山 鳩 通 信

日常の発見をめざして

断 想

2017-07-16 11:03:42 | 読書

   いわゆるプロの書く文章は、あまり読まないことにしている。新刊書、新聞、雑誌では、知性過剰の、気の利いた言い回しの、人生とはこんなものと割り切った式の文ばかり目立って、真から心を満たすものがないのである。
  こんな痩せた文章ばかりになってしまったのはどうしたことだろう。「生きざま」 「死にざま」 「ありよう」 「…が私にはある」 などという言葉を使う人が多くなったが、なぜか気に入らない。そして鋭すぎる批評文もあって、私の胸を切り裂くばかりである。
  時代の影響もあるのだろうか。私のこの不満は、自然がかなり失われてしまい、なにもかも人工的になっていることから来ているらしい。しかし、いかに人工的なものが精緻になり、洗練されて行っても、それだけではどこか虚しくなりはしないだろうか。
  もっと地味でもいいから、優しく語りかけてくるような、あるいは、いま生きているという感覚を持たせ、忘れていたいいものを取り戻させてくれるような文章が読みたい。せめて、索漠としたこの日常に潤いを持たせてくれる文章が欲しいものである。

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