產田ノ眞名井戶ノ神ノ末裔ヨリ

天に導かれるままに、旅紀行を綴っていきまする。

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2010年1月13日 2 諸鍬神社

2010-01-13 23:00:02 | 中部
 先ずは、目的地に行く前に時間があったのでどうしようか、と思っていたら神社があったのでいてみた。

 この神社は、坂上田村麻呂関連。ここに神社を創建して、討伐に挑んだということは、討伐対象はおそらく、尾張國弐之宮大縣神社を祭っていた先住民であろうと思う。おそらくは土蜘蛛の一族。この神社の空間では特にそれほどのものを感じなかったが、個人的にあまり好きではない伊勢、尾張ラインの黄土系の臭いを感じさせる気も出ていないので、嫌悪感を感じることはない。社殿は、新しく建てられたようで、この神社に以前、参られた人の記録をみても、違うものになっている。何故かは知らないが、安っぽくなっているのは気のせいだろうか。木々に関しては、杜が若干残されているので、いい感じであった。境内の一角に丸い石をおいて囲うているところがあったが、祭祀に使用されるものなのであろうか。

 参拜時、雪が降っていたのだが、境内にいてるときに一陣の風を吹かせて挨拶してくれたのか、木々に積もっていた雪が綺麗に散り落ちる様を見ることになった。


1.一の鳥居、社號標



2.二の鳥居



3.参道、社叢



4.衝立



5.境内



6.拜殿



7.本殿



8.脇殿



9.末社群



10.山之神



11.丸石




12.境内



13.神木群



★諸鑃神社★ 愛知県犬山市裏之門

・延喜式内社、尾張國丹羽郡、諸鑃神社。
・旧社格は郷社。
・祭神は建御名方命。
・仁寿元年(851)としているが不詳。
・桓武天皇の御代、尾張、伊勢の先住民退治に官兵を派遣。狂暴で征伐できず征夷大将軍坂上田村麻呂を遣わした。田村麻呂は日頃崇拝していた建御名方神(諏訪大明神)の分霊をこの地に祀り、無事征伐したという。
・中世は諏訪神社と称した。
・天正八年(1580)八月織田信長寄進。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
((足跡))
諸鑃神社(諸鍬神社) → 大縣神社 → ヤドカリラーメン
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