山 鳩 通 信

日常の発見をめざして

狩野満子先生への手紙

2017-07-15 08:16:55 | 書簡

   粕川中学校での三年間、音楽の担当であられました先生のお声は、とても澄んでいて張りがありましたので、耳の遠い私にもよく届いておりました。先生によって、例えば 「菩提樹」 「浜辺の歌」 「埴生の宿」 「追憶」 「荒城の月」 「里の秋」 などを歌うことができるようになりましたが、今それらの歌は私をなぐさめ、情感を深くし、哀切を誘います。先生の巧みなお手によるオルガンの音と、よき授業の運びでみんな一つになった教室のあの時間は、とても充実しておりました。
  私は聞こえがよくなかったからか、かえって音楽にひかれ、その美しさに触れることができました。即ち感情に直截に訴える音楽というものから、私も免れることができなかったのです。ある日曜日、ラジオに耳をそばだてていましたら、交響楽が入って来て魅せられてしまい、いつまでも聴いておりました。それはNHK放送の 『世界の音楽』 でした。そのときの演奏は何という交響楽であったのか知る由もありませんでしたが、ただ荘重という言葉で表現されるような世界を強く感じておりました。                                
   私の中学時代は、全ゆるものを吸収することにおいて最も恵まれた時期でありました。  
   ここで、私の大好きな 「追憶」 を歌ってみたいと思います。先生が教えて下さいましたように。

   
   星影やさしく
   またたくみ空を
   仰ぎてさまよい
   木かげを行けば

   と緩やかな低い調子で始め、歌いつづけて行きますと、あの時の教室の情景が再現され、そして、それから何年もの時間がたち、ここまで来たという感慨が深まりますが、この歌の持つ静かさはどうでしょう。こういう世界は、今はなんと貴重になってしまったことでしょう。この歌は、今の私そのものを象徴するかのように、耳鳴りとなって私の耳底で止むことなく繰り返します。

   
   葉うらのそよぎは
   思い出さそいて
   澄み行く心に
   しのばるる昔
   ああ なつかし その日


  深いさびしさと哀愁をこめた女性の声 (そのころ聴いたある女性歌手の声や、先生のお声にも似て) で、「葉うらのそよぎ」 のように語りかけてくれます。 
   今この歌が私にもたらす感動について、あるいは先生は、センチメンタルにすぎるとおっしゃられるかも知れません。これは私の特殊な感覚とも思います。
  そのことを認めましてもやはり、先生とともにいたしました中学時代は、学校のそばを流れる吉田川のように、本当に豊かで水々しさがありましたし、先生ご自身からの感化も大きく、それが他の級友たちにも及び、私と同様な思いでいるであろうことを信じることができます。

 

 1999 年 9 月      

ジャンル:
ウェブログ
コメント (4)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 中学時代 | トップ | 断 想 »
最近の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
懐かしい歌! (glimi)
2017-07-15 11:48:30
両親を思い出させる懐かし歌です。父は大酒のみでした。用とこれらの歌を歌いました。母もそれに唱和するのです。子どもの試験中であろうとお構いなしでした。子どもたちは聞いているのは馬鹿らしいので、一緒に歌いました。田舎の一軒家でしたがもし近くを通った人がいたは驚いたでしょうね。
 両親を結びつけたのは浜辺の歌だったそうです。母はお葬式に庭の千草を歌って欲しいと云っていましたが、父は仏葬で行いました。火葬場で雪の上に母の衣の灰が舞い降りてきました。降る灰を眺めながら私は葬送の歌として庭の千草を歌いました、どの歌も思い出の詰まった歌です。
glimi様 (こがら)
2017-07-15 15:56:53
こんにちは。
多分ご両親様は、私と同じ世代ですね。『浜辺の歌』 がお二人を結んだのですか。『庭の千草』 で見送って欲しいと言われた母御様は美しい方だったのでしょうね。
いいお話をありがとうございました。
父の誕生日 (glimi)
2017-07-17 07:58:28
コメントを書いたのは父の誕生日だったかも知れません。
父は1900年7月15日に生まれました。
Unknown (こがら)
2017-07-17 08:48:24
ご尊父様は私より 30 余年も年長の方でした。それでもいわゆる 『小学唱歌』 の数々を共有したわけです。
この7月15日は、glimi さんにとって思い出も深い日だったようですね。

コメントを投稿

書簡」カテゴリの最新記事