神戸RANDOM句会

シニアの俳句仲間の吟行・句会、俳句紀行、句集などを記録する。

2004=花 筏・さくら

2013-02-11 | 句集
花 筏=さくら


       



(わかくさ句集) 看護学生、身も心もみずみずしい頃

言葉なく友との小径野菊ゆれ     
唇に紅バラそっとわれ二十歳     

( 恋 ) こんな日もあったっけ

バラ一輪受けし日もあり頬染めて   
星占い信じてみたし春の宵      
君なれや言葉なくとも花の夕     

(父 母) 母が逝った齢を超えた

夕蛍ふと亡き母に呼ばれたる     
深秋や羅漢はみんな父の顔      
母恋しカナカナは声ふるはせて    

( 妹 ) 五十四歳の若さで急逝

悲しみの白さよ沙羅の透きとほる   
突然に逝きし妹星凍る        

( 友 ) 親友を失う、医療の限界を感じた

梅の香や白衣のままで友は逝き    
冬椿掌に坐らせて友偲ぶ       

( 子 ) わが息子、わが娘

遠き日の吾子の微笑み梅の花     
嫁ぐ娘に桜茶そっと差し出しぬ    

(夫 婦) 長いこと歩いてきたものだ

歩と呼吸揃ふ夫婦の山登り      
初時雨夫の背少し丸くなり      

(ふる里) 私の原点

ふる里は蒼く眠れる星月夜      
子の顔に戻り故郷の初湯かな     
ふる里は行く手行く手の蝉時雨    

(わが街) 大好きな神戸

めぐり来し緑雨に浮かぶ未来都市   
大樟の若葉も親し市民の木      

(大震災) 多くの俳句仲間も被災した

巡る忌や二十歳の遺影凍てつきぬ   
春寒や小さき仮設の寄り添いて    
地震の傷又深まりぬ梅雨出水     

(復 興) 力強く立ち上がった私達

地震の傷癒えてお礼の初詣      
上棟の音高々と菊日和        

(師逝く) 百一歳で播水先生逝去

逝き給ふ西行桜舞ふ朝        
師を偲ぶ句碑に寄り添ふ山すみれ   

(定 年) ついに私も定年

過ぎしことみな美しき花筏    



       

出会い


 俳句との出会いは、確か中学二年生か三年生の頃、国語の授業で日本の詩歌について学んだときである。早稲田大学を卒業したばかりの先生が、ちょっとハンサムでカッコ良かったからすぐ国語が好きになった。

 先生は俳聖芭蕉について、たくさんある句の中から特に
《この道や行く人なしに秋の暮れ》
を取り上げた。

 この句との出会いが、私と俳句を結びつけた原点だろうと思う。秋も深まった誰もいない山道をじっと見つめている侘しい旅人の姿の情景と、人生の秋、老いを迎えた芭蕉が、この道、即ち俳諧の道を継承してくれる人はいないのかと、しみじみ内省する。目の前の秋の道に、自分の人生の道を重ねているのだ、という説明であった。 

 たった十七文字にこんな奥深い世界が広がるのかと、子供心に俳句への興味が湧いたのを覚えている。
 看護学校に入りクラブ活動として句会に入部した。中央市民病院の医師でもあった五十嵐播水先生、哲也先生に指導していただいた。

 その後長い期間、俳句から遠ざかっていたが、子供達が成長し時間にゆとりができたので、また俳句と出会うようになった。親和会の「あじさい俳句会」に入り、ここでも五十嵐哲也先生のご指導を受け、今日に至っている。(2004)
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