赤とんぼとまっているよ竿の先
三木操(露風)少年の詠んだ俳句は、のちに童謡の一節になり、やがて、この町は「童謡の里」を誇るようになりました。
昨秋の明日香村句会の帰途、有志で立ち寄った居酒屋で、「春の句会は、龍野の花見でどう」、から第8回RANDOM句会の準備が始まりました。
幹事は、一風さんとだっくすさん。
桜の見ごろは1週間ほど。3月は彼岸を過ぎても寒さが続き、4月4日(土)の句会当日、どんな桜が見られるのか予測ができません。
龍野へ 春が来ました,春が来た(三木露風童謡詩「春」より)
その日がやってきました。朝から雨です。
四月四日龍野の里で雨句会 ひろひろ
まさかこの花見句会に雨女 播町
お二人はひろひろさんの都合で車にて先着し本龍野駅で出迎え役に。あとの11人は、案内状に指定されたJR新快速に各自乗り込んで合流の予定です。
「本竜野まで1,280円か。高いなあ」
JR三ノ宮駅の券売機の前で、ぼやいている幹事の一風さん。ホームに上がると、ハンチング帽の波平さんがニコニコ。
日月や又桜観つ徒然に 波平
年々の想ひ怪しや桜花 波平
波平さんは7年前に発刊の“高齢予備軍の「遊び探し」マガジン「RANDOM」”の編集発行人の一人ですが、RANDOM句会は8回目にしてご本人は初登場。小型プレジャーボートでの日本一周の記録はブログで刻々と拝見させていただきました。車ならご自宅から龍野へはわずか40分ほど。バスと電車で神戸三宮経由ならたいへんな大回りになります。
「皆さんと楽しく飲むのが目的。知的なことは…」とご謙遜。
高級カメラをかかえたろまん亭さんら三宮組がそろい、8:39 JR三ノ宮発新快速に乗り込むと、幹事のだっくすさん、停車するごとに乗り込むメンバーを確認。どんぐりさんは、春雨の須磨寺句会以来2年ぶりの登場です。もしかして雨女?
西明石でつきひさんの姿無し。今日は美作のお家からかしらと携帯連絡すると、乗り遅れてあとの電車で来られるとのこと。つきひさん、今年で大学を退官。学生の論文の整理などでお疲れのご様子らしい。
だっくすさんから朗読ボランティアのお話など伺っていると、姫路着。姫新線ホームには二両連結の電車が待っていましたが、ハイキング姿の(われらと似た)元気な高齢者・後期高齢者で超満員です。
英さんは明日香句会に続き2度目の参加。はたして「いと楽し」という得点がえられるでしょうか。
いと楽し春の龍野で句づくりを 英
花曇り今日は賑はふ姫新線 だっくす②(数字は句会獲得点数)
山桜単線電車通過待ち どんぐり④
9:51本竜野到着。ひろひろさん・播町さんと合流し、つきひさんを除く参加者12名が集合。幹事の一風さん・だっくすさんから案内パンフ(イラストマップ)と投句用紙(各自5句分ずつ)が配られて本日のスケジュールの説明。ここ本竜野駅から吟行スタート。
案内状にあった「特に今回は、句会のあとに新しい企画「○○」を用意」の中身はまだ明かされません。
俳句より演歌みたいな桜雨 ろまん亭
今回はお花見、桜の下で酒飲んで、カラオケでも歌おうか、ではなさそう。ただりっこさん持参のスーツケースが、ひろひろさんのBMWに積み込まれました。
こだわりの龍野の街は春寒や 蛸地蔵①
本竜野駅から龍野の街に向かって歩き出します。昭和レトロの街並みを眺めながら歩いていると、兵庫県手延素麺協同組合の建物。そばには流れの速い美しい疎水もあります。
揖保川の疎水の柳若葉かな りっこ③
用水路みな美しき花の町 見水③
「龍野はいつ来てもきれい。もてなしの心に感心します」
つきひさん、用水路の句に◎(◎は特選句=2点)。
遅れて本竜野に到着したレンタサイクル大好きのつきひさん、この天気では、てくてく傘をさして歩くしかなく、なかなかメンバーと遭遇できません。
花の雨レンタサイクルあきらめて つきひ
会へさうで出会へぬ町や花曇 つきひ⑤
蛸地蔵さん、この句に◎。秘められた深い想いを感じられたよう。
揖保川にかかる龍野橋のたもとの和菓子屋が、「しょうゆもち」、「しょうゆまんじゅう」と書いた札を掲げています。
しょうゆもちしょうゆまんじゅうさくらもち 見水④
醤油饅頭は、あとで觜崎屋(写真)で買って家族への土産に。句会の席でも配られ、ほのかに香る醤油味を味わいました。播町さん、この句に◎。
龍野橋を渡ります。右手に、龍野のシンボルの城山、鶏籠山(けいろうざん)が見えます。このシーンは昭和51年上映の「男はつらいよ 第17作・寅次郎夕焼け小焼け」にくり返し登場します。
あれから時代背景も俳優たちもすっかり変わり果ててしまったのに、龍野のまちの風景だけは少しも変わっていません。
赤味おぶ龍野の山に春の雨 波平
蒲公英(たんぽぽ)の色鮮やかな黄色かな ひろひろ
揖保川の瀬音切りさく群れつばめ 見水②
川をのぞき込むとツバメが群れ飛んでいます。
振り返ればのどかな春景色の中にヒガシマル醤油の工場。
はりまののうすくちせうゆ春惜しむ りっこ①
まち歩き 清い川瀬は,鮎,すむ処(三木露風童謡詩「揖保川」より)
春雨の土蔵造りのB・K(バンク)かな りっこ
龍野橋を渡りきって、城下町に入るといきなり道が狭くなり、さらに古い町並み。姫路信用金庫の支店も、明治か江戸時代の両替商の店構え。
ろまん亭カメラマンも俄然忙しくなりました。
花冷えへ向かう龍野の小径(こみち)かな 播町②
格子戸を開ければ花散るせせらぎぞ 播町
寅さん映画の元気あふれる梅玉旅館の芸者ぼたん(太地喜和子)が飛び出して来きそうな、そして日本画大家(宇野重吉)の元恋人のお花の師匠(岡田嘉子)が静かに手を振っていそうな小路。
播町さんらは、まず桜、と龍野公園へ。その他大勢は古い土蔵の風情に惹かれて商家の通りを散策。和菓子の觜崎屋では、出来たての草餅をその場でいただくろまん亭さん。大きな袋入りの醤油せんべいを買って、「あなたも、どう」と分けてくれる波平さん。なぜか一挙に春がやって来た感じ。
名産をひとつまみして花の路 波平①
花曇り隠居うろつく龍野路 波平①
春雨を片目で眺める鰆売り 蛸地蔵
旧き街ひしをや味噌の香りして 蛸地蔵②
香ばしい豆を蒸すにおいにつられて、次は井戸麹製造所へ。ご主人が作り方を懇切丁寧に説明してくれる。お味噌をつくるのは大変な手間と時間のかかる仕事なんですね。昔、家で味噌を作っていた英さん、「ひしを」の句に◎。
では、ここらで一服。古い町家を改造した喫茶店「エデンの東」に到着。入口にもジェームス・ディーンの敷物。播町さんに居所を携帯連絡。まだ遭遇できないつきひさん以外全員集合。
花冷やエデンの東てふカフェに どんぐり
春雨でエデンの東ひとやすみ 英
菜種梅雨土蔵の茶屋の珈琲かな りっこ②
世の中は百年に一度の大不況とやらで、派遣切りや就職内定取消など、暗いニュースばかり。そして今日にも北朝鮮が人工衛星か弾道ミサイルを日本上空に飛ばすという日のお花見句会。弥太郎さんの「大不況……」の句は、播町さんが「本日のトップ賞間違いなしの名句、と思いあえて選ばなかった」との言あり。しかし連衆は社会面に目をそむけたようでした。
大不況桜かってに咲いて散る 弥太郎
デジカメに写る桜花の暗い翳(かげ) 弥太郎
寒(かん)耐える命が染める桜色 弥太郎②
出句締め切りは13:30「赤とんぼ荘」。うすくち醤油資料館や龍野城、霞城館、龍野公園、できれば聚遠亭など、龍野の桜の名所をめぐり、腹ごしらえ(昼食)もして、俳句を5句ものにしないと。「エデンの東」を出発。
花冷の龍野の歌は赤トンボ 英
春雨にねえやを探して露路濡らす 蛸地蔵①
ここは童謡の里、龍野でした。夕焼け小焼けのあかとんぼでも口ずさみながら、童心に返って素直に俳句を作りましょう。
さくら お山のさくら何本あるか(三木露風童謡詩「山桜」より)
商家群を後に、桜の見所、山手の方に向かいます。うすくち醤油資料館を見ておこう、と蛸地蔵さんらはちょっと立ち寄り。あとのメンバーはお寺や武家屋敷、龍野小学校を横目に、龍野城の坂を上ります。すがすがしいいい気分です。
ホケキョ鳴く山すそ浅く聴きほれる ひろひろ
桜咲くどっしり座りて龍野城 ひろひろ
曇天に溶けこんでいる桜かな どんぐり
播磨なる古城石垣春の雨 りっこ
雨龍野城山おおう花かすみ 英②
見水さん、この句に◎。
花見るとさっと分れて真剣に 一風
花の下(もと)ひっそり見つめる尊徳像 一風
今回の幹事の一風さん、やっと句ができました。
鳥が食い我もめでしか桜花 ろまん亭
うすくちが花にも人も龍野にて ろまん亭
童謡(うた)の里バックは桜君モデル ろまん亭
満開にならないのに、あちこち花が丸ごと落ちているのは、小鳥たちがつぼみを食べに来ているからだそうです。桜餅のような味なんでしょうか。
桜花五分も七分も満開も 蛸地蔵③
蛸地蔵さんも一行に追いついて、ゆっくりお城の桜を満喫。ひろひろさん、この句に◎
この天気では桜の下で誰も宴会はしていない。地元ボランティアが城内の部屋やふすま絵をガイド。一巡して残っていたのは一風さんだけ。
桜とは静かなる花龍野城 見水④
弥太郎さん、この句に◎。句会の場では戦前の桜や本居宣長も登場して桜談義に花が咲きました。
城を出ると、霞城館(かじょうかん)が出現。詩人の三木露風、哲学者の三木清、「嗚呼玉杯に」を作詞した矢野勘治らを記念する文学館です。
今、書店の詩集コーナーに三木露風はなく、北原白秋と並び称された「白露時代」が実感できない。手がかりに、と一風さんを誘うとOK。一風さん、受付の人に「三木清も龍野の人?」と確認している。
中に入ると、彼らの直筆原稿や手紙、書籍、師弟・交友関係など丁寧に展示。三木露風は、石川啄木と同時代にもてはやされた天才詩人なんですね。15~20分で素通りはもったいないが、販売されている冊子をそれぞれ選んで出ました。
他のメンバーを追いかけて龍野公園へ向かう途中、松平定信や井原西鶴ゆかりの茶室・聚遠亭の案内看板。一風さん行きたそうだがもう昼なので今回は断念。
春雨が波紋を描く池静か 弥太郎①
「俳句はハイク」を実践される弥太郎さん、聚遠亭まで行かれたようです。
龍野公園では、「龍野さくら祭り」開催中(4/1~4/12)。観光売店「さくら路」の隣にはテントが張られ、地場特産品の販売や屋台も出ています。
メンバーのほとんどはここで缶ビール片手に昼食のまっ最中。
句会よりすき腹満たす花見時(どき) ろまん亭
花の雨テントで食べし紫黒米(しこくまい) だっくす①
桜ふぶくわがロスタイム酔の中 播町②
桜咲くあんたもわしも恵比須顔 ひろひろ
遅れて到着した、一風・見水組、蛸地蔵さんの待つ「すくね茶屋」で、にゅうめんを注文。そして、ビールを一杯。
花見酒飲んで焦って今日のうた 一風
賑やかな年寄り見守る山桜 一風
昼酒や春はわが身にとどまらず 見水④
「春はわが身にとどまらず」は、霞城館でいま見てきたばかりの三木露風の詩「現身(うつせみ)」の一節を拝借しました。
空腹も満たされ、一杯のビールでほろ酔いになったら、後は「赤とんぼ荘」で締切時刻までに、俳句を5句仕上げるだけ。山道を急ぎます。見れば、ピンク色あざやかなミツバツツジの群生。
桜(はな)だけが花ではないと山つつじ 一風④
本日の一風さんの最高傑作です。ビールが効いたかな。波平さん、この句に◎。
道曲がる度につつじの蘇芳(すおう)色 つきひ①
山つつじ三百六十度展望す どんぐり①
つつじ咲き童謡の径愈(いや)し径 弥太郎
童謡の小径つつじの続く径 だっくす
山つつじ、モテモテです。「赤とんぼ荘」に登っていく歩道には、「童謡の小径」と「哲学の小径」とがあります。「哲学の小径」を選んだ蛸地蔵・一風・見水組、一風さんの独り言にギョ。
「高校生のとき、三木清の哲学書をよう読んだなあ」
へえ、そうでしたか。団塊の世代の青春を垣間見ました。
赤とんぼ荘 夕焼け小焼けのあかとんぼ(童謡詩「赤とんぼ」より)
「赤とんぼ荘」に到着。句会の会議室はもう開いています。思い思いの席に着いて、歳時記や辞書を見ながら最後の仕上げ。早く出来た人は、投句締切時刻まで播磨平野を一望できる展望大浴場で入浴可。今回はゆっくりできました。
山荘の出窓まで来し桜かな つきひ①
雨けむる龍野のまちで花づかれ 英①
花疲れ五句作ること難しく だっくす
花を賞で街並を賞で龍野かな だっくす①
13:30、投句締切時刻。さあ句会の始まりです。
13名5句ずつ65句を、いつものように順不同・作者不明で清書し、コピーを配付。各人15分間で他のメンバーの作ったお気に入り句を5句ずつ選び、うち1句を特選句2点に換算のルール。総点数78点の争奪戦。各人選句を終え、蛸地蔵さん進行で選句の発表が始まりました。
獲得点数の結果は次のとおり。
優勝=見水さん・17点、2位=つきひさん・16点、3位=どんぐりさん・12点、ブービー賞=ジャンケンによりひろひろさん
総点数78点の行方は、女性軍4名で38点、男性軍9名で40点。またもや女性軍には及びませんでした。リハビリ中で体力がまだ本調子でないろまん亭さん、宴会不参加で句作にも力は入らないひろひろさんの不振がひびきました。
優勝した見水さんは、出句した5句が④④④③②点とすべて選ばれるという当句会始まって以来、初のパーフェクト達成でした。
今回の句会の高得点句2句と、選んだメンバーは以下のとおり。
人生の節目節目の桜かな つきひ⑨
さすが断トツの本日最高得点句。◎はろまん亭さん、一風さん、どんぐりさん。○はひろひろさん、波平さん、蛸地蔵さん。日本人なら誰もが感じる桜の季節の思いに共感しました。今春大学を退官されたつきひさんの思いも込められているのでしょう。
傘さすもささぬも花の雨なれば どんぐり⑦
どんぐりさんらしい美しい秀句。◎はだっくすさん、りっこさん。○播町さん、波平さん、蛸地蔵さん。今日の雨のお花見句会にぴったりの句です。
ここで、句会のあとの新しい企画「○○」の内容が明かされます。
毎日書道展毎日賞受賞の書家でもあるりっこさんの指導で、特選句(◎)を筆で短冊や色紙に書いて作者にプレゼントし、自作お気に入り句も書いて記念に持って帰ろういうのです。
りっこさん、全員の筆や下敷き、短冊・色紙、お手本のコピー、本日の賞品の額選びまで何から何までのご準備、ほんとにお疲れ様でした。
「習字なんか中学校以来やで」とか言いながら、楽しく練習し、1時間ほどで完成。いい経験でした。そして記念になる宝物もいただきました。
17:00、和室に移動して懇親会。
「赤とんぼ荘」は国民宿舎なので、寅さんが葛飾柴又でおばちゃんの煮っ転がしを見て懐かしんだ「播州龍野・梅玉の洗練された会席料理」とまではいかないにしても、料理はなかなか豪華。飲むほどに、このままここに泊まって、明日こそ青空の下で龍野の桜を味わい尽くし、桜吹雪に吹かれたい気分。
波平さんは、かつて同じ職場だったどんぐりさんと20年ぶりに、りっこさんとは10年ぶりに再会。旨いお酒となりました。
揖保川や花も料理もうすくちで 播町
予定時刻より遅れハラハラした送りのバスが赤とんぼ荘を出発。19:15本竜野発の姫新線にも間に合い、名残を惜しみつつ全員無事帰路に着きました。
お世話された一風さんとだっくすさん、そしてりっこさんに心から感謝。
2009.4 写真/Romantei・文/Mimizu