山 鳩 通 信

日常の発見をめざして

勢見ヶ森 (せみがもり)

2017-06-13 23:48:48 | 想い出

  〈はしがき〉
   このブログを再開するにあたり、改めて自分を見直してみたい。私は現実に行き詰まったり、停滞を感じたりしたら、これまで書いて来たものを読み直し、自分の軌跡を回想することで原点に帰り、本来の自分を取り戻そうとして来た。
   ここに掲げる 「勢見ヶ森」 は、私のふるさとの、最も重要で、思い出の深い場所である。
   過去を振り返るということは、それだけなら単なる回顧趣味で、自己満足で終わるかも知れない。でもそこから、既に老年の部類に入った私が、心身の張りをよみがえらせ、生きようという意欲を新しくできるものならば、そういう私に賭けてみたいのである。

 

 勢 見 ヶ 森

 

    「勢見ヶ森」 と呼ばれていた一帯は、私の生家から歩いて十分ぐらいの所にある。幼少のころ、昆虫や草花を採集したように、私のフィールドワークとしても思い出の深い場所である。夏ならば強烈な匂いを放つ山百合が咲いていたし、〈ききょう〉、〈おみなえし〉、〈とうやくりんどう〉 を摘んだこともある。                                 
  そこの小高い丘に登れば、西に奥羽山脈の山々が聳え、北に吉田川の貫流する田んぼが拡がっているのが遠望され、東南は低い山々が連なり、そこに立つだけで気宇壮大な気分になれた。その西の山々に届けと言わんばかりに 「ワオー」 と仲間とともに叫んでいた。 
   勢見ヶ森は、全体にゆるやかで、あまり鬱蒼としていなくて、草やススキが生えているところである。私が小学六年生の頃、沢田の若者たちが、たぶん朝の三時か四時ごろから起きてそれぞれ馬を連れてそこに行き、〈まぐさ〉 にする草を刈り、明るくなったころ、その沢山の草を束ねて馬の背に結わえ、馬の澄んだ足音をポクポクと響かせながら家の前を帰って行くのを見たものである。馬も若者も上気して、さも凱旋するように誇らしげに、そして大抵その草の束に青い一本の 〈ききょう〉 の花をさしているので、そこに得意そうな若者の心意気のようなものを見た。     
   勢見ヶ森は誰のものでもないから、若者たちは草を好きなだけ収穫したのだろうと思っていたが、やっぱりその所有者がいて、それを黙認したか、むしろ草を刈ってもらった方が山の維持管理にもなって有難いことだったのか、入会権 (いりあいけん) のようなものもあったのかを知る由もないが、そのことを父に聞いて確認すればよかったと父が死んでから思った。
   また、四年生の頃の、少年と言うにはまだ幼さの多分に残っている私が、秋の早朝、小鳥を獲りに行く父に連れられて、もちの入った古やかんを持たされ、その勢見ヶ森の奥の方に行った時の、東の空が明るみ始める寸前、紺碧の空に 〈明けの明星〉 が宝石のように燦めいているのを仰ぎ見て、身のひきしまるような感動を受けた。それは、私にとって清冽な体験であった。後年、私が曲がりなりにも詩を理解し味わうようになれたのも、父と共にしたそのような体験が大いに与  (あず) かっていたのに違いない。

          


   父はあのころ一羽の鶯を捕えることができて、籠に入れて大事にしていたのだが、その美しかった声もこの耳に残っている。庭の梅の花の咲くころ、私がその籠を枝に吊るしてあげたらうれしそうに囀っていた。その鶯を父は間もなく村長さんに上げてしまったのでがっかりした。そのあと、「村長さんはあの鶯、死なせでしまったとさ」 と父から聞かされた。
   父は他にもいろいろな小鳥を飼い、それを無上の愉しみとしていたが、いったい小鳥はどうしてあのように美しい声で鳴くのか、あの鶯だって、あの狭い籠の中の二本の止まり木を往復しながら嬉々としているように思ったが、ほんとうは近くの山にいるかも知れない雌を呼ぶために必死に鳴いていたのかも知れなかった。そんなことも父に聞いてみればよかった。
   いったい日常で体験する美しい音というのは、なんだったのだろう。私の限られた聴力で捉えられた音、しかも何気なく聞いていて、「ああいいな」 と思うことがあったとすれば、ラジオやレコードから入ってくる歌手の歌や、だれかが弾いていたバイオリンの音などの他に、父の飼っていた小鳥の声であった。そのうちでも、あの鶯だった。あれはおそらく、山で育っているときに特別にいい親鳥に教育されたのではないかと思われるほどの鳴き声を持っていたのである。

 
  


  勢見ヶ森は、かつては追剥ぎの類も出没するところであったらしく、ある年の十月のころの月夜、川内のお小夜という美少女が人も羨む結婚をして姑の冷たさに夜逃げし、この山道を通った。そのとき山賊に襲われかかったのを、折りよくそこを通った武術の心得のある若い虚無僧に救われ、それが縁で二人は恋仲となり、どこへともなく立ち去り、ようとして行方が知れなかったと言う。   
   これが 「虚無僧流れ」 として、地元の伝説となっている。

 

 (1999・秋)

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2 コメント

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小説を読んでいる様 (たか)
2017-06-14 21:58:01
展望が良く花々が咲き乱れるススキの原
勢見ヶ森で「こがらさん」が遊んだその時の情景が浮かんで来る様です。
こうした思い出は誰の心の隅にも有りますよね。
私も或る時、ふっと思い出す事が有ります。
先日も近くを通りましたが私が知っている思い出の場所は探す事が出来ないほど変わってしまっていました。

「勢見ヶ森」いい響きです。


Unknown (こがら)
2017-06-15 08:27:38
お早うございます。
昨夜のコメントうれしく思いました。「小説を読んでいる様」 とのお言葉にびっくりしています。この様に読んでくださった方は初めてです。ただ思いつくまま書いて来ましたので。
たかさんのお近くの場所は変わってしまったそうで、私の場合もそうです。
試みにネットで 「勢見ヶ森」 と入れて見たらありました。宮城・大郷です。今はただの公園となっていますが、当時の面影が少しありました。

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