山 鳩 通 信

日常の発見をめざして

中学時代

2017-07-14 01:42:39 | 随想

   私にとって中学時代は、最も充実して、感受性が豊かで鋭く、生きる歓びを味わえた幸福な期間であった。そのことをなるべく言葉を飾らないで書き残そうと試みていた。
  あのころ私は、なんといろいろな点で恵まれていたことだろう。自然は美しかったし、両親の庇護のお蔭で、生きることで苛酷な思いをしなかったことは、文句なしに有難いことであった。心行くままに学び、読み、そして遊ぶことができ、「生きる」 そのものをエンジョイしていた。
  老年に入った今、経済的に心配しないで、ありあまる時間の中で、思い浮かぶことどもを綴れることがうれしい。書こうとすることで、忘れていたものが芋づる式に手繰られ、回想され、中学時代ばかりでなく、その後の歳月が顕在化して来て、この人生を豊かにする。
  
中学時代を見直したいという私の衝動には、もう一つ、この平凡な日常を 「少年の目」 で捉えたいという心のうずきがある。あの、なんらの偏見もなく、真っ直ぐ対象に向かうことで体験できる興奮と驚き、発見の歓びを再び獲得したいという渇望。それが満たされるものならば、外の何物も欲しいとは思わない。

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