ほとほと通信

独居中年の日記です。
孤立しない、させない
生き延び合う…を合言葉に、
一日ずつ生きています。


初ミサ

2015-07-12 | 喜び
今日はとても佳き日でした。

今年の三月に、私の友人が、京都でカトリック教会の司祭に叙階されました。
彼はその後三重県の教会に赴任しました。
今日は、その彼が出身教会で初めてミサの司式を行う、「初ミサ」の日でした。
そのミサに与ろうと、私自身も17年前に洗礼を受けたカトリック立川教会に行ってきたのです。

彼は、落ち着いて立派にミサを司りました。
お説教も簡潔な中に根源を含んだ心に染み入るものでした。

会衆に高齢者が多いのはどこの教会も同じでしょうが、今、私が住む地域の教会に比べると質朴な人が多いように感じました。
でも、それは良いことです。
困っている人。弱っている人。貧しい人。
教会は、そういう人がいつでも立ち寄れる場所であって欲しい…と思うから。
ふと、彼自身の人柄がそういう人たちを多く引き寄せたのかも…と感じたりもしました。

私は19年前の9月に初めて教会に足を踏み入れました。
そのときに出会った五十代半ばの神父さんには、本当に助けて頂きました。
彼にもそんな司祭になってもらいたいし、彼ならきっと多くの「困り人」の力になることでしょう。
彼はもう「私の友人」などではなく、もっと大きな役割を担っている立場です。

でもそれは、私の誇りであり、喜びでもあります。
これからたくさんの困難があるでしょうが、どうか、神様のお恵みがありますように。


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僕のアルパカ君

2014-04-08 | 喜び


もう五年くらい前になると思いますが、私が働く事務所に一匹の動物が棲み始めました。

アルパカの小さな人形です。

栃木県の那須高原にアルパカ牧場というのがあって、そこに観光に行った人がお土産に持ってきてくれたのです。

つぶらでちょっと寂しげな瞳が可愛くて、人気者になりました。

特に私は気に入って、自分のデスクに置いていました。

アルパカはアンデス山脈の高原に住んでいて、体高は80センチくらいで体重は50キロ程度だと言います。

ですから「一匹」というより「一頭」というべきなのでしょうが、このアルパカ君は体高20センチ弱で体重も300グラムくらいの小柄な子アルパカなので、「一匹」で良いと思います。

調べてみると、アルパカはとても臆病でシャイなくせに好奇心は強い…とのことでした。

そして、唯一の武器はゲップ。

とても臭いのだそうです(そんなのが武器になるのか?)

でも、調べるほど親近感が沸いて、しばらく私の友人として机の上で暮らしてもらいました。

ところが、やがて本社から「仕事に関係ないものは一切机に置いてはならぬ!」というお触れがでました。

お触れだけでなく、定期的に本社から人が回ってきて、ホームの全館をチェックして点数をつける…という沙汰が始まりました。

やむなく、アルパカ君はロッカーの中に隠れてもらっていたのです。

新年度に当ってロッカーを整理した際、アルパカ君は私の部屋に引っ越してもらうことになりました。

それが、冒頭の写真です。

職場での辛いことや悲しいこともたくさん見てくれた友が部屋にいると、何だかホッとします。

そして、彼の左わき腹にあるネジを回すと、トコトコトコ…としばらく歩くのですが、それがとても可愛いんです。

まさに、僕のアルパカ君です。








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ランチとお買い物

2013-12-17 | 喜び



今日は仕事がお休み。

月に一度、母と姉が私の住処にくる日です。

いつものように掃除とか世間話をした後、新宿まで昼食を食べに出掛けることになりました。

それにしても、新宿はどんどん巨大な街になって行きます。

今日は新宿駅南口に面した駅ビルのレストランに行ったのですが、昔は新宿でも南口はあまり繁華な印象はなかったけれど、最近はいくたびに開発されている気がします。

反面、都内でも住宅地の小さな商店街などは寂れてるとも聞きますが…。

とまれ、私たち三人が入ったのは、ハンバーグやソーセージが売りのドイツ風レストラン。

私はメインのハンバーグランチを注文しました。

しっかりと肉の味がして、「肉食った!」という気分にさせてくれるなかなかの一品でした。

蒸かしたジャガイモがまるごとひとつついてくるのも面白い。

母は和風でしたが、ハンバーグランチを完食しました。

82歳にしては大したものです。

私は老人ホームに勤める者として「高齢者は食欲が一番」と確信してますので、嬉しく思いました。


食事の後は二人と別れ、四谷のカトリック聖品店に行きました。

送別する人へのプレゼントなどを選びに行ったのですが、クリスマス直前らしく店内は可愛い小物などがいっぱい。

私は天使や幼な子イエスをモチーフにした小物類を見るのがとても好きなので、何だかワクワクと嬉しくなりました。


食事、買い物…って、女性が好きなコースだけど、やっぱり良いですね。

女性が年をとると男性よりもずっと元気なのは日常の小さなことを楽しむクセが身に付いているからでは…と思ったりしました。



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一泊二日二都てんこ盛り

2013-10-14 | 喜び
10月12日と13日、友人と二人で京都と大阪に旅行をしてきました。

私は子供のころから札付きの出不精で、旅行もメッタに行きません。
泊りがけのお出かけは12年ぶりです。京都に行くのは高校の修学旅行以来36年ぶり、大阪となると40年前に家族旅行で行ったきりです。

さて、今回の旅に同行したH君は47歳。
私と同じく、カトリック信徒の独身男性です。

しかし、彼は私と違ってなかなかの行動派なのです。
趣味はランニングで、各地のフルマラソンを何度も走破したツワモノ。
旅行もひょいひょいと一人で出掛けているようです。

そんな彼が私に付き合ってくれたのは、「12年ぶり!」「36年ぶり!」などといちいち興奮している私が頼りなさ過ぎたからでしょうか…。

ともあれ、12日の朝9時前、新幹線のぞみ号に乗りこんで、まずは京都に向かったのでした。


                ☆

渡月橋


京都駅に着くと、素朴な印象だった駅舎が超近代的なビルに生まれ変わっているのに驚きました。
天井なんて「鳥の巣」と呼ばれた北京オリンピックのメインスタジアムみたいに細い鉄骨が組み合わさっていて、斬新というよりいささか悪趣味なくらい…。

何てことを考えているヒマはありません。
観光には絶好の快晴の三連休の初日、むしろ暑いくらいでしたが、京都駅前のバスターミナルは「いざ行かん!」という観光客でいっぱいです。

H君の先導で、私たちは嵐山方面行きのバスに乗り込みました。





「ここが8月の台風のとき大氾濫した渡月橋ですよ。あのときは嵐山全体が大洪水みたいでしたが、すっかり穏やかになって、まるでウソのようではないですか」


バスを「嵐山公園」で降りて、しばらく歩くとちょいと広い川に立派だけど風情ありげな橋が架かっていて、それを渡る前にH君がそう言いました。

「そういえば、そんなニュースを見たよなア…」

名所旧跡にさっぱり疎い私も、その恐ろしい光景なら覚えています。
でも、今、目の前に広がる川(桂川でありました)も、向こう岸まで架かる橋も、橋を渡るおおぜいの観光客も、ポカポカとした陽射しに温められて、至って穏やかな風情でした。

渡月橋は1200年近く前、空海の弟子である道昌と言うお坊さんが架けたのが始まり…とガイドに書いてあります。
それから400年以上たち、橋の上を月が通るのをごらんになったときの帝が「月が橋を渡っていくようだ」とおっしゃったのがこのロマンチックな名称の云われというのですから、旅の初っ端からミヤビではありませんか。


                ☆

トロッコ列車

「トロッコ列車に乗りに行きましょう」
渡月橋を見渡せるレストランで「にしんソバ」などで昼食をすませると、H君はそう提案しました。

トロッコ列車って、何でしょうか?
言葉からは客席がむき出しになった列車…というのが浮かびます。
北海道、東北、あるいは九州の旧炭鉱地区とかで走っているイメージです。
『あまちゃん』の北三陸鉄道お座敷列車とかも頭に浮かびますが、いずれにせよ、嵯峨野嵐山とは何となく結びつかない。

しかし、H君は持ち前の健脚でズンズン歩いていきます。
私は何とか着いていく。

勢いが良すぎて何度か道を間違えたりしましたが、ついに、「トロッコ嵐山駅」にたどり着きました。





でも、ここも客席は満員で、立って行かなければならないようです。

景観がどんなに素敵かは分りませんが、トロッコ列車なんて物理的にストレスが掛かりそうな乗り物に立って乗るなんて、私はイヤです。

と、H君が受付の女性と話していると、
「あなたたちが乗ろうと考えている区間は住宅街ばかりだから、お金出して乗るイミないですよ」
と、その女性は教えてくれました。

さすが関西女性は合理的!…というのは偏見でしょうが、けっきょく乗らないことにしました。


また、バス停まで歩いていると、途中「京都嵐山オルゴール館」というのがあり、ピエロの格好をしたお兄さんがパントマイム風の動きをしていました。



そして、「京都嵐山美空ひばり館」というのも建っていましたが(人の気配はなし)、美空ひばりと嵐山に、どんな関係があったのでしょうか?


              ☆

大覚寺


H君の先導で渡月橋そばのバス停まで戻った私たちは、今度は大覚寺を目指しました。

といって私は、おとといまで大覚寺を知りませんでした。
でも、ここは良かった。心が洗われた。

大覚寺は、貞観18年(876年)嵯峨天皇の孫の恒貞親王を開山とした真言宗大覚派の総本山で…とガイドを読んだところで、私の心は洗われません。

まずとにかく、静かです。
それだけで、広い古刹のありがたみをしみじみと感じます。
そして、いくつものお御堂が渡り廊下で繋がっているのですが、それを渡り歩いて行くのが、何だか秘密めいていてとても面白い。



十数棟の建造物は、鎌倉時代、室町時代…といった年代物ばかりでなく、大正・昭和初期の伽藍も多いそうですが、それでもじゅうぶんありがたい気持ちになってきます。

嵯峨天皇が造築した大沢池も趣がありました。



  

               ☆

先斗町


夕方近くなって、私たちは京都在住の友人との待ち合わせ場所である阪急烏丸駅の交差点に向かいました。

この辺は「京都ビジネス街の中心」感があり、銀座や東京日本橋あたりと変わらないオフィスビルや商業ビルが並んでいます。

私はそんなつまらないことに感心していましたが、H君の案内マインドは止まることがありません。

「まだ時間があるから、面白いところに行きましょう」
と言って、大股でまたズンズン歩いていく。

大通りや長いアーケード街などずっと歩いて行くと、街中に川が現れました。
架かっている橋は、やたらたくさんの人で賑わっています。外人さんも多い。

「鴨川です。あちら岸に祇園があるのですが、そこまで行く時間がない」

H君はちょっと悔しそうに言いました。

この川岸はカップルの名所なんですよ…というH君の言葉に橋から川岸を見ると、確かに多くの男女が睦まじく並んで座っている。

(良いなあ。でもなんか悔しいなあ)

と、思っていると、H君は、川べりの路地に案内してくれました。

この路地こそ、あの有名な京都先斗町。

私は、先斗町…というくらいだから例えば神楽坂のような一定の地域だと漠然と思っていましたが、何とひと筋の通りだったとは…。





でも、この通りには、いろんな人の思いや出来事が幾何重にも積み重なっているのでしょうね…。


それから友人と落ち合い、京都での再会を喜び合いました。

そして、彼が京都で過ごした十二年間を中心に、いろいろなことを話し合いました。



               ☆


12年

京都の友人は、カトリックの聖職者です。

私と彼は17年前に東京立川市にあるカトリック教会で知り合いました。
いつまでも洗礼を受けずグズグズしていた私とは対照的に、彼は半年ほど熱心に教会に通って洗礼を受け、教会の青年の中心として働きました。

そして、12年前の春、修道士になるために京都にやってきたのです。
彼には物に囚われない行動力があることはすぐに分りましたが、さすがにそのときは驚いたものです。

あれから12年。
彼がそうだったように、私にもいろんなことがありました。
特にこの3年近くは、私の半生でももっともつらい時期が続きました。

復活に差し掛かってきたこの春頃から、私には「京都に行って彼のミサに与る」というのがひとつの目標…メルクマールになりました。


                ☆

75周年記念ミサ


ビジネスホテルで一泊した私とH君は、京都駅前からバスに乗って一時間ほどにあるカトリック教会に向かいました。


そこでは、教会の75周年記念ミサが行われるのです。




緑の多い、落ち着いた雰囲気の教会でした。

記念ミサのため、司教を初めとして何人もの司祭が合同して司式を行って行きます。

東京の教会がそうであるように、信徒の多くが高齢者でした。

でも、小さな子供たちもけっこういます。

小さい子供は、どこでもとても可愛い。

そして私は、聖体拝領をに与り、お祈りをしました。



ミサのあと、教会の中庭で、子供たちによるマリア像の除幕式がありました。

そして、司祭たちと信徒たちは、祈りと共に歌いました。





            ☆


道頓堀


あとは、大阪に5年いたH君の出番です。

残り少ない時間で私に大阪見物をさせようと、彼の歩くペースはなお速くなりました。

まずは、グリコ万歳の看板の道頓堀。




こうして改めて見ると、この看板のランナーはどこかH君自身に似ています。
彼は大阪転勤時代にランニングを始めたらしいのですが、このもろ手を挙げたランナーの像に深層心理的な影響を受けたのかも知れません。




そして、東京では一般に「阪神タイガースが優勝すると若者が飛び込み、カーネル・サンダース氏が川底に放り込まれる」ことで知られている川面を眺めながら、念願のお好み焼きとヤキソバを食べました。


            ☆


ビリケン・通天閣


いよいよ時間がなくなってきました。

H君が目指すのは、「大阪といえばコレ」、通天閣であるようでした。

いわゆる新世界界隈に足を踏み入れると、私たちと同じ観光客と思われる人々が、たくさん歩いていました。

その証拠に、ときどき立ち止まってはスマホで写真を撮っています。

例えば、ビリケン像。



このどことなく南アジア的な幸福の神は、じつは105年前にアメリカ人の女性芸術家が夢で見た像をかたちにしたものだと云います。

それがなぜ通天閣界隈で串かつの商いをしているのでしょうか?

と考えていると、紅の豚もポーズを取っていました。




私の12年ぶりの旅行は、通天閣を拝んで幕を閉じることになりました。

今回の旅行をしなければ、通天閣がエッフェル塔とパリの凱旋門をモデルに建てられたことを生涯知らなかったかも知れません。

また、H君から『ドカベン』の坂田三吉の通天閣打法に関して教えられることもなかったでしょう。

それだけでも人生が豊かになったと思える、本当に貴重な旅でした。

















































































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弥次喜多上洛

2013-10-13 | 喜び
昨日は昼前に京都駅に着いた。

36年ぶりの京都駅は巨大な近代的ビルに姿を変えていた。

それから嵐山や大覚寺を楽しみ、夕暮れの京都ぽんと町を歩いた。

そして神父になるべく京都で12年間修道している旧友との会食。

中年独身オジサン二人は早合点や勘違いもある、文字通りの弥次喜多珍道中だけれど、とても楽しい。

今日は旧友の働く教会でミサに与る。

楽しみです。

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