小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

98%の絶望と2%の希望(その2)

2017年11月21日 20時51分31秒 | 経済


クリストファー・シムズ教授


古い話になって申し訳ありません。
今年(2017年)2月、米プリンストン大学教授のクリストファー・シムズ教授が来日して講演会が催されました。
教授は、2011年にノーベル経済学賞を受賞しています。
シムズ教授といえば、浜田宏一エール大学名誉教授が、2016年11月に、「シムズ教授の考え方に衝撃を受けた。金融緩和だけでデフレ脱却できるはずと主張していた自分は間違っていた」と発言したことで、日本でも一部で有名になりました。
おそらく彼の来日には、浜田氏の関与があったのでしょう。

浜田氏といえば、リフレ派の重鎮として、2013年初頭のアベノミクス始動時に、安倍首相に金融政策の基本方針を示唆した人です。
これがきっかけで、黒田日銀総裁の大胆な量的緩和(黒田バズーカ)が始まりました。
この時、安倍首相が浜田氏に「これでいいんですね」と念を押し、浜田氏が「それでいいんです」ときっぱり答えました。
筆者は、いまでもそのやりとりを鮮明に覚えています。

ところで、浜田氏の「反省」の話を今回筆者が蒸し返したのは、たまたまフェイスブックを通して、当時の「文春オンライン」の記事に接し、何というひどい書き方をする記者だと感じ、無性に腹が立ったからです。
ちなみにこの記事のソースは、「週刊文春」2017年2月16日号、記者は川嵜次朗となっています。

筆者がこの記事について言いたいことは二つあります。
一つは遅ればせながら浜田氏向け。
もう一つはこの「川嵜次朗」なる記者およびこういう超バカ記事を載せる文藝春秋の見識に対してです。

まず前者から。
シムズ氏の発言に触れて衝撃を受けたとの浜田氏の発言には、筆者も逆の意味で衝撃を受けました。
経済学の重鎮が、金融緩和だけで財政出動が伴わなければデフレ脱却できないという事実を、あたかもシムズ教授の説によって、今初めて知ったかのように語っていたからです。
財務省の緊縮路線の誤り、リフレ理論の失敗、財政政策の不実行など、デフレ脱却できない原因のすべてについて、30分もあれば、経済学の素人である筆者でさえ説明できます。
それなのに経済学専門のこの先生は、何を今さらアメリカの教授から教わって「衝撃を受けた」などとうぶなことを言っているのか、と思ったわけです。
アベノミクスは、もともと金融緩和(第一の矢)と財政出動(第二の矢)とを車の両輪のように同時並行させて初めて市場の活性化につながるという考えだったはず。
それはデフレ脱却にとって正しい路線でした(第三の矢の規制緩和路線は誤りですが)。
一方の車輪だけで車が走れると思うのがどうかしています。
現に量的金融緩和を四年半も続けてゼロ金利にまで至ったのに、投資はさっぱり伸びず、企業は四百兆円を超える内部留保を抱え、実質賃金は下げどまりのまま。
したがって消費も回復していません。

老ハマコー先生よ、誤りを認めたあなたの誠実さには改めて敬意を払います
それにしても、そのあまりのナイーブさに、ああ、学者先生はこれだから困ると、溜息が出ました。
昔、何十年にわたって英文学を研究してきた老教授が、アメリカの空港に初めて降り立った時、「相手の英語がわからないだけでなく、自分の英語も通じないのに愕然とした」そうです。
なんか日本の文系学者ってその現実感覚のなさの点で共通していませんか(すべてがと言っては、立派な方もたくさんいらっしゃるので、失礼ですが)。

経済学に限らず、学者が理論的探究に深くエネルギーを注ぐのはたいへんけっこうなことです。
しかしその結果、ある理論の信仰者になってしまって、自分の信仰に固執するようになると、現実との乖離が明らかになった時に、現実のほうを認めないという事態がしばしば起こります。
これが困るのは、「権威のある人のおっしゃることだから」という理由だけで国民がその誤謬を信じ込まされてしまうことです。

長い目で見てさらに困るのは、次の点です。
学者先生の誤謬がだれの目にも明らかになっても、なお形骸化した権威だけが残っている時、学界と俗界との連携が途絶えてしまい、だれも学問のほんとうの価値を信用しなくなってしまいます。
つまり「知」一般に対する頽廃とニヒリズムが蔓延するのです。
これは今の日本で現に起きていると筆者は思います。

さて、二番目ですが、これはいま最後に言ったこととかかわっています。
問題のネット記事には、こんなふうに書かれています。

「今や財務省も日本銀行も幹部陣は口を開けばシムズ理論。財政支出を増やせば物価も上がるという2000年代初めに流行った古い理論ですが、まさか浜田氏が今の日本に当てはめる気ではないかと警戒を強めています」(経済部記者)
(中略)
講演後の討論会には、浜田氏も登壇した。日本の経済学者らが「財政拡大しても物価は上がらない」「むしろ不安が増幅する」と口々に疑問視するなか、ただひとり浜田氏が「これは活用できる」と主張。ただし「論拠もなくボソボソと話すので、会場は白け気味でした」(参加者)。
財務省幹部が語る。
「安倍政権はアベノミクス第二の矢としてすでに財政を吹かし、消費増税を2度も延期しながら、低成長の経済を変えられない。よもや総理が耳を貸すとも思えないが、財政再建を放棄すれば国民がアホみたいにお金を使うという暴論が注目される世の中が恐ろしい」
シムズ理論を「目からウロコが落ちた」と語る浜田教授。その学びに付き合わされる国民はたまったものではない。

いかがですか。
この文章は、浜田氏を意図的に貶めようとしている点できわめて卑劣です。
その汚い手口を列挙してみましょう。
まず、軽薄そのもののような「経済部記者」の発言(誰のことかね。しかも「財務省もシムズ、シムズ」と言ってるんだってさ。ウソつけ!)。
次に、財政拡大を口々に疑問視するという「日本の経済学者」の発言(誰のことかね)。
さらに、「会場は白け気味でした」という参加者の発言。
これらによって外堀を埋めつくす。
続いて、ご高齢の浜田氏の討論会での発言を「論拠もなくボソボソと話す」という単なる印象批評で一蹴する。
追い討ちをかけるように、財政拡大を主張しているのが浜田氏「ただひとり」であると決めつける。
ダメ押しに「財務省幹部」(誰のことかね)のデタラメ発言を引用する(記者の歪曲があるでしょうが、とりあえずそのまま受け取ります)。
言うまでもなく、「財務省幹部」発言は、第二の矢を多少とも吹かしたのは初年度一回きりという点で間違っています。
「低成長の経済を変えられない」のは、夫子自身が、PB黒字化という誤った財政再建理論を閣僚や政治家や国民に押しつけているからです。
また、誰も「財政再建を放棄すれば国民がアホみたいにお金を使うという暴論」など唱えておりません。
そして最後に、「シムズ理論を『目からウロコが落ちた』と語る浜田教授。その学びに付き合わされる国民はたまったものではない」と断定する。

週刊文春の川嵜記者とやら、国民は、どう「たまったものではない」のかちゃんと説明してもらえますか。
でも、まずその前に、少しは経済のケの字くらいは見直してから、顔を洗って出直して来いと言いたい。
付和雷同、老人いじめ、無知への居直り、傲慢不遜、これらの精神構造は、そこらの悪ガキとまったく変わりません。

文藝春秋の入社試験に受かっているなら、まあ一応はインテリだと思うのですが、経済のことなど何もわかっていないでデタラメを吹きまくる、こういう痴呆記者を文藝春秋は正社員として雇うのですね。
ちなみに文藝春秋と財務省との結びつきというのは、筆者は寡聞にして知りませんが、そういう裏の事実があるなら、後学のためにどなたか教えていただけませんか。
それにしても、この堕落ぶりに、泉下ではさぞ菊池寛先生が泣いておられることでしょう。

しかし、まあこれがいまの一般国民の水準だと思ったほうがよろしい。
だからこそこの痴呆記者も、自分では何もわかっていないくせに、世間の大勢に安んじて便乗できるのでしょう。
道は遠いと言わなくてはなりません。

絶望ばかり書いてきたのですが、2%の希望について触れましょう。

日本のマクロ経済の進むべき方向について、ウソばかり書いているあの日本経済新聞に、「カトー」というペンネームの記者がいます。
この人は、財務省御用新聞、規制緩和万歳新聞の日経の記者としては珍しく正論を吐くので、近頃私たちの間で評判になりつつあります。
以下は、2017年10月30日付コラム「大機 小機」の一部です。

アベノミクスのもと、基礎的財政収支の国内総生産(GDP)比率、総債務残高のGDPなど財政指標は改善している。それでもいまだに日本の財政危機を懸念する声が絶えない。
 しかし、そもそも日本や米国など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない。財政破綻論者は日本のデフォルトとしてどのような事態を想定しているのか、明示すべきだ。
 (中略)例えば、財政破綻論者は以下の要素をどのように評価しているのか。
 日本は世界有数の経常黒字国、債権国であり、外貨準備も世界第2位である。その結果、国債は現在94%が国内で極めて低金利で安定的に消化されている。近年自国通貨建て国債がデフォルトした新興国とは異なり、日本は変動相場制の下で、強固な対外バランスもあり、国内金融政策の自由度ははるかに大きい。さらにハイパーインフレの懸念はゼロに等しい――。
 実は、以上の文章の大半は私の書いたものではない。財務省が2002年5月に外国格付け会社宛てに提出した「外国格付け会社宛て意見書要旨」の一部を、多少現状に合わせて数字を変え、ほぼそのまま利用したものだ。(中略)
 執筆者は、当時の財務官、現日銀総裁黒田東彦氏と言われている。確かにマクロ経済学についての理解と歴史の知識に裏打ちされた文章は黒田氏らしい。
 この文章は公開されているから、一部ではよく知られている。ただ、不思議なことに、一般にはあまり知られていない。極めて残念なことだ。
 (中略)
 財政当局である財務省が、対外向けに日本には財政破綻は起こりえないと言っている。日本の財政破綻論者は、まず財務省に説明を求めるべきだろう。


これが「カトー」氏のコラムです。中略部分では、日本政府の総資産が700兆円を超えていることや、日銀が量的緩和によって430兆円の国債を保有していることなどもしっかり指摘されています。
債務残高ばかり1000兆円、1000兆円と騒ぎ立てる財務省は、資産残高については一度も触れたことがありません(つまり政府の財布状態についての正しい情報を発信しません)。
また、日銀保有の国債がそのまま債務の返済額として相殺される事実についても、けっして触れようとしません。
それはすべて、PB黒字化、財政不出動、公共投資削減、消費増税などを正当化するためです。
頭の狂った官僚によって、この国は亡国への道をまっしぐらに歩んでいるのです

ざっくり言えば、上記の数字を単純計算するだけで、日本の財政は、差し引き100兆円の黒字となるわけです。
日本に財政問題などは存在しない
このことを正確に見抜いている記者があの日経にひとりでもいる――これが2%の希望というわけです。「カトー」さん、財務省の圧力や日経中枢部に押し潰されないよう、どうかがんばってください。

ただ希望が2%あるからと言って、残りの98%の絶望がなくなるわけではありません。
筆者は、不覚にも、財務省自身が外国向けにこういうことを書いていて、しかもホームページで誰でも読めるとは、知りませんでした。
でもこれって「2002年」とありますから、15年前なんですよね。
黒田東彦氏だから書けたのかもしれない。
彼が抜けてからの財務省の国民だましこそが問題です。
いまの財務省は、財政破綻論者に対してだけでなく、国民の前で、この恐るべき矛盾について、はっきり説明責任を果たすべきでしょう。



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