やっぱり機械加工が天職なのだろう!!!!

まだまだ、これからも日々精進します。
残りの人生、好きな機械加工職をまっとうしていきます。


同期は宝・・・・・

2012-05-03 09:47:18 | 回想

私が、某N社の訓練校に入り

そこでは、50人の同期がいました。

未だに付き合いがあるのは、10人くらいですが

まあ、宝物でしょう!!

2年間、同じ釜の飯くった仲だから

なんにも言わなくても話できるし

かけがいのない友人達です。

そんな、同期を持っている私も幸せだと感じます。

今度、また皆で飲み会とかやれればいいですね〜

 

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兄ィ・・・・

2012-04-25 14:59:26 | 回想

約1か月前に、昔お世話になった

先輩に会う機会があり15年ぶりくらいに

会いました。

その先輩は、唯一私が兄ィと呼べる先輩です。

兄ィは、N社からP社へ移籍し

今は、退職金で悠々自適に暮らしています。

まあ、兄ィらしいかな

また、機会があれば一杯やりたいですね〜

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気が付くと・・・・

2011-07-03 11:47:08 | 回想

私がこの業界入ってかれこれ30年近くなるが
少しでも進歩したのかなと、よく考える。

某N社の訓練j校に2年通い実践に配属されたが
おそらくなんの役にも経ってなかった年数があったのだろう。

現職の工場で、たまたま昔アルバイトをしていた
ところに近い工場をいまでも構えている先輩がいるため
よく世話になっている。

実は、そこの社長は、私の師匠と同期生で面倒見のよい人である。
まあ、町工場の親父だから口は悪いが信頼できる。

うちの工場は、物が揃ってなくて苦労するが、いつも借りにいったりして
助かってます。

んで、この前幾つになったの?って聞いたら65だよって
え〜そうなの・・・・・時間は戻ってこないんだな

じゃあ、小僧の時に色々教えてくれた人もそれくらいか〜
まだ、40代半ばだがそれを思うと
自分は、まだまだと思うし、自分より年代の下の人も気合入れて
がんばってると思う。

まあ、どうだかは分からないが、自分の技量は落ちているかも
しれないが、そういう人たちに仕込まれたものは
一生大事にしたいと思います。

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機械加工との出会い

2010-07-03 02:48:53 | 回想
この仕事をやるようになって、私はいつからこの仕事を
やっているのだろう ふと思い出すことが、あります。

思えば初めて、機械を触ったのは、14歳の中二のとき
文鎮を技術家庭科の授業で作った時、旋盤というものを
触ったのを覚えています。

その後、高校に進み普通科だった私は一切機械というものに
触れ合うことは、ありませんでした。

そして、高校3年生の時に、就職を向かえる時期がやってきました。
当時の、我が家はとても裕福とはいえない状態であり父親が作った
借金もかかえており進学などは、はなから考えていませんでした。

そんな中、私は地元企業の就職を考えていて何社か受験しましたが
全て、落ちてしまいました。

ある日、親戚の伯母から電話が掛かってきて某N社の訓練所があるので
そこでは、どうだという物でした。
”勉強させてもらって、給料もらえるんだから最高にいいじゃないの!”
と言われ受験する事となりました。
というのも、伯母の旦那さん、いわゆる私の伯父に当たる人のお兄さんが
某N社に勤めておりその当時課長をやっていて、私の職が決まらないのを
心配した伯母のはからいでした。
そういうことで、右も左もわからない都会へと出発し受験をしました。
首都圏など、高校の修学旅行以来なのでよく着けたなという思い出しか
ありませんでした。

私は2次か3次募集の試験でしたので、一人で会社の小部屋で筆記試験を
受け(これじゃ、カンニングできんじゃんみたいな感じでした)
訓練所で面接試験を受けました。
当時の訓練課長さんと訓練主任さんが、面接の担当で色々お話をしてくれました。
”ここでは、安全靴を一日中はいてやるんだよ、大丈夫かい”などと
言ってくれたのを思い出します。

その日の終わりに伯父のお兄さんと会いお礼を言いました。
そこで、”なんか聞いてみたら受かったみたいだよ”との事
え、そんなに早く結果がわかるんだ なんて思いやはりコネなのかな
なんて思いましたが、そんな事をいちいち気にするような状況では
無かったので、とにもかくにも職が決まって安心しました。

それから約半年後、訓練生として2年間訓練を始める事となりました。
そこでの2年間は、私の宝物でもある同期生との出会いや
機械との出会いキツイこともありましたが、今まで生きてきた中で
最高の2年間だったと思います。

2年間の思い出は、また、後日書く事にします。
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さあて、どこまで書いたっけ???

2010-06-13 06:14:59 | 回想
今回は、訓練校時代の続きを書きたいと思います。

どこまで書いたか覚えていませんが
旋盤の実習には試験がありました。

その内容は、オスメスのインローありダイタモンドナールあり
ダイス、タップあり R加工ありの物でした。

サイズとしてはまあ、100mmあるかないか程度の
小さい物でしたが、その当時の私の技量ではかなり
厳しい品物でした。

たしか、丸棒から初めて2.5H以内で終わらせる課題でしたかね

現在、NC加工が殆どの時代に手のハンドル操作でR加工出来る
人なんていないと思いますが、その当時はやりました。
理屈では、解っていてもいざ、ハンドル操作でやると
なかなか出来ないものです。

これも、経験値なのでしょう。

ちなみに私は、100点満点中75点でした。
しかし、その当時の指導員は、まあさすがに
技能5輪出身なのでうますぎました。

品物の輝きが違うのを覚えています。
その当時その指導員は30歳前でしたが
現在、私が40歳を超えその人の技量にはたして
追いついているのか、とおもえば????ですが
まあ、長く続ければそのうち追いつけるかもしれない
と思うこの頃です。
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モジモジ君

2010-02-20 16:00:05 | 回想

友人のたむさんのブログにモジモジ君というのがありまして
ふと、訓練校時代の物を思い出しました。

卒業記念にと25年前に作った事を思い出します。
作品は、これ以外にアルミの2mmで松竹梅も作りました
松竹梅の写真はありませんが、この入魂は、機械科の同期生だけ
持っているはずです。

   

 

このモジモジ君は、卒業記念として牧野のMCにて製作しました
今から25年前というと紙テープの時代でしかも、NCは
今は無きNEDACでした。

この入魂の原版を書いてくださった人はかなり有名な人だと
当時の指導員から聞きました。

どうやってプログラムを組んだかというと、原版のコピーに
細かく点を打っていき針で1ポイントづつ座標入力する方法でした。

結局、座標を拾うだけで二日くらいかかりましたが、いい記念品が
できたと思います。

ちなみにワイヤーカットをやっている頃は、いろんなキーホルダー
作りました。

こんな遊び心もあっていいでしょう。

 

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寝台特急 富士

2009-03-13 21:55:20 | 回想
寝台特急 富士も今日で終わりです。
昭和58年から60年時代、何回と無く乗車し大分迄
帰省したものです。
それが、無くなるのは少し寂しい気がします。
就職試験を受けて帰る時も富士でしたし
就職が決まって帰省する時も富士でした。
あの、懐かしい寝台が、無くなるのは時代の流れなのでしょうが
なにか今現代、生き急いでるような気がしてなりません。
寝台列車で、のんびり帰りその車内でのコミニュケーション等
楽しむ余裕が無くなってきたのかなぁ〜と思う今日この頃です。
でも、もう少し余裕が出来たら北海道迄寝台で行きたいと
思っています。
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急遽、名古屋へ

2009-02-23 16:52:34 | 回想
本日、急遽名古屋へ移動しています。 まあ、仕事を頂いてる以上やります、内容的にはたいしたことないですけど厳しいところなのでスムーズに仕事ができる事を願います。
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技能5輪

2008-12-13 12:28:08 | 回想
題名にも書いた技能5輪
たまたま、ヨッチャン様のブログにコメントしましたので
乗せておきます。
1983年当時私が就職したN社では技能5輪は撤退しており
私自身5輪をやって降りません。
しかし、当時の指導員は5輪の選手またはチャンオンでした。
何も知らない餓鬼が修正されるには持って来いの状況でした
今では考えられない言葉を連発されました。

でも、彼らの腕は流石しなやかで且つしなやかで
なんともいえないような感じを受けました。

なんで、あの様に機械が使えるのだろうと
思いました。

それが実感です。

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紅葉狩り

2008-11-24 08:25:13 | 回想

昨日、高尾山に紅葉狩りに行きました。
  
昨日は、絶好の行楽日和でありたくさんの人が溢れ帰っていました。
さあ、およそ4Kmの山登り頑張るぞ!
と言いつつ酒饅頭を買い思わず食べちゃいました。
 
山頂手前の休憩所で一息入れました
ここの、カレーパン揚げたてでサクサクしていておいしかったけど
カレーが少し甘かったかな。
次女が買い少しかじらせてもらいました。
写真右は中央道、山全体はまだ紅葉が今一かも・・・
まあ、木の種類もあるのでなんともいえませんが


山頂手前の紅葉いい色になってます。



山頂手前の神社です、あまりの人の多さに山頂行きは断念しました。

まあ、とにかく昨日は日和もよかったせいか人でごったがえしていました。
帰りは、早めにして地元のカラオケで家族と過ごしました
こんな、日をすごせるのも久しぶりです。

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機械加工訓練

2008-05-09 13:24:13 | 回想
訓練校後半になると、いよいよ機械加工訓練の始まりである。
旋盤・フライス盤・研削盤と別れての訓練でした
私は、最初は旋盤からのスタートです。

当然の事ながらバイト砥ぎからのスタートで片刃バイト・剣バイトを
練習します。
ひたすら、バイトを研ぐ毎日でした。

最初に、旋盤でやった加工は先端を、センタードリルで揉み付け後
段加工でした、この後この部品は1年生の課題である。
ミニバイスの部品のひとつとなります。
(この当時の工具旋盤は、理研の工具旋盤でした、コレットチャックのみで
この後、三方締め・四方締めと型も大きくなり最終的には6尺までやりました)

そして、旋盤訓練の最後には技能試験がありR加工・はめあい加工・ねじ切り合わせ等、けっこうシビアですが、手に職を持つにはこれくらいの事はやって
いかなければいけません。
ちなみに、オシャカを出せばその場で腕立て20回とか指導員に言われ
結構、みんなやっていましたが、これって指導員の趣味なのか???
ちなみに指導員は、我が訓練校の卒業生で実質先輩にあたる方々です。
やはり、過去にやらされたので我々にもやらせているのでしょう。
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仕上げと定盤

2008-04-27 00:37:50 | 回想
先のブログでドリル砥ぎを書きましたが、次は、ヤスリそしてキサゲの
訓練と続きます。

ヤスリはこれまでS45Cでしたが次はSK5、当然削る感触も違うし
仕上げるのも一苦労です。
このSK5の品物が2つあり基本ブランクに仕上げます。
(当然、平面・平行・直角の精度が必要)
この、2つのブランクはこの後自分用のスコヤ・タップハンドルと
なります。(今でも持ってます。)


キサゲ訓練では、定盤を一枚仕上げます。
これは、訓練校代々でやっている事で私たちが仕上げる
定盤は、昨年の卒業生が仕上げたものを再度荒取りから仕上げまで
行います。
すり合わせは、種定盤がありそれに すり合わせながら仕上げます。
3枚すり合わせ等のやり方もあるのですが時間的な事もあり
種定盤に光明丹を塗りすり合わせ、あたりを見ていきました。
とにかく、根気の勝負でした 最終的には10cm平方に30個以上の
黒あたりがないとクリアできません。
ひたすら、黒あたりをとった思い出があります。
これも、自分用の定盤となります。

これら、自分の作った物が後々活躍する事となります。
キザゲとかは、基本的にやる事がないのですが
基本を知るという意味では、いい経験となったと感じます。

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ドリル砥ぎ

2008-04-13 06:38:23 | 回想

訓練校のカリキュラムもある程度進むと3班に別れボール盤・キサゲ・ヤスリと別れ訓練します。
私は、ボール盤いわゆるドリル砥ぎからのスタートです。各人、φ6のドリルを渡され指導員のドリル砥ぎを見よう見まねで練習します。
ちなみに、我が訓練校では刃先から2番を研ぐ方法でした。(2番から刃先にかけて研ぐ方法もあります)研いで研いで指導員に確認してもらいOKがでないとボール盤を使わせてもらえません。いつの間にかドリルも短くなりチゼルがどんどん大きくなっていきました。
そんな思い出があります。
実際の話、私がドリル砥ぎをマスターしたと感じたときは現場に出て1年目の時
とにかく研げるようになりたい一心から1年間毎日研ぎました。
(その当時、治具中ぐり盤担当だったので)
それで、初めてマスターしたと感じました。
ドリルにもサイズがあります私は最小φ0.5〜最大φ50迄グラインダーで研げる
自身があります。(但し、砥石の粒度にもよりますが)
それも、修練のおかげです
現在のとこも、研げる人は数名です。当然若い人は研げません。
段取り、プログラミングが早くても、刃物ひとつ研げないようでは本物では無いと
思います。 これから、私は若い人に刃物砥ぎを教えて本物の職人を育てて
行こうと思います。(しかし、私自体まだ本物になっていませんが)


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いつも機械が・・・・

2008-03-30 05:48:56 | 回想
この25年間、いろいろな仕事してきました。
工作機械と名のつく物はおおよそ使った事があります
しかし、器用貧乏では今ひとつ本物にはなれません。
金型・製造装置の組立て、でも必ず修正があるので
いつも、いつでも機械がそこにあったから、出来た訳です。
工作機械に感謝!
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卒業式

2008-03-20 06:03:17 | 回想
昨日、無事に長女の卒業式も終わりました。
長女は、生まれつき知的障害をもっているので
本人も辛い時もあったと思います。

6年前の入学式の時は、落ち着かず何回もトイレに
行った事を覚えています。

でも、支援級の先生方に支えられて、いい小学校生活だったと
思います。

これから先の人生もいい人と出会って
一生懸命生きてください。

私も、頑張ります。
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