ラインの内と外では明暗がはっきり分かれます。ラインを越えたらファールなんです。一般的には。
「黄色い線の内側」
駅のホームでのアナウンス。「電車が来るから黄色い線の内側で待て」と。あれはどっちが内側でどっちが外側なんでしょうか。電車は線路走って来るわけだから、「線路」を基準にすれば黄色い線から線路寄りが内側なんでしょうね。そうすると、電車が入ってくるのにつま先立って待っていなきゃいけない…。あの細いラインの内側で。
「薬害C型肝炎訴訟の和解案」
引くに引かれぬラインなのに…。政府の「線引き」は原告の無念を通り越して「見事」っていうほかない。なんであんな判断ができるのでしょうかね。
例の「フィブリノゲン」。1985年8月から1988年6月までに投与された人だけ直接救済。これ以外の時期に投与された場合には、間接救済。30億円の基金をみんなで分けよ…って。同じ「フィブリノゲン」の投与なのに…。原告団がいうように、「全員一律救済」。これですよね。
いつもは下級審の判断なんて軽くみているのに、今回は「三権分立があるのだから、司法の判断はムシできない」って官房長官。国のメンツでしょうかね。
鳩山法相。国も苦しい。だから理解してくれって…。ほとんど説得力なんてないですね。一度「フィブリノゲン」を投与してみてはいかがでしょうかね。舛添厚労相も(いささかがっかり。当初の元気の良さに翳りが)。
「合否の線引き」
ラインの向こう側・こちら側。どちらが合格で・どちらが不合格なのか。そんなことはどちらでもいいです。ともかく、合格側に入らなければ。およそ試験というものには、合否の「線引き」があるわけです。どうすれば、合格ラインに入れるか。予備校の資質もありますが、ラインを越えられるかどうかは、あくまでも「本人の努力」。これが一番必要ですね。
「ごまかしの講義」ではダメなように、「ごまかしの受験勉強」ではダメです。
「線引小切手」
「線引」なんていうと、「千疋屋」はともかく…。「線引小切手」ってありますね。一般に小切手の表面・左上に「二本の平行線」を引いてある小切手。興味のある人は小切手法37条・38条を読んでみましょう。これは不正に小切手を取得した者が支払を受けることを防止するための制度ですね。学生時代の「手こぎ」の講義では「銀行渡小切手」と教わりましたが。
「あなたを 好きになるのは ここまでと 心の中に ライン引ければよいのに」(詠み人知らず)











「司法が決めたこと」とひとごとのようにほざく某総理大臣ではこの日本はだめになる。不作為総理とも呼びたい。