天知探偵事務所文学支局

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菊池寛「吉良上野の立場」

2016-12-18 18:13:10 | 菊池寛
江戸支局の方に、菊池寛の「吉良上野の立場」について書きました。

URLは、


http://amachi.edoblog.net/%E8%8F%8A%E6%B1%A0%E5%AF%9B/%E5%90%89%E8%89%AF%E4%B8%8A%E9%87%8E%E3%81%AE%E7%AB%8B%E5%A0%B4%EF%BC%88%E8%8F%8A%E6%B1%A0%E5%AF%9B%EF%BC%89


です。


時代小説でありながら、近代小説でもあります。


よケレバ。


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宮崎惇「21世紀失楽園」

2016-11-13 16:14:30 | 宮崎惇
天知探偵事務所の銀河支局の方にSF作品、宮崎惇「21世紀失楽園」について書きました。


http://kogoroh27.exblog.jp/23361428/


SFではありますが、

原爆「後」文学として評価があっていいと思うので、リンクを貼ってみました。

よケレバ。


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ジュニア支局ではありません

2016-01-24 17:40:36 | お知らせ
こちらは、天知探偵事務所ジュニア支局ではありません。

ジュニア支局は、下記のURLへ。

http://blog.livedoor.jp/kogoroh27-owd_branch_office/
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泉鏡花「若菜のうち」

2016-01-24 17:21:57 | 泉鏡花
泉鏡花の短編小説に「若菜のうち」という作品がある。

文庫本にして10頁ほどの小品だが、暖かな春の情景を、鏡花らしく素描したような美しい作品である。


伊豆の修善寺の温泉宿・新井から、若い夫婦が山の方へ蕨を採りに歩いてゆく。

その途中で、山の方から出てきた、かわいらしい姉妹のような女の子二人に出会う。


というお話。



解説の川村二郎によると、この女の子二人も、鏡花ならではの〈怪異というほどではないけれども、この世ならぬ幻〉だという。


春の若菜に囲まれた田圃道で、

若い妻とかわいい女の子二人のやりとりが想像されると何とも美しい。

末尾の小鳥と二人の姉妹とは、どのような関係があるのだろうか?

この姉妹が、二羽の小鳥の姿を変えたものと読むべきなのだろうか?



初出は、昭和八年二月五日『大阪朝日新聞』(未確認)とのこと。

岩波文庫の『鏡花短篇集』(川村二郎編)に収録。

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加藤シゲアキ『ピンクとグレー』

2016-01-24 04:46:18 | 加藤シゲアキ
教え子に頼まれて、加藤シゲアキの『ピンクとグレー』を読みました。

語り手「りばちゃん」こと河田大貴が、幼馴染「ごっち」こと鈴木真吾の「死」の理由を追いかける青春小説。

今どきの普通の高校生だった二人が、雑誌の読者モデルの仕事からドラマのエキストラを経て、芸能界の片隅で生きていたが、ある日、「ごっち」だけがプロデューサーに見込まれて俳優デビューをする。

住む世界の異なってしまった二人には溝が出来はじめ、ついに連絡をとらなくなってしまう。

小学校の同窓会で五年ぶりに、人気俳優・白木蓮吾となった「ごっち」に会う「りばちゃん」。

和解の後、翌日、「ごっち」の部屋に呼ばれた「りばちゃん」は、そこで「ごっち」の首吊り死体に出会う。。。


というお話。


正直なところ、文章はあまり上手いとは言えないし、もう少し文章修練はされた方がいいと思う。
表現の誤りもいくつか見受けられた。
映画はよく観られているようだが、小説はあまり読まれていないのかもしれない。
巻末のインタビューにもそのような記述があったが、読んでいてもそう思った。
作品の構成や描写も映画的。

しかし、お話そのものは面白かった。
前半の子ども時代の場面や高校時代の場面は、あまり入り込めなかったが、後半の芸能人になってからのところは、人間の嫉妬心や軋轢が描かれていて、なかなか興味深いものがあった。

とくに二人の高校生活は皮相で、どうでもいいことばかりに描写が終始していたが、後半にいたって二人が芸能人になってからは、描写も活き活きしており、読者を引っ張っていく力があった。

作者自身は、〈何の賞も獲らずに小説を出せているのは僕がジャニーズだからと自覚しています〉と「あとがき」では述べているが、全然そんなことはない。
作家として充分の力があると思う。

「りばちゃん」が人気俳優となって、「ごっち」の役を演じることで、彼に自身を投影し、彼の「死」へのプロセスを追いかけようとするところが面白い。
「りばちゃん」自身もとり憑かれたように「死」へと傾斜するところが結構、文学的。
彼が最後どうなったのかも、読者にその解釈を委ねられているのだろう。

作者はせっかく芸能界におられるので、「芸能界小説」を書かれるのは正解だと思う。
なかなか他の人には書けないので。


「りばちゃん」と「ごっち」がまるで恋人同士であるかのような心理描写がいくつかあったが、(個人的にはそこは苦手だったが)ボーイズラブというよりかは、男同士の純愛という方向で作者は書いていたのかもしれないと思う。

少なくとも従来の、ホモソーシャルな「男同士の絆」とは違った関係性が描かれていたところも興味深かった。

いや、「ごっち」の方は比較的、従来的な男性として描かれていたのかもしれない。
「りばちゃん」に対する視線は、ホモソーシャルなものと読めなくもない。
しかし、「りばちゃん」の方は、もっと湿っぽい、粘着質な視線で「ごっち」を見ているように思う。
「りばちゃん」は明らかに「ごっち」に恋をしている。
恋をする人間の視線で「ごっち」を心配し、妬み、悩んでいる。
そのあたりも現代の若者(男子)の姿を描いた作品として評価していいように思った。

色に関する考察のところも面白かったし、「死」を描くことによって、「生」を追いかけようとしているところに読みどころがあった。

ほかにもいくつか書かれているようなので、またこの作者の作品は読んでみたいと思う。
充分、文学だった。

石川のジェンダートリックは不要。

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谷崎潤一郎「恐怖」

2016-01-23 22:11:28 | 谷崎潤一郎
 谷崎潤一郎に「恐怖」という短編小説がある。

初出は、大正2年1月の『大阪毎日新聞』(未確認)とのことで、谷崎の初期の作品である。

「刺青」や「麒麟」のような強烈な作品ではないが、何だか当時の雰囲気がよく伝わってきて、好きな作品ではある。

 主人公は、徴兵検査を(嫌々)受けるために、京都から兵庫へ行かなければならないが、実は極度の鉄道恐怖症なのである。鉄道に乗ると〈体中に瀰漫して居る血管の脈搏は、さながら強烈なアルコールの刺戟を受けた時の如く、一挙に脳天へ向かって奔騰し始め、冷汗がだくだくと肌に湧いて、手足が悪寒に襲われたように顫えて来る〉のだそうだ。

 毎日、満員電車に揺られ、通勤通学する私たちにはわからなくなってしまっている感覚だが、近代的な装置=鉄道に馴染むことができない野性の身体が悲鳴を上げている姿を描いているのかもしれない。

 私たちにはわからなくなっているが、たとえば、赤ん坊が電車に乗ると泣き止まなくなったりするのは、その名残なのではないかと時々思う。
そもそも私たちの身体は、時速何十キロで移動することに向いてないのではないだろうか。


 主人公がその〈恐怖〉をまぎらすために、酒をかっくらって電車に乗る様子がとても愛らしい。

 主人公が乗るのは、私が馴染深い京阪電車であるのも嬉しい。京阪電車は明治43年開業だから、まだ開業間もない頃の京阪に乗っている。(主人公は怖いからなかなか乗らないのだけど。笑)
当時は、五条-天満橋間で営業されていたようだ。

 「大阪へ行くんだから」という言葉を「もう直死ぬんだから」と同義で捉えていたり、電車が動き出す時の心境を〈断頭台へ載せられる死刑囚の気持ち〉に似せていたりするのが滑稽だ。

 最後、京都市街が尽きたあたりの郊外の青葉や樹木や丘陵の景色に、少し安寧を取り戻しているが、八幡あたりかな? と思うとなお嬉しい。



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