかりのお寺はもっと注目されるべきでしょうね。

会津の「徳一」、京の「最澄」と「空海」の三大聖人は同じ時代、しかも近い年代でお互いに切磋琢磨した日本人高僧ですが、徳一上人だけが知名度が低すぎです。
 
 
 
“玉井人ひろたさん” (koji)
2016-10-15 22:33:54
身近なところでは、白沢の高松山観音寺、大玉村の相応寺も徳一が開いたということですよね。
わたしが徳一を知ることになったきっかけは、磐梯町を通りかかったときに「慧日寺」の案内板を見て立ち寄ってみたことでした。そのとき徳一廟を見て、後日、慧日寺資料館も訪れました。そのすぐ後に「高僧徳一」が新聞に連載されたような記憶があります。
おっしゃる通り、わたしもそれまでは全く知らなかったのですから、わたしの勉強不足を棚に上げれば、知名度が低すぎます。
 
 
 
凄い!! (なでら男)
2016-10-16 18:12:40
これは凄いですね。どこでしたっけ?絶壁を削って立てられた,同じような建物がありましたが,..。あれを彷彿とさせます。
機会があれば,是非眺めてみたいところです。
徳一という僧のことも全く知りませんでした。知らないことが多いなぁ。^^;
 
 
 
“なでら男さん” (koji)
2016-10-16 19:45:48
こんな凄いところなのに訪れてくる人は少ないようです。この日もわたしたちの独占でした。お参りするのに二人とも小銭をもっていなくて、わたしのサイフから小額紙幣を一枚。この建物を維持するのは大変でしょうからね。
崖っぷちに立つ寺院といえば、山形なら山寺などにあるでしょうか、懸造といえば福島県内では柳津の円蔵寺や田村町の磯前神社がそのようですが、これほどの高さはないようです。立派なところでは国宝の三徳山三佛寺の投入堂というのがあるようす。
徳一と慧日寺については
(参考)http://www.town.bandai.fukushima.jp/site/enichiji/
なんでも慧日寺には僧兵が三千いたと申しますからすごいお寺だったんですね。徳一と最澄との間で行われた仏教宗論「三一権実諍論」は特に有名と言われていますが、わたしは疎いです。
 
 
 
良いドライブでしたね (ケンヂ)
2016-10-16 22:40:00
とてもいい御堂です。
さすが会津地方は奥深い。喜多方の會津大佛は御テレまで行ったのですが,拝見はしていないんです。昨日も風とロックで喜多方を2度通ったのに。今月から来月に掛けて時間を取って是非行かねば。慧日寺もポイントですね。
山形にも唐松観音堂とかがありますが,参拝したことがなく地元も行ってみようと思います。
 
 
 
“ケンヂさん” (koji)
2016-10-17 06:07:58
山道を登り、立木の陰からこの懸造りの建物が顔を出したときは、思わず凄い!と声が出てしまいました。
会津大仏の願成寺とはいいところを教えていただきました。喜一のラーメンを食べながら是非見に行かなくてはなりませんね。また情報よろしくお願いします。
 
 
 
“なでら男さん”コメント内容に誤りがありました・・・ (koji)
2016-10-24 11:32:46
先のコメントで「慧日寺には僧兵が三千いた・・・」と書いてしまいましたが、それはわたくしの記憶違いで、正しくは数千(一説には六千)というふうに言われているようです。
大体わたしの話を倍にしていただけたらと思います。
 
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