山 鳩 通 信

日常の発見をめざして

ある文人の言葉

2017-06-18 08:12:54 | 随想

   世の中が複雑怪奇になり、政治面でも低迷を重ね、かの総理率いる怪政党が跋扈し、口にするのも恐ろしいが、我が国は 「暗黒の時」 に遭遇しつつあると思うし、私などもう生きられそうもない心境である。こんな時いったん後戻りさえすれば、初心が帰り、また 「生きよう」 という気力を恢復できるかも知れない。私はそれを何度かくり返して来た。読書でも、本の洪水の中でなにを手にしたらよいのかただ迷うばかりの時に、ふと遠い昔に読んだ新美南吉の文章が恋しくなり、幸いそれだけは捨てないで来た 『牛をつないだ椿の木』 の 1 ページを開けば、確かに救われる気持ちになれる。

 

   今日はふと手元の 『志賀直哉集』 のページをめくっていて、《とにかく、人生に対し叡智というようなものを持たず、本能の衝動にかられ、他人を苦しめ、色々な不幸な事件をひき起す人物に対しては吾々はもう少し、厳しい批判を加えてもいいと思う。私は実生活でもそういう 〈いざこざ〉 を見、聞きする事が厭になった。同様に小説や映画でもそういうものは面白くなくなった。私は近頃、日々の新聞記事でも強盗、殺人、詐欺、暴行等の記事はなるべく読まないようにしている。そういう事を知って、何の益するところがあるか。昔、内村鑑三先生が、一日中で一番頭のいい朝にそういう新聞記事を読んで、折角の頭を穢 (けが) すのはつまらぬ事だと云っていられたが、私自身も近頃、そういう気持になって来た。(朝の試写会) という文章を何年ぶりかで読み、現在の世相を語り尽くしていられるのに、改めて驚く。そして私も、かつて日本文学の最高峰と目されたこの文人と似たような心境を持つに到ったことに快くし、ここでも何か救われる思いをした。

 

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