山 鳩 通 信

日常の発見をめざして

自動車

2017-07-01 11:12:34 | 生活

   電気自動車というものは私の少年のころからあった。ただ、鉛の電池が重いのであまり普及しなかったということを、二番目の兄が持っていた 『自動車読本』 を読んで知った。
   その頃自動車は、ガソリンで走っていた。太平洋戦争が始まったあたりからそのガソリンが不足し、代わりに木炭車が出現した。バスもトラックもタクシーも、後ろに木炭を焚いてガスを発生させる装置がくっついていた。薪を使うのもあって、いずれも馬力が小さくスピードもあまり出せないようだった。たまにガソリン車が田舎に来ることもあり、土ぼこりを巻き上げ芳香を残して疾走して行った。停まっていれば傍に行き、なんとなく懐かしい匂いをさせる車を見ていて飽きなかった。そんなことが自動車というものへの憧れを強くしたようだ。ダットサンという小型の車はハンドルもペダルも小作りで、自分でも簡単に運転できそうに思っていた。
   田舎者の私が自動車への関心を強くしたのは、伊藤さんという個人タクシー業をしていた人が近所にいたからである。小柄で、こどもたちに優しく、村で唯一の車の持ち主ということでも尊敬されていた。はじめガソリン車だったが、あと木炭車になり、木炭の火を焚くのに風をおこす装置があってサイレンのような音をさせて回していたが、子供たちにやらせることもあり、あと車に乗せてくれるので、私も喜んで回していた。伊藤さんはエンジンを始動するのに前部についている穴からZの形をした用具をさして手で回すのだが、エンジンがかかって快い音を出していたのも思い出す。
  しかし伊藤さんはまもなく病気になり、タクシー業もやめられた。こどもが三人ほどいてこぢんまりとした家で暮していたが助産婦の奥さん一人でがんばっていたようだ。私もとりあげたであろう奥さんが、夕食どき、なにか不満があって父に相談に来たこともあった。苦しい事情だったことが察せられ、泣き顔で訴える奥さんを中学生になっていた私はただ気の毒に思った。あと伊藤さんは亡くなられ、一家はいつの間に私たちの視界からいなくなっていた。
  私は 『自動車読本』 を読んで、運転の仕方を仮想したりしていた。また、エンジン→ 変速ギア→ 自由接手→ 差動機→ 後車輪と、動力が伝わる仕組みをイラストで理解しようとしたが、差動機の理屈だけはどうしても分からなかった。    
   現代は自動車がどこにも氾濫し、とても私の子供のころの、その乗り物のロマンチシズムを掻き立ててはくれない。排気ガスの匂いも騒音も一層ひどくなり、そしてガソリンが枯渇し、電気自動車の時代が到来するらしい。私は遂に、自動車なるものを持たなかった。

 

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