神戸RANDOM句会

シニアの俳句仲間の吟行・句会、俳句紀行、句集などを記録する。

2007=須磨寺かいわい雨中吟

2013-02-15 | 吟行句会
 
須磨寺かいわい雨中吟     
          




須磨は雨でした。春雨は「かそけくあえか」と歳時記にあります。まことに見えないほどの雨が降る4月22日(日)。若葉雨なら夏の季語だし、今日は春なのか夏なのか悩みます。というのもひさびさの吟行だからです。

 12時30分。山陽電車須磨寺駅。上りホーム、下りホーム、そしてJR須磨駅からの徒歩組と集まってきたのは、句会から参加予定の1名を除いた13名。「俳句を詠まなければ楽しい集まりなのに」という初参加者も、「ただいま句集作成中」というベテランもいます。まあほとんどは宴会つき句会ということで参加した人たちですが……。

 駅前の商店街を北へ抜け、須磨寺、離宮公園、神戸女子大、また南へ綱敷天満宮、海岸あたりをそれぞれ勝手に吟行し、3時過ぎに料理屋豊の荘に集合、一人5句投句、そして句会というだんどりです。

重衡の碑に迎えられ花の句座    かをる 

須磨寺駅改札口北側に、「平重衡とらわれの遺跡」の碑が建っています。かをるさん、たちまちの挨拶句。毎日が日曜日組と違ってさすがに現役組は動きが早いです。

 須磨寺前商店街は、かつては明月そば、寿し竹、太子餅本舗、しらはま寿司といった店以外はこの地域の生活圏の商店だったものが、参詣客、観光客向けの店がずいぶん増えています。そのうえ天神さんからお大師さんまでの通りに「智慧の道」という愛称がつけられています。なんとなく昭和レトロという趣きです。

 昼食がまだという人はしらはま寿司に立ち寄り、手押しあなご、太巻きずしを買っています。いやこのために昼食を抜いてきたのでしょう。

参道のあなご香ばし雨の午後     見水 
若葉雨句座に買ひたる大師餅     つきひ
 

 じっさいに句会の場で大師餅をふるまわれご馳走になった手前、この句に1票を入れざるをえません。つきひさんの句は5点獲得しました。作者の作戦勝ちでしょうか。

 タクシーを拾い、いきなり神戸女子大へ行った連衆もいました。そこから南へ坂道を下るコース。今日のメンバーに女子大に勤めている人がいて、高倉台地域の一人暮らしの高齢者のための給食サービスを学生たちといっしょにやっているとのこと。

女子大の葉桜の庭空襲碑       弥太郎  
山と海左右に配し遅桜       だっくす
 

 弥太郎さんは「句を作ったのは初めて」とのこと。けれど昨秋「万葉集から俵万智まで秀歌百選」という冊子をまとめたりという多趣味の人です。葉桜の句で5点獲得。だっくすさんは本日の幹事。あとの句会準備に気がせくのか、このキャンパスでノルマの5句を作ってしまったそうです。




Photo: yataro

離宮公園の西隣りに西尾家住宅があります。神戸市指定有形文化財としては初めての洋館です。つい先日テレビで知ったのですが、建物が修復されレストラン・結婚式場「神戸迎賓館須磨離宮」としてオープンしました。大正8年に建てられたもの。煉瓦造りの2階建、寄棟造りで塔屋がついている。背の高い貴公子のよう姿が雨に映えています。1階と地下の部屋とを見せてもらいました。

夏は来ぬ西尾屋敷に祝婚歌      播町 
須磨離宮華麗の館芝に映ゆ      弥太郎 


 離宮公園へ。歩道橋の上から雨に煙る離宮道、そして須磨浦を展望する。英国風の国登録有形文化財の室谷邸がそこにあるはずでした。西尾邸とは逆に、つい先日取り壊しとなって、赤茶けた更地が虚ろです。

 花によい風にあそばれ離宮坂     楽水 
 離宮道松の緑に添ふうねり      つきひ 
 行平が悲恋の径に春惜しむ     さくら 


 さくらさんはひさびさの句作だそうです。元須磨区民であり、このあたりに詳しく題材が豊富、いかにでも料理しそうです。平安時代の歌人在原行平の名が出てくれば、多井畑から潮汲みにきた姉妹もしお、こふじの松風村雨堂のあたりの句ですね。たしか行平は寂しさを紛らわすために浜辺に流れ着いた木片から一弦琴、須磨琴をつくったとも伝えられている。青葉の笛より一弦琴のほうが今や有名かも知れません。

 
遅桜一弦琴の聞ゆ寺        だっくす 
海長閑小雨の中に船二雙       一風 
雨けむる春のさざ波須磨の海     ひろひろ 


ひろひろさんは体育会系。還暦を過ぎた今もサッカー、水泳、ゴルフが日課だそうで、スポーツでは雨に降られたことはないのに、句会ではいつも「雨男」です。

行平が月や海を眺めていた高台にある離宮公園は、西域探検で著名な西本願寺の大谷光瑞が明治中期に別荘を建てた所。大正3年に宮内省が買い取り武庫離宮としたもの。昭和42年に神戸市立の公園となり、ちょうど今年が開園40周年となる。レストハウスでコーヒーを飲みながら余裕の面々もいます。

 
移ろひの時を訪ねて花の径     かをる 
噴水と若葉競演須磨離宮       稲村
山つつじ離宮の庭も甘くなる     見水


 「子どものころ、つつじの甘い蜜を吸っていませんでしたか?」と見水さん。いつも斬新な句をつくるのに、今回はどういうわけか「甘く」て点が入りません。



Photo: roman

さて、須磨寺の名で知られる真言宗の福祥寺。ちょっとおさらいをしておきましょう。平安時代初期に開山し、千百年以上の歴史がある源平ゆかりの寺で「須磨のお大師さん」として毎月20日21日は参詣客でにぎわいます。一の谷の合戦で源氏方の熊谷次郎直実に討たれた平敦盛の首塚や義経腰掛松があることでも知られています。また、境内にはやたらに文学碑があり、そのうえ震災以降ごちゃごちゃしたハードや骨董市などソフトも多発しなりふり構わないイメージもあり「何だかなあ」という声もある寺でもあります。

青葉ぬれ戦の後か須磨寺は      ろまん亭

この「戦の後」は「お大師さんの翌日」という意味でしょうか。しかも雨で人はほとんど見かけません。いい句が続々と生れました。

須磨寺を包む一山若葉雨      どんぐり 
葉桜も木々に埋もれし寺苑かな    つきひ
木の上に木のあり塔も青葉して    播町
大屋根の雨のむこうは山みどり    ろまん亭


どんぐりさんの句は7点獲得。職場句会での研鑽効果か絶好調です。ろまん亭さんは写真家らしく構図や色彩にこだわった句づくりです。

境内の25もある碑のうち注目は本坊庫裏の庭にある「須磨寺や吹かぬ笛きく木下闇」という芭蕉の句碑でしょうね。

「笈の小文」にはこの句や「月はあれど留守のやうなり須磨の夏」など須磨の句6句が収められている。須磨寺を訪れたのですが、青葉の笛は見なかったという。平敦盛が一の谷の戦いで熊谷直実に討たれたとき鳥羽院より賜った笛を持っていたという平家物語でおなじみの青葉の笛です。句会のメンバーは恐れ多くも芭蕉に挑戦しました。

芭蕉句碑しだれ桜のあいだから    ろまん亭 
須磨寺の青葉の中の武者絵かな    楽水
句碑を守る桜一ト本咲きみちて   どんぐり
須磨寺や若葉の中で笛をきく     稲村
直実を偲ぶ若葉か琵琶の音      一風 


稲村さんも多趣味は有名ですが、その一つが歴史好き。右脳を働かす句よりも宝物館の展示に夢中です。一風さんも苦戦中。敦盛ではなく直実のサイドからの句というのが一風さんらしいスタンスです。
 須磨にまつわる人物といえば、こんな句もありました。正岡子規は明治28年に須磨保養院での療養生活で、尾崎放哉は大正13年に須磨寺大師堂の堂守として、多くの句を残しています。

春雨や子規闘病の須磨の浦      ひろひろ 
春の暮放哉がいる独り言       楽水

 

須磨寺横の堂谷池にあるはずの老舗旅館延命軒は跡形もありません。池のほとりの案内板に源氏物語須磨の巻の一節があります。昔も今も池の畔の桜は若木です。

「須磨には、年返りて、日長くつれづれなるに、植ゑし若木の桜ほのかに咲き初めて、空のけしきうららかなるに、よろづのこと思し出でられて、うち泣きたまふ折多かり」

ぽったりと雨を含んだ八重桜     蛸地蔵  
うす紅の妖しき姿八重桜       蛸地蔵
 
 

3月に定年退職し、さてこれからは何でも挑戦という蛸地蔵さん。ことのほか八重桜がお気に入りのようです。

木の芽風須磨には須磨の香りあり  さくら


それぞれが嘱目句をみやげに午後3時過ぎ、句会場の豊の荘に集まり始めました。楽水さんも登場。昼過ぎまで抜け出せない会合があり、そのため一昨日一人吟行をしたそうです。
一人5句投句。各人が計70句の中から6句を選びます。うち1句を特選句として2点に換算します。そして選句のための沈黙の数十分が過ぎていきます。

にぎやかな句会やその後のさらに喧騒をきわめた宴会の模様は省略して、本日の入賞者を記録しておきます。優勝、どんぐりさん。二位、かをるさん。三位、さくらさんとつきひさん。女性軍が圧倒しました。高得点句は次の通り(○印の数字は獲得点数)。どれもいい句ですねえ。

降っているいないとも見ゆ春の雨  かをる (11)
花のくずつきし雨傘たたみけり   どんぐり (7)
若葉雨百花の彩を際立たす     さくら(6)



男性軍は完敗でした。単なる消費でなくモノをつくりだす遊びの一つとして俳句をやってみたいと、季語なし、季重なり、三段切れなどなんでもありでひるまず挑戦しましたが……。

須磨寺に集まる我ら林住期      弥太郎

いまはやりの林住期という言葉は、もともと古代インドで人生を4つに分けて、うち仕事と家庭を捨て森に住む時期のことらしいのですが、一時的に家を出てやりたいことをやるライフステージとか、定年後の自由で輝かしい時期といった意味で使われているようです。

本日の参加者は、50代4人、60代9人、70代1人。ともかくも「臨終期」にならぬように頭と身体を使いましょうと、本日のプロデューサーだっくすさん、ディレクターつきひさんに感謝しつつ、雨上がりの須磨を後にしました。近くへの旅もなかなかいいものでした。 (2007)




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