欧州雑派

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「白痴」その後 2   熱狂から微熱へ、、それは、、、

2017-06-13 | ※雑記

「白痴」その後 からの続きです。

「白痴」読了から、暫くの間、「白痴」への熱狂は持続していた学者や評論家や翻訳者はどう考えているのか、、を知りたかった。そこで、「白痴」に関する代表的な著作を読んでみた。

小林秀雄全作品〈19〉真贋
小林 秀雄
新潮社

前回、小林秀雄の著作に関しては書いた。小林秀雄はドストエフスキーによる(「白痴」の)「創作ノート」をベースに解読を企てていた。

次に、「謎とき『白痴』/江川卓(たく)」について読んでみた。今回は、その感想を少し書いてみたい。

謎とき『白痴』 (新潮選書)
江川 卓
新潮社

この本は”謎とき”なんだろうけど、一般の読者には、ここまでの解読はできない。江川氏の場合は、「創作ノート」に加え、ロシア語の暗喩とか、ロシアの諺とかを用いて解読に励んでいる。

しかし、それらは、翻訳者やロシア文化に精通している人間しか知らないものである。それらを持ち出し、”謎とき”と言われても、それらの全てに疎い人間(≒殆どの読者は該当する)にとっては、へぇーそうですか!と、驚いてみせるしかない。

新潮選書によれば、それらを用いることで「白痴」を立体的に解読できる、、ようなことを書いている。でも、本当にそれらの周辺知識が必要なのだろうか?僕にはよくわからない。

ドストエフスキーの作品は、それらの知識を補助線に使いながら読まなくても、何度も読むことで、見えてくるものがある。だから、古典として支持されているのだ。読むたびに、何かが行間から生まれてくる。

 

これらの評論を読んだ後、僕の「白痴」に関する熱狂は徐々に治まってきて平熱に戻りつつある。今は、少し、微熱がある程度か?

時々、キリスト公爵のことを考えるぐらいだ。その傾向から、僕は良い方向に向かっているようだ。


高熱(ある種の痛み)を取り除くロキソニンの役割が、世間の出来事だ。関心ごとをそちらに向けると、熱は癒される。前回書いた通りだ。ただ、逆に、現在の動き(ニュース・報道)に、少しづつ傾斜していく自分を見つけてしまう。


イギリス選挙。もしかして、メイ首相は、敗けることを前提に総選挙を前倒ししたのではないのか?との疑念を抱いてしまう。何故、2020年実施を3年も短縮化したのだろうか?勝算があるから?敗ける勝算?敗けることで、ユーロ離脱が無くなる。それが仕組まれた?


フランス選挙。マクロン大統領の新党「共和国前進」が、連携する政党分とあわせて415~455議席を獲得した。これも異常な感じがする。そもそも、無名のマクロンがどうして大統領になれたのか?間違いなく、後ろに大きなスポンサーが存在しているのだろう。小泉旋風のような状況が作られたと見ているのだが、、、。小泉政権の結果、日本全国の多くの商店街をシャッター通りに変えてしまった。フランスもルペンが過剰に敵愾心をもたれて隅っこに押しやられてしまった。マクロンとは何者だろう。彼をパペットにしている存在はきっと(小泉氏の時と)同じだろう。

マクロン大統領の奥さんとの馴れ初め話が称賛されているが、日本だったら、マクロン大統領の奥さんはボロクソに叩かれるだろう。ベッキーであれほど叩かれるのだから、、、でも、若き輝ける新星マクロン大統領の恋愛であれば、日本人も称賛する。変な話だ。

服従 (河出文庫 ウ 6-3)
大塚 桃
河出書房新社

・・フランスは愛の国だから、恋愛により家庭は崩壊した。その危機感から、ウエルベックは「服従」を書いたのだ。「服従」を誤読してはならない・・・「服従」についての概要とテーマについては、⇒ この日 に書いた。

 

豊洲移転の件。築地市場に600以上ある「仲卸業者」の存在が段々と危うくなるらしい。(移転すれば家賃が上がり資金力のない仲卸=魚の目利きは潰されるからだ。⇒東洋経済記事)・・僕は安易に豊洲移転で良いんじゃあないの、、と思っていたが、、、そうなると、前述の東洋経済の記事によれば、日本の食文化が危機に瀕する可能性がある、と指摘している。そちらの方が俄然ヤバい!

 

「鶴瓶の家族に乾杯」を毎週録画して観ている。この番組の面白さは、鶴瓶の”人たらし”に尽きる。毎回、ゲストが登場する。今回は高橋一生だった。笑った。高橋一生、いい奴じゃん!

 

この「鶴瓶の家族に乾杯」という番組、微妙なバランスの上に成立している感じがする。一般人はカメラを向けられると、まず、過剰反応してしまう。優しい人はより優しく親切な行動をとる。多くの人は驚き、内心ドキドキなのだが、芸能人との遭遇で舞い上がる。そして、どこかの時点で「素(す)」がでる。それが面白い!癒される。

一方、カメラに慣れている鶴瓶やゲストは、ある意味で「演技」している。演技=慣れで、カメラの前で一般人に上手に語りかける。場を盛り上げる。しかし、何かの拍子に、彼ら芸能人の「素」が表れる。

その両サイドの「素」が、いい感じに仕上がっている。偶然の産物だ。

これを見ていると、日本の地方は素晴らしいと思う。もちろん、そこに生きる人々が素晴らしいからだ。人々が素晴らしいから、地方の街並みも風景も素晴らしいのだ。この番組をみることで、絶対に知らなかった土地やそこで生きてる人々を知ることができる。こんな素敵なところが日本にはまだ残っているのだ、、と妙に安心する。行ってみたいぁーと思ってしまう。

そして、観ているだけで、何故か心が満たされる。自然な笑いに包まれるからだ。

気分が乗りにくい、月曜日の夜に「鶴瓶の家族に乾杯」をみると、とても元気になれる。

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